第38話

 謝砂は柱から手を離し後ろに仰け反ると足を滑らせてドンと尻もちをついた。

 瞬間、謝砂の首を狙って無数の糸が撚り紐となり飛んできたが紐は柱に巻きついた。

 勢いよく巻きついた紐を蜘蛛の精妖の手に戻ると柱は紐が擦れたようにくっきりと跡が残る。

「チッィ。すばしっこい」

「ぎゃぁぁ」

 謝砂は叫びながら立ち上がって後ろに逃げ出した。

「今度は捕まえてあげる」

 手に戻した紐をくるくると腕に巻くと無数の細い糸にもどし、あやとりのように自在に操る。

 謝砂はキラキラとした糸に絡まる前にぐっと立ち止まった。

「よほど目がいいのね。普通は見えないから自ら巣に突っ込む。手間だわ」

 見上げると細い糸は謝砂を絡めようと巣のように模様になって降ってくる。

「つまらない話だな。聞いてるだけで眠くなったのに謝砂はよく辛抱強く聞いていられる」

 謝砂の頭上に爛の剣が先に飛んできて頭上の糸を斬りふわふわとした糸が散りのように消える。

「謝砂もういいぞ。橋から落とされた人は嶺家が無事に回収した」

 爛は謝砂の間に飛んできて着地した。

「囮にされる作戦は聞いてない」

「謝砂を囮にしたつもりはない。自分で囮になったんだろ。助けようとしたが嶺楊殿は謝砂の意図を読んで霊力を使わずに回収した状況判断だ。謝家の傘下として宗主の意図を読むのは当然だ」

「爛は意図なんて何もないのを知ってるだろ。すぐに助けてくれよ」

「見とれてるのが分かったからだ。楽しそうに見えた」

「誤解だ。どういう眼鏡をかけたら見えるんだ?」

「私は目がいいから必要ない」

「意味が違う!」

「やっと仙師のお出ましか」

 言い合いをしていると蜘蛛の糸が爛を包むように飛んできた。

 爛は蜘蛛の精妖の手のひらで一撃を放ち蜘蛛の巣を吹き飛ばす。

「爛! 遅い!」

「よく耐えられたな。何を考えていた?」

 爛が言う耐えた意味と謝砂の恐怖に耐えたという意味ではないようだ。

「気になってたんだ。蜘蛛の精妖って口から糸を出すのか? 顔がお尻なのか? 尻が顔なのか?」

 蜘蛛と言えば口は食べるだけで糸は出さないはずだ。

 顔に見えるのがお尻なのかが気になって痺れそうな怖さを自分で中和させていた。

(顔が綺麗じゃなくてお尻が綺麗なのか?)

