第24話
「爛助かったよ」
謝砂は安堵してふぅと息を吐くと体の力が抜けた。
「間に合ってよかった」
爛は謝砂がへたり込むまえに腕を掴んで支えた。
爛は謝砂の腕を掴んで湖の淵へと移動する。
「妖龍は湖の中に戻ったのか?」
謝砂は爛に確かめた。
「身を潜めてるだけだ」
剣は持ち主の元に戻ってきて鞘のなかにひとりでにおさまる。
爛の指先に血が筋のように残っていた。
謝砂は爛の手をとり手相を調べるようにベタベタと触る。
爛は黙ったままじっとしていた。
「自分の血で術を飛ばしたの?」
「呪符を飛ばすよりも早くて強い」
爛は淡々としてるが自分で血は流せない。
刃物を扱えないが力加減もできない。
「痛くない?」
謝砂は紙で切ったときの地味な痛さを思い出して聞いた。
「こんなのは傷にも入らない。いつものことだ気にするな」
「買った小瓶は持ってる?」
「ある。はい」
爛は薬茶屋で買った袋ごと謝砂に渡した。
謝砂は小瓶を取り出して栓を抜いた。
「これは飲むんじゃないからな」
突っ込まれないように前もって否定する。
謝砂は小瓶の水を爛の指に流して傷口を洗った。
「この湖の水は傷口を悪化させそうだから」
「大丈夫。残りはとっといて」
謝砂はまだ残っている小瓶に栓をさしてしまう。
水面が揺れた。
「地震?」
妖龍が湖に姿を隠すと波打つように振動で地面が揺れた。
「違う。上を見てみろ」
月が差し込む天井を見上げると洞窟が揺れているわけでない。
湖の中で憂さ晴らしをして当たり散らしているようにも思える。
桃常と桃展も祠があった場所からぴょんと飛んできた。
桃展は謝砂に話しかけてくる。
「謝宗主は妖龍に好かれてますね」
「笑えない冗談はやめてくれないか」
「真剣ですよ。爛様は妖龍に嫌われてます。好き嫌いは妖龍にもあるんですね」
(そうだろう。爛がくるなり隠れたんだから)
「柚苑と雪児は?」
謝砂が聞くとすぐに二人も現れた。
手にはまだ呪符を準備して持っている。
「「はい。ここに」」
声を揃えて返事をする。
「君たちも無事ならよかった」
揺れがおさまると湖から漂い黒煙がボコボコと沸いてくる。
煙は湖の底から水面に浮かんで消えると影が人が浮かんできたように見えた。
「人?」
湖から出てきた人は淵にたどりつき這いながら出てくる。
「ぎゃあああああ!」
謝砂は叫びながらぞわっとした恐怖が襲う。
頭のてっぺんからビリビリと痺れる。
ボロボロの衣服に口は開き道中追いかけてきた鬼と同じ姿だった。
目の色は妖龍と同じ色をしている。
不思議なのは湖の中から出てきたのに着ている衣も髪も濡れていないことだ。
(お亡くなりになってるなら悪霊とか怨霊とかにならずに成仏してくれよ)
「悪鬼なのか? 操られいるだけ?」
謝砂が呟くと桃展と桃常に言い返される。
「悪鬼なら別々に襲ってくるはずです」
桃展が言うと続いて桃常がいう。
「あれは妖龍が吐き出した妖気ですよ」
「同じなのに見た目の区別つくわけないだろ」
湖から現れた人の姿をしているものを爛が剣を飛ばしてかき消すが次々に現れる。
「追いかけてきた村人と同じですか?」
爛に桃展が尋ねた。
「あの鬼も妖龍の力だろう。獲物が自分から来るようにおびき寄せたんだ」
謝砂は祠を見てからずっと気になっていた。
祠から煙が出てきたのなら何か望みを叶えたのではないかと思っていた。
「祠の前で何を話してたんだ? 展、全部教えて」
「祠の前で塵家の人はどこって話を雪児と二人でしてました」
「あと展が僕たち以外にいるならはっきり確かめたいと言ってました」
「分かった。二人でお願い事をしたんだな」
「お願いごとに入りますか?」
「妖龍は願いを聞いて最初に塵家を吐き出したんだ」
爛が聞いていて口をはさんだ。
「塵有眉殿が助かったのは展と雪児のおかげだな。いい願い事したな」
「爛、褒めるところか? 願い事を叶えたから石像が動いたんじゃないか」
「吐き出したんだからいいじゃないか。願い事が叶ったんだから喜ばないと」
「そうだな」
謝砂はやけくそに返事をした。
「塵家の門弟がなぜかいます」
やたらと俊敏に動き邪魔してくるのは助けた塵家の顔だ。
「傷つけてはいけない。生霊に傷つけると魂が戻らなくなってしまう恐れがある」
「でも襲ってくるのを止められません」
剣で切りつけることもできずに防ぐ一方だが力が強くて押されている。
