第13話

 突然胸を押されたような咳のよう込みあがってきた嗚咽は口を抑えなんとか抑える。

 一人で降りようとする柳鳳を見つけると謝砂は素早く起き上がりとタックルし引き留めた。

 柳鳳は立っていられなかった。

 気を抜いていたこともあり謝砂に押され座らされる。

「うわっ!」

 謝砂は腕を柳鳳の腰にまわし、立てないよう枷になろうと重みをくわえた。

 立ち上がろうとするが謝砂は帯に手をかける。

「ちょっと! 衣を脱がすつもりですか!」

 柳鳳は必死にずり降ろされそうな衣を握りしめた。

 抜け出そうとする柳鳳はもがくほど謝砂に強く締めつけていくと音を上げた。

「く、くるしい。放してください」

「望みを聞いてくれるまで離さない」

「わ、分かりました」

「ほんとうに?」

 念押しに尋ねると柳鳳は頷いた。

 そっと腕の力を緩めながら解放していく。

 柳鳳は乱れた衣を整え緩んだ帯を締めなおす。

 謝砂は柳鳳の目がきつくなり蛇に睨まれたように大人しく待っていた。

「それでなんですか?」

「降ろしてくれ」

 呆気にとられたように大きくなった。

 謝砂に乗っかられ柳鳳はぎょっとしていた。

「お願いだ。一緒に降ろしてくれ」


 謝砂は寝ころんだときに意識もぶっ飛びそうになった。


 屋根の上にいたことが頭をよぎり置き去りにされるにしても地面がいい。


「柳鳳お願いだから降りるなら一緒に」


「ご自身で降りたらいいのでは?」


 ブルブルと首を振った。


「む、む、むり」


「新手の仕返しをするつもりですね」


 なにか違うように受け取られた。


「違うよ」


 両手を使って思いっきり否定したが柳鳳は疑ったままだ。


「誓う。仕返しなんてしないから。高いところが怖いだけなんだ」


「信じられません。屋根ぐらい常に駆け上がる台みたいな高さじゃないですか」


 付き合いきれないと立ち上がった柳鳳の足を掴んで泣きついた。


「爛が来てくれるまで一緒にいてくれないか」


 謝砂は鼻をすする。


「なんで爛様を呼ぶんですか?」


「降ろしてくれたら呼ばなくていいのに。じゃ謝姜を呼ぼうか?」


「いません」


 柳鳳は仏頂面から姜の名前を出した途端に不機嫌に眉を寄せる。


「叫べば来てくれるよ。よう――」


 柳鳳に口を塞がれたが確信した。


(謝姜には悪いが柳鳳を釣る餌になってもらう。今謝っとく。ごめん)


 塞いだ手を叩いて外してもらう。


「君は謝姜のことが好きだろ?」


「な、な、なにを言うんですか?」


 柳鳳は口ごもり肌が見えてるところが全部真っ赤に変わった。


 健康的なやや日焼けをした肌のためか顔はさびの色になってる。


(すごく分かりやすいな)


「安心しろ。実の妹のように思ってるだけで家族と同じだ」


「ふんっ。関係ない」


「恥ずかしがらなくてもいい。人の話は最後まで聞きなさい」


「いいか、姜ちゃんは可愛いしこれから縁談も舞い込むだろう。だが柳鳳君が何があっても家族は見捨てないという心があるなら邪魔はしないと約束しよう」


「--本当ですか?」


(よしっ! 釣れた!)


