第41話 後日談

 謝砂が目を覚まして二日後の夜。

 川に溺死が現れないか嶺家たちが見回りをするというのを聞いて出払っていた。

 お詫びのために星星も同行させると屋敷の中は爛と謝砂の二人だった。

 爛が謝砂の部屋に酒を運んできた。

「桃家で修宴という各仙家が集められ力試しを行う祭事を兼ねた宴が開かれる。もちろん謝家は参加することになるだろうがその集まりがある前に今、話しておきたいことがある」

「集まり重要? 不参加にはできない?」

「謝家の宗主として参加するため逃げれない。姜も謝家のご令嬢として一緒に行くことにはなるが招功に任せても宗主の替え玉はできない」

 爛に先を読まれていた。

 謝砂は逃げられないと納得させる。

 桃家でならすでに宴には出席した。

 顔を一度合わせているし桃家なら爛の部屋に引きこもっていれば誰も呼びにこないと思った。

「わかった。話が長くなるから珍しく酒とつまみを持ってきたんだろう。話してくれたら聞くよ」

 卓には五つの酒壺と小皿には野菜の和え物や干した杏や棗、木の実などいろいろ用意せれていた。

 謝砂は隣に腰を下ろして壁にもたれた。

「これは独り言だ。以前に約束したことは守ってる。破るわけじゃない」

 爛が誰との約束か言わなくても謝砂はわかってる。

 この体の前の主だ。

 爛が酒の包みを開けお猪口のような小さな器に透明な酒を注いだ。

 日本酒のような香りがふわっと漂って気分がよくなった。

 謝砂は注がれた酒をペロっとなめた。

 米の甘味がほのかにあり飲みやすいが、きっとアルコールの度数が強い。

 びちびと口をつける。

 爛はくっと一口で飲み干し空いた器に再びなみなみと注ぐ。

「前宗主は謝砂の父君が長男だったが宗主を継ぐまえに命を落とされて亡くなっている。 謝砂から昔聞いたのは十年ぐらい前に爛の父君と母君と一緒に姜のご両親は狙われた姜の魂を命と引き換えに守って亡くなられたらしい。ある妖獣を駆除に向かった際、強い妖気を魂に浴びて砕けたと聞いた。謝砂はその場にいたこと以外の記憶がないと話していた。その妖獣を思い出そうとすると強烈な頭痛に襲われて意識を失うから意味がないのだとも。まだ小さかった姜の面倒を自分で見ていたのは謝砂は責任を感じてたんだと思う」

「なんで謝宗主になったんだ?」

「謝砂、これは独り言だと言っただろう。黙って聞かないのか?」

 爛は謝砂の口に果物を詰めた。

「宗主になったのは理理殿を嫁がせるためだ。謝家が集まった席で前宗主から長男だった父の代わりに自分が継ぐのが正統だと宣言した。傘下を含めて大荒れになったんだ」

 爛は酒をぐっと飲んだ。

 口からこぼれて顎から首へと流れた酒を拭わなかった。

 酒壺が空いて二本目を開けると自分の器と謝砂の器にも注ぎ二杯とも謝砂の目の前に置かれる。

 謝砂は付き合うことを決め一口で一杯を飲み干した。

「理理さんが継いだら問題があったの?」

「血縁を重んじると宗主の地位を理理が継ぐことになる。他家に嫁ぐことはあきらめなければならない。だが謝家がごたついているときに桃威叔父上が桃家宗主になることが決まったんだ」

 謝砂が理理をさん付けで呼んでいることに気づかないぐらい爛も酔ってるようだ。

「謝砂は桃家に婚姻を独断で申し入れた。自分が宗主を継ぐと桃威と私に告げた」

「うん」

「理理殿は以前から桃威を慕ってることを謝砂には話していた。結婚を納得させるには宗主に嫁がせるしかないから桃威を宗主にした」

 謝砂は酒が回ったみたいに心臓が苦しく感じた。

「あいつは止めても聞く耳を持たなかった。理理を他の男に渡すのがどんなに苦しくても相手の幸せのためを身を引いたのにずっと想っているなんて地獄だろ」

 爛はいつの間にか酒壺をすべて空けていた。

(理理さんが初恋だったのか。だから心臓に想いが毒のように染み込んだまま痛むんだな)

