第23話

 水は透明なのに少し鉄の匂いがした。

 爛が石像を観察している間に水流はないはずなのに水の流れを感じた。

 謝砂は水の中に気配を感じた。

「うぎゃぁぁ!」

 大きな石の影だと思っていたがだんだんと水面に浮かんでくる。

 どこかに行ってほしくてバシャバシャとその場で大きく足踏みをして水飛沫を飛ばす。

「謝宗主どうしました?」

 桃常が聞くが柚苑も叫んだ。

「こっちにも何かいます」

 桃常は柚苑のそばに行き腕を掴んで素早く引っ張り水から上がる。

「爛! 爛」

 謝砂は怖くて爛を名を叫んだ。

「謝砂落ち着いて」

 謝砂は爛がすぐに駆けつけて来たことで水を蹴りつけるのを止めた。

 謝砂は爛の背中に乗っかり首にしがみついた。

「足になにか触れたんだ。水の中になんかいる」

 爛は謝砂を背中に背負ったまま湖を凝視した。

 水面に塵昌が着ていたのと同じ羽織がぷかっと浮かぶ。

 服が動き、顔を出した。溺れかけているが生きてるようだ。

 爛は謝砂がしがみつかれて背負ったままだ。

 首を絞められるようにずるずると後ろに引っ張られると一度軽く謝砂を浮かせた。

 体が浮き持ち上がると謝砂は爛によじ登るように肩に手をかけコアラみたいに爛の背中にへばりついて離れない。

 爛は謝砂を持ち上げるとおんぶしたまま湖に進む。

 濡らさないように謝砂のお尻を持ち上げた。

 湖は極端に深くて爛の膝上から太ももの付け根まで一歩の距離で深くなっている。

 謝砂は爛の背中から腕を伸ばしてその人の手を掴んで引き上げた。

「大丈夫?」

「ゲホッ。ゲホッ」

 ずぶ濡れで顔色は青白いが生きている。むせてるだけだ。

 咳とともに口から水を吐き出した。

 爛は二人まとめて湖から連れ出した。

 爛に桃常が叫ぶ。

「爛様、奥でも浮かんできました」

 先に水から出ていた桃常と柚苑が呼びに来た。

 謝砂は爛の背中から降りる。

「爛見てきて。ここにいるから」

 謝砂がその場にしゃがむと爛はしぶしぶ離れて桃常たちが言う方を見に行った。



 爛は桃常たちに連れられて見るとさっきみたいに塵家の服を着た人が三人浮かびあがった。

 身動きをしないが顔を上げないがポコポコと周りに気泡が見えた。

「まだ息がある」

 爛が言うと桃常がすぐに湖の中に入っていく。

 柚苑は続いて入り桃常から一人ずつ受け取り爛に渡して祠側に引き上げ寝かせる。

「塵家の門弟だ」

 爛は寝かせた門弟たちの首を振れ脈を確かめる。

 湖から上がってきた桃常と柚苑は意識のない門弟たちを一人ずつ支えて身を起こす。

 爛が霊力を込めて一人ずつ背中を叩く。

 口から水が吐き出されて呼吸が戻った。

「意識が戻るまで壁際に座らせなさい。謝砂の様子を見てくる」

 爛は指示して謝砂のほうに戻った。

 桃常が脇に手を入れて上半身を持ち、柚苑が足をもって壁際へと運ぶ。

 門弟たちを洞窟の壁に背中をあずけさせ座らせた。

 柚苑は門弟の意識を戻そうと力が抜けだらりとした手を持ち上げた。

 爪を抑えても反応が戻らない。

「呼吸はしている。意識が戻らないじゃなくて魂が喰われた?」

 柚苑は桃常と顔を見合わせて謝砂のほうに向かった。

 謝砂は爛を行かせて見送ったあとしゃがんだ足が痺れた。

どてっと砂利の上にお尻をつけた。

 意外と座り心地がよくて足を伸ばした。 

「ふぅー」

何もなければここはすごくいい絶景スポットだろう。

見上げれば天井は月夜と星空が見える。

すごく大きな水溜まりのような湖は綺麗に星空を洞窟のなかにキラキラと反射させる。

 謝砂の隣に助けたその人も腰を下ろす。

謝砂は助けることに夢中で気がつかなかったが、清楚な雰囲気の顔をした小柄で華奢な女性だった。

濡れた黒髪は艶やかだ。

女性は濡れた髪の水気をしぼっているがその手は震えている。

 謝砂は上着を一枚脱ぎ手渡した。

「嫌じゃなかったらまだ濡れてないので使ってください」

 驚いたように謝砂を見る目が大きくなりやや間が空いてから受け取ってもらった。

「ありがとうございます」

 女性は謝砂から受け取った羽織を肩にかけた。