 謝砂の読み通り柳鳳は食い気味に話しに食いついた。


「姜ちゃんがお兄様と慕っている相手は誰か知ってるな。そこで姜が柳鳳が助けてくれたと聞けば受け入れる隙間が生まれるはずだ」


 柳鳳の謝砂を見る目が変わった。


「謝姜のようにお兄さんと呼ばせてやってもいいんだが。降ろしてくれる?」


「分かりました。俺の背中につかまってください兄さん」


 必死な謝砂に柳鳳は背中に背負っていた弓と矢筒を前に背負いなおした。


 空いた背中に乗せてもらい柳鳳の首に手をまわし自分の腕を掴んでいた。


「降りるとき教えて。深呼吸する」


 柳鳳は謝砂が言い終える前にはすでに屋根の淵に立っていた。


「今」


 ふわっと落ちる感覚に悲鳴より先に意識が一瞬飛んで力が抜けて掴んだ手が離れた。

 叫ぼうとするが声がでない。


(しまった!)


 ぎゅっと衝撃に備えて目を閉じた。


(落ちても柳鳳が下敷きになる)


 しっかりと掴んで離れないものだと思い込んでいた柳鳳は謝砂を掴んでいなかった。


 背中から重みがなくなった柳鳳が先に着地して見上げると爛が謝砂を掴んでいた。


 爛が謝砂を腕に抱えてふわっと着地した。


 謝砂が気を失い手を離した瞬間に爛が気づいた。


 飛び柳鳳の飛んで謝砂を受け止め一緒に地面に降りた。


 抱かれたまま謝砂は目を細く開けてぼやっと爛の顔が見えた。


「もう無理……」


 謝砂は安心してなのか漂っていた邪気が強すぎたせいか体の力が抜け意識を手放して気絶した。








 朝方になり屋敷の騒音が収まり門の外に人の気配を感じた。


「柳鳳、正門の閂かんぬきをぬいて開けなさい。この屋敷ごと供養して溜まった邪気を払うために人を呼んだ」


 柳鳳が門を開けると何人か桃家の家紋である桃花が刺繍された白い枹を纏った桃素貞とうそていが門弟を10数人引連れて待っていた。


「驍家の者も連れてきました」


 爛が門を跨いで屋敷から出ると素貞そていが爛のそばに来た。


「身分に関係なく一人残らず埋葬しきちんと供養しなさい。特に倉で棺に入っている奥方は丁寧に弔い、屋敷ごと供養すれば塁は及ばないだろう」


 桃爛の言葉に驍家の者は「ありがとうございます」と礼を述べた。


「分かりました。塚を立てます」








「爛様に抱えられているのは謝家の若宗主ですか?」


 素貞は爛が抱えている気を失った謝砂を見て驚いて尋ねた。


「うん。私の家に連れて帰って休ませる」


「分かりました。柳花、柳鳳も爛様と一緒に行きなさい」


 爛に道を開けて続きで柳花が出ていく。

 包まれているものを持っている。


「それで、どんなのだったんだ?」


 素貞は出てきた柳鳳の腕を掴んで興味深々で質問する。


「傀儡になっていたのが死後7日以上の屍相手だったら厄介だった。死んだばかりの屍で助かった」


 柳鳳の説明に素貞は考えこんで話した。


「傀儡か。中元節が近いし、早く終わらすよ。お前も気をつけろよ」


「分かってる」


 会話を終えると先を歩いてた爛の元へと柳鳳は走った。

 三人は屋敷から出て泊まっていた宿に向かった。


 謝姜は宿の門の前を行ったり来たり落ち着かない様子で歩いていた。


「お兄様!」


 爛に腕で抱えられるように運ばれてる謝砂に気づいた姜が駆けてくる。


「気絶してるだけだ」


 青白くはあるものの謝砂の顔をみた姜はほっとして肩の力を抜いた。


「よかった」


「霊力を使いすぎたのか回復させるために宿ではなくこのまま私の家に行く」


「わかりました。私もご一緒してもいいですか?」


「一緒に来なさい。それとあの子はどうした?」


「目を覚ましました。今は眠ってます。どうしますか?」


「謝砂が魂を修復した子だから連れていき様子を見る」


「そうですね」


 外から宿の窓を見上げた。