 蜘蛛の女性の顔が真っ赤になっていく。シューシューと口から音が漏れる。

「言ってることは同じだ。私が仙師たちに気づいていないとでも思っていたのか。全員、糸で捕らえてやる」

 橋の上にもどった蜘蛛の精妖は糸を張り巡らせていたのか橋の上に浮かんでいた。

 大小の水滴がついていて大粒はバスケットボールぐらい大きい。

「水滴がついた蜘蛛の糸は美しいでしょう」

 謝砂をじっと見下ろした蜘蛛の精妖の視界から爛は自分の背中に謝砂を隠した。

「あれは唾液だ。溶けるから気をつけろ」

「その前に仙師たちを捕らえましょうか」

 謝砂は爛の背中から首を曲げてこっそり顔を出し覗いた。

 額に爪ぐらいの大きさで六個の目が開いて別々に動いた。

「隠れても無駄だ。蜘蛛の目を侮るな」

 蜘蛛の糸が瞬時に各方面へ飛んでいく。

「うわっ!」

「ぎゃっぁ!」

 謝家の門弟と嶺家の門弟を捕らえたらしく糸がシュルシュルと戻される。

 糸でつないだままどさっと地面に叩きつけた。

 低い呻き声が聞こえた。門弟たちが捕らえられたらしいがまだ無事のようだ。

 後ろから呪符が飛んできて糸に触れるとぼぉっと火がついて糸を燃やす。

 火は細い一本の糸がちぎれるに燃えて黒い煙を上げて燃え灰となった。

 立て続けに呪符が飛んできて糸は燃え短くなりながら宙にふわっと浮かんで消えていく。

「焔呪符か。柚苑と雪児たちは一体どこにいたんだ?」

 謝砂が後ろをきょろきょろと見渡すと雪児に続いて後ろから柚苑がふわりと着地した。

「近くの屋根の上です」

「剣を使えよ」

「飛んでいるものは呪符が先ですと教えられています」

「桃常と桃展は? 剣を使ってるだろう」

 柚苑と雪児に説明するが首を傾げられる。

 剣のヒュンヒュンという音につづいてパラパラとした撒かれた音が聞こえた。

「うん?」

 謝砂の足元近くに飛んできた白い粒を拾った。

(米粒? 生米だしどうしてここにあるんだろう)

 塀を超えて桃展と桃常は細い糸を斬りながら勢いよく飛び出してきた。

「桃常何を飛ばしたんだ?」

 桃展と桃常は剣を片手に握っているがもう開けた片方の手に米粒が数粒張り付いて残ってた。

「米? 生米だよな」

「謝宗主もち米です」

 謝砂が聞くと桃常がそばに寄ってきた。

「もち米持ち歩いてるのか?」

(あっ。ダジャレじゃん。気づくか?)