振りかざされた爪で穴が掘られる。
「ど、どうしたらいいんだ?」
桃柚苑が持っていた呪符を飛ばすと霊に当たってバンと呪符が燃えて煙となって姿が消えた。
妖龍と同じように謝砂たちに突進してくる。
手に持っていたのは湧水の小瓶と茶葉。
謝砂は持っていた黒豆茶の黒豆を握りしめた。
子袋の中から中身を取り出すと手のひらに小山ができた。
ずいぶんとサービスしてくれたようだ。
香ばしく炒った黒豆の香りがした。
味がよく出るように多少砕かれているが使えそうだ。
光霊石のように霊力を込める。
(黒豆って邪気払いできるって聞いたから効くかもしれない。豆まきだ)
「鬼は外!」
謝砂は叫びながら節分の豆まきをするように黒豆を撒いた。
「呪文か? これは鬼じゃないぞ。妖鬼だ」
爛に突っ込まれる。鬼も妖だろうが一緒じゃないか。
「豆まきには掛け声が必要なんだ」
謝砂を援護するように爛がさらに手を振って広範囲に豆を散らす。
黒豆は勢いをまして広範囲に当たった。
銃弾のように立て続けにあたり恐ろしい妖鬼は消えていく。
「よしっ!」
謝砂は喜んで両手を叩いた。
そのまま勢いよく黒豆は湖の中に落ちた。
黒豆は湖に潜んだ妖龍に降り注ぐ。
妖龍はもがくように湖から飛び出してきた。
うねってるのは蛇のようでぞわっと鳥肌がたった。
壁に体を擦りものたうち回るように湖の上を回る。
「あれ、なんか激怒してない?」
妖鬼は妖龍が吐いた妖影だった。
謝砂が黒豆でほとんどが消えたが塵家の生霊だけは消えずに残っている。
「生霊は桃展と桃常頼む。ちょっとここから離れてしばらく相手して」
桃常は謝砂が言ったことに「はい」と短く返事をした。
桃展は「なんとか頑張ります」と話し剣を握りなおして生霊と顔を合わす。
言われたとおりに生霊を引き連れて湖の左隅へと移動した。
向き合った塵家の門弟たちは携えていた剣を爛のように招剣し手に握った。
「魂だけで実体がないのに剣が扱えるんだ?」
桃常は近くにいた門弟の眠ったままの体を見ると有眉の姿があった。
門弟の一人ずつに呪符を貼っていた。
「体の目を覚ませようとしましたが呪符では魂は戻らないようですね」
塵有眉が門弟の体がある場所に飛んできたらしい。
「仙剣は霊気で扱えるものだからですよ」
「塵家の門弟の方たちは剣術は得意ですか?」
桃展は有眉に尋ねた。塵家と手合わせをしたことは数回程度で門弟とはしたことがない。
なるべく失礼のないように実力を聞いたつもりだ。
「いいえ。桃家の公子たちに剣術で及びません」
あっさりと自分のところの門弟に毒づいているように聞えるのはなぜだろう。
心優しそうな顔には似合わず身内にとっても辛口みたいだ。
「情けないですがこの者たちの霊力は低いです。しかも剣の扱いはヘタです。だからとっさの時に剣を抜けないぐらいです」
門弟に同情した。自分のことを言われているように思えてきた。
そのぐらいにしてあげて欲しいが有眉は言い続ける。
「私が祠に結界の陣眼を作るために一応連れてきたのですが、剣術ができる者は塵昌と外に残してきました」
突然赤い目をしたまま剣を展に振り下ろしてきた。
ぐっと剣で受け止めたが力が強い。ぐっと体の反動を使って払いのけた。
「そういわれますけど、手加減できないぐらい強いですよ」
桃常に剣を突き刺す早さは勢いがいい。
「妖龍の力が注がれているから持っている霊力よりも格段に上がったんだ」
「僕たちも力加減が難しくて斬ってしまうかも」
「大丈夫です。まとめて動きを封じてから結界で大人しくさせればいい」
「簡単に言いますけど何で縛るんですか? 魂の状態ですよ」
桃常が剣をよけながら有眉にきく。
「捆仙縄(こんせんじょう)で捕えます。門弟がもってる仙剣でも切れないから時間は稼げます」
「「えっ?」」
桃展と桃常は同時に訊き返した。
「お二人は生霊になった門弟を一か所に集めてくださいますか?」
塵有眉の手には梱仙縄をすでに持っている。
「他家に口をはさみにくいのですが門弟を梱仙縄で捕えていいんですか?」
「はい。もちろんです」
捆仙縄は仙人も捕えれれる高価な仙器の一つだ。
悪鬼などの鬼や妖獣をとらえるのに主に使われる。
「ほんとうに?」
「悪さをするまえに捕まえないと。気にしないでください。普段からとらえるのに使ってますので」
