第22話

謝砂は一心不乱に走った。

足が速かったことに感謝した。

こういうときになぜ御剣して逃げないのだろうか。

せめて呪符で動きを止めたりすればいいのに。

鬼も俊敏でぴったりと一定の速さで追いかけてくる。

「やはり祠に連れて行くんですね」

 追われているうちに山の中に入り上流に向かっているようで川幅が細くなってる。

 松明の灯りが見え、灯りに照らされて人の姿が見えた。

「あれは塵家の門弟じゃないか?」

桃常が指さす方を見ると薄いクリーム色に金粉が散りばめたような服を着ている人がいた。

「祠は近くにあるようです。塵家と合流しますか?」

桃常は爛に聞いたのだか、先に謝砂が「うん」と返事をする。

「追いかけてくる鬼は塵家に任せないか?」

 謝砂は提案した。

 ガサガサと足音を立て謝砂が騒ぎながら走っていたので塵家は気づいたようだ。松明の灯りで謝砂たちを照らした。

「桃家の公子殿だな。何を連れてきた?」

 尋ねた人は呪符を四方に飛ばして剣を地面に突き刺し結界を張った。

 叫び声は聞えるが入っては来れないようでうろうろとその場を彷徨って歩いている。

「あれは村人だ」

 短い説明に塵家の門弟たちは試されているのかと疑ってごくっと唾を飲んだ。

 桃常が補足して説明をした。

「鬼です。聞いた話では近くに村がありその村人が鬼となり祠に誘導するというのですが本当でした」

「爛様と謝宗主もご一緒だとは気が付かず失礼いたしました」

 剣は鞘におさめ持ち両手を胸の前で重ねて挨拶をした。

「塵家の塵昌じんしょうです。師弟たちとお待ちしておりました」

 宴のときはいなかったが謝砂を敵視したり睨みつけたりはしない。

  同じ塵家でも恨まれたりはしていないようだ。謝砂に丁寧に説明をしてくれる。

「結界を張りましたが急なので朝まで持つか分かりません。張りなおすよりも彷徨ってる鬼は切った方が確かなので塵家に任せてください」

ありがたい申し出に謝砂は鬼と戦わされる心配がなくなり 謝砂は少し落ち着いた話すことができた。

「祠の中には誰かいる?」

「祠には姉上たちがいます」

「石像は動いたりした?」

「到着されるまで見張っていましたが石像は動きません。私たちが調べたことでは石像が動くという報告はなかったのです」

「分かった。鬼は塵家に任せて中に入ろう」

 謝砂は石像が動かないなら祠が安全だと先に中に入った。

 鬼になった村人を見ると気分が悪く吐き気で消化不良だ。

「待ってください。僕も行きます」

 桃展が謝砂のすぐあとに続いた。

 登場、雪児、柚苑も謝砂を追いかけて中に入っていった。

 残っていた師弟に塵昌と一緒に見張りと鬼の始末を命じて爛も中に入った。

 謝砂は爛が来るのを入口で待っていた。

 爛の顔を見るなり謝砂は爛の腕を掴んだ。

「一人で先に行かないで」

「うん。お前たちも先走っていくな。後ろにさがりなさい。罠が張られてたらどうするんだ。謝砂のそばにいろ」

「爛様申し訳ありません」

「行動を慎みます」

 素直に四人は爛に謝った。

「謝砂待たせたな。一人にさせてすまない」

「すぐに爛は来てくれるだろう。だけど怖かったんだ」

 謝砂は爛が隣に来てから奥へと進んだ。

 洞窟と言っていたが蝋燭が岩壁の隙間にいくつもあり火は灯されているので明るかった。

 足元は藁で作られた敷物のおかげで滑りにくく参拝者に配慮されている。

 奥に進むと水滴がポタポタと床に落ちる音が聞こえる。

 壁はしっとりと濡れているような部分も進むにつれて面積が増えてきた。

 謝砂にはこの洞窟は鍾乳洞のようだ。

 壁に自然な窪みがあって謝砂は立ち止まった。

 溢れているように水が溜まっていた。

 鼻を近づけて匂いを嗅ぐと錆のような鉄臭い。

 まだここは湧水ではなさそうだ。

 蝋燭の灯りをゆらゆらと映す。

「思ったよりも狭いなあ」

 謝砂は小声て話したつもりだったが響く。

 洞窟を進むと扉が見えた。

「この先は用心しなさい」

 扉には呪符がベタベタと張られていた。

 中に塵昌は姉たちがいると言っていたが一本道なのに姿を見なかった。

 爛は謝砂たちを自分の後ろに下がらせた。

 桃展たちは後ろに下がったが剣を構える。

 謝砂は爛の背中に隠れた。

 扉に触れずに腕をあげて手のひらから衝撃波で呪符を散らした。

 呪符が消えるとギィーとお音を立てて隙間が開いた。

 突風が吹き扉はバンと開いた。

「うわぁ!」

 内側から風が吹いたように扉が開くと風で灯りが揺らいだ。 

 謝砂は爛の後ろに隠れて風を避けた。

 扉の中に入る。

 謝砂は祠の中に見覚えがあった。

 腕輪で見た羅衛の断片的だった景色と一致する。

 羅衛でみた映像では祠は洞窟の中だとは思わなかった理由が見つかった。

 羅衛は後ろにいて祠の前にいたのは美玉だったから見えなかったのだろう。

 祠はちらっと見えたが羅衛には石像は見えなかった。

 外だと思っていたのも納得した。

 祠がある中は天井は開いていて空だった。

 明るかったのは太陽の光が入っていたからだ。

 祠の奥に湖のように水溜まりができていて石は水溜まりの中にある。

 湖に浸かっている石は動いては見えない。今は月の灯りが注ぎ込んで湖が反射している。

 鍵穴のような空間だ。通路には祠でがあり奥に水溜まり。