 姜は宿の寝ている羅衛を連れに宿の中に戻った。


「柳花の持ってるものを袋にいれて」


「はい。邪封袋じゃふうぶくろに入れておきます」


 邪封袋の口を開き柳花が包んで持っていたものを柳鳳は指先から霊力で触れないように浮かせたまま入れた。


 わずかに震えた巾着を爛が掴んだ。


「私が持っておく」


 宿から姜が蘇若を抱えて出てきた。


 蘇若は見つけたときよりも顔色がよくなっていた。


「馬車で行きますか?」


 柳花が訊くが爛は首を横に振った。


「御剣する。心配しなくてもそれぐらい平気だ。馬車を使うほうが着くのが夜になって疲れてしまう」


 軽く飛ぶと剣を鞘から抜いて謝砂を抱えたままふわっと剣の上に乗った。


 謝砂を抱えているのが爛は安定したまま高く浮かんで飛んだ。


 すぐに後を柳花も御剣して飛ぶ。


「その子は俺が持つ。かせ」


 柳鳳は謝姜の腕から取り蘇若を抱えた。


「落とさない?」


「そんなことはしない。しっかりと抱きかかえてるから大丈夫だ」


「見張ってるわよ」


「俺についてこれたらな」


 柳鳳が先に御剣し飛ぶが、横にぴったりと謝姜が柳鳳と並んだ。


 柳鳳は隣に姜がいることがうれしくて口元の笑みを隠せなかった。


「ここはどこ?」


 ほのかなにただよってくる花の香りで目が覚めた。

 部屋で香をたいているようだ。


 ふかふわの厚めの布団に寝かされていたようで背中や節々も痛くない。

 軽くてふんわりした布団をめくり寝台から身を起こす。

 汚れていた衣服は脱がされ真っ白な肌着を着せられていた。

 寝起きだし場所が分からないのに肌着のまま歩けない。

 そばにかけてあった黒い羽織を手にとり肩にかけた。

 置かれている棚には高そうな花瓶や艶やかな色使いの皿。


 寝台と仕切るように置かれた屏風には華やかな水彩画で描いた桃の木々。


 すぐにでもお花見ができそうなぐらい満開に咲き誇っている。


 肩を押さえながらぐりぐりと腕をまわす。

 不思議とすっきりしていて胸のつっかえもなく体は軽く肩こりなどもない。


「いきなり歩いて大丈夫?」


 若様のような身なりをした爛が扉を開けて入ってきた。


 歩きまわる謝砂を爛が連れ戻す。


「ここはどこ?」


「ここは私の家。そして私の室だ」


「今日は何日?」


「今日は中元節だ」


 謝砂は何日眠っていたか知りたくて聞いただけだった。


 聞き馴染みのない言葉に知識を振り絞る。


 見上げても答えは書かれていないがつい見上げてしまう。


「中元ってことはお盆だ。旧暦だからこことは一か月ずれがあるのか」


「丸二日間寝ていたんだ。時々うなされていたから気になっていた」


 謝砂の独り言を無視して爛は先にきいていた答えを話した。


「うなされもするさ。あの屋敷で恐怖体験を味わったんだ」


「本当にそれだけ?」


「うぅ。思い出させないでくれ吐きそうになる」


「なにか欲しいものは?」


「欲しいものっていうかあの子はどうしたの? えっと蘇若はどこにいる?」


「謝砂が起きたら顔を見たいかと思って隣の室にいるよ。用があるなら呼ぼう」


「中元節ってあの世と通じる日なんだろ。紙銭を燃やそうと思ったんだ」


「誰に?」


「誰って聞かれても知らないかな。屋敷で助けられなかった者たちにもあげるべきかと思ったんだ」


「やれるだけのことはすべてした」


 爛は淡々としていた。


 その言葉に偽りもない。


 やれることはしたが謝砂にはどうしても心残りがある。


「ほかにもできたことはあったはずなんだ」


「屋敷での弔いは任せているからしっかり行うから気にする必要はない」


「じゃ遠慮なく美玉さんと自分に紙銭を燃やすよ」


「自分に燃やすのか?」


(紗々だから謝砂の魂は消えてる。死んだということだから紙銭でも燃やしてあげないと)


