第20話 たのしむ・どりょく
「お帰り、駆音」
風呂からあがってコテージのリビングに戻ると、蒔奈が迎えてくれた。薄青いワンピースに着替えている。
「ただいま」
「待ってたわよ、はいこれ」
蒔奈から手渡されたのはタオルだった。どういう意味だろうと考えていると、蒔奈の髪がまだ湿っていることに気付いた。
髪を拭け、と声に出そうとしてようやく今手渡されたタオルの意味を察する。
「……いつもは誰に拭いてもらってるんだ?」
「お姉ちゃんとか、メイドに。自分で拭けるって言ってるんだけど、蒔奈はちゃんと拭かないから誰かに拭いてもらいなさいって言われてるの!」
言いながらなぜか語気が強まる。俺怒られてるのか?
そういやこいつが自分で髪を拭くところを見たところがない。しかし髪を拭けと言われても女の子の髪なんて拭いたことない。自分の髪を拭くようにごしごしと擦っていいものなのだろうか。
だがこのまま放置していても髪にとっても蒔奈にとっても良くないだろう。仕方なくソファに座って蒔奈を手で呼ぶ。
蒔奈はにこっと笑って急いで俺の足の間にちょこんと座った。
おそるおそる手を伸ばし、絹糸のような髪にタオルをそわせる。正しい方法なんてやっぱり分からなかったが、できるだけそっと丁寧に水気をとっていく。
「そういや、誠と深湖子は?」
「用事があるって、どこかに走っていったわ」
ふむ、用事か。バーベキューを始めるにはまだ早い時間だが、準備なんかもある。芽吹たちが帰り次第始める手はずだったが間に合うだろうか。
こうして髪を拭っていると、俺に妹がいたらこんな感じなのかなと思う。
「ねえ、駆音」
感慨にふけっていると、蒔奈が口を開いた。
「本当に、これでよかったのかな」
「なんだ、楽しくなかったのか?」
「楽しかった。……楽しかったから、怖いのよ」
膝の上で小さく握られた拳が、微かに震えている。
「大会まで時間はないのよ? なのに、遊んでもいいの? 楽しくなっても、いいの?」
――楽しくなってもいいの、か。
「そうだな。蒔奈の言う通り大会まで時間はない。この残された時間の中で、できることは限られてくる」
「だったら……」
「だからこそ、今日の海なんだ」
目をきょとんとさせて、蒔奈が振り返る。
「今の俺達にとれる、一番勝率の高い戦術は何だと思う?」
「それは……お互いサポートし合って戦うのが――」
「惜しいな、それには時間が足りない。お互い、目を見つめるだけで何を言いたいか分かるくらいにはならないといけないからな」
タオル越しに、蒔奈の頭に手を置く。蒔奈は一瞬身構えたが、すぐに緊張を解いた。
「だから、俺がサポートする」
「でも、それじゃ……」
「勝ったことにならない、か?」
蒔奈の気持ちは我儘でもなんでもない、至極当然なものだ。「お前は自由にプレイしろ、尻拭いは任せろ」と言われているようなものだからな。
「なにも俺一人に任せろと言っているわけじゃない。慣れないことをするよりも、伸び伸びプレイした方が蒔奈は強いってだけだ。それに、今日一日蒔奈を見ていて分かったこともちゃんとある」
蒔奈がタオルを引っ張って、顔を隠す。
「い、一日って……そういうところがキモいのよ」
照れ隠しなのか、蒔奈は拗ねた様に唇を尖らせる。
「本当に分かったの? 私のこと」
蒔奈がタオルの隙間から顔を覗かせる。
「ああ、主にメンタル面だな。ゲームに対する好みの戦術、敗けそうになったときやピンチになったときの対処法、気持ちの切り替え方とかな」
「そう……。なら、駆音を信じるわ」
悩む素振りも見せず、蒔奈はそう言った。
「蒔奈、お待たせ」
「うんしょ、うんしょ」
リビングの扉が開き、誠が部屋に入って来る。その後ろから、何やら大きな袋を一生懸命両腕で抱えた深湖子もやって来る。
恥ずかしかったのか、蒔奈が手を払いのけて椅子から飛び降りる。
「駆音も。……丁度いい」
「おかえり。何か用?」
「うん、蒔奈、駆音。一緒に……しよ?」
「な、何を?」
挑戦的な目で微笑む誠。尋ね方が妙に色っぽくて、俺は唾を呑んだ。
「Glint of Momentを」
「なんだGoMか……。ってGoM⁉」
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