「塵昌殿の姉上ですか?」

 謝砂がたずねるとこくっと頷いた。

塵有眉じんゆうびです。謝宗主?」

 なぜか有眉に疑問形で名を呼ばれた。

 やっぱり塵家とは何か因縁でもあるのだろうか。

「有眉殿はお一人ですか?」

 謝砂が聞くと有眉はグッと噛みし首を横に振る。

「私は魂魄ごと水底に引っ張られていたんですが突然吐き出されたです」

「他の人はどこに?」

「私が最後だったんです。急いで扉に呪符を飛ばしました」

「外には出れなかったの?」

 謝砂は指で上を指した。

「御剣して外に出ようとしましたが結界なのか塞がれて外に出れません」

(外が見えているのに出れないのか。飛べない一般人からしたら出口には思えないけど)

「妖気です!」

 展の叫ぶ声が響いた。

 謝砂は逃げたくて立ち上がりたいのに慌てて砂利に足を取られて立ち上がれない。

「妖気が石像に向かってます!」

 謝砂は展の妖気の実況が伝えられると謝砂の頭上にも黒い煙が通った。

「謝砂立って!」

 謝砂が気をとられているうちに爛が戻ってきていた。

 爛はすばやく謝砂を掴んで立たせる。

 黒い煙は意思があるようにうねりながら石像の中に入った。

「祠に妖魂が入っていたのか」

 爛は独り言のようにつぶやいた。

「実体がないから石像の中に入り龍の姿を使っているんだ」

 爛は謝砂に説明する。

「それで妖龍? 邪龍? 龍神なの?」

 謝砂にとって龍かそれ以外なのかが大事なことだ。

「妖気がとりついているから石像は妖龍だ」

 爛が謝砂に告げた。

 ビシビシと石に亀裂が入る。

 石像が動く細かな振動で湖の水面が波打つ。

 湖から黒霧が湯気のように出てきた。

 謝砂は恐怖で動けずただ霧の動きを目で追う。

 動く石像だけで怖さは十分だ。

 霧の特殊な演出はなくていい。

 黒霧がだんだんと濃くなり石像を覆った。

「黒霧をあまり吸い込むな」

 爛が注意すると謝砂は鼻と口を両手で塞ぐ。

「呼吸を深くしなければ大丈夫」

 謝砂の行動に爛は両手を掴んで顔から手を降ろさせた。

「桃常、柚苑、桃展、雪児は祠より後ろに下がりなさい」

 爛は掴んでいた謝砂を抱えて一緒に飛ぶように湖から祠のあるところまで下がった。

 後に続くように塵有眉も後ろに下がる。

 爛と謝砂が祠の前に立つと桃展たちが待っていた。

 爛から降り謝砂は自分で立った。

「妖気を帯びた黒煙は祠から出てきたんですが何も気配はなかったんです」

 展が謝砂と爛に祠を指さして言った。

「祠に悪さでもしたのか? 罰当たりなことしてないだろうな?」

 謝砂は妖龍じゃない可能性を探したくて展にきいた。

「いいえ。触れてもいませんし、ただ調べただけですよ」

 疑われた展は否定する。

 謝砂は祠の中を覗き込むが中が見えない。

「祠に閉じ込められていたのかな?」

 謝砂が聞いた。

「それはありません」

 桃展が言い切る。

「呪符も結界も張られてはいませんでした」

「石像ではなくもともと妖龍が石像のフリをしていたのかな?」

 謝砂は隣にいる爛を見た。

 爛は考えるように石像がある奥を見た。

 謝砂も目を凝らしてじっと見つめると黒霧の中に二つの怪しげな赤い点が光った。

(うわっ怪しすぎる。赤はとにかく危険だ)

 隠れたいとと内部を見渡すが見つからない。

 唯一隠れれるのは祭壇に使わられてる木机の僅かな隙間だけだ。

 謝砂は奥から突進してくる気配を感じた。

「横に避けろ!」

 爛は剣を飛ばして顔の前で構えた。

 謝砂は爛の横に言われた通り避けた。

 桃展たち4人も横に避けた。

 コケそうにへっぴり腰でよけた謝砂とは違って華麗に飛び退いた。

 黒霧を突き破るように妖龍が吠えるように唸り龍が祠をめがけて頭から突っ込んできた。

 爛が剣で龍の動きを止めるが勢いに金属の火花が見えた。

 みんなが避けたことが突っ込んでくる龍を爛は体を反らして攻撃を受け流す。

「ぎゃぁぁぁ! 龍じゃん」

 しかし妖龍が突進してきた衝撃で祠も机も粉々に破壊された。

 龍の全長は長い。短く見積もって3メートルぐらいだろうか。

(石像としては大きすぎないか?)

