第5話

 老三は落ち着きを取り戻して話始めた。

「――この地域一帯は驍家荘ぎょうけそうといい、そのぎょうけ家のお屋敷に使いを三日前に行かせたのですが、行ったきりで戻らないのです。すぐには帰ってこないので遊んでいるのだと思ったのです。夜にすさまじい雨嵐が降り一晩中やまなかったので帰ってこれなくなったと考え一晩が過ぎ、朝になっても返ってこないので様子を見に屋敷に行ったのです」

「なぜ朝になってから屋敷に?」

 爛が尋ねるとちらっと謝砂をみてから答える。

「屋敷で何か粗相をしでかして罰を受けているかと思ったのです」

 謝砂は罰と聞いて疑問に思った。

 しつけではなく罰を受けさせられるなんて虐待だ。分かっていたらすぐに助けに行くはずだ。

「なぜ罰を受けてると思ったのですか? 普通なら泊めてもらってると思うのでは?」

「以前一人で使いをさせたときに勝手に菓子を盗み食いしたのでそこの家僕が蔵に閉じ込めたのです。しかし奥様がそのことを知り幼子がしたことまだ区別ができないのは仕方がないと蔵から出し、お菓子を下さるほど可愛がってくれました」

「心優しい奥方なのですね」

 老三はうなずいて話をつづける。

「奥様は子供が好きなようで町の子供も招きお菓子を配ってくれていました。ですから屋敷にはその子を使いに行かせていたのです。驍家に行ったところ門が堅く閉じられ中からドンドンと門を叩き爪で絶えずギィーっとひっかくのです。ですが、聞えるんです」

「わぁぁぁぁ!」

 何かを言われる前から想像してしまい謝砂は耐えきれずに叫ぶ。

「もう何も聞きたくない。何も言わないでくれ」

 聞いているうちにぞわっと怖くなってきた謝砂はしゃがみこんで両耳を手で塞いだ。

 爛は自分の後ろででぶるぶると震える謝砂を一目見た。

 あっけにとられる老三に爛は笑みを浮かべたま説明する。

「これ以上言わなくても分かったということです」

 老三には違う意味で伝わったのか、椅子から立ち上がるとしゃがんだ謝砂の隣に膝をついた。

 謝砂は気配を感じて顔をあげてちらっと横を見る。

 老三は膝を付けたまま頭を垂れていた。

「ありがとうございます。助けていただけるなんて感謝いたします」

「爛、何を言ったんだ?」

 遠巻きに聞き耳を立てていた見物客も沸いたように話し出す。

「ほっておけないなんて立派なお方だ」

「老三よかったな」

「これで悪鬼は悪さできまい」

 すべては聞き取れないがなぜか賞賛されている。

 爛の手を借り立ち上がると見物人たちに押し流されるように入口に運ばれていく。

 謝砂は爛によって守られているが満員電車でドア付近に立ってしまって自分ではどうしようもない力に押されて出されるのと同じだ。

 出入口で店主が笑顔で包みを抱えて待っていた。

「仙師様方、老三は私どもの古くからの付き合いなのです。引き受けてくださったお礼に宿代はいりません。道中お腹もすくでしょう。弁当も用意しましたので持っていってください」

(なんだ。何を引き受けたんだ?)

 謝砂の腕に山のように包みが積みあがっていく。

「またご利用ください。その際はおもてなしいたします」

 

「さあさあ、あの高貴なる仙師様が泊まっていた部屋に泊まりたい方はいないか?」

「私が!」

「何を言ってるんだ。私のほうが予約済みだ」

 店主はすでに商売話にすり替えていた。

(別の人が泊まるから代金はいらないか。商売上手だな)

 爛の後をついて歩くとすぐそばに馬車が止められていた。

 馬車の前で待っていた姜は謝砂の姿を見るなり駆け寄った。

「お兄様、その荷物はどうしたんですか?」

 謝砂から荷物を受け取り馬車に載せた。

「姜も聞いていただろう。老三殿に案内してもらい詳しく話を聞こうと思う」

 爛は老三を紹介し姜は理解したように頷いた。

「老三殿は御車の隣で案内をお願いします」

 なんのことかさっぱり理解できていないのは謝砂だけだったが何となくの予感は当たる。

「見にいくんだろ」

「嫌だ! 行きたくない! いやだぁぁ」

「仕方がないだろう。謝砂が引き受けてしまったのだから」

「怖いのは嫌なんだ!」

 今すぐにでも泣き出しそうな謝砂の腕はすでに爛にきつく掴まれていた。

「まったくお兄様たちも早く乗ってください。遅くなるじゃないですか!」

 姜にも言われて逃亡しようにもできずに泣きべそをかきながら馬車に乗り込んだ。

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