第8話
爛は老三に驍家荘に案内されて屋敷をふらふらと見て歩いた。
まだ日が出ている時間だというのに雲で覆われて鬱々としている。
屋敷の周りに歩く人さえ見かけない。
正門に閂はされていなかったが足を踏み入れることができたのは中庭だけだった。
老三は怖がりさっさと屋敷の場所を案内し終えるとすぐさま入り口の隅に立ち覗き込んでいる。
爛が見た限りは外から賊や下手人が侵入したような荒らされた様子はない。
かわりに紙でできた七夕飾りが水溜まりに落ちている。
よく見ると飛ばされたようで引きちぎられ散らばっている。
それよりも気になったのは物音が一切聞えないこと。
そして人がいる気配がしない。
屋敷は瘴気が濃く低俗の邪霊が引き寄せられている。
嵐が来たせいなのか嵐が過ぎてからの被害なのかわからないが、屋敷は放置されて
屋敷の外に逃げ出さないように門に呪符を飛ばし貼り付け『封』をする。
爛は塀の近くの一本の木に視線を移した。
「
カサッと葉が落ちるように木影からふわっと着地する。
呼ばれた柳花は爛のそばにきて跪拝し立ち上がると報告する。
柳花は薄紫の衣に腰には剣を携えていた。
「見えません。邪霊が飛び交っている様子からして生きている者は居なさそうですね。魂魄もすでに消えて散ったか喰われてるかだと思います」
「そのようだ。魂を喰っていたら厄介な相手だろう。驍家荘には留守がちな主人が帰ってきたと人が大勢集まっていたらしい。老三の酒屋に追加で頼まれたのだが料理に使うために先に一瓶持ってきてほしいと頼まれて使いに出したようだ」
「酔っ払いエビやカニに上等な酒を飲ませたほうがおいしくできると聞きました」
「そうかもしれないが、誰から聞いたんだ?」
「謝姜様が以前おっしゃっていました。あと命じられた通り廟の術の陣跡もすべて消してきました」
「分かった。私以外の誰にも話すな。謝砂にも伝えるな」
「はい」
姜が爛をめがけて走ってくるのを見えると柳花はすっと爛の背後に隠れた。
「姜、何かあったのか?」
何事もなかったように爛は姜に視線を向けた。
姜は爛の目の前にピタッと立ち止まると手に握りしめた石をみせた。
「爛様! これを見てください。お兄様が修復した石です」
その石を姜から受け取り見ると見事に亀裂が修復されていた。
「見事だ。これは剣や霊力でも砕けることはない。これを謝砂が?」
「はい。私は見たことがありません。霊力を流して修復する方法として亀裂を時間をかけてだんだんとヒビを閉じるように、また傷が癒えるように修復していくことだと教えられてきました」
興奮気味の姜の説明に爛はうんと頷き話しを続けた。
「亀裂に霊力を直接流すように送るこ術では亀裂が模様となって修復することができる」
「これは亀の甲羅のような模様になって修復されています」
「めずらしいね、柳花。柳花もこちらにきて見てごらん」
隠れた柳花を呼んだ。
爛の後ろから柳花は一歩出て顔を覗かせた。
姜は柳花を見るなり笑顔になる。
「柳花! 柳花も爛様の迎えにきたの? 会いたかったわ」
昔から姜は妹のように柳花を可愛がっていた。
二人の姿は小鳥たちが並んで話しているみたいだった。
「私もお会いしたかったです」
「ちょっと待って。柳花がいるならもう一人もいるのよね?」
「いますけど。
「姿といえば謝砂が見えない。姜、謝砂はどこに?」
ふと思い出して姜に尋ねた。
「お兄様ですか? ここにいないならまだ馬車から降りてないはずです」
「ーーしまった! 謝砂だけにしてしまった」
いつのまにか老三の姿も消えていた。
爛が馬車に駆け寄ると黒い煙が馬車を包み込むように覆っていた。
爛は剣を煙に向かって飛ばす。
剣は空中で舞うように煙を切り払うと鞘に戻ってちゃんと音を立て鞘に納まる。
馬車の扉を開けるとぐったりとした謝砂が横たわっていた。
爛が中に入ろうとしたが馬車の上から伸びてくる手を目の端にとらえた。
とっさに下がったがすでに首に手をかけられて首が絞められる。
片腕でその手首を掴みそのまま後ろに下がり手の主を引きずり下ろす。
馬車の上から老三が降りてきた。
老三の顔にはすでに生気がなく目は白く見開いたままで人とは思えない力で締め上げようとする。
爛がつかんだ老三の腕に指を食い込ませるが痛みをもう感じないらしい。
下がる爛に壁が背中にあたるとそのまま体を持ち上げられる。
爛は呪符を取り出し老三の胸に貼ったと同時に老三の背後からも呪符が飛んでくる。
首を締め付けていた手は力をなくし崩れるように老三はそのまま倒れる。
老三の体はすでに死んでいた。
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