有眉に言われるがままに塵家の生霊を桃常と桃展は囲むように挟み込んで集めた。
「離れて!」
有眉の合図にその場から後ろに離れ距離を取ると上から捆仙縄をかけて捕えるとそのまま縛る。
ひとまとめにされた生霊たちを引きづった。
「ご協力に感謝します」
有眉は両手を胸の前で合わせて礼をして手に生霊をとらえたまま縄の紐を握りしめている。
生霊も状況が分かっていないようで大人しいままだ。
そしてポイっと隅に投げて知らない間に陣を作っていた結界の中に入れた。
桃常と桃展は自分が桃家でよかったと心から思った。
妖龍は赤い目のなかに真っ黒な瞳孔を細めた。
短い手足の爪を立たせて憤慨しているのか宙に浮かんだまま勢いをつけ突っ込んでくる。
謝砂は慌てて爛の後ろから雪児と柚苑がいる湖の右淵へと避難した。
「なんでくるんですか?」
雪児が謝砂が来て不思議そうに首を傾げた。
「だって桃展と桃常は塵家の生霊がいるだろ」
「だからってこっちに来なくても」
謝砂は雪児が言い終わる前に雪児と柚苑の肩を掴んで前に立たせた。
「爛の戦いを学べるいい機会だ。しっかり学びなさい」
(二人ともすまないが壁になってくれ)
身長がまだ謝砂の肩ぐらいに二人の頭がある。
二人の両肩に後ろから腕をまわした。
爛は瞬時に鞘から剣を飛ばして指先で操る。
剣先を妖龍の頭に向けてぐるぐると回転すると扇風機のように風が起きる。
霊気を帯びて綿あめのように回転したまま細長く伸びる。
キラキラと白銀に静電気のような光を帯びる。
流れて竜巻のように妖龍を近づかせないようにしている。
妖龍は進めないと分かると爛の剣と逆回転して竜巻を作る。
爛は両手から霊気を込めるが押されて足が砂利に滑り後ろに下がった。
黒い妖気を帯びた気流と爛の白銀の気流と相殺するように弾かれる。
爛の剣も弾き飛んぶと同時に妖龍も後ろに吹き飛ぶ。
長い尾が爛を狙って振り下ろされる。
(危ない!)
謝砂は考えるより先に柚苑と雪児の手から呪符をとった。
焔呪符(えんじゅふ)は謝砂の霊力が注がれて尾に張り付いて呪符に火がつき燃え上がると「バン」と爆竹のように爆破した。
呪符の衝撃をうけた尾は横に逸れて爛をかすめて左側にバンと落ちた。
謝砂は呪符を立て続けにすべて妖龍に飛ばした。
謝砂はまっすぐに爛の元に駆け寄った。
妖龍は体をよじらせるが呪符は張り付いたまま振り落ちず次々に燃える。
一瞬で呪符は火がつき燃え爆破させると呪符が張り付いた場所はえぐれた。
洞窟の中は爆破した熱風が包み、昼間のように明るくなった。
石像の妖龍の身をボロッとえぐれて遠ざける。
そして一瞬の明るさを出したあと再び月明りと燭台の灯りになる。
柚苑と雪児が飛ばしたときよりも呪符は威力を増した呪符は妖龍をえぐった。
見ていた雪児と柚苑は謝砂が使ったものが同じ呪符だと思えなかった。
突っ立ったままでポカンとしていた。その胸の奥に感じる高揚感は感動に近い。
「すごい」
雪児が呟き隣にいた柚苑に話しかけた。
視線は自然と妖龍から謝砂を追いかけている。隣の柚苑も同じように見ていた。
「僕たちが手に持っていたものだとは思えないよな?」
「焔呪符なのに威力が違う」
妖龍は飛ばされて壁にぶつかり全体が揺れた。
爛はとっさに避けて下がったが振り下ろされた衝撃で吹き飛ばされた。
「爛!」
謝砂は叫んだが返事はない。
吹き飛ばされても砂利の上を滑り壁にぶつかる前に鞘を地面に指した。
持ちこたえたが片膝をガクッと地面につけた。
「カハッ」
爛の口から込み上げるように咳込むと血も一緒に出てきた。
「血、血が出てる」
謝砂は動揺したまま爛に駆けより同じように膝をつく。
爛の背中を擦った。
「大丈夫ですか? 止血します」
有眉が爛の前に座り経穴をついた。
咳込んでいたが呼吸が整った。
「邪魔にならないように移動させたんです」
塵有眉が門弟たちの体を湖の淵から後ろに下がらせて隅に寝かせていた。
祠があった近くには湖の石像に辿り着く前に短めの通路があり、両側に視界に入らないような壁があった。
(ここの中って瓢箪ひょうたんのような形だな。入口が飲み口のある上でコロンとした下が湖か)
地形を理解しても謝砂にはどうしようもない。
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