第13話 きかん・ほうこく

「ただいまー!」


 家に帰ると、蒔奈はすぐにゲーミングルームへ駆けて行った。


 あとに続いて俺も入ると、蒔奈はもう買ったばかりのキーボードを箱から出そうとしていた。使いたいと急く気持ちを抑えきれない様子で、箱を開けるのももどかしそうだ。


 蒔奈はやっと開いた箱から、赤子を抱えるようにそっとキーボードを抱える。まだ電源が入っていないんだから気のせいに違いないが、一瞬キーボードが輝いた気がした。


 今まで使っていたキーボードを取り外し、端子をPCのコネクタに挿入する。PCの電源を入れると同時に、キーボードに光が灯った。


 キーに刻印された文字や、キーとキーとの隙間を、金の光がキーボードの左から右へ流れている。


「見て駆音、光ったわ!」


 蒔奈の目も光り輝いている。楽しそうだ。


 正直、今日の買い物が正しい選択だったのか、まだ迷っている。もっと何かできたんじゃないか、今日一日無駄にしてしまったんじゃないかと思えば思うほど、焦りが込み上げてくる。それだけ残り時間は少なく、俺達の実力は乏しい。


 でも蒔奈の、GoMのことが純粋に好きな女の子の笑顔が見られたのなら、これで良かったのかもしれないと、そう思った。


 ある程度キーボードを眺めたあと、蒔奈はPCの電源を落としてから、古いマウスを取り外した。さっきと同じように、今度は新品のマウスを抱きかかえ、入れ替える。


「……一戦やるか?」


「やる!」


 すぐに蒔奈はボイスコマンドで壁を上げ、部屋が繋がると同時にGoMを起動した。嬉々とした様子で椅子に飛び乗ると、鼻歌まじりにキーボードをカタカタ適当に打っている。


 ――いつもこれだけ素直で分かりやすければな。


 やり始めてみれば一戦だけでは終わらず、気付けば夕飯時に芽吹が呼びにくるまで、二十戦以上続けていた。




 その日の食卓も、昨日のように静寂に包まれていた。


 少しでも解そうと口を開きかけ、そういえば、と思い出す。


「あの、食事の時は話さないようにってルールでもあるんですか?」


 丁度横に立っていたメイドさんに耳打ちする。


「ええ、その通りでございます。鹿子前家、家族の掟の一つでございます」


「いくつくらいあるんです?」


「昨日教えたはずだが」


 芽吹が口をはさんでくる。この女、地獄耳か?


「覚えてないんなら、今日は補習だな」


「ええ……」


「どのみち用があった、丁度いい」


 あんまりだ。俺に自由時間はないのか。


「失礼します」


 メイドさんが食事を運んできてくれると同時に、芽吹は口をつぐんだ。


 話していたせいか、ゲームのせいで夕飯が遅くなったせいか、どこか機嫌が悪そうだ。


 そういえばちゃんとメイドさんを見るのは初めてだな。クラシカルなメイド服に身を包む、由緒正しそうなメイドさんだ。佇まいから何から、美しさが溢れている。


 年齢は二十代前半といったところか。この若さでメイド長ということはないだろうが、そういえばこの屋敷のメイドさんって何人くらいいるんだろう。


 ちなみに主菜は肉料理だった。多分煮込んだ肉に、洒落たソースを添え、香草を乗せてある。正式名称は知らないし、口を開けないから聞くこともできなかった。


 香ばしい匂いに、噛む必要がないくらい柔らかなお肉。


 めちゃくそ美味しかったけど、やっぱり寂しかった。




 夕飯後、俺は芽吹に呼ばれリビングにいた。


「で、今日は何をした?」


「デートだよ」


「デート、ねえ。キーボードを買いに秋葉原のオンボロ電気店に行くのがデートか」


「……デートです」


 ただ買い物と言ったんじゃどんなことをされるか分からない。少なくとも蒔奈はデートだと言っていたし、嘘はついてない。


 それよりどうして今日行った場所を知っているんだ。俺に聞く意味あった?


「で?」


「は?」


「成果はあったかと聞いている」


 ――分かるか! ちゃんと言葉にしてくれ。せめて睨まないで。


「まあ、あったかどうかと聞かれれば、あったよ」


「聞かせてもらおうか」


「蒔奈の操作感が分かった。好みの感度というか……反応に求めるもの、というか」


「曖昧だな。もっと分かりやすく言えんのか」


「……要は、蒔奈に合ったキャラ構築ができるようになったってことだ。細かい調整はまた必要になるだろうが、少なくとも今の脳筋キャラゴリラよりはマシになるだろ」


 これは嘘じゃない。使うデバイスが分かれば、使用者のおおよその性格も分かるというものだ。まあ気付いたのは帰ってからだったけど。


「あとは、分からないことが分かった。普段クソ生意k……しっかりしてるから忘れがちだけど、やっぱ小学生の子供なんだなって。なんつうか、何も知らないなと思った」


「ほう、やればできるじゃないか。蒔奈ちゃんの印象については後日詳しく話そうか」


 ちっ、誤魔化し切れてなかったか。さらば俺の健康的な四肢よ。願わくば命だけは残りますように。


「まあ初日にしては及第点か。……羨ましいよ」


「え?」


 明日の心配をしていたら聞き逃した。しまった、また拳が増える……。


 しかし、芽吹は座ったままため息をもらしただけだった。


「部屋に戻っていいと言ったんだ」


「マジで⁉」


 拍子抜けだ。てっきり一日目のように、たっぷり絞られると思っていた。


 てことはこれから自由時間⁉


「というわけで明日の予定を前倒しして、蒔奈ちゃんの指導に当たってもらう。夕飯前にも一緒にやってたみたいだし、蒔奈ちゃんの特徴は更に掴めたんだろうな?」


「ですよね……」


 もうぬか喜びですらない。なんとなく予想はできていたことだ。


「なあ、聞くタイミングを逃してたんだが……お前はいいのか、この暮らし」


 よくよく考えてみなくとも、一つ屋根の下に年頃の男女が暮らしているのは問題なんじゃないだろうか。


 それに、俺とこいつは曲がりなりにもクラスメイトだ。こいつがいくら並外れたシスコンだといえども、クラスメイトの男と暮らすことを許容できるのか?


「この屋敷の敷地内にどれだけの生き物が住んでいると思う?」


 芽吹は腕を組み、ため息交じりに話し出す。


「は? 質問と何の関係が――」


「いいから答えろ」


 凄まれ、俺は仕方なく頭の中で数え始めた。


「俺、お前、蒔奈と、メイドさんや執事さんまで合わせれば……十人くらいか?」


「答えは否だ。私はと聞いたんだぞ。クモやヤモリ、ミミズなんかも合わせれば優に百は超えるだろう。そこに一匹増えようと、何も変わりはしない」


 なるほど、今更害虫が一匹増えようと気にしないと。って誰が害虫だ。


 害虫ならいても間違いが起こったりしないね。男として見られていないかもという可能性は考えていたが、そもそも人として見られていなかったとは。


「もう一つ、聞いてもいいか?」


「なんだ」


「どうしてあの子は、そこまで優勝にこだわる?」


 小馬鹿にしたように笑っていた芽吹の顔が、僅かに引きつる。


「……私からは言いたくない、蒔奈ちゃんに直接聞け。でも――」


 一瞬、芽吹の顔から表情が消える。俺と接するときの鬼教官の顔じゃなく、蒔奈と接するときのような甘い顔に似た、姉の顔。


「きっと、私のせいだ」


 その顔がどこか寂しそうだと感じたのは、俺の気のせいだろうか。

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