第8話 ぐっど・もーにんぐ
「おはよう」
翌日、早朝五時にたたき起こされた俺の前に、タブレットを抱えた委員長が立っていた。
何で俺の家に委員長が⁉ なんて思いながら飛び起きたせいで、一瞬で目が覚めた。そういえば鹿子前家で暮らすことになったんだっけか。
状況だけ見れば朝から美少女に起こされているんだが、どうしてだろう、全然嬉しくない。
「これ、一応プリントしておいたぞ」
眼を擦りながら、手渡された紙を受け取る。昨日つくったスケジュール表だ。
「この時間に起きるのがこの家のルールなのか?」
「いいや。ただこれからの行動を考える時間を作ってやろうと思ってな」
全く信用されてないな。まあ仰る通りなんですけど。
「今日の予定は覚えているか?」
「蒔奈との仲を深めろって雑な命令なら覚えてる」
「よろしい。七時になったら蒔奈ちゃんが起きる時間だから、部屋まで起こしに行け。何かしでかしたら殺すぞ。具体的な予定はそれまでに考えておくといい。それじゃ私は用があるから、後は頼んだぞ」
「え、ちょっと⁉」
相変わらず捲し立てるようにそう言って、芽吹はそそくさと部屋を出ていく。
――ど~~~しよ~~~?
いきなり女子小学生と仲良くなれと言われても、昨日まで一人で黙々とゲームしかやってこなかった俺にそんな高難易度のクエストなんてクリアできるわけがない。こちとら同年代でさえ友達少ないんだぞ!
とりあえず、自室にあるパソコンでGoMを起動する。
キーボードやマウスはあのゲーミングルームに置いたままだが、考え事をしながらやる程度なら予備のものを使えばじゅうぶんだ。
ただ黙って考えていてもアイデアなんて出てこない。決して「昨日ロクにできなかったから少しでもGoMを触りたい」なんて理由ではない。
「うっし、じゃあ考えるか」
そしてあっという間に二時間が過ぎた。
え? もう二時間? アイデアなんて全く思い浮かばなかった。二分の間違いでは?
こうなったら……。
「
GoMを終了し部屋を出てはみたものの、そういえば蒔奈の部屋の場所を知らない。
いや、正確にはまだ覚えられていないというべきか。昨日叩き込まれた中で覚えられたのは自室の位置とトイレ、そして浴室の位置だけだ。
――ま、適当に歩いてりゃそのうち見つかるだろ。
なんて甘い考えで歩き始めたのが間違いだった。進んでも進んでも同じようなドアが並び、すぐに自分がどこを歩いているのか分からなくなってしまった。
「ん? ここは……」
他とは違う扉を見つけて足を止める。他の扉とは違い、二枚扉で重厚なつくりになった扉だ。
気になって扉に近付くと、肩に手を置かれた。
「ここで何をしている?」
普段よりも殺気のこもった声。芽吹だ。
「いや、蒔奈の部屋を探してて……」
「部屋なら昨日教えただろう」
「あんなんで覚えられるか!」
というか、スケジュールを決めながら部屋を教えるのが間違っている。リビングでやらされたからメイドや筋肉が通って集中もできなかったし。
「とにかく、蒔奈ちゃんの部屋はそこじゃない。案内してやるから離れろ」
「分かったけど、この部屋、なんなんだ?」
「……書斎だ、お母様の」
書斎、か。てっきり死体とか武器を隠すための部屋かと思っていたが。
まあこれだけ金を持った家庭の母親だ。書斎には見られるとまずい書類の一つや二つあるのかもしれない。
「蒔奈ちゃんの部屋なら、ここを進んだ先にある。とっとと失せろ」
相変わらず芽吹きは冷たい。もう少しこの部屋について聞きたかったが、これ以上は身の危険を感じたので大人しく離れることにする。触らぬ神に祟りなし、だ。
芽吹に言われた通り進んで行くと、すぐにそれらしき部屋を見つけた。
扉の前には「蒔奈」と書かれ、星やハートのアクセサリで装飾が施されているプレートが下がっているから、ここで間違いないだろう。
「蒔奈、起きてるか?」
扉の外から声をかけるが返事はない。念のためノックしてから、扉を開く。
白と青で統一された部屋。意外にも庶民的な学習机と、物語に出てくるような天蓋付きのベッド。蒔奈はその上で小さな胸を上下させ、寝息を立てていた。
こうしていると本当にどこかの国の姫のようだ。GoMのアバターのD`Ark姫と重なる。
気持ちよさそうに眠っているところを起こすのも気が引けて寝顔を眺めていると、自然とその唇に目がいってしまい、思いっきり自分の頬をはたいた。違う、俺はロリコンじゃない。
「蒔奈、朝だぞ」
傍で声をかけても、目覚める様子はない。「うーん」と唸って寝返りをうっただけだった。仕方なく、蒔奈の肩を揺する。
「起きろ、朝飯逃すぞ」
ゆっくりと、蒔奈の瞼が上がった。目を擦りながら蒔奈が体を起こす。
きょろきょろと辺りを見回して、俺の姿を捉えた途端、小さな瞳が大きく見開かれた。
「ひゃわあああああっ⁉」
そして、叫び声をあげながら壁際に逃げていった。
「ら、ら、ら、Lie-T⁉ ヨバイしに来たの⁉ テイソ―の危機⁉」
「ま、待て。マネージャーに頼まれて起こしに来ただけだ。てかお前、それ意味分かって言ってんのか?」
「良く知らないけど、お姉ちゃんの本にあったわ」
あの姉は、妹に何を読ませてるんだ。というか何を読んでいるんだ?
「とにかく、顔でも洗って来たらどうだ」
洗面所へ向かう蒔奈の後を追う。そういえば俺もまだ顔を洗っていなかった。
交代で顔を洗い終わると、すぐに蒔奈は洗面所を出ていった。朝食に向かったのだろうと思い、俺も後を追う。
テクテクと歩いていた蒔奈のスピードがだんだん速くなっていく。そんなに腹が減っているのか。
そう思っていた矢先、いきなり蒔奈が立ち止まって振り返った。顔は真っ赤に染まっている。
「なんでついてくるの?」
「なんでって……あ」
蒔奈が立ち止まったのは、トイレの前だった。全てを察し、変な汗が出てくる。
「私一人でもトイレできるわ! そんなに子供じゃないもん!」
「違う、誤解だ。いや、誤解してたのは俺か?」
「じゃあ何よ、へんたい……っ」
小さく頬を膨らませながら、蒔奈はトイレに駆けて行った。くそ、変な言いがかりをつけられてしまった。
しかし困った。何も考えずに蒔奈の後を追っていたせいで、ここがどこか分からない。
仕方なくトイレの前で待っていると、戻って来た蒔奈に殴られた。うんうん、芽吹の妹だな。
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