第15話 いちたいいちと・いちたいいち
森の中に、風景に溶け込まない異質なの存在が二つ。
方やふんわりとしたドレスに身を包み大剣を携え、方や盗賊とも忍者ともとれる装束を身にまとい短剣を携えている。
辺りを見回せば視界に映るのは木の幹ばかり。五十メートルはあろうかという巨大な木々が生い茂る森を、爽やかな風が走り抜けていく。
川のせせらぎも聞こえてくる中、忍者袴とドレスに身を包んだ俺達のキャラが、背中合わせで周りを見渡していた。
「いるか?」
「駄目、分からない。周りの木がとことん邪魔ね」
ここ「森林」ステージでは遠距離武器持ちが有利となる。なので相手が遠距離武器を持っていることを想定して動く必要がある。
せめてキャラを視認できればプレイヤーネームやHPゲージの量からおおよその戦闘スタイルを予測できるのだが。
主な狙撃位置は木々の枝上。しばらく待っても現れないということはどこかに隠れているか、相手も近接戦闘型だということだ。
「仕方ない、こちらから打って――」
風を切り、キャラの横を何かが掠めていく。
――矢?
「西、二百四十!」
「了解!」
矢だ、間違いない。エフェクトから判断すると、狙撃スキルの《ぺネトレイト・ウィークネス》だろう。
すぐに飛んできたおおよその方角を蒔奈に報告する。その方角から死角になるよう、俺達は幹の裏に隠れた。
最悪だ、敵は遠距離武器持ち。しかも場所は把握できていない。
「幹を盾に距離を詰める! 行けるか?」
「もちろん」
「カウントで出るぞ。三、二、一、今!」
一斉に木の陰から飛び出し、矢が飛んできた方へ走る。降り注ぐ矢に当たらないよう祈りながら、幹から幹へと移動を続ける。
「見えた! 二百三十五、手前から二つ目の枝上よ」
「よし」
蒔奈の報告を受け、木の上を確認する。全身緑の迷彩服に身を包んで、弓を構えるプレイヤーが大樹の枝上から俺達を狙っていた。
中性的な顔立ちで、性別は判断できない。服は自衛隊のような迷彩服だが、マントやフード等、全体的なデザインはロビンフッドを意識しているのだろうか。
「あいつか。もう一人は……」
ロビンフッドの周りに、他のキャラは見当たらない。索敵していたのか、それとも別の場所から狙撃の機会を狙っているのか。
「駆音、下!」
慌てて木の下に視線を下げる。
そこに、いた。……マッチョが。
思わず目を疑う。二人目のプレイヤーで間違いないはずなのだが、ブーメランパンツを除いて、一切の武器や防具は身に着けていない。
「あれは……」
「……これ、二対二よね?」
蒔奈の疑問はもっともだ。二対二のマッチは、
ロビンフッドの方は自由に狙撃位置を模索し、明らかにマッチョの態勢が整ってないにも関わらず狙撃した。マッチョもマッチョでそれを意に介していない様子で堂々と突っ立っている。
しかし、俺が言葉に詰まった理由はそれではない。あの筋肉ダルマの顔に見覚えがあったからだ。
「鉄さんだ」
「知り合い?」
「ああ。今日行った電気屋の店主……つまり、明日波さんの親父さんだ」
「ってことは……」
「あのロビンフッドみたいな迷彩マントは、明日波さんだろうな」
普段は銃火器をメインに戦っているから気が付かなかった。あの人弓も扱えるのか。
世界中のGoMプレイヤーからランダムに対戦相手が決まるランダムマッチを選択したのに知り合いとあたるというのは、同じ実力の相手と出会いやすくなるGoMのマッチングシステム上そんなに珍しいことではない。
実力が上の方に合わせられるので、俺の実力に近い明日波さんとマッチングしたのまでは理解できる。
でも俺と同じくソロ専だったはずの明日波さんが、どうして
「明日波……あの女ね」
喉を鳴らして威嚇する猫のように、蒔奈が「うー」と唸る。
とにかく、不利なカードであるのは間違いない。こちらが近接戦闘しかできない以上、鉄さんにいなされながら遠距離からじわじわと削られればこちらの負けは時間の問題だ。
「とれる選択肢は二つね。あのマッチョを削りきって一対二にするか、どちらかがマッチョをひきつけて、先にロビンフッドを倒すか」
「いい提案だが、実質的な選択肢は一つだ。鉄さんは固いからな」
鉄さんのキャラはVIT型。相手の攻撃を受け、自分の攻撃を当てるというプロレスのような戦闘スタイルだ。一対一で殴り合っても時間のかかる鉄さんが守りに徹したらどれだけ堅いか、考えたくもない。
「蒔奈、あの筋肉ダルマを頼めるか。俺がなんとかロビンフッドを仕留める」
「OK。私の方が先に倒しても怒らないでよね!」
「……むしろその可能性の方が高いかもな。じゃ、行くぞ!」
タイミングをはからって、幹の陰から飛び出す。同時に、俺は《煙幕》スキルを発動し、ロビンフッドの視界から体を隠した。