 爛に真顔で頷いた。


 信じられないのか爛は念押しに聞く。


「自分から自分に燃やすというのか?」


「そうだってば」


 理解できないようで絶句した。


「だから紙銭をちょうだい。爛も一緒に燃やそう。蘇若にもおくりたい人がいるだろうし皆で燃やすんだ」


 謝砂が爛にたいしての精一杯のお礼が紙銭を燃やすことだった。


 気持ちは伝わっていないようで自分を弔う変な奴という目をされている。


 爛ににっこりと笑った。


「死んだことを知らないのだから自分で弔う。堂々と葬儀なんて出来ないのだから今しないとずっとできないだろし」


謝砂の言い分は滅茶苦茶なのだがどうしても燃やしたいということは爛に伝わったようだ。


「わかった。堂々とはできないからこの庭で燃やそう。用意してくる」


「ありがとう」


 謝砂は爛に礼を伝えると紙銭というものは実際には見たことすらない。


 どんなものか知らないまま堂々と知ったかぶりを通した。

 爛は卓子に置いてあった蓋をした湯呑を謝砂に渡した。


 蓋をとったが烏龍茶のように色が濃いが単なる茶には変わらない。

 ぐっと一気に飲んだが口の中になんとも言えない苦さが残る。

 煮だされた草の味に眉頭も寄り、目も寄り口はおちょぼ口のように顔が中心に寄った。

「薬湯だ。苦いが効き目はいい」


「こんなの飲ませるな」


「蘇若も黙って飲んだのに謝砂が飲めないとは言えないだろう」


「白湯のほうがましだ」


「苦いなら口を開けて」


 小さな包みを少し開けて爛はそのまま謝砂の口に入れた。


「干した杏だ」


 口の中に甘さが広がり苦みがだんだんと中和された。


「外はまだ明るい?」


「今はまだ日が高い。なぜ気にするんだ?」


「あたりまえだ。夜に弔って出てこられたら怖いだろ」


 何か爛がいう前に部屋の扉を叩かれた。

「なんだ?」

「爛様、姜様たちをお連れしました」

 部屋の外から声がかかった。

「少し待っていてくれ」

 爛は謝砂に羽織をちゃんと袖を通させた。

「身なりを整えてからだ」

「分かったよ。寝起きだからしかたがないだろ」

 外衣を重ねて着て上からベルトのような帯で留めた。

「他の人を見かけないなと思ってたけどここはどこ?」

「念のために客人の室ではなく私の部屋に運んだ。誰かが突然入ってくることはまずない」

 謝砂はほっとした。

 急によく知らない人と顔を会わしてしまったらどうすればいいのか迷ってしまう。

「よかったよ。今靴も履くから待ってて」

 そばに置いてあったスリッパのような浅めの靴を履いた。


 




 部屋の外にでると高い山に囲まれて奥の中にあるようだ。

 部屋というが平屋の作りでまるで一軒の家だ。

 石畳で整えられた階段と道で他の建物とつながっているみたいだで神社や寺に似ている。

 きょろきょろと田舎者が見物するように口を開けて見ていたが爛に袖を引っ張られた。

「謝砂」

「どうかした?」


 爛を見ると「コホン」っという咳払いに謝砂は姿勢を正した。

 謝姜と柳鳳に柳花がいた。

 それと姜の後ろに見え隠れする小さな子供がいた。

 姜は謝砂を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。

「お兄様目が覚まされたんですね。すぐに呼んでいただければ姜がお世話をするのに。どこかお怪我はありません? 霊力は戻っていますか? それに内傷は?」

(霊力? 内傷? なにを言っているのか分からないんだけど……。霊力なんて必要ないのに)


