第17話 しまい・ごえい

 蒔奈とのデートから数日が経った朝。


 窓から差し込む光に照らされながら、俺は体を起こす。自宅と違って、朝から陽が差し込むこの部屋にももう慣れた。


 欠伸交じりに部屋の扉を開けると、人影が見えた。小学生くらいの伸長、ということは蒔奈だろう。


「おはよ……う?」


 疑問形になってしまったのは、人影の正体が俺の想像と違ったからだ。


 腰ほどまで伸びた髪には緩くウェーブがかかり、廊下の窓から射す陽を反射して輝いている。


 小さな背、小さな顔の大きな瞳は見開かれ、少女はピシッと石のように体を固めていた。


 使用人、だろうか。それにしては小さすぎるし、見たことのない顔だ。


「き、きゃあぁぁぁ……」


 どうしたものか悩んでいると、少女は消え入りそうな悲鳴をあげながら廊下を駆け抜けていった。悲鳴ってあんな小さな声であげられるものなのか。


 廊下の角を曲がって姿が見えなくなったと思った途端、今度は別の少女が歩いてきた。


 さっきの少女と顔は似ているが、こちらはショートカットで前髪を切り揃えている。


「誰?」


 不躾に、ショートカットの子は俺が何者か聞いてくる。その表情は変わらない。


 よく見るとショートカットの子の後ろにはさっきの少女が隠れていた。背中の横から頭だけを恐る恐る出している。


「誰って、こっちの台詞なんだが……」


「私はまこと、こっちは深湖子みこね。ここは蒔奈の家、なんで知らない男がいる?」


 蒔奈を知っているということは蒔奈の友達……なのだろうか。確かに、知らない男が友達の家にいるとなると恐ろしいかもしれない。


「俺は住み込みの家庭教師……みたいな。怪しい者じゃない」


「家庭教師?」


「ごにょごにょ」


 じーっと、誠が俺を見つめて来る中、深湖子が耳打ちする。誠は何度か頷くと、びしっと人差し指で俺を指さした。


「怪しい者じゃないってのは、怪しい奴が言うこと。つまり、お前は不審者、きゅーいーでぃー。親友の家にあがりこむなんて、許せない」


 パンパン、と二人の少女が一度ずつ手を叩く。風が空を切り、気付けば俺は首元にナイフを突きつけられていた。


 文字通り、瞬く間の出来事。本当に瞬きする前は誰もいなかったのに、閉じた目を開いた瞬間、こいつは現れた。


 よく見ると背は低く、首元に突きつけるのも背伸びしてようやく、といった感じだ。蒔奈や誠たちと同年代か、少し上くらいだろうか。


「動けば、斬ります」


 冷たい、感情を感じさせない声。


 何だこの状況は……。これがリアルGoMですか、ははっ。


 死の間際にいるというのに、全く現実感も無ければ恐怖も無い。


「矛を収めろ、来架くるか


 後ろで声がする。振り向くと、芽吹が立っていた。


 ――あ、こいつの殺気に慣れてたから怖くなかったのか。


 勝手に一人で納得していると、来架と呼ばれた少女はナイフをスカートの内におさめた。


「この男は客人だ、一応な。客人に矛を向けるとは護衛失格だぞ。敵意ある者かどうか見極めろといつも言われているだろう」


「失礼しました。良く見る変態と同じ顔だった故、勘違いしてしまいました」


 どんな顔だよ。


「謝る相手が違うだろ」


 咎められると、来架と呼ばれた少女は心底嫌そうな顔をしながら俺に歩み寄って来た。


「……失礼しました、潜木様」


「いやまあ、分かってくれれば」


「…………ちっ」


 ――舌打ちした。舌打ちしたよこの子! 芽吹さーん、この子の態度おかしいと思いますぅ。


「まあこいつが不審者顔なのは事実だから誤るのも無理はない。次からは気をつけるんだぞ」


 芽吹さん? お前はどっちの味方でございますか?


「めぶ姉様が庇うんなら、本当?」


 聞かれた深湖子は、また誠に耳打ちをする。何度か頷いて、誠は再び口を開いた。


「とりあえず信じる。さっきは、ごめん」


「いいよ、知らなかったわけだしな。それで、君は?」


「……」


 来架に尋ねたつもりだったが、来架はあらぬ方向を見てわざとらしく口笛を吹いていた。こいつ、明日波さんに似た匂いがするぞ……。


「来架は私達の護衛」


 見兼ねたのか、誠が教えてくれる。出会いこそああなってしまったが、根は良い子なのかもしれない。


「護衛? 見たとこまだ小学生くらいだろ?」


「失礼な、私は十三歳。立派な中学生です」


 顔を背けたまま、来架はそう言った。しかしすぐに口元を抑えて、具合が悪そうに俯く。


「う……男と会話してしまいました。早急に口を漱がねば。それではお嬢様方、失礼します」


 そそくさと駆けていく来架。会話しただけなのに、まるで病原菌を移されたみたいな反応だ。


 傷ついたりはしない。何度か経験あるしね、こういうこと。あ、でも今ちょっと傷ついたかも、昔のことを思い出したせいでな。


「何なんだあいつは……」


「来架は極度の男嫌い。ちなみに深湖子は、極度の男性恐怖症」


 男特攻なのか男に弱いのか分からないパーティだな。


「で、何で君たちは朝早くにここへ?」


 冷静になってみれば今はまだ早朝六時だ。遊びに来たにしても早すぎる。


「そうだった。最近、蒔奈を誘っても全然遊んでくれない。理由を聞いても、忙しいって言われるだけ。だから心配で、来た。昼来ても追い返されるから、今」


「なるほどね」


 まあ確かに最近忙しいよな。GoMで。


 しかし誠たちにそれを伝えて納得してもらえるだろうか。「今はゲームで忙しいから遊んでいる暇はない」と一般人に言っても「ふざけるな」と返されるに決まってる。


 それに、毎日家にこもってゲームばかりしていても良くない気がする。今のうちに同年代の子と遊んでおかないとコミュ力を失うからな、俺みたいに。


 だったら――


「分かった、スケジュールを調整しようか」


「遊んでもいいの……⁉」


 誠が目を輝かせながら、芽吹に確認する。


 俺からも目で確認したが、目があった瞬間嫌そうな顔をされた。なんで俺だけ。


「分かった、私も協力しよう」


「助かる」


「別に年端もいかない少女と遊びたいだけのお前の為じゃない。蒔奈ちゃんを想ってのことだ」


「断じて違う」


 ねえどうしてロリコン扱いするの。俺はロリコンじゃないって。


「誠、深湖子、どこか行きたいところとかあるか?」


「私? だったら海がいい。今年はまだ行ってない」


 誠の後ろで、また深湖子が耳打ちする。完全に通訳だ。


「深湖子も海に行きたいって」


 誠はそう言ったが、深湖子は涙目で首を横に振っている。


「ま、誠?」


「気にしないで。深湖子は外に出たがらないから、たまには外に出ないと」


 深湖子はさっきから誠の肩をぽかぽか叩いているが、どうやら本気で嫌がっている訳ではなさそうだ。


「分かった。じゃあ今日は海で修行といこうか」


「修行?」


「気にするな、こっちの話だ」


 ポカンとした顔で俺を見つめて来る二人を背に、俺はこれからの予定を考えていた。

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