第16話

 家宴と聞いて桃家の人たちに挨拶をしていないことが今さらすごく気になってきた。

「勝手にお邪魔してるけど屋敷の人に挨拶してない。怒られないかな?」

 爛は真っ白に金色が散りばめられたキラキラしている服を着ている。

 裾には鶴の刺繍がされていて煌びやかな衣装だ。

 顔が整っているおかげで品よく着こなされている。

「他にも客人は泊っているから気にする必要はない。謝砂もそろそろ着替えて」

 謝砂に用意されていた衣装はもっときつい。

 色は黒色なのは望み通りだ。

 合わせてる色合いが艶やかな朱色に銀の刺繍が派手だ。

 これは着る人を服が選ぶのだろう。

 俳優さんとかかっこいい人が舞台で着こなす衣装だ。

 爛の隣でこれを着てるということは人々の視線を独り占め決定だ。

 罰ゲームか羞恥プレイの何かに違いない。

「これよりも落ち着いたのはないの?」

「気に入らなかった? 気がまわらなくてすまない。急なことで謝砂が以前に着ていたものをそのまま用意したようだから別のを持ってこさせようか?」

「これが好きだったの?」

(成りすますなら覚悟しないと。突然趣味が変わったら怪しまれる)

「本人に特にこだわりはなかった。ただ用意されてたものを着てただけだ」

 爛に教えられて価値観が大幅に違うわけではないと少しほっとした。

 毎日このキラキラを着ることには抵抗がある。

「違うのもある?」

「色々と用意できる。謝砂の好きな色は?」

「好きな色は今聞かれても思いつかないけど、絶対に着ないと決めているのは茶色だ」

「なぜ?」

「茶色を着てるときに蝉が追いかけて飛んできたんだ。それも一度じゃなくてバッタとか色々な虫が来る。虫から見たら素朴な木に見えるのかもしれないけど、怖くなって着たことがないんだ」

 謝砂は思い出すと身震いをした。

 爛はなにか思い出したのか口元が笑っていた。

「虫が苦手なのは同じだな。陳皮を蝋燭に練り込んで虫よけに焚いていたんだ。常に虫を避けたいらしく虫が嫌がる薄荷と柑橘香りの香りを服にしみこませていた。私は香り袋で持ち歩いてる」

 謝砂はくんくんと匂いを嗅いだ。

「爛から柑橘のいい匂いがしてたんだ。あるなら同じものを一つもらえないかな?」

「もう渡してある」

「いつ爛からもらった? 記憶がないし無くした?」

「それにつけた」

 爛が指さしたほうを視線で追う。

 置いてあった自分の剣を見た。

 小さな巾着が鞘に飾りのように巻きつけて結んである。

「剣は佩いて家宴に出席する。人前では剣を佩いていたほうがいい」

「虫よけだと思って剣は持ち歩くよ。この香は気に入った」

 嬉しそうに爛に剣を持って見せた。

 爛は小さく笑い返した。

「それでどれに着替えるんだ?」

「忘れてた」

「失礼いたします。家宴の準備が整いました」

 部屋の外から声がかけられた。

 誰かが呼びに来たみたいだ。

 爛は「下がっていろ」と短く返事を返す。

「今から別のを用意してもらうのも時間がかかるし家にお邪魔してるのにわがままは言えないな。このまま着替えるよ」

 謝砂は渋々ため息をつきながら手に取った。

「単なる集まりだから服装は気にしなくていい。人も少ないし関心はないだろう。謝砂は堂々としていればいい」

「わかったよ」

 爛の言うことを信用することにした。






 爛は時間を気にしていないようだが謝砂はあまり待たせられないと急いで身支度をし室を出た。

 部屋を意味する室と言っても離れのつくりで一軒ずつ家のように離れて建っている。

 人の家をじろじろと見るのも失礼になるかと思って足元だけをみて歩いた。

 本当は恥ずかしくて顔をあげられなかっただけなのだ。

 平らな石の上を歩き、石でできた階段を上る。

 爛が急に足を止めた。

 謝砂も寸前で足をきゅっとブレーキをかけドンとぶつかることは避けれた。

 目的の場所に着いたようだ。

 謝砂は顔をあげると扉の前には案内人のような男が立っていた。

 そして鋭い目をした鳥の像が両脇に一羽ずつ彫られた柱がある。

 爪が尖った片足をあげているのは戦っているみたいだ。

 彫られている鳥は見覚えがあった。

 大きい鶏を同士を戦わせていた競技があったはずと記憶をたどった。

「軍鶏(しゃも)だ!」

「鳳凰だ」

「すまない」

 像にも爛にも謝った。

 鳳凰と軍鶏を見間違えるのはきっと自分だけだろう。


 足を入れると大広間にはすでに食事が用意された卓に大勢の人が座って集まっていた。

「謝宗主と爛の若君です」

 呼ばれて宴の席に足を入れると家宴と言っていたのに大勢の人が集まっていた。

 大家族が集まっても大広間いっぱいにはならないだろう。

 なのにざっと二十数人はいる。

 しかも給仕や案内などを人数に含めたら更に多い。

 人が大勢いるところにいるのは数年ぶりだ。

 謝砂は席に案内されるまでのあいだまるで見世物だった。

 謝砂は視線が怖くて爛の隣をくっつくようにして歩く。

 両脇に一列ずつ座っていて真ん中が通路になっていた。

 爛も分かっているようで歩く速さを一定に合わせてくれてはいたが隠れられない。

(まだたどり着かないのか。誰の目にも視界にも入らない扉近くの隅っこが落ち着くのに)