「はい。餅はなかったんですけど屋敷の厨房にはもち米があったので分けてもらいました。巾着に入れて持ち歩くことにしたんです」

 謝砂は少し恥ずかしくなってコホンと咳をしてごまかした。

「えっとうん。いい心がけだと思うよ。何が役立つなんて分からないしな」

「蜘蛛の巣ってしつこいですね。ふわふわして斬ってもまとわりつこうとします」

 少し離れたところで桃展が剣をぶんぶんと振り回していた。

 素振りでもしていると思っていたが糸を防いでいたらしい。

「糸? 糸見えないんだけど」

「爛様が防いでいるからです」

 雪児に言われて気づいた。

 謝砂が糸を浴びてないのは爛が防いでいたからだった。

 糸に捕らえられていた謝家の門弟と嶺家の門弟が橋にゆっくりと引っ張られた。

「謝砂はここにいて。離れる」

 爛は橋に踏み込んだが手前で宙をくるっと一回転して着地した。

「気づいたの? もう少しだったのに」

 蜘蛛の精妖は糸の上を伝い橋の上でうつ伏せになり爛と謝砂を見下ろした。

 月がちょうど雲から顔をだした。

 川が月明りを反射して下からも橋を照らす。

 吊り橋は糸が張り巡らされていて突っ込んできたものを捕らえるための準備が整えられていた。

 月明りに光る橋はちょっとしたイルミネーションにも見えなくはない。

 テーマパークでハロウィンのために制作されてフォトスポットの蜘蛛の巣橋。

 橋は強い妖気に包まれて黒い煙が漂って見える。

 蜘蛛の精妖は手を振り払い爛をめがけて一撃を打った。

 爛が飛んできた糸をみて剣の柄を翻して糸の上を剣の刃で滑らした。

「爛大丈夫?」

「なんともない」

 刃をぱっと払うとじゅわっと石が溶ける。

 服は丈夫らしく溶けてない。

「ふっふっ」

 怪しげに笑って「シュル」と口から音が聞こえる。

「糸は水泡を小さな水滴にして糸に流しているの。目には見えないぐらい細かい粒だけど、消化するために溶かせるぐらいの毒をふくんでるのよ。すごいでしょう」

 爛は一人で飛んでくる蜘蛛の糸を剣を飛ばして斬っていた。

 蜘蛛の巣をめがけて矢がヒュンと飛んできたが大きな水泡は貫けずに刺さった矢はジュワっと溶けた。

 嶺楊は吊り橋を渡った向こう側から矢を飛ばしていた。

 蜘蛛の精妖はくるっと向きを変え嶺楊に顔を向けた。

「嶺楊殿は逃げろ。矢は意味がない」

 謝砂は叫んでいた。

 蜘蛛の精妖は嶺楊のいる側の橋の手前に移動した。

 うつ伏せのまま後ろに下がりつつ指先は張った巣糸を弦のように弾き奏でる。

 まるで琴を奏でているようだが糸につけた水滴が揺れる。

 バンという大きな音が響くと小石ぐらいの水滴と嶺楊達に大きい水泡も飛ばされた。

 小さな水滴は橋の近くの塀に当たり溶けえぐられたような窪みができた。

 地面に落とされ跳ね返った飛沫を浴びた草は除草剤をかけられたように一瞬で枯れる。

 嶺楊は側にいる門弟に呪符を飛ばさせると3本同時に矢をつがえると弓を構えて弦をはじいた。

 飛ばした矢は呪符を射るとそのまま勢いよく飛んでくる水滴の中に命中した。

 水滴に触れると矢は溶けるが呪符はボゥと火がつき燃え蒸発する。

 嶺楊は水泡も蒸発させる考えらしい。

 水滴を命中させ蒸発させながら大きな水泡にも呪符と飛ばし矢で射る。

 矢の勢いが弱いのか水泡に刺さるとすぐに溶かされた。

 水泡の中でも呪符は燃えるがすぐに燃え尽きボゴボと気泡が生まれるだけで蒸発させれない。

 嶺楊は門弟に視線で合図を送り頷きあうと大きな水泡だけに呪符を立て続けに飛ばした。

 嶺楊は矢を一本だけつがえて集中し大きく弦を引いた。

 呪符が重ねらたまま狙いを定めて矢を放つ。

 矢は勢いよく水泡の中に入り呪符を水泡の中心に入れた。

 呪符が燃え水泡は内側から蒸発してシャボン玉のように膜がバンと弾けた。

「うっ」

 嶺楊は小さく呻いた。

 蜘蛛の精妖に矢先向けて頭を狙い矢を弓につがえて弦を力強く引いて構えていた。

 キリキリと名一杯ためてから弦を引く指を放つと同時に水泡の雫が弓の弦について弦が裂けた。

 裂けた弦がはじき嶺楊の手のひらに鞭で叩かれたように当たり血が滲んだ。

 弦が切れる前に嶺楊は矢を放ったが矢は逸れ蜘蛛の精妖の右肩に命中する。

「きゃぁぁ!」

 橋の上から女の悲鳴が大きく聞こえた。

 射られた腕は血を流してだらりと垂れるが左手で矢をジュワっと溶かした。

 蜘蛛の精妖は体を逆さまに向けた。

 外衣がめくれて細くて長い足をあらわにした。

 片足を橋に吊るされた状態のままバレリーナのようにくるくると回る。

(吊り橋がまったく揺れてないのが逆にめっっちゃ怖い。絶対目を合わせたくないんですけど)

 謝砂は爛の背中に隠れたがこっそりと覗いた。

 謝砂は目を擦った。

「爛、腕増えてるね」

「腕は四本で足二本みたいだな」

 蜘蛛の精妖は橋の底板に足を下ろして立っていたがまくりあげられた袖から腕が二本増えていた。

「もう限界よ。吊り橋に吊るしておいた子たちは逃げるし、捕まえに行ってもいないし」

 手で糸を操って残ってる水滴を集めて大きめの水泡を作っていた。

 謝砂の目には漁船のライトのようにも見えてくる。

 雪児と柚苑は剣の柄を握るが指には呪符を構えていた。

 爛は様子をじっと観察していたが剣が鞘から抜く。

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