第18話 みずぎ・みすぎ

 雲一つない青空、どこまでも広がる碧い海、一粒一粒が白く輝く砂浜。


 崖に囲まれた入り江のようになっているこのビーチには、俺以外に人はいない。


 ――なんせ、プライベートビーチだからな。誠と深湖子――香焼こうやぎ家の。


「さすがは金持ち」


 しかし、まだ蒔奈たちはいない。着替えてくるから待ってろと言われたが、時間がかかっているのかまだ更衣室から出てこないのだ。


 これじゃあただの日光浴だ。そして日陰で育ってきた俺に、太陽の光は効果抜群。HPはゆっくりどころか凄い勢いで削られていっている……。


「ごめん、待った?」


 振り返ると、水着に着替えた誠と深湖子が立っていた。深湖子は可愛らしいフリルのついた水着だが、誠が着ているのは――


「スク水て……」


「問題? 水着は水着」


 さっぱりしてるなあ……。


 にしてもこの子たち、というか誠は本当に良い子だ。しっかり者で物静かで、人をちゃんと思いやれる……。っは! この胸のトキメキは⁉ 俺は小学生相手に何を! 相手は蒔奈の同級生、つまり蒔奈と同じ小学四年生の九歳だぞ! 畏れ多くもひとけた――


 ズボッ。


「ああああああああああ‼」


 両目に指を刺され、視界が真っ暗になる。なんて冷静に状況を分析している場合じゃない。俺の目がァァァァァ‼


「あまりお嬢様たちを見ないでください、穢れます。すでに私の指が穢れましたが、海で洗えば消毒できるでしょうか」


 声しか聞こえないが、もしかしなくても来架の仕業だ。どうしてくれるんだ。芽吹の水着姿が見れないじゃないか。あいつ見た目だけはいいから期待してたのに!


「それよりも深湖子様の水着、何と愛くるしい……! はっきりしないウエストと、まだ成長過程にある小ぶりのお尻だからこそ映えるフリル。誠様の旧型スクール水着もあざとい。ぴっちりと肌に密着する生地がその華奢なボディラインを強調してきて……。是非写真を!」


「来架、キモい。五メートル以内に近付かないで」


「あふっ、お厳しいですが、それがいい。それでこそお嬢様です」


 この女、ロリの癖にロリコンなのか。意味が分からん……。早口すぎて何を言ってるのかも分からなかったし。


 ようやく治ってきた目を少しずつ開けていくと、背の低い水着姿の少女が見えた。


 幼い外見に似合わないビキニを身に着けている。だというのに、どこかそのビキニがしっくりくる。


「蒔奈……?」


 ズボッ。


「ぐああああああああああ‼」


「お前に蒔奈様の水着姿は見せられません。一生閉じていなさ……ぐっ。この破壊力、さすがは蒔奈様。私ともあろう者が理性を保つだけで精一杯とは。膨らみのない胸とはっきりしないくびれに、丸く小さな肩。どれもビキニとの相性は悪いはずなのに、ビキニを我が物としていらっしゃ……ぶはっ」


 二度目だったからかさっきよりも視界の回復は早く、霞む視界に飛び込んできたのは、血の池に顔を埋める来架の姿だった。いくらキモくても殺しちゃダメだぞ蒔奈。


 いや、よく見ると鼻血を出して倒れているだけのようだ。こんなんで本当に護衛が務まっているのだろうか。


 ちなみに来架も一応水着を着ている。何故か競泳水着だけど。泳いでいるのは血の海だけど。


「全く、何なの……? 無理矢理連れ出されてみれば誠と深湖子がいるし、海に連れて来られるし、このストーカー女はキモいし」


「ストーカー?」


「ああ、来架は元々蒔奈ちゃんのストーカーだった。しかしまあ、当時小学生だった割に運動能力や隠密技能が高くてな。うちの執事たちが能力を見込んで、護衛として鍛え上げている」


