第15話

 謝砂は頭で言い訳を必死に考えていた。

 手に皆が剣を持っているのが問題だ。

 修練中としては立派な剣をもつだろう。

 鞘から抜けば木刀や子供のおもちゃでしたってことはない。

 手品のように抜けば花束でしたというオチもなさそうだ。

 もし怪しまれて剣を突きつけられたくはない。

(よその家の稽古を覗き見てたって思われたらどうしよう。問いただすために呼ばれたとか。今謝ったら認めることになるし、どうすればいいんだ?)

 ぐるぐると危機を脱出しようと思考回路をめぐらせているがラッキーなことに目を直接合わせてはこない。

 謝砂のことを気にはしているらしくチラチラと見るだけだ。

 柳鳳のそばに残っているのは少年ばかりでおおよそだが中学生から高校生ぐらい。

 謝砂は少年たちしか居合わせていないことに姜の男女の区別を思い出し聞くことにした。

「あのさ、ここでも女子と男子で別れて鍛錬してるの?」

「桃家は明確に区別はしません。世家の中では男女の仲がよく自由な家風です。謝家からしたら考えられませんよね」

(謝家に行きたくなくなってきた。実家のほうが厳しくてそれを決めてる本人って。帰らないほうが謝家の為なんじゃないかな。戻っても歓迎してもらえないかも)

 謝砂がそんなことを聞いてくるなど思ってもみなかったらしいく盗み見られていたが少年たちは謝砂を見てくる。

 思い切ったように挙手をした子がいた。

「謝宗主よろしいでしょうか?」

「うん?」

 謝砂は手を上げた子を見た。

  髪を一つにまとめてポニーテールのように結んでいる。

 柳鳳とは違って中性的な顔は爛に似ていた。

 顔は左右に整っていて美形。

 いかにも真面目そうだが年頃なのに恋とかには興味がなさそうに感じられた。

 これから先何人の女の子が涙を流すだろう。

 第一印象は先入観がなく見たままの性格をよみとる。

 拗ねたくなるぐらい羨ましい。

 どうせなら同じ顔じゃなくてこんな美形がよかった。

 謝砂は手を上げた子に手を向ける。

「はい、君。えっと誰かな?」

「僕は桃展(とうてん)といいます」

 謝砂は少し風格を出そうと咳ばらいをした。

「桃展君、言いたいことがあるなら言ってごらん。柳鳳にも言いたいことがあれば代わりに言ってあげよう」

「謝宗主ありがとうございます。謝宗主、僕たちは師兄に鍛錬に付き合えと言われただけです。逃がしてください」

 小声で「そうだ」と何人か続いて言った。

 謝砂は声を上げる師弟たちを眺めて見る。

(しかし美少年率が高い。大人しい見た目がまざってるけどあえて華やかな集団にいることによって素朴に見えるだけだろう)

 謝砂はそのやや素朴な少年を指した。

 素朴といっても一般的に美形の分類だ。

 キリっとした顔つきながら愛想がよさそうで凛々しさを合わせ持った印象を受ける。

「君も桃家の子弟なの?」

「はい。僕は桃常(とうじょう)といいます。桃家の傍系です」

(傍系って遠い親戚のことをいうんだっけ。血縁は憶えられない)

「僕は謝宗主に教えて頂きたいです」

「何も知らないから聞かないでくれ」

 桃常の要望に謝砂は速攻で断った。

 なぜと聞かれても困るが知らないを言い通すつもりだ。

「僕は謝家の剣術について聞きたいのではないんです」

 桃常は断られたのは自分の聞き方が悪かったと思ってくれたようだ。

「各仙家の教え方があるだろうし。よそ者が口を出すわけにはいかないだろう。爛の許可がいる」

 謝砂は頭をフル回転させて最もそれらしいく理由を話した。

(悪いが諦めてくれ。無理だ。教えられることは何もない)

