第40話
「爛ごめんな」
謝砂は詫びの気持ちで爛の援護することにした。
筆を巾着に突っ込んで橋の水滴に向かって米を飛ばすと水滴に矢で射られたように当たる。
シュワともち米は消えて毒を消すが見た目は変わらずに水滴は残っていた。
「謝砂よく気づいたな」
水となった水滴は重みでバシャと橋の上に落ちるが底板は溶けずに隙間から川に水が流れる。
爛は糸が弾かれる衝撃と合わせるように巣を払いながら空間を作っていくが謝砂が飛ばす米に気づいて毒が中和された糸を選んで斬っていく。
爛がするりと巣の中に入り底板に足をつけて蜘蛛の精妖と向き合った。
剣で頭上の一本の糸を斬るとふわっと包まれていた巣がふわっと解ける。
橋の上には巣が払われて糸が消えた。
爛が立つところまで謝砂は橋の上を真っすぐにあるいても巣にはひっかることはない。
「謝砂、私は巣潜りが得意なんだ。見事だろう」
謝砂に向かって爛は話しながら剣の先を蜘蛛の喉に突きつける。
「笑えないんだけど」
「射られるのは一本じゃ足りなかったか?」
「十分。蜘蛛は『待つ』のが最大の攻撃。私の後ろを見て」
ふわふわとした糸が橋の渡った向こう側の嶺楊と嶺家の門弟に張り付いた。
一本の手を後ろに向けて指で操るとシュルとしたふわふわした巣が嶺楊たちを捕らえられていた。
「糸が巣になるのを待っていたのよ」
謝砂にも会話が聞こえた。
「嶺楊! 嶺家の門弟は?」
謝砂が呼んでも嶺楊は返事もせず指一本動かさない。
「放った矢に霊力を込めたせいだ。動けないのは傷口から体内に妖毒が入っているかもしれない」
門弟はわずかに動いている。
(妖気は鎮圧符で消えているはずだ。なのに糸を出せるのはどうしてだろう)
蜘蛛の六つ目のすべてが謝砂を映しぞわっと首まで鳥肌が立つ。
謝砂は今でもすぐに吊り橋を燃やしたかった。
(駆逐符と駆除符が貼られたことを爛は知らないから伝えないと。しまった。叫ぶと蜘蛛にまで聞えてしまう)
「人の姿でまだいるのか? 本気が出せないだろう。斬る前に本来の姿に戻ってもいいぞ」
「爛、煽らないでくれ。怒らせるようなことを言うな。話をするなら綺麗なお姉さんの姿の方がいいじゃないか」
「精妖を怒らすなって無理難題だ。謝砂が直接話をするのか」
爛は剣先をぐっと突き出し首の柔らかい部分に刺してから後ろに振り返った。
謝砂は高い支柱に一人で残らされたことを根に持っていた。怖がりだが気弱とは違う。
全く別物で恐怖は多大なるストレスになり苛立ちは怒りへと変わっていく。
「いいよ。話せば人の姿でも納得するんだろ。行ってやるよ。どうだ! 来たんだから人のままで問題ないだろ」
「問題なのは蜘蛛の姿だろう。謝砂いいか、巣を張るのは魂や霊力を吸収ためだ。人の姿で霊力は吸えないからどうせ蜘蛛の姿に変わる」
謝砂はズカズカと爛だけを見据えて歩いた。爛の後ろに立つと腰に手を当てて顎をグッと上げた。
「柚苑が呼ぶから剣が勝手に出てきて仕方なく御剣したんだからな」
「御剣したのか! 謝砂いつ? 見られなかった」
なぜだか爛が片手を握りしめて悔しそうに片手を握りしめた。
眉が下がり長い睫毛を震えさせシュンと悲しそうに見える。
「したくてしたわけじゃない。どれだけ怖かったか分かるか? 剣に催促されるし、柚苑が困ってるのに年上が無視することはできない。頼りたい気持ちがすごく分かる。御剣しなきゃいけなかったのは爛が置いていくからだ! もう御剣はしない!」
「今度から高いところに勝手に一人残らすことはしない。誓うよ」
爛は人差し指と中指、薬指の3本を立て示した。
「わかった。今回は許す」
蜘蛛のため息で糸がふわりと飛んだ。
「痴話げんかならお姉さんが聞いてあげる。自分の命があぶないっていうのに吊り橋の上で取り合うような状況滅多にないわ」
蜘蛛の精妖は爛の剣に触れて先端を喉から逸らす。
「お姉さんは黙ってて! 今は爛と話してるんだ。吊り橋の上?」
謝砂は強烈なビンタをされた衝撃を受けた。
揺れが激しいど真ん中に立っていた。
吊り橋の底板には隙間が間隔はまばらで底板も老朽化している。