「きゃっ! 今見ました? こちらをご覧になったわ」

「お綺麗だわ」

「横顔がとっても美しい」

「爛様が通ったあとは空気が洗われたようだ」

 爛はご苦労なことに空気洗浄という役目も担っているらしい。

 賞賛が飛び交うことに慣れているのか爛は耳に聞えているのに表情は相変わらず変わらない。

 爛を見る目は綺麗なものを遠巻きに眺めているだけだ。

 顔を会わせるのが恥ずかしいのか扇子を広げて覗き見ている人もいる。

 爛は男女問わず目の保養なのだろう。

 席は男女の区別はないが序列は決められているみたいだ。

 爛を見るが誉め言葉が飛び交っていてもうれしそうでもないようだ。

 謝砂の視線に爛は気づいて顔を向けた。

「どうした?」

「なんでもない」

 爛の側は幸せそうな結婚式かイベントのように盛り上がっているのに対して謝砂が歩いていうる片側は大変静かだ。

 知り合いに挨拶をしていた人も謝砂に気づくと慌てて自分の席に戻る。

 気の重い葬式かというぐらいシーンとしている。

 謝砂と一瞬でも目が合うと相手は見なかったように下を向いた。

 視線を逸らしてくれるのは助かったが何かあったのだろうか。

 謝砂が目の前から通り過ぎると爛の姿を少しでも見たくて後ろ姿や斜めから覗き込み拝んでいる。

「こちらです」

 上座に座った女性のはっきりした顔立ちは謝砂の目を奪った。

 髪は上に持ち上げてすっきりとまとめられて肌はきめ細かい雪のようで袖から見える手の指はしなやかに細く、ピンク色が掛かった石の指輪をはめているのが目に留まる。

 耳飾りの玉は動きにあわせて揺れながらも輝いている。

 そして女性の隣には控え目な男性が座っていた。

 全体的に落ち着いた雰囲気で威圧感は感じさせず穏やかな印象を受けた。

 謝砂は爛と隣に並んだ。

 爛は袖から手をだし前で重ね頭を軽く下げた。

「桃爛と謝家当主謝砂が仙家総督桃家宗主と夫人に挨拶いたします」

 立ち止まって両手を胸の前で組む会釈のような拱礼きょうれい)と教えられた動作をした。

 合っているのか分からず隣の爛を見てカンニングする。

「そんな挨拶はいらないから二人とも顔を見せて」

 女性の方から声がかかり爛が顔を上げたことで謝砂も遅れて顔を上げた。

「爛が連れてきてくれたのね。ありがとう。謝砂とこの距離で会うのは久しぶりよ。謝砂の顔をやっと見ることができた」

 懐かしむような微笑みを謝砂に向けられた。

 ズキッとした一瞬痛みが心臓に走ったがすぐに消えた。

「お久しぶりです。えっと――」

 謝砂は戸惑いながらとりあえず話を合わせることを選ぶ。

(誰かは存じませんが初めまして。なんて呼べばいい?夫人? 奥方? 奥さん? なんか違う)

「以前のように私のことを理理姉上とでも師姉ししと呼んで構わないのよ」

 戸惑っているのを遠慮していると感じたらしく話を続けられる。

「嫁いだからといって他人のように接しなくてもあなたを大切に思ってるのには変わらないのよ」

(姉上って血のつながったお姉さん?)

「妻のいう通り。謝砂殿は私の大切な弟だ。遠慮はよしてくれ」

(どっちと家族なんだ? 取り合いされるぐらい愛されてるのによそよそしくしたのか)

 謝砂よりも爛が先に言った。

「心配されなくても謝砂は若宗主として立派に家と仙府をまとめています」

 爛の助け舟に謝砂は爛を見て話す。

「ご心配ありがとうございます。宗主としても至らぬ点は爛殿がいてくれているのでありがたいです。安心してください」

 謝砂の言葉に桃家宗主がまだ何か言いたげな妻の理理を止めてくれる。

「分かった。だがいつでも頼ってきなさい。力になるから。でも謝砂の性格では頼ってもらえないだろうけど」

「私がいるので必要ありません」

 爛が断言した。

「謝宗主には不要なのは分かっているが私たちの気持ちとしてでは爛をもらってくれ」

「いただけません」

 謝砂は間髪入れずに断った。

(一体どういう意味か存じないけど返品できないものはいただけない。拒否の意思を見せないとなんでも受け取ればいいってもんじゃない)

 この話は冗談だろうが隣の爛まで寂しそうだ。 

「謝砂殿はすぐに連絡を絶ってしまうから無理をしていないか心配なだけなんだ」

 隣にいる理理まで頷いていて謝砂は心配されていることにうれしく感じた。

「桃爛が側にいることで私たちが安心するんだ。だから遠慮することはない」

 返事を要求されてレッシャーに当たり障りのないお礼を選んだ。

「ではありがとうございます」

「謝砂と爛には数日前に報告があった食魂のことで助けられたと礼を伝えたい」

「その話はまたあとで」

 爛は早口に低く言った。

「では私たちも席につきます」

 爛が話を切ってくれたおかげでやっと席に案内してもらえた。

 両脇に分けられ上座に近いのが席に爛が腰を下ろす。

 そして爛の隣に用意された席が謝砂の席だった。

 ふわふわな座布団に座った。

 茶と酒が用意されており隣の卓子との間には果物の乗った入れ物があり、食事もすでに並べられていた。

 後ろには給仕が控えている。

 向かいの席を観察すると茶を飲み干すと次の茶を注いでくれるようだ。

 家宴という名の宴会はとっても豪華だった。

 美しい舞姫たちが入って舞いを曲にあわせて披露するのを見れた。

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