第2話 たたかいの・まくあけ
それからどれくらい経ったのか。車のエンジン音が止み、扉の開く音がした。もう抵抗しようなんて気力は欠片も残っていない。俺にできるのは無事に帰れることを祈るのみだ。
「出ろ」
「いてっ」
ヤクザ女に引っ張り出され、目と口のテープを乱雑に剥がれる。
ひりひりとした瞼の痛みに耐えながら目を開くと、視界にまず飛び込んできたのは大きな噴水だった。辺りには草木が生い茂り、並ぶ花壇には色とりどりの花が咲いている。
公園だろうか。しかし、噴水の奥には洋館が見える。
まさかと思って振り返ると、俺の真後ろには大きな門が立っていた。そこから洋館と庭園を囲むようにして、塀が伸びている。
豪邸だ……。
「歩け」
ヤクザ女に命令されるがまま、洋館に入り込む。長い廊下を煌びやかな装飾と高価そうな壺や絵画を横目に歩き続けていると、ある扉の前で「止まれ」と命令された。
ヤクザ女がノックしてから、扉を開ける。
薄暗い部屋の中央、横長のテーブルの上に三枚のモニタが設置してある。画面の前には大きな、特徴的な形をした椅子が置いてあり先ほどの少女が鎮座していた。
マンションの前に居たときのような玉座とは違う、機能的なデザインの椅子だ。薄暗いせいで良く見えないが、見覚えがあるような……。
「潜木駆音っ!」
椅子の上に立ち胸を張った蒔奈が、見下ろすようにこちらを見ている。これもどこかで……というかさっき見た光景だな。
「私と一緒になりなさい!」
俺を指さし、蒔奈はこれでもかというほどのドヤ顔を浮かべた。よほど噛まずにいえたことが嬉しかったのだろう。だがさっきの失態が消えるわけじゃないぞ。
「断れば殺す」
能天気に考えていると耳元で聞こえた声に反応し、全身の毛が逆立つ。決して耳に息がかかったからじゃない。言葉に込められていた殺意のせいだ。多分。
というか俺に選択肢はないのか。そもそも「一緒になれ」ってどういう意味なんだ? もしかして今告白されてるのか? されたことないから分からん。
疑問は無数に沸いてくるが、拒否権がない以上はとりあえず同意するしかない。
「は……い……?」
重苦しい空気(主に女の殺気のせい)の中、どうにかそれだけ言葉を絞り出すと蒔奈の顔がぱあっと明るくなった。
「じゃ、これでケーヤクセーリツね」
「契約?」
「説明は私から」
ヤクザ女はどこからか眼鏡を取り出し、装着した。上部のフレームがない、赤渕スクエア型の眼鏡だ。眼鏡効果か、僅かに外見のインテリ度があがる。インテリヤクザだ。
「お前には今日からこの子とゲームをしてもらう。たったそれだけの単純な仕事だ、猿にもできる。理解できたな?」
「いや何一つ分から……」
「返事は『はい』か『イエス』、もしくは『楽にしてください』だ」
「楽にしてください」
「却下」
却下するなら選択肢に入れるなよ。こいつは選択肢って言葉を知らないのか。
「とにかく、お前にはこの子と次のGoMの大会で優勝してもらう」
「GoM……? 『この子と』ってことは
「同じことを二度も言うな、言わせるな。お前に無理なんて選択肢はない」
この女が選択肢って言葉を知っていたことには驚いたが、いい加減俺に選択肢がないってことは分かってる。それでも否定したのは、ことがそう単純じゃないからだ。
「根性論でどうにかなる問題じゃない」
絶対にどうにもならないからこそ、否定した。
「お前と――
「ああ、無理なもんは無理だ。そもそもおれはソロ専で……ってお前、何で俺のプレイヤーネームを」
「待って」
沈黙していた蒔奈が口を開くと、椅子を回転させ画面に向き直った。
「マイシス、部屋の電気をつけて。あと壁を上げて」
蒔奈がそう呟くと、部屋が明るくなり、壁の一面が上がっていく。
ボイスコマンド搭載のハイテク部屋だ。テレビや雑誌で見たことはあったが、実物を目にしたのは初めてだ。壁が持ち上がる機能についてはもう訳が分からない。
壁の向こうに出てきたのは一台のPCと、それに接続されたモニタだった。
既視感の正体もようやく分かった。蒔奈が座る椅子の、この機能的なデザイン。ゲーミングチェアだ。PCやモニタ、そしてこの椅子。ここはゲームをするのに最適な空間、いわば「ゲーミングルーム」だった。
「マイシス、モニタの電源を入れて」
蒔奈の声に反応し、モニタに光が灯る。映し出されたのはGoMのホーム画面。
「勝負よ駆音。断るなら私と戦って、勝ってからにして!」
どうしてこんなことになっているのか。まさか今日初めてGoMをプレイするのが、拉致られてきた屋敷になるとは思わなかった。
公平を期すためか椅子やヘッドセットから、キーボード、マウスまで俺が使っていたものを用意してある。さっき俺の部屋に上がり込んだときに一緒に持ってきたのか。
確かに使い慣れているものの方が実力を発揮できるが、そもそもこんな状況で冷静にGoMをプレイできるわけがない。
GoMにログインすると、すぐに通知ウィンドウが光った。「PrinssesD`Ark」、朝連絡があったプレイヤーからのメッセージだ。内容は、決闘(デュエル)への招待。
「まさか、このプリンセスなんちゃらがお前か?」
「プリンセス・ダルク! 早く招待受けなさいよ」
なるほど。こいつらがどうして俺の留守を疑わなかったのか不思議だったが、メッセージに既読をつけた時点で俺が部屋にいるとバレてたわけか。陰湿な……。
招待を受けると、ホーム画面に蒔奈のアバターが転送されてきた。
頭にティアラを乗せた女性キャラだ。ふんわりしたドレスの上からチェストプレートを身に着けている。至るところに細かい装飾が施されており、見るからに金がかかっている感じだ。
武器は試合を始めるまで分からない。が、相手が小学生であることを考慮するなら
蒔奈がヘッドセットをつける。ヘッドホンとマイクが一緒になっているデバイスだ。
それを見て、俺もヘッドセットをつけた。
「ステージはミニ限定のランダムで、
「ああ、問題ない」
ヘッドセットから蒔奈の声が聞こえてくる。ゲームルール自体は公式大会でもよくつかわれている一般的なものだ。しかし同じ部屋にいるというのにわざわざGoM内のボイスチャット機能を通して会話するというのは、なんだか不思議な気分だ。
戦ったところで俺の意見が変わることはないが、それで相手が満足できるというのなら従おう。従わないと無事に帰してもらえなさそうだし。
ゲームの中でも、GoMは難しい部類に入る。操作もそうだが、キャラのビルドシステムが複雑なのだ。千あるポイントを基礎ステータスと特殊スキルに割り振り、文字通り自分だけのキャラをつくって戦う3D格闘アクション。課金によって強さが変わるようなシステムは無く、全てはプレイヤーの腕次第。そんなコアなゲームを、小学生くらいの女の子がまともにプレイできるわけがない。
「負けたときの言い訳を考えておくことね」
「必要ない」
「ふん、じゃあ始めるわよ」
蒔奈の声とともに、画面に「Game Starting」の文字が現れる。ホームから蒔奈のキャラが消え、何も無かった空間にステージが形成されていった。
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