 待ってました! と心の中で叫ぶが、蒔奈の後ろから現れた芽吹は水着じゃなかった。ウエストに細いリボンのあるワンピースを着て、サングラスをかけている。


 というか衝撃の事実だ。やばいやばいと思ってはいたが、あの女ストーカーだったとは。あの様子じゃ、肉体派執事達の教育も難儀しているに違いない。


「お前は泳がないのか?」


「ああ。荷物番がいないと困るだろ?」


「いや、ここプライベートビーチだし。メイドさんとかボディーガードの執事さん達だって近くのコテージで待機してくれて」


「いいって言ってるだろ。二度も同じことを言わせるな」


「……泳げないとか?」


「あ?」


「いえ、何でもないです。荷物番助かります」


 やっぱこいつヤクザだよ。


「とにかく、あそこで寝ているバカもどうにかしないといけないしな。貴様は貴様の仕事をしてろ」


「はいはい」


「で、私は何をすればいいの?」


 いつの間にか隣にいた蒔奈に話しかけられる。


「修行だよ」


「修行? まさか砂浜を走れとか言うんじゃないでしょうね」


 うぇっと舌を出してこれみよがしに嫌がる蒔奈。分かるぞ、俺も学校のマラソンとか大嫌いだもん。あと一緒に走ろうって言ってくる奴は信じちゃだめだぞ。まあ俺はそんな風に声かけられたことすらないんですけど。


「そんなわけないだろ。蒔奈はただ、遊べばいい」


「え、本当にそれだけ? 駆音、大会まで日にちが無いの分かってる?」


「慌てるなよ、勿論分かってるさ。それを踏まえた上で言ってる」


「駆音、蒔奈、何してる? 早く遊ぼ」


 誠と、その後ろに隠れた深湖子が迎えに来てくれる。二人とも遊びたくてうずうずしているようだ。


「ああ、今行こうとしてたところだ。な、蒔奈」


「……うん」


 渋々、蒔奈は頷いて浜辺に行った。


 ――多少無理矢理すぎたか? できればGoMのことは忘れて遊んで欲しいんだが。


 しかしそんな心配は杞憂に終わった。


「ほら駆音、行くわよ!」


 蒔奈が海面を蹴り上げ、思い切り俺の顔が濡れる。


 悩んでいたのはほんの数分で、誠が蒔奈に水をかけてからは、すぐに蒔奈も楽しそうにはしゃいでいた。


「やったな!」


 俺も海水を手ですくってやり返す。何かコレ、すげえリア充っぽいぞ。相手は小学生だけど。


「お姉ちゃんは遊ばないのー?」


 砂浜の向こう、ビーチパラソルの下に寝かされた来架。そんな来架を気怠そうにうちわで扇ぐ芽吹に向かって、蒔奈はそう言った。


「私は荷物番が……」


「お、ね、が、いっ?」


 体をくねらせながらウインクする蒔奈。なんだそのあざとい技は。


「今行くわ」


 すぐに立ち上がった芽吹が淡々と歩いてくる。


「蒔奈、なんだよ今の」


「お姉ちゃんキラーのおねだりよ。禁じ手だからめったに使わないようにしてるけどね」


 フフフ、と蒔奈は不敵に笑う。


「芽吹マネ、水着じゃないのに海に入っていいのか」


「今はマネと呼ぶな。……それと、これは水着だ。見た目はワンピースでも、生地は撥水性の良いものを使用している」


 水着だったのか。さすがは金持ち、水着のセンスも良い。


 ん? ということは、既に芽吹の水着姿を見ていたことになるのか? うーむ、なんというか、素直に喜べない。水着ってもっと布面積少ないもんじゃん?


「とはいえできれば濡れたくはないな。海水があまり得意じゃないんだ。べたべたするだろ?」


 本当は泳げないからだろ、と喉まで出かかったがなんとか堪える。余計なことは言わないに限るとさきほど学んだばかりだ。


「じゃあ、ビーチバレーでもやるか」


「いいわね! チーム分けはどうする?」


「駆音、めぶ姉チームと私たち三人がいいと思う」


「こくこく」


 和気あいあいと小学生たちが話を進める中に、芽吹が割り込む。


「無理だ。コイツとは組みたくない」


 俺もできれば遠慮したい。俺の運動スキルじゃ足手まといになるのは目に見えているし。


「でもそれじゃ、チームバランスが悪くなるわ」


「コイツ一人にすれば問題ないよ蒔奈ちゃん」


「修行か何か? 俺だけビーチバレーの方向性違わない?」


 てかそんなに俺と組むの嫌ですか。嫌がられる俺の気持ち考えたことありますか。


 その後、ごねる芽吹を蒔奈のお願いビーム(二度目)で黙らせてから、ビーチバレーを楽しんだ。

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