しかし煙幕の中に、二本の矢が放たれた。片方は地面に刺さって消えたものの、もう片方は正確に俺の肩を貫く。
「くっ……」
HPの減少は僅かにとどまったが、HPバーの下にドクロマークのアイコンが表示される。時間経過とともに体力を削られていく、《毒》のステータス異常。
「駆音!」
「問題ない、作戦はそのままで行く!」
報告が正確なのもさることながら、ノータイムで射抜ける明日波さんの技量も凄まじい。
煙幕の中で跳躍し、幹を走って上り始める。
即座に枝上から、三本の矢が飛んできた。重力に逆らって走っている以上、跳んで躱すわけにもいかず、《空蝉》を使用して切り抜ける。
「フッ!」
短い気合と共に短刀を抜き、ロビンフッドに斬りかかる。僅かにHPを減らしながら、ロビンフッドは別の枝へ跳び移った。
「驚きましたよ。
GoMのVCは特定のキーを押せば味方とだけでなく、プレイヤーの近くにいる敵キャラクターとも話せるようになる。といってもたいてい暴言が飛んでくるだけだが、今回は別だ。
「戦闘中に話しかけるとは、随分と余裕じゃねえか」
「油断させるための罠かもしれませんよっ……と」
話しながら《苦無》を発動し、扇状に三本の苦無を飛ばす。追加効果等はなく、ダメージも僅かしか与えられないスキル。
「なっ」
だけど、相手の隙を突くにはもってこいのスキルだ。
予想通り、明日波さんの操る迷彩マント――KENTは難なく跳び躱す。しかし、僅かにできた隙を逃さず、畳みかけるように俺も枝を飛び移ってスキルを発動した。
「もらい!」
狭い足場の中で、巣を這う蜘蛛のようにスキルを繋げていく。が、二割程削ったところで緊急回避スキルを使われ、逃げられてしまった。
「お前、性格悪ぃぞ」
「普段のKENTさんよかマシですよ」
「ほう、殺す」
KENTの両手から弓矢が消え、マントの下から
――
特殊スキルの一つだ。普通は一つしか武器を持っていけないが、このスキルをとれば複数の武器を持っていける。その分AGIに大きくデバフがかかってしまうのが難点だが。
「死ねェェェェェ‼」
物騒なことを叫びながら後方へ跳び、KENTがトリガーを引く。この狭い足場の上で乱射されては躱しようがない。乱暴なように見えて、理に適ったプレイだ。
またHPを減らしながら、蒔奈のHPを確認する。一割程削られてはいるが、まだ大丈夫そうだ。木の下からは剣と拳が重なる音が響いている。
「蒔奈、あと少しだけ任せるぞ」
「こっちの台詞よ! そっちに行くまで死なないでよね!」
頼もしい悪態に苦笑しつつ、KENTを追って枝を跳ぶ。KENTもまた引き金を引きながら木々を飛び移っていく。
「いつまで鬼ごっこするつもりですか?」
KENTを追い続け、気がつけば俺達はマップの端まで来ていた。もうKENTの逃げ場はわずか、方向転換の隙を逃さず捉えられれば勝ちだ。
「安心しな、ここまでだよ」
しかし、絶体絶命のはずのKENTはニヤリと笑った。
「ここまで来れば、お前のAGIでも追いつかねえよなぁ?」
「何を――」
KENTのキャラが白い輝きを纏い、煙に包まれる。
最終奥義のエフェクトだ。
――まずい!
これは《帰還》のエフェクト。強いことには強いのだが、わざわざ最終奥義として取るほどでもない、不人気スキルだ。
その効果は、一定距離の
KENTの狙いは一対一の状況を作ることじゃなく、俺を可能な限り引き付け二対一の状況を作り出すこと。
慌てて戻ろうとした俺の背中で、声がした。
「うっそぴょーん♡」
振り返ると二丁の銃を腰に構えたKENTが、ニヤリと笑って俺の目の前に立っていた。
最終奥義をキャンセルしたのだ。キャンセルしたとしても、ゲージ自体は消費される。つまりKENTはもう、この試合で最終奥義が使えない。
一試合に一回の最終手段さえも
「ホント、性格悪ィ……」
「悪かったな。死ね! 《
『ご飯ですよー』
死を覚悟したそのとき、また背後で声がした。
俺の背後ではない。KENTの――明日波さんの背後で、だ。
『三つ数えてもこないなら、ブレーカー落としますからねー』
「……親フラですか? 呼ばれてますよ」
親フラ、親フラグとは一般的にライブ配信中等に親が部屋に現れる前兆を指す。が、それが転じて、通話中に親の声が入ることも指す。
ふとHPバーを確認すると、鉄さんのキャラ名が点滅している。回線切断――無理矢理ゲームを終了して試合を抜けた証拠だ。あの人、奥さんに弱いからな……。
「うるせえ気にすんな。くらえ、《
ブチ。
――ああ……。
無情にもKENTの回線は切断され、試合は俺達の勝利となった。
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