第39話
「謝砂気を付けて」
蜘蛛の精妖は巣の糸を弾き奏で始めた。
違うのは重低音になったこと。
一本弾かれると心臓にズンっとした響きが重みとなって伝わってくる。
爛が剣を抜いて柄を握ると飛んでくる水泡を橋の手前に力で弾き返していく。
水泡は地面に触れると落ちるとバシャっと弾けて石も溶かす。
謝砂は胸を抑えた。
バンと弾かれる衝撃の速さは心臓のドクドクと波打つ鼓動と同じリズムで重なり頭にうるさく響く。
ライブ会場や映画館の臨場感のある重低音のステレオの目の前で立っているようだった。
騒がしさに慣れないせいか臨場感を怖いと感じるせいか振動が苦手だった。
片手を腰に添えうつむいたが眩暈がしてふらついた。
「謝砂! 避けて」
「えっ? 何?」
爛に言われてもとっさに避けれるほど反射神経はよくはない。
顔を上げると大きな水泡が弾かれて飛んできた。
謝砂は爛にぐっと腕を掴まれた。ふわっと体が浮いて回転する。
爛の剣は鞘から飛び出て白い刃を煌めかせて水泡を斬る。
爛は謝砂の腰をぐっと引き寄せて橋の後ろに飛んだ。
さっきまで立っていた場所がジュワっと溶かされて煙が出ていた。
謝砂は瞬間移動をしたように爛の隣にいた。
「妖毒を吸ったのか?」
「違う。多分吸ってない」
爛の瞳が揺れている。
「弾く糸の振動で眩暈がしたんだ」
「分かった。謝砂と橋の上に飛ぶ」
「今? やめ、やめてくれ!」
(高いところに行くほうが酸欠で眩暈がするじゃないか)
爛は剣で水泡を叩き返しながら嫌がる謝砂の腰をぐっと掴んで抱えた。
水泡を避けながら舞うように吊り橋の柱に飛び上がった。
「うわぁぁっ。なんでこんなことに。爛!」
支えに掴めるところは爛しかない。
どっしりとした柱は大木が使われているようでに乗っていても安定感はあるがくっついていないと落ちてしまう。
足元をみるとつま先が柱から出ていて慌ててひっこめた。
(怒りたいけど、離れられないし怒れない。爛にべったりくっついて悪いとは思うけど震える)
吊り橋というだけでも怖いのに高所に頭の血が一気に下がった気がする。
「ここなら響かない。下は桃展と桃常たちに任せてもしばらくは大丈夫だ」」
「私は上から仕留める」
「糸にまだ水滴がついて光ってる。触れたら溶けるぞ」
「服には呪符が練り込まれて丈夫に作られてるから糸に触れるぐらいなら問題はない」
「でも覆われてない部分は溶ける」
「一人で橋の下には置いておけないから」
「斬らないのか?」
「水泡は斬ると飛び散る。謝砂は避けないから浴びるだろ」
「そんな説明でわかるか! どうするんだ?」
「水滴を拭ったら蜘蛛の巣に火をつけて橋ごと燃やす」
爛は謝砂を支えていた手を放して
改めて吊り橋の造りを見た。
柱の塔に巻き付けた紐は底板を繋いでいる紐を通して橋の手すりと上部の紐を繋がれているような簡単な造りに思える。
蜘蛛の糸が張り巡らされているおかげで吊り橋は補強されて安定感があるように見える。
(絶対に降りたくないけど蜘蛛の糸の方が)
紐はしめ縄のように絡まった蔓で出来ているが爛が飛び降りるとぐらっと揺れた。
「仙師がくるなんて待っていたかいがあるというものね」
「ふんっ」
爛は鼻で笑った。
爛は剣を滑らせて水滴を落とし糸を斬っては手から衝撃波をだして吹き飛ばしていく。
謝砂は支柱に一人残されてから支えるものがなくなりカタツムリのようにゆっくりと膝を曲げた。
桃展と桃常の剣が反射して謝砂の目に入る。
(忘れてたけど一応言っておかないと)
「ねえ、ねえ!」
「謝宗主、なんですか!」
桃常に聞えたらしく聞き返してくれた。
「力にはなれないから爛が倒すまで君たちが攻撃を防いでくれ」
「謝宗主は?」
「応援してる。君たちならできる。怪我をせずに無理なら逃げるんだ!」
声も震えながら下にいる桃展、桃常に叫んだ。
少し離れたところにいる雪児や柚苑も伝わるはずだ。
爛と謝砂が橋に飛んだ時、桃展たちは師弟だけで対処しなければならないと腹をくくった。
今まで自分たちが赴くのは鬼になった屍のお祓いで経験を積んだ気になっていた。
「柳鳳師兄が言っていた実践だ。僕たちで対応できる」
桃常が桃展の背中を叩いた。
桃展は驚いて剣を落としそうになった。
柚苑も口をあんぐりと開け虫が入る前に雪児が柚苑の顎に触れて口を閉じさせた。
桃常は傍系だからと気おくれしているところがあり一緒に過ごしても埋められない溝があった。
柚苑と雪児とも目くばせをすると笑えてきた。
「なんで皆で笑ってる? 顔に何かついてる?」
「なんでもない」
桃展が桃常が仲間になったと感じてうれしくなった。
「僕が水泡を先に斬る。桃常はそのあとをさらに斬ってくれ」
雪児が呪符飛ばして爆発させ水泡の勢いを弱めた。
桃展は先に飛んできた水泡を剣で次々に二つに斬っていく。
その後を桃常はさらに四つ切りにした。
