第14話
燃やした後は縁起が悪いから清めるといわれ先に風呂に入らされた。
たぶん片付けるのに謝砂は邪魔だったからに違いない。
呼びに来た弟子に片付けまで押し付けては悪い気がした。
酒をまき清めているのを見て謝砂も手伝おうとした。
「浄化は僕たちに任せてください」
「じゃ、掃除を手伝うよ」
「いえ僕たちに任せてください」
攻防戦が繰り広げられ埒が明かないでいると誰かが爛を呼びに行ったらしく部屋に戻った爛が謝砂を連れ戻しにきた。
結局連れていかれて後片付けをせずにそのままにしてきた。
部屋数はすごく多いようで室の一つずつ名前が付けられているが読む前に押し込められた。
風呂上りに蘇若を膝の上にのせ、手には爛からもらった干し杏を二人で食べていた。
甘い物で釣らないと爛のほうへすぐに逃げようとするから捕まえていた。
だが向かい合って座っていた姜に蘇若を取り上げられた。
「お兄様はまだ安静にしないと。姜がこの子を連れて帰ります」
「わかった。じゃ、名前を考えてからにしよう」
爛に聞いたが蘇若が連れてこられてから記憶を失っているらしい。
日常のことは覚えていても自分のことをあまり覚えていないらしい。
魂を修復したせいかもしれないし魂が消えかけていたせいかもしれない。
そのうち思い出すかもしれないが人には忘れたい記憶がある。
忘れたいのなら無理に思い出させる必要もないだろう。
蘇若と名前はただ呼ばれているだけで返事をするようになったが
「お兄様、この子を直接お育てになるのですか? 門弟や師弟として?」
「ややこしい話は分からないけど。姜も美玉さんに頼まれたときいた。世話する者がいないのなら私が勝手に助けた責任は負わないと。うちの子だろう」
「そうですけど。いきなり名前ですか?」
「爛に聞くけど家族として育てるには問題がある?」
隣に座っていた爛にきいた。
呑んでいた茶を置いた。
「世家に入れるのは宗主の自由だ。拾ってきたのはいいとして、いい名があるの?」
「宗主が決めたことをとめるものは居ませんが飼い犬ではないのですよ」
「犬はすべて怖くて苦手だ。可愛いだけじゃなく鋭い牙が怖い。吠えられると動けないし。でも小鳥は好きだな」
「小鳥と名をつけるのですか?」
「そんなふざけないぞ。謝若(しゃじゃく)はどう?」
「変わってません。謝小?」
「もう少し捻って考えよう。爛と一緒に助けたから爛がつけて」
「葉竹(はちく)」
爛の書いた字をみてドキッとした。
(竹の葉って笹だから読みが笹で紗々ってことじゃん。使うなよ)
憶えていたのか。
「縁起が悪いから却下だ」
「いいと思いましたが」
「えいってよくない? 瑛にしたらいいだろう。謝瑛で完璧だ。憶えやすくて混乱しない。なぁ瑛」
「はーい」
蘇若は瑛(えい)と呼ばれて返事をした。
気に入ったという答えだ。
「分かりました。瑛はもう寝る時間です」
「ここで一緒にすごせばいい」
「いけません。子供とはいえ分けるべきです」
「男女の区別って大事? まだ子どもだ」
「なんて破廉恥なことを。お兄様も記憶がないと言っても分別は忘れないでください」
姜にかなり軽蔑された気がする。
(この世界の基準で考えるとかなりゆるく育ってるから境界線が分かんないだけど)
自慢じゃないが女子に守ってもらっていたが嫌がられたことはない。
男としては見られないということだが守ってあげたくなる小動物みたいだと言われた。
「部屋が家族で一緒に過ごすのは本当に小さい時ぐらいですよ。農村とかでも部屋があれば別々に寝ます。やむを得ない事情があるときだけで室がある時は別で寝ます」
「じゃ途中まで送るのはいい?」
「はい。じゃ私がいる室まで送ってください。居座らないように気を付けてくださいよ」
「分かった。気を付ける。でも一応聞くけどもしかして爛だったらいいの?」
ふと頭によぎった疑問だった。
「桃の若様は別です。常に清廉潔白で男女の区別なく慕われておりますが興味がないようです」
(男女区別なく人望があるって意味かな)
「今では自分が一番と思って誰も相手にしないのだと皮肉された噂がありましたが人柄が大変よく皆が納得してしまっています。それでもいいと人気がさらに増しました」
「爛は人に興味ないとは感じないけどな。顔もいいのに使わないなんてせっかくの美人がもったいない気がする。減るものじゃないのに」
謝砂には爛はずっと隣にいて世話してくれるから世話好きで人が好きなんだと思っていた。
爛は自分大好きなナルシルトとは思えなかった。それなら興味がないのか。
美人すぎても大変なんだなと自分には一生関係ない話だと他人事のような態度に姜は謝砂にため息をついた。
