第6話

「驍家の屋敷は近いのか?」

 馬車に揺られながら小窓を開けて御車に座る老三に謝砂が尋ねた。

 姜は老三の隣にすわり手綱を持っていた。

「町から少し離れたところです」

「老三殿は普段から屋敷に酒を届けていたんですか?」

「実は私の子ではなく亡くなった友の子です。若くして亡くなってしまい身よりもないため私が代わりに形見と思って面倒をみています。女の子で年は五歳。今年から屋敷にだけお使いをしていたんです」

 町から馬車を走らせてだんだん山中へ入っていく。

「こんなところに屋敷があるのか?」

「大きなお屋敷ですから静かなところを好まれているの」

 馬車はいつの間にか屋敷についた。

「うぅ。気持ち悪い」

「謝砂は馬車のなかで休んでいてもいいよ」

「怖くて降りたくなかったんだ」

「外から様子を見てくるだけだからすぐに戻ってくる。謝姜には残っていてもらう」

「よかった。一人は心細いから安心した」

「それにじきに日が暮れる。夜にもう一度来るからそのときの為に休んでおくんだ」

 爛は馬車の中に謝砂を残して降りた。

「夜にくるって聞えたのは聞き間違いだよな」

 ガサと急にすだれがめくられた。

「ぎゃ!」

「お兄様どうされました?」

 覗いた姜は謝砂に声に反対に驚いていた。

姜の顔をみてほっと胸をなでおろす。

「姜ちゃんだったのか。よかった」

「ちゃん? いつものように姜とお呼びください」

「でも呼び捨ては抵抗があるというか。姜ちゃんと呼ぶよ」

「分かりました。姜は爛様にたのまれてお兄様の様子を確認しただけです。えっとじゃお邪魔しました」

「待って。爛が戻ってくるまで一緒にここにいてくれないか?」

 不審に思われながらも「気分がすぐれない」という理由で姜を引き留めた。

 姜は謝砂とは距離を取り入口近くに座った。

「外は瘴気しょうきが強いですけど、久しぶりに馬車移動ですから酔ったのですか? いつも御剣ぎょけんですからね」

「御剣って空飛んで移動するの? これぐらいで飛ぶと便利だよね」

 謝砂は軽くジャンプして見せる。

 地面から数十センチぐらい浮かぶスケート―ボードのようなものなら歩くより早い。

 それぐらいなら練習すれば剣から落ちても安心だ。

 だが姜は頬を膨らませた。

 怒らすようなことを言ったつもりはなかったがどこが気に入らなかったんだろう。

「思い出したのがそれですか! 姜の幼いときを覚えているのですね。お兄様はまたからかうんですからもうっ! 姜はもう大人ですよ。地面の上を低空では飛んで遊んでいません。お兄様には劣りますが鳥より少し上を飛んでいるでしょう。剣は霊力を込める神噐の一種ですよ」

「剣しかないの?」

「お兄様は筆も持ってますよね。お兄様が呪符をかくその筆も神噐です」

「筆?」

「筆は霊力を流すことで術が発動します」

「どうやって流すの?」

「記憶がないのでしたね。私で霊力が戻っているか確かめてみます」

 姜は腰をあげ謝砂の目の前に座りなおし両手をだした。

「手を重ねておいてください」

 女の子に触れるのは何年ぶりだろうか。

 謝砂が躊躇していると姜に睨まれて素直にそっと手を重ねた。

「目を瞑ってください。姜の霊力を軽く流します」

 じんわりと手のひらからびりびりとした微弱な電気のように流れてきた。

「なにか感じたら目を開けてください」

「うん」

「姜はお兄様と同じ修練をして霊力を丹田に溜めて鍛えているので霊力の質がよく似ています」

バチッと小さな静電気のような感覚に謝砂はぱちっと目を開けた。

「つぎは光霊石(こうれいせき)を使って確かめましょう」

 手が離れ謝砂は亀裂の入った黒い石を姜から渡された。

「これは魂魄の修復するための修練につかう石です。握りしめて石に霊力を込めてください」

「割れたりはしないの?」

「破壊しようと思わなければ大丈夫ですよ」

 ぐっと握りしめると砕けてしまいそうだと優しく手のひらで包み霊力を流し込めてみた。

 だが見た目とは違って亀裂が深くてもこの石は冷たくて硬く力を入れても胡桃よりも固く釘を打っても割れなさそうだ。

(破壊って何? こんな石ころが凶器になるとはまったく危険だ。元に戻れ。ゆっくりと、ゆっくりと)

 神経を集中させて石のヒビを埋めて固めるようイメージで霊力を込めた。

 慣れないことに汗をかいた。失敗すればバレてしまう。

 ドクドクと心臓が波を打つように包んでいる手から流れていくみたいに熱くなるが、ゆっくりと熱が石に吸い取られて今度は心地いい冷たさになっていく。

「お兄様!」

「はい! なんかしました?」

 姜の声にびっくりして目を開けたがずいっと目をキラキラさせた姜の顔が近くにあった。

「それを見せてください」

 謝砂は言われるがまま恐々ゆっくりと手のひらの隙間を開ける。

 破壊はされていないようだが石に入っていた亀裂は金色に塗られたように補修されている姿はまるで金継ぎのようだ。

「ごめん! 石としてツルツルにしないといけないんだよね。壊れたうつわを直す金継ぎのイメージしてしまったんだ」

「すごいです。どんな修練をしたのですか? 霊力が強くなっています」

 姜は謝砂から石を取り珍しい石をみるように角度を変えて全体を眺めた。

「これでいいの? ほんとうに間違ってない?」

 疑っていたが姜はうんうんと頷くので失敗はしてないようだ。ほっとして緊張が消え持ち上がっていた肩が下がる。

「素晴らしいです。お兄様はいつの間に修復師の術を極めたのですか?」

「知らないよ。聞かないでくれ。自分じゃ分からないんだ」

「この出来であればお兄様の仰っていた魂魄も修復できますよ」

「えー!! 魂魄だって? そんなもの幽霊みたいなものに手を触れるなんてそんな怖いことできないよ」

 謝砂は自分で「幽霊」と言っておいて急激に血の気が引く。

「そんなに謙遜されなくても、いつものように威厳と自信をもって修復師を名乗れますよ」

(そういう意味じゃない。幽霊が怖いだけなんだ)

「そうだ! 爛様にも見せてきます」

 姜は石を握りしめて謝砂が止める暇もなく馬車から降りバタバタと去り一人取り残された。

 正確には馬もいるのだけれど。

「こんなところで一人にしないでくれ。見知らぬところで一人なんて怖いんだ」

 馬車から降りて外へと出て行く勇気もなく、だだ、びくびくと肩をすくませ小さくうずくまった。

「ただ平穏無事でいたいだけなのに。幽霊とは関りたくないよ」

 一人で弱音を吐いても聞いてくれる人はなくその声は消えていく。

 

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