第28話 いちや・けつい
「お邪魔します!」
「お、きたか……っておい⁉」
明日波さんの横を駆け抜け、一目散に多良見電気店の三階へあがる。
「まき……むぐっ」
住宅スペースの扉を開けようとしたところで、後ろから明日波さんに羽交い絞めにされ口を抑えられる。恐る恐る振り返ると、明日波さんは口元に人差し指を当てこちらを睨んでいた。
慌てて何度か頷くとすぐに解放された。明日波さんの意図を汲んで、今度はそっと扉を開く。
生活感溢れる六畳の居間。その中央にあるこたつ机の下に、寝息をたてて眠る小さな少女がいた。
「蒔奈……」
「昨晩急に押しかけてきてな。一晩中GoMやって、ようやくさっき眠ったとこだよ」
見ると机の上には、二台のPCが並べて置かれていた。普段は別の場所に置いてあるのだろう。机はほとんど簡易的な配線で占領され、PCを置くこと以外の機能は果たせていない。
「はあ」
ほっとしたからか身体の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
「もっと早く連絡くださいよ」
「途中まで車で送ってもらったっつってたからてっきり知ってると思ってたんだよ。途中さすがに怪しいと思って連絡しようとしたんだが、この幼女隙が無くてな。電話しようとする度に、その、あれこれ手を尽くして止めにきやがる」
明日波さんは胸の前で悔しそうに両拳を打ち付けている。
「あー……」
明日波さん煽り耐性ないからなあ。電話に立つタイミングさえ見逃さなければ、簡単に引き留められあいたあ!
またタバコの空き箱が飛んできて、見事額に命中した。
「何するんですか……」
「顔がむかつく」
理由がその辺のヤンキーと変わらない。この人本当に成人してんのか?
「ほら、さっさと連れて帰れ。オレも一晩中付き合わされて眠いんだよ」
そうだった、蒔奈を起こさなければ。
立ち上がり、蒔奈の肩を揺すろうとして、手を止める。
気持ちよさそうに寝ているからというのもあるが、起こしたあとのことを考えると怖い。何を話せばいいのか分からないし、それ以前にどんな顔をすればいいのかも分からない。
「どうした?」
「いや、その……。やっぱりもう少し寝かしといてあげようかなと」
「ふざけんなさっさと帰れ」
「でも」
「あのなぁ」
明日波さんが詰め寄ってきて、俺を挟むようにドン、と壁に手をついた。
「臆病風に吹き飛ばされんのも大概にしろよ。何があったか知らんけどな、こいつは夜中にあの薄暗い路地を一人で歩いてきたんだ。小学生が一人でだぞ? それがどんだけ勇気がいることか分かるか?」
明日波さんにそう言われてはっとする。そうだ、蒔奈は一人でここまできたんだ。前、昼に来た時でさえあんなに震えていたのに。
「少なくともこいつは、オレのとこに逃げてきたんじゃねえ。一人のGoMプレイヤーとして戦いに来てた。だがお前はどうだ?」
「それは……」
明日波さんの言う通り、逃げているのは俺の方だ。そんなこと分かってる。
蒔奈も逃げていると思っていた。思いたかった。なのに……。
俺の立つ瀬なんてどこにもない。これからどうしようかなんて考える気にもなれない。
「やっぱり、俺なんかがペアを組もうなんて無理だったんですよ。こんなことになるんなら、やらない方が良かった。軽々しく受けるべきじゃなかったんだ。あのとき、意地を張り通して断っておくべきだっ――」
べきっという音を立てながら、明日波さんの拳が俺の頬にめり込んだ。
と思った瞬間、強烈な痛みが走り、体ごと吹き飛ばされ壁に激突する。
「べきべきべきべきうるせぇんだよ壁にぶつかってまでよぉ。後悔先に立たずって言葉知ってっか? うじうじ悩むくらいなら行動しろ」
明日波さんはそう言って二枚の紙を投げ捨てた。近くの水族館のチケットだ。
「親父が知り合いから貰ってきたやつが余ってんだ。譲ってやるからそいつと行ってこい」
「でも」
「でももクソもあるか。まだ目ぇ覚めないってんならもう一発いっとくか?」
この人がこうなったらもう何を言っても聞かないのだろう。きっとどれだけ理由を並べて理論武装したって、俺が頷くまで物理で殴ってくるだけだ。
「おい起きろ姫、王子様のお迎えだぞ」
「ん……むにゅぅ……」
明日波さんが蒔奈の両肩を掴んで全力で揺すっても、蒔奈は目覚めない。
「だああああクソ面倒くせぇ! おい駆音、もうこいつ背負ってけ」
無理矢理蒔奈を背負わされ、チケットをポケットにねじ込まれ、追い出されるようにして俺は多良見電気店を後にした。
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