「うん、うん。大丈夫」


 謝砂は適当に笑ってごまかす。

 姜の顔を見て思い出した。柳鳳に睨まれる前に褒めなければならない。

「それより聞いてくれ。姜ちゃんがいないときに柳鳳が屋敷で助けてくれたんだ」

「突然どうしたんですか?」

 唐突な柳鳳の話に姜は瞬きを繰り返した。

 謝砂は柳鳳に合図を送る。

「柳鳳って最後まで責任感があるし見捨てないし、機転も利いてすごく頼りになったよ。なあ柳鳳!」

「柳鳳? 柳鳳のこをお兄様は名前で呼ばないはず。どうされたのです? 柳鳳に何をされたんですか!」

 姜は柳鳳を睨みつけた。

「なにもないよ。ただ仲良くなっただけ。一緒にいて分かったんだ」

 急に話を振られてわずかに戸惑っているが柳鳳は大げさに「ああ~」と話を合わせる。

「そういうことで仲良くなったんだ。謝砂兄さん」

 柳鳳は謝姜の隣に立った。

「兄さん? 今お兄様を兄さんと呼んだのは姜の聞き間違いですか?」

 姜は張り付いた笑顔のままで柳鳳と謝砂を見る。

 明らかに怒っている。

 ちらっと爛を見ると芝居に気づいているようで目を反らして笑いをこらえてる。

「分かったわ。柳鳳はお兄様を巻き込んで姜からお兄様を奪うつもりなのね。姜が柳花と仲がいいことを妬まないでくれる」

「柳花と仲がいいのなんて俺には関係ない。仲良くしてくれている方が俺にとって助かる。柳花といれば姜に会えるのに邪魔しない」

 本人は気づいていないだろうが柳鳳の心の声が漏れている。

 取引は信用が大事だ。

 これからも助けて守ってもらうためには姜の圧に屈するわけにはいかない。

「柳鳳とは仲良くすることにしたから姜ちゃんとも仲良く頼むぞ、弟よ!」

「兄さん。もちろんですとも」

 わざとらしく柳鳳と肩を組む。

 黙ったまま後ろに立っていた柳花も柳鳳と謝砂の演技に目を反らした。

 腑に落ちないらしいが姜はそれ以上聞くのを止めた。

「お兄様まだ回復されてないのですね。安静になさってください」

 姜の後ろに隠れていた子が顔をのぞかせたが目が合うと隠れてしまう。

「あっ! えっとその子は……。隠れなくていいよ。出ておいで」

 謝砂はしゃがんで目線を合わせると手招きをした。

 顔をのぞかせた子は淡い水色のふわふわとしたスカートに上着を合わせたお嬢ちゃんという姿だ。

 乱れてぼさぼさだった髪は整えられている。

お団子に髪を結われ花が飾られていた。

 顔を出し恥ずかしそうに照れる子に微笑みあってる柳花と姜の様子からして二人の人形になったようだ。

(見覚えのあるからこの子は蘇若だよな。あの二人で好き放題に着飾ったんだろう。だが可愛さを分かってる。二人ともさすがだ。ナイス!) 

 謝砂はお人形のような可愛い姿にぐっと親指を立てた。

 蘇若はここにきてよく食べているのか頬もふっくらとしている。

 謝砂はこの子は大きく育てば必ず美少女に絶対なると確信した。

 蘇若は恥ずかしそうにしていたが謝砂がじっと待っているとちょこちょこっと近寄った。

 姜と柳花に振り向いて目を向けると促されるように頷かれている。

 謝砂は言えるようになるまでじっと待っていた。

「……謝砂様、たすけてくれてありがとう」

 しゃがんだ謝砂の手前にきて長い帯の紐を恥ずかしそうに握ってる。

  蘇若はちらっとキラキラの瞳で謝砂を見つめられると心臓を射抜かれた。

 だが爛と一緒に魂を修復したとき蘇若に運命のような縁を感じた。

(めっちゃ可愛いし愛おしい。身寄りがないならこの子を引き取って育てるんだ。謝砂って立派な家の宗主らしいし姜ちゃんも引き取って世話をしていたんだからこの子を引き取っても育てられるはずだ)