「お兄様は別の意味で噂されてますよ。人を一切寄せ付けない変わり者として縁談が一つもこないんですよ。見栄えはいいほうだし謝家の若宗主という肩書もあるのにどうしてなのか遠巻きに噂されるだけなんて」
褒められてるのかディスられてるのか分からない言い分だ。
「威張ってるわけではないのは姜は分かっています。ですが、他の人を相手にしないので敵を増やしてばかり。余計なお世話だとしても人の話は合わせて聞かないと。口数が少ないために誤解されたままになるんですよ。年下の者からは畏怖されて近寄られないからって小さい子をつかってお兄様が愛らしくはなりませんからね」
姜の話からしても謝砂は周囲から怖がられてるらしい。
「爛様がお兄様の代わりに取りなしてもらっているので持ってるですよ」
「念のために訊くよ。念のためだけど爛は男で合ってるんだよね? もしかしてかっこいい女子だったりする? 本人に直接はきけないからさ姜ちゃん教えて」
姜は口を開けたまま塞がらない。
謝砂は顎に触れてその口を閉じてあげるがその手を姜に両手で包むように握り絞められた。
「頭を強く叩かれたのですか? 憑りつかれましたか?」
招魂されたからとりついたという表現は間違ってはない。
謝砂の目を見ると姜は真剣に訊かれているのだと悟った。
「ねぇどっちなの? 男で合ってる? 姜ちゃん教えてよ」
「お兄様、室に着きました。家宴が開かれるのですが姜は行きません。お兄様一人でお願いします」
先に瑛を室の中に入れて姜は自分も入るとすぐにぴしゃっと扉を閉じられた。
「えっと帰るよ。見送りはいらないよ」
謝砂はわざと大きな声をだしたが二人に見送られることはなかった。
話に夢中になっていたから来た道を憶えなかった。
「案内図とかはないのか」
適当に歩いてるとすれ違う人はいた。
帰り道を尋ねようとするが声をかけることがどうしても怖くてできない。
謝砂に気づく人もいたが、挨拶をされ道を譲られる。迷子だとも言いづらい。
とりあえず人の気配が多いところに向かって歩いた。
桃の木が庭園のような植えられている。
水の流れる音を辿ると庭に池があった。
(なんていう豪邸。まるで映画やドラマのセットみたいだ)
川から水を引いているのか湧いているのか池の水には流れがある。
水面が揺れて覗くのをやめた。魚がいる池に落ちたら大変だと気が動転する。
小学生の野外学習でマス手づかみ体験として強制参加させられた人工的な池に放たれたニジマス。
魚が足元を通り抜けじっとしていると人に押されて全身水に濡れたが怖かったのは水ではなく逃げる魚だ。
池に浸かった短パンの中になぜか一匹逃げて入ってきた。
あの感覚は恐怖だった。泣きながら友達に魚を掴んで取ってもらって池から脱出したことは忘れもしない。
怪我もしていないのに泣き叫び、半ズボンも脱いでその場にゴミとして捨てた。
代わりに持ってきていたズボンに着替えたが魚掴みで泣いた子ははじめてだと管理人のおじいちゃんに塩を振って焼かれたニジマスの串焼きを一本もらっておいしく食べた記憶がよみがえる。
だが苦手になったのはホームセンターで死んで浮かんでいた金魚を共食いしているのを目撃してしまってからは水族館で泳ぐ魚も見れなくなった。
料理の魚は食材としてみてるから平気なのにと自分でも不可解だが魚の動きも苦手で寒気が襲う。
極力池を見ないようにぎゅっとこぶしを握りしめて橋を通り中庭のような場所に出た。
修練場なのか同じような服をきた弟子たちが剣を持って鍛えている。
そっと柱に隠れて様子を見ていた。
「柳鳳 師兄もう無理です」
一人の若い弟子が剣を置いた。
続くように何人も剣を置きその場に座った。
「罰をうけて書き写しに書閣に籠ってたからって終わった途端から僕たちに八つ当たりしないでくださいよ」
「師兄なにがあったんですか? いつものような邪鬼や妖獣をはらったのでしょう」
「爛様が持ち帰った腕輪は怨念と邪気で分からなかったけど法器だったんですよね。柳花 師姉(しし)は腕輪を他の先輩方と家宴のあと調べると」
「そうだ。呪符を解きなんの法器か確かめどこにあったのか思念が残っていないか探るらしい」
聞き耳を立てていたが一歩踏み出してしまった。
「誰だ? 出てこい」
(ほんと耳がいいな。柳鳳だからついでに案内してもらうか)
「お邪魔してます」
謝砂はそーっと顔を出して姿を見せた。
「謝宗主がしゃべった!」
弟子たちがザワザワとざわめき一斉に謝砂に顔を向けた。
「なんだ。謝砂兄さんでしたか」
「「「えっ?」」」
何人か同時に聞き返した。
「そんなところじゃなて出てきてくださいよ」
「いや、稽古の邪魔してすまないね」
逃げるのも変だと柳鳳に言われるがまま弟子たちの前に出た。
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