 短い前足と後ろ脚は可愛く思えるが胴体をくねらせる様に鳥肌が立つ。

 鱗は岩だがら硬そうでやすりのように見えた。少し擦っただけも身を削られてしまいそうだ。

 柚苑と雪児は呪符を妖龍にめがけて飛ばす。

 そして手で印をつくると呪符は爆発する。

 妖龍はよろけもしないし無傷のようで壁に足を付けた。

焔呪符えんじゅふでは無理です。石が硬すぎます」

 目ざわりだったのか妖龍は尾を振り回す。

「妖龍を怒らせるなよ」

 謝砂は柚苑と雪児に怒った。

 動かない石像だったはずのものは音を立てて襲いかかってきた。

 妖獣は頭上を旋回して謝砂たちと向き合う。 

 呪符では効果がないと分かると桃常と桃展は同時に剣を鞘から抜いて柄を握りしめた。

 二人は目くばせをして妖龍をめがけて左右から飛び込み刃を振りかざす。

 振り下ろした刃は妖龍に当たるが切ることができない。

 妖龍は身を軽くよじらせるだけで桃常と桃展を振り払った。

「うわ!」

 常がバランスを崩したが展が桃常の腕を掴んで一緒に着地した。

「助かった」

「お互い様だ」

 妖龍は尾で払うように地面の小石を飛ばしてくる。

 桃常は桃展は剣の刃で後ろに下がりながら弾いていた。

 刃の金属にカンカンと連続で石が当たり跳ね返している音が響いた。

 妖龍は素早くて動きを止めない。 

 小石とはいえ勢いがよく銃弾のように威力を持つ。

 爛はさっと謝砂の前に立ち庇った。

 手の平を前に突き出しさ手で払う仕草をした。

 勢いよく飛んでくる石の力と爛が手から出した力とぶつかり小石は砕けて散りになる。

 ぐるぐると旋回し飛びながら威嚇するような唸り声を出す。

「だから怒らすなってば!」

 謝砂が怒ると桃展が開き直る。

「怒らすしかありませんよ」

「力任せに剣を使っても意味がないならやめとけ」 

 妖龍の赤い瞳に謝砂が映った。

(なんで見るんだ? 怒らせてないだろ)

「来ないでくれ!」

 次は石ではなく妖龍が謝砂を標的にしたように勢いよく追いかけてくる。

「ごめん」

 謝砂は妖龍に向かって意味はないが詫びた。

「ごめんなさい!」

 爛から離れて謝砂は謝りながら祠の奥の湖のほうへ走って逃げる。

 爛は謝砂を掴もうと手を伸ばしたが謝砂のほうが早くて指先が届かなかった。




 謝砂が逃げるよりもさすがに飛べる妖龍のほうが早く湖にたどり着く。

 妖龍はもともといた石像の定位置に降りる。

 長い尾を湖に打ち付けて勢いよく水を飛ばしてきた。

「鉄砲水かよ。冗談じゃない」

 謝砂はピタッと立ち止まると水は足元に落ちた。

 何も攻撃していない謝砂をめがけるように妖龍は口を開けて牙を向けた。

「他にも獲物はいるだろ!」

 謝砂は怒りながら叫んだ。

 恐怖と怒りで血圧が上がる。

「謝砂!」

 爛は謝砂に追いつく前にすっと刃に指を滑らせた。

 血の流れる指先で宙に呪符を書き謝砂に送った。

 謝砂の目の前に四角く囲まれた文字が朱色に光って浮かび上がる。

「うわ!」

 謝砂は目の前に突っ込んでくる妖龍の頭にぐっと身を構えたが突っ込んできた妖龍の頭が呪符が壁のように受け止めた。

「呪符か? 助かった」

 二度突き破ろうと頭突きをしてくるが呪符は光ったまま謝砂の防御壁となり守っている。

「来るな!」

 妖龍は頭突きではなく牙をむき出しにして呪符ごと謝砂を噛もうと口を開けた。

 謝砂は逃げることもできずに両腕をあげて頭を守る。

 襲ってきた妖龍に爛は剣を飛ばした。

 爛の剣は煌めく白い刃は妖獣の開いた口を横切った。

 剣は妖龍を追いかけ湖の上空を舞う。

 飛んできた剣に妖獣は謝砂を避けて黒霧に姿を隠す。

 剣は妖龍を追いかけ湖の上空を舞う。黒霧の中でも白い刃が輝いてどこにいるのかが見えた。

 爛の剣は螺旋を描き霧を晴らして様子が見えるようになった。

 妖龍はボチャンと湖の水の中に入り姿を隠した。


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