謝砂は自然と手を伸ばすと蘇若が抱きつく。

そのまま抱き上げようとしたが抱き方が分からない。

まっすぐ持ち上げるように抱えたが 蘇若は嫌がるわけでもなく大人しい。

爛は見かねたのか蘇若の腕を謝砂の首に掴まらせて腕に座らせるようになおされると安定した。

蘇若は爛にはとっくに懐いているらしい。

蘇若の温かいぬくもりを感じる。

「謝砂、紙銭を燃やすのだろう」

 爛に言われて思い出した。

「そうそう。忘れるところだった」

 紙銭を初めて見たが紙に銭のようにまるくて銭の絵が描かれものだった。

 石畳の上で用意した鉄の器の中に薪をくべ火のなかに入れて燃やした。

 紙が燃えると煙と一緒に灰が舞い上がる。


 柳花は知っているから謝砂の意味が伝わったようで一緒に紙銭を燃やしてくれる。

 火のなかに紙銭を入れながら考えていた。


 異世界に招魂された自分の体を弔っているのか。


 謝砂の魂への弔いなのだろうか。


 多分両方なのだと納得した。


 屋敷でのことを思い出した。


 招魂前の記憶も受け継いでいたら怖い思いをしなくても救う方法があったのだろう。


 持病のような怖がりの性格はどこに行っても治らないと学んだ。


 生まれ変わったとしても怖いものに対しての恐怖を克服することはできない。


 立ち向かう勇気はなく怖さから逃げるためにはどうしたらいいのか。


「どうか安らかに」


 爛も隣にいて燃えて上る煙を見上げていた。


 爛は何を考えているのだろう。


 謝砂は持っていた紙銭をすべて火のなかに入れて手を合わせた。


(招魂されて僕の体と君の魂は消えて死んだ。受け入れてるから僕はこの体で君の志を引き継ぐなんてことは約束できない。お願いだから呪わないでくれよ)


 自分の葬式の代わりに弔ったが、やり残したことは思いつかない。


 未練が残る人も思い出せない。


 気に入っていたドラマやアニメ、漫画や小説も見すぎて十分に感じた。


 最終回まで見ていないのもあったけど途中でも気にはならない。


 さほど興味もなかったように思える。


 自分を悲しんでくれる人はいるのだろうかとか、葬儀はどうなってるんだろうとかは色々考えても意味はない。


 自分自身ですら悲しくないのだから自分を悲しんでくれる人はいないのだろう。


 振り返ってみてせめて恋人が欲しかったという望みはこの世界でも叶えられる。


 集めてた石とか邪気払いグッズとかこの世界のほうでは法器などの詐欺でない本物を集められる。


 いつか死ぬことは生きている人の定めだと過ごしていた。


 紗々にとって外の世界は怖くて家の中にいても未来も考えられなかった。


 思っていることを話せる人もいないけど話すつもりもなかった。


 将来という希望はなかった。だけど死ぬのが怖くてただ生きていた。


 生きていた間に何度自分を殺しただろう。


 血を見るのも痛いのも苦手、高いところも怖い、人も人以外のものもすべて怖いものだらけだ。


 頑張らなかったわけじゃない。


 たどり着いた結論は自分が安心できる居場所を探していたんだと思う。


 目を開けるとそこに自分の居場所があるように思えた。


 この体に招魂されたこと感謝した。


 爛が自分の手を掴んだ時に助けられたんだと思う。


 謝砂が目を開けて爛の顔を見ると目はどこを見ているわけじゃない。


 燃え上がる紙銭を眺めながらもその瞳は別を見ているようだ。


 目の端から一筋のあとが薄っすら残っていたが火の熱で涙の痕もすぐに消えた。

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