 爛は俯くとさらっとした髪で顔が隠れた。

 ぎゅとと握った拳でドンと卓を叩いた。

「びっくりした。どうしたんだ?」

「酔ったのか? 爛気分が悪いなら茶を飲め。今淹れるから」

 横に置かれていた急須のようなものに茶が入っていて伏せられていた。

 謝砂が茶を淹れ振り向くと爛は卓に頭をつけて寝ていた。

 爛の髪を払いのけると綺麗な顔に涙を流していた。

 謝砂は手を伸ばして指先でそっと爛の涙を拭いた。

 そして頭をなでる。

 頭を触れられると爛は薄目を開けた。 

「茶を飲む?」

 謝砂が聞いても爛はぼーっとしていた。

 目を合わせるがまだ夢うつつの状態でシラフではない。

「君が召喚した魂は瑛の魂を修復したんだ。すごいだろう。あの世でも魂の修復仙師を名乗れるのは私のおかげだ」

 謝砂に自慢げに笑みを浮かべると再び爛は顔を伏せた。

 謝砂にも酔いが回ってきたのか脈がドクドクと感じる。

 頭がクラクラとしてきた謝砂は爛の腕に重ねるように伏せた。

 重たくなった目を閉じるとシュルシュルと糸が伸びて蜘蛛の巣が心臓を捕らえた。

「謝砂、謝家は他仙家とは違って妖魔を斬り邪を払うのではなく邪気を浴びた魂を修復することを道とし修める仙家。父上のような修復仙師を目指しなさい」

「母上、私は怖いのです。修錬をしても父上のようにはなれないかもと。この前の宴で顔を合わせた爛公子に剣術で負けました」

「爛公子と仲がいいのはいいことよ」

 握りしめていた手には亀裂が塞がらない小石ぐらいの光霊石があった。

 柔らかく暖かい手で謝砂の手を重ねた。

「従姉の幼い姜をお願いね。妹と同じでしょう。友の桃爛公子も側にいるでしょう」

「桃爛は他の師兄とは違って僕にまとわりついてきます。爛が苦手です」

「公子は一緒に謝砂と遊びたいのよ。謝砂が理理の真似ばかりするのと同じよ」

「違います。私は理理師姉の邪魔はしません」

「そんなに好きなのね。謝砂、理理が来たわよ。行って来たら?」

 少女が笑顔で手を振っていた。

 瞬きをするように場面が暗転して切り替わる。

 部屋一面が黒い邪気に覆われているのに両手は真っ赤だった。

 ビリビリとした霊力と邪気が渦を巻き雷を帯びた雲母のようだ。

 何かの陣が敷かれた上で必死に抑えている。

 小さな姜が台の上に寝かされている。

 姜の上に浮かぶ珠は魂だと分かった。

 四方から霊力を注いで魂に刻まれたような呪詛の抜き亀裂を修復するのにすべての霊力が注がれ光っている。

「修復術の中でも魂の修復は修仙四人でも精一杯だ。謝砂は修めなくてもいいように弟に頼んである」

 謝砂に笑いかけたのは宗主の玉令を腰に下げていた父だった。

 黒い煙は姜の魂からでたあと呪詛の残した執念は父、母、叔父、叔母に術を跳ね返して生気を奪い相討ちし消滅した。

「謝砂、姜を頼んだよ」

 パンと弾かれて自分の体に衝撃を受けて口から込みあがった血を噴き出してばたりと倒れる。

「目を開けてください! 母上!父上!」

 気を失うようにぱっと真っ暗になった。

「聞いて! 謝砂、私好きな人が出来たの」

「理理師姉、相手は誰ですか? 爛だったら許しません」

 二十歳ぐらいの大人びた今よりも若い理理の姿がこの屋敷の庭に生えている紅葉の木にもたれて立っていた。謝砂は読みかけた書を置いて立ち上がると理理の頬が赤く染まる。

「違うわよ。桃威殿よ。宴について行ったとき道に迷って案内してくれたの。桃家の桃園で話したけど誠実な人だった。宗主として娘の縁談を申し入れてくれないかな」

「桃威殿ですか? 師姉相手が悪いですね。桃家の宗主を継がない限り叔父君は名前も知らないですよ。納得させるには宗主になってもらうしか謝家が縁談を申し入れることは不可能です。宗主を理理師姉が継いでしまうと桃家には姜を叔父君は縁談を申し込みますよ」

「どこにも貰われなかったら謝砂に貰ってもらえばいいわね」

 微笑まれて鼓動が高鳴り途切れる。

「謝砂、お願い。桃威殿に塵家から縁談の話が舞い込んだの。塵家が桃威を宗主に迎え入れるという高条件よ。断る必要はないのにあの人は断ったの」

「塵家ですか? 私にも縁談を申し込まれましたが叔父君が白紙にしました」

 動揺しているのか理理が話している内容は聞えない。

「桃威殿と親しくしていると父上に知られても宗主は継げない。元々私が継ぐべき立場ではない。愛し合ってるのに叶わない夢となるぐらいなら家を出て謝家と二度と関わらない。桃威殿にも話したわ。わがままなのは分かってるけど桃威殿が好きで一緒になりたいの」

 息ができなくなるぐらい心臓がぐっと締め付けらた。

「婚礼を挙げることができたのはすべて謝砂のおかげよ。ありがとう」

 赤い婚礼衣装を纏った理理が目の前をくるっと回った。きれいに化粧をして金の髪飾りをいくつもして煌びやかに着飾っていても理理の花のような破顔の前にはくすんで映る。

「理理殿。綺麗だよ」

 側にいても見れなかった表情に負けたような敗北感と手から零れていくような喪失感に貫かれて痛みで涙が勝手に溢れていた。

「この魂をすべて理理に捧げるよ。修復できないが呪詛を移せば魂に傷は残らない。ついでに友として爛にかけられた術も引き継いでやるよ先に行く詫びだと思ってくれ」

 指の血で陣を書いていた。見える手や腕は青黒い掴まれた手跡のようなあざだらけで陣が光残像のように消えた。

 謝砂は溢れてくる感情をそのまま受け止めて素直に泣いていた。

 伝え終わったのか心臓の痛みは涙と共に消えた。

 心臓の記憶が一気に頭に流れて情報に頭の処理ができないのかひどい頭痛で目が覚めた。

 目が腫れている。

「二日酔いだ」

 謝砂は腫れた目をうっすらとあけてフラフラと立ち上がり窓を開けた。

 夜風は冷たく頬を撫で頭をすっきりとさせた。

 謝砂は月が自分と爛を慰めているように思えて窓を開けたまま月明りを部屋に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る