柚苑が小さくなった水滴に呪符を飛ばし蒸発させる。
謝砂は支柱の上でこたつの中で丸くなる猫みたいに小さくなっていた。
「謝砂様!」
突然叫ばれてビクッと震えた。心臓に悪い。
「どうした?」
首だけを覗かせて下を見ると柚苑が叫んでいた。
目に入った景色からして高さは屋根と同等らしい。高さに震えながら視線を柚苑に戻す。
「柚苑ですが、呪符持ってませんか?」
「もうないの?」
「残ってるのは威力が弱いんです」
「身動きできないのにどうしろと!」
謝砂は取り残されて怒っていた。
柚苑に八つ当たりだと分かっていても大人げなく怒った。
「御剣したらいいじゃないですか。謝宗主は御剣やめたんですか?」
「無理だ」
剣が自分から飛び出てきた。
爛の剣は白くて煌めいているが謝砂の剣は霊気を帯びて青白く光る。
「さすが仙剣。自分の意思で出てきましたよ」
「乗れって言われても。乗れるかな?」
「仙剣は主を振り落としはしません」
「ほんとうだろうな。信じるからな。嘘だったら覚悟しろよ」
謝砂は剣の柄を握って近づかせる。
剣は浮かんでいても安定していてしゃがんだまま両足を剣のせた。
「うっ。うっ。なんで降りなきゃいけないんだ」
謝砂は半分泣いてた。
「降りてきてください」
剣にお乗せるとエレベーターのように下に降りた。
地面に近づき30cmの低空で浮かんでいても謝砂が下りずにいると上下に剣が謝砂を揺らした。
揺れに謝砂は地面に落とされ謝砂はパンパンと立ち上がり汚れを払う。
剣は自動的に鞘の中に戻った。
「剣は主を落とさないと言ったのはうそだったのか」
謝砂は柚苑の胸倉をつかんだ。
「謝砂様、泣いてるんですか」
謝砂は水泡が当たらないよう柱に背中をくっつけた。
「呪符は持ってきてない。柚苑、残ってる呪符を貸して。点を打つことはできるから」
「はい。謝砂様出来たら取りに来ます」
柚苑は持っていた呪符を謝砂に渡して剣を持ち桃展たちのところに戻った。
「鎮圧符と駆除符。これなら点の打つ場所は分かる」
謝砂は受け取ると筆を出し黄色い呪符の文字が書かれている両側に点を打った。
(でもこれって水泡の毒には意味がない。このままだと怖かっただけの降り損じゃん。爛に後で聞いてみるか。あとで考えるとして毒さえ中和できたらいいんだよな)
「桃展、桃常もち米はまだ残っている?」
「あります」
「僕もあります。どうすればいいですか?」
謝砂が聞くと桃展が巾着を手に握りブンブンと上下に振った。
桃常もそっと巾着の口を開けた。
「残ってるならちょうだい」
桃展と桃常は交互に水泡を斬りながら謝砂に巾着を渡した。
巾着はお手玉のようにずっしりとして音が聞こえる。
「ずいぶんと持ちあるんてるんだな。重いのに」
謝砂は袋を開けて確かめると確かに白い生米だ。
合わせたら一合分になりそうだ。
「謝宗主から学んだことを忘れないように実践しています」
「桃展には私が教えたんですよ」
二人ともなぜか誇らしげに語る。桃常は何事も真面目らしく桃展は素直なようだ。
謝砂は集中して巾着を握りしめて謝砂が手のひらから霊力を流す。
ほんのり暖かくわずかにピリピリと感じる弱い静電気のような感覚。
「桃展、受け取れ! 米を水泡に向かって剣で飛ばして投げろ」
パシッと巾着を受け取る。中身を握り剣の衝撃波で水泡に当てていく。
ブクブクと水泡の中で泡が出るがパシャっと割れるが毒がぬけて水に戻っていた。
「よしっ! 狙い通り」
「謝宗主すごいですね」
水に戻れば怖くはない。
「桃展、残りも頼む」
「はい。分かりました」
「桃常も受け取れる?」
「私はいりません。桃展の分だけで足ります。水になったら避けずに斬るだけです」
「分かった。なら試してみるか。柚苑! 呪符できたよ」
「ありがとうございます。でも取りに行けないんで投げてください」
柚苑は桃展たちから離れたところで水を切っていた。
「ペラペラの紙なのにどこに行くか分からないけどいいんだな」
謝砂が駆逐符と駆除符を飛ばすと自然と吊り橋にヒラヒラと飛んでいく。
「あっ」
駆除符が巣に張り付いて文字が赤く浮かびあがり、駆除符は吊り橋の支柱や裏側にくっついた。
「色んな意味でやらかした。柚苑ごめん無理だった」
「ただの水になったのでもう必要ありません」
「だったらなんのために怖い思いをして御剣したんだ」
「いいじゃないですか。鎮圧符で蜘蛛の妖力は抑えられます。駆除符は妖気に触れると火がついて燃えます」
「謝砂様の霊力で呪符の威力増してるんで確実に燃え上がります。勝手に燃えるので蜘蛛の精妖は駆除できますよ」
「それはまずい。爛に伝えないと」
柚苑はにこやかな笑顔を謝砂に向けて説明した。
謝砂は違う意味で焦った。
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