指先と踵(かかと)が2枚の板に乗っかってが隙間の上に立っていた。
隙間はざっとの目安で二十cmぐらい空いてる感じがした。
ぐっと心臓を掴まれて腹まで沈んだようだ。
膝から力が抜ける前に爛の腕にがっちりと両手でつかまった。
「もう無理」
身動きがまったくできず顔だけを動かすだけで冷汗が流れる。
「爛、霊弦だしたくれ。命綱にする」
「私を道連れにする気か? 運命を共にしてもいいぞ」
「馬鹿をいうな。助けてもらうための命綱だ」
爛に霊弦を出してもらいくるくると腕に巻きつかせた。
バンという薪が割れたような音がした。
「うわぁ! なんだ地震か?」
駆逐符と駆除符に蜘蛛のふわっと糸が触れるとバンという次々に勢いよく呪符が燃えた。
謝砂は自分が書いた呪符で橋を燃やしてしまった。
「謝砂は何をしたんだ?」
「しまった。伝えに来たのを忘れてた。あれは駆逐符だ」
「駆逐符が燃やすことはないんだが邪気を吊り橋も吸っていたんだな。燃え広がるまえに飛ぶ」
爛は謝砂の腕を掴んで前に乗せるとすぐさま剣に乗りふわっと上空に浮かんだ。
爛の剣は安定していて落とされる心配がなかった。
3階か4階の高さでも泣き叫ばなかったのは頭が情報を処理しきれないせいだ。
目の前は次々に呪符が燃えて火が吊り橋を包み離れていても熱気を感じる。
「精妖は逃げられないから橋と一緒に燃えて駆逐されるだろう」
「ぎゃぁ!」
煙の中から糸が飛んできて謝砂の足首に絡みつき糸が振動すると謝砂に声が直接聞こえた。
『助けて』
「助けろって?」
『私は人を自分で殺したことはない。説明はあとでする。だからお願い私も助けて』
「何かを言われても惑わされないで」
爛は糸に手のひらで一撃を打とうと構えたが謝砂は手首を掴んで止めた。
「自分たちを殺さないという保証は?」
『血を糸につければ欺くことも殺すこともできなくなる』
「自分を血を流すなんて無理。無傷なんだ自分で血を流すわけないだろ」
「何となく話は読めたがやめといたほうがいい。謝砂が後悔しないなら筆を血の代わりに糸に触れさせることもできる」
爛の言うことがもっとものことだ。やめた方がいいのだが糸から恐怖が伝わってきた。
「わかった。助ける」
筆先を足首に巻かれた蜘蛛の糸につけて霊力を送ると糸は白金のように光った。
筆先は蜘蛛の糸と繋がりシュルシュルと回収していく。重さは感じないが煙の中から蜘蛛の精妖が飛んできた。
「契約完了。これであなたの仙精ですけど一応仙霊になりました」
キラキラとした白い衣をまとい仙女のような姿で筆の中に入った。
謝砂の筆は
触れると『星星』と文字が刻まれていた。
「精妖じゃなくて呼び名があったのか。
呼ぶと筆の蜘蛛の箔押し部分が光った。
「謝砂と契約して名前がついたんだ。霊力で魂が結ばれたからだよ」
「契約って何を契約したの? 解約はできるよね?」
「仙獣契約。または霊獣契約は一定の霊力がないと契約はできない。一度結んだ契約は血の盟約であり霊獣は主から霊力で修錬をし霊丹を練ることで仙と同等の力を得ることができる。霊獣になるのに自分から申し出ることは前例が少ないから解約は分からない」
「でも霊獣じゃないと契約できないよな」
「精妖でも人を殺したことがなければ可能だ。精妖は魂の霊体にもなれるから仙噐と一体化もできたんだろう」
「殺してないのは事実だったのか。霊獣って虎とか蛇とか龍とかだと思ってた」
「蜘蛛を従える宗主は謝砂が初めてだ」
「お兄様!」
「爛様!」
姜と柳花が駆け付けてきた。姜の後ろから飛んでくる謝家の門弟たちも遠くに見えた。白い燕の家紋が描かれた枹を纏っている。
姜は燕が飛ぶ姿の刺繍がされた外衣を風になびかせていた。
「姜です!」
(後片付けは考えなくて済んだ。何も考えたくない)
謝砂は姜の姿にほっとしたのかふわふわとした感覚に爛に持たれ目を閉じた。
「おつかれさま謝砂」
耳元で囁かれた声は心地よくてすぐに眠りに落ちた。
吊り橋は丸三日間燃え続けた。
火は水をかけても消えずに支柱まで焼き尽くした。
煙は生臭く魚を焼いているような匂いは町中に広がった。
橋だけが跡形もなく燃えて消えた。