 柳鳳に視線で助けを求めた。

「兄さんはこのあと家宴に出席しなければならないから忙しいんだよ」

 柳鳳は機転が利くみたいだ。

 師兄に諭されて桃常は肩を落とす。

「申し訳ありません。謝宗主は方術も剣術にも秀でていると噂を聞いていたので」

(へぇー。優秀なんだ。やっぱり宗主って肩書は嘘じゃないけど僕はそれに泥を塗ると思う)

「お話ができる機会がまったくなかったのですが以前謝宗主をお見かけした際、剣術が素晴らしくてぜひもう一度拝見したかったのです」

 キラキラの希望に満ちた瞳は負担でしかない。第一に剣持ってないし、剣道なんて体育で遊んだだけで憶えすらない。怖くて逃げてたし。しかしこの憧れを一瞬で壊すのはあまりにも忍びない。

「分かった。だけど病み上がりなので剣術を披露することはできないんだ。かわりに箒ほうきを持ってきなさい」

「法器ではなく掃く箒(ほうき)ですか」

 謝砂は笑みを浮かべた。

「妙技をおみせしよう」

 体育を見学しまくり、帰宅部だったが罰掃除で習得した箒の早掃きは自慢できるはずだ。

 ここにも使用人が掃除や家の雑務をしているようだから庭の掃き掃除なんていう罰はしたことがないだろう。

 謝砂は全員に箒を手に持たせた。

 昔ながらの持ち手が竹製の箒だ。

 剣ぐらいの長さはあるからちょうどいい。

 髭はないが顎を片手でなでてそれっぽい雰囲気を演出させた。

「剣術の腕を磨くのもいいが、剣は己で扱うものだ。だからこそ精神を鍛える必要がある」

「箒はなぜですか?」

「桃展君、いい質問だね。それは身近にある箒こそ一番の鍛錬に適しているものだからだよ」

 柳鳳まで黙って謝砂の話を興味津々に一言も聞き逃さないといわんばりに集中している。

「精神を鍛えるには掃除が一番。一見は綺麗に見えても砂埃や周りには葉っぱなどのものが落ちているだろ。修練に応用する」

「こんな広い面積だから掃除するだけで時間がかかるだろ。基本は隅から掃いていくんだ。力加減が必要だ。さあ開始」

 謝砂が合図すると一列になって隅から黙々と掃いていく。

 予想通り不慣れなようで箒に手こずってる。

「はい、注目!」

 謝砂は首を振り前髪をわざと流す。

 近くにいた桃展の箒をかしてもらう。

 謝砂は自信満々に箒を一回転させて持ち、隅っこから一気に掃いた。

 箒のしなり度を確かめて力をこめて一気に掃く。

 勢いがいいのに土埃や葉を思い通りに運ぶ。

 謝砂が掃いたあとは散り一つ残っていない。

 集めた埃や土、落ち葉などが絡められたゴミの山が盛られた。

「どうだ。箒も同じく道具は使いようなんだ」

 謝砂が自慢気に言うと「うおぉ」と感心する声が響いた。

 あまり深く考えてなかったが褒められるといい気分になる。

 謝砂は調子に乗って箒で旋風を起こして一帯のゴミを掃いて集める技を披露した。

 一芸を披露すると拍手されて気分よく掃除を終えた。

 桃展に箒を返すとその瞳は憧れの人を見るように純粋にキラキラと輝いている。

「僕たちにあわせて箒を使ってくださったけど謝宗主は剣術だけでなく、内力の力加減の仕方も同時に修練されたんですね。風を操ることで修練するとは思いつきませんでした。ありがとうございます」

 桃常は教えてもらったことに満足し、感激したみたいだ。

 師弟たちは謝砂に向かって一斉に頭を下げた。

「礼はいらない」

 これであの子たちの憧れている存在は守れたはずだ。

 桃家の弟子たちに別れを告げて柳鳳に爛の元に案内してもらった。

「柳鳳、実は迷子なんだ。道教えてくれないかな?」

「わかりました。お連れします」

 調子に乗りすぎたとあとから後悔した。

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