 通路は蝋燭の灯りで足元を照らす。

 中には人の気配がない。

 祠なのに神秘ではなく陰気が漂っているようだ。

 湿った空気が肌にまとわりつく。

 祠から先は足元が砂利になっていて歩きにくい。

 謝砂が歩きにくそうなのが分かったのか足がもつれる前に爛に手首を掴まれる。

「ありがとう。そのまま掴んでいてくれ」

 桃常たちは謝砂の先を歩く。

「手前は深くありません」

 先に行った桃常が叫んだ。

 石像を確かめに爛の一緒に水の中へと入った。

 水溜まりに見えていたが沼ではないようだ。

 ひんやりと冷たいが凍える程ではない。

 水は透き通っていて砂利が見える。魚も住んでいないようで安心して足を入れる。

 魚さえいなければ怖くはない。

 石像は龍か蛇と聞いていたが謝砂の目にはどちらにも見えない。

 かろうじて爪があるように見えるから蛇じゃない。髭もないから龍ではない。

「分かった。トカゲだ」

 自信満々で答えを導いた。

「違う。信じられないなら師弟たちに聞いてみろ」

 爛に即否定され呼ばれた師弟たちは照らし合わせたように同じことをいう。

「龍ですね」

 展がはっきりいうと続いて雪児が止めをさす。

「爪もあるし間違いようがないです」

 間違いぐらい誰にでもあるさと自分で慰めた。

 謝砂は石像が動いていないことにほっとした。

「龍でよかったよ」

「なんでだ?」

 爛が聞いた。

「龍は人を襲わないだろ」

 龍といえば球を集めて願いを叶える存在で神様と同じなはず。

 人を食べたり襲ったり怖い存在ではなかったはずだ。

「龍仙や龍神だったら人は襲わないけど……」

「けどなに?」

「妖龍、邪龍なら人を襲う」

 龍に襲われたらと考えるのは止めておこう。戦うことはないはずだ。

 少しでも想像してしまったら戦う羽目になりそうだと嫌な予感がした。

「聞きたくなかった。聞かなかったことにする。これは石像だろ。動かないならいいじゃないか」

 謝砂から言わせると石像と言っても神秘的なものとは思えない。

 長くてくねった海辺のカフェに飾られていそうな流木に見えてきた。

 目線がやや上で高さはあるが大きくどっしりとしていて動く気配がまったくない。 

「勝手に龍だと決めつけるのもどうかと思わないか? 単なる岩だったんだだろ」

 謝砂はだんだんと理解できなくなってきた。

 石像といえば神社の狛犬じゃないか。

 でもそれは最初から石を削った石像として存在している。

「はじめは単なる岩であっても龍だと人々が信じ続けていたら力を持つこともある」

「この石像は隕鉄なのか? 腕輪と一緒の」

「右側の腕は盛り上がった筋があるんだが左はないように見える」

 爛は石像を注意深く眺めて観察していた。

 謝砂は石像に手を伸ばすが触れる前に手をぺしっと叩かれる。

「触らないで。素手なんて危ないだろ」

 謝砂は爛に邪魔扱いされてふんっと拗ねた。

 すでに水の中に入ってしまっているし、多少濡れていてもすぐに乾きそうだ。

 爛から少し離れて奥を見ていた。

 後ろに通り道はなく出入口は入ってきた扉の一つだけ。

 横にも人が通れそうな抜け道も見当たらない。

 すれ違わなかったのは御剣して外に出たのかと考えていた。

 鬼に襲われて逃げてきたとしても祠に助けてくれと願い夜を過ごすだけだ。

 昔は参拝する人もいなかったと言っていたから薄暗かったはずだ。

 謝砂は自分みたいな旅人が恐怖のあまり心臓発作を起こして死んでしまったんだろうと思った。

 


「爛様! 奥に行くと底は深そうですが行き止まりです」

 桃常が報告した。

 石像から奥に進んでちょうど半分ぐらいの距離だ。

 桃常と柚苑は腰のあたりまで水に浸かってる。

「何もありません」

 柚苑も続いて報告する。

「分かった。展、雪児は祠を調べなさい」

 まだ水に足元しか浸かっていない展と雪児は返事をした。

「「はい」」

 祠へと桃展と雪児は引き返した。

 桃展と雪児は並んでぐるぐると祠を調べるが異変はない。

 妖気や邪気も感じられない。

 手前にあった祭壇には酒や水が入った器と塩が盛られた小皿に果物がある。

 線香を焚く器に鼎も置かれていた。

 空の大皿が三枚並んでいた。

 備えたものは持ちことになっているのかこざっぱりしている。

「塵家の人はどこにいると思う?」

 雪児と桃展は祠にむかって並んで会話をしていた。

「姿が見えないな。入れ違いになったんじゃない」

「僕たち以外にはいないのかな?」

 桃展が聞く。

「いるなら姿を見せるはずだよ。隠れる場所もないし」

「石像も動かない。僕たちにお姉さんが教えてくれた噂は嘘だったのか?」

 二人で祠に向かって話していたが雪児が祠に顔を近づけて覗き込んだ。

「はっきりと確かめれたらいいのにね」

 雪児が話していると濃く黒い煙が祠から出てくるのが展には見えた。

 近くに寄りすぎて雪児には見えていない。

 展は雪児の腕を掴み祠から数歩後ろに下がった。

「ど、どうしたの?」

「妖気だ」

 展に言われて祠を見ると雪児の目にも黒い煙が見えた。

 展が剣で切ろうと柄を握り鞘から剣を抜く。

 切るよりすばやく黒い煙は避け龍の石像に向かった。

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