焼けた灰は飛ばずに消えて行く。
爛は謝砂が眠っている間、隣の卓で報告書をまとめていた。
邪気の痕跡を調べると吊り橋が古くなり邪気が溜まり妖怪になる手前で起きたことだった。
蜘蛛の精妖は吊り橋の邪気を吸っていたが人の魂を吸っていたのは吊り橋だった。
幻影など溺鬼など吊り橋の手助けはして甘い汁を吸っていたが殺しはしていない。
「星星出てこれるだろう。手当をするから本来の姿で出てきなさい」
卓に置かれていた謝砂の筆がカタカタと音を立てた。
白い煙が渦を巻くと白い蜘蛛の姿で爛の前に出てきた。白い毛並みに血が滲んでいた。
「この姿でいい? 女の姿よりも蜘蛛の姿をいう殿方は初めてよ」
星星を卓において黙ったまま爛は傷口に薬を塗り包帯を巻いた。
「ありがとう。謝砂は人の姿を望むのに」
「私はそれが気に入らない。早く治したいなら謝砂が目を覚ますまでこの姿でいること」
爛は星星を抱えて眠ってる謝砂の上に乗せた。
謝砂が目を覚ましたのは火が消えた後すぐのことだった。
(いつもの香りだ。はぁ。この柑橘系の香りはすっとして落ち着く)
高級そうな白いベアロ地の半円のクッションがちょうどお腹の上に置かれている。
(腹を冷やすなって意味? 重石をおかなくても布団めくらないよ)
ぬいぐるみに見えたのはくりっとした黒い目がついていたからだ。
身を起こして見ると包帯が斜めにぐるっと巻かれている。
「ぬいぐるみ?」
そのまま軽く持ち上げると六本の足がぶらんと出た。
「あれ? 目が覚めたのね」
「蜘蛛。蜘蛛だ。ぎゃぁぁ!」
謝砂は思いっきり叫びながら両手を放す。布団の上にぽすんっと蜘蛛が落ちた。
「きゃっ!」
枕を床に退けて布団を蹴って遠ざけながら下がった。
寝台の木枠にドンと背骨を打ち付け転がるように床に落ちた。
「いたっ」
「大丈夫?」
カサカサと布団の上を移動する音が聞えると蜘蛛が見下ろしてきた。
さっきから女の人の声が聞えるが部屋には誰もいない。
立ち上がりとりあえず見えないように布団の上の大きな蜘蛛を風呂敷のように包んだ。
ぎゅっと結んでそのまま寝台の床に打ち付ける。
「ぎゃっ! やめっ、やめて」
「やめては自分が言いたい。なんの恨みがあるんだよ」
問答無用でバンバンと打ち付けて脳震盪を起こさせようと頑張った。
「どうした! 何かあったのか? 星星に任せたのに」
謝砂の叫び声に慌てて爛が駆け付けてきた。
「謝砂何をしているんだ? 起きてすぐ激しい運動はしないほうがいい」
「爛! あれ! 蜘蛛! 部屋から追い出して。お願いだ」
謝砂が爛に投げると風呂敷の結び目が解けて中のクッションのような蜘蛛だけが手元に納まった。
爛は目を丸くして謝砂を心配してるのか笑ってるのか分からない。
爛は謝砂が言った通りに部屋から出した。
「あれが星星だ。もう人の姿に戻っていいぞ。後で話すから待っていてくれ」
「うぅ。目が回ったわ」
部屋の外からもさっきと同じ女性の声がした。
(声の正体は星星だったのか。よかった。部屋を移動する必要はないみたいだ)
髪がぼさぼさに振り乱して打ち付けてる姿を思い出しては爛は大笑いしている。
「振り乱して何事かと思った。こっちにおいで髪を結ってやるよ」
爛に髪を結ってもらいながら眠っていた間の出来事を話してもらった。
「星星入ってきていいよ」
星星が女の姿になって部屋に入ってきて謝砂に説明をした。
星星の説明した内容は謝家に調べて爛がまとめた報告と同じだった。
溺鬼や狂屍したものを吊るしていたのは人々を救っていたようにも思える。
吊り橋の上で魂を喰われてすでに死んでいた屍だけを吊るしていたという。
「嘘はついてない。問題ないし条件は一つだけ」
「なんでも聞くわ」
「虫が怖いから心臓が慣れるまではとにかく人の姿でいてくれ。あとは好きにしてくれればいい」
「それだけ? 守るわ」
「契約してしまったし、これからよろしく星星」
謝砂は蜘蛛宗主という異名でも呼ばれるようになった。
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