第21話

「謝宗主、爛様。何か買われたんですか?」

 桃常が尋ねた。

「謝砂のだ。宿では話を聞けたか?」

「噂話ですが旅人から聞けました。えっと、一緒に食べますか? 部屋で食べますか?」

「一緒に食べる。爛も食べるだろ?」

 謝砂が答えると驚いたが桃常は分かりましたと案内した。

 師弟たちは夕餉を先に食べていた。

 メニューは肉中心で茶色ばかりだ。

「それは鶏肉の照り焼きか?」

「もも肉がホロっとして美味しいですよ。豚肉の角煮も煮込まれています」

「君たち野菜は食べないのか?」

 謝砂は偏ってた注文の仕方を見かねたが口々に返される。

「いつも食べてるので要りません」

「お連れ様ですね。何にいたしますか?」

 若い女性の店員が聞きに来た。

「爛は何を食べたい?」

「謝砂の食べたいのを頼んでいい」

「えっと鶏肉の照り焼きをこっちにも頼む。あと海老料理ってある?」

「海老の蒸し餃子はいかがですか?」

「それもお願い」

「すぐにお持ちいたします」

 爛は茶を謝砂の分も注いでさっと置いた。

 言った通りすぐに料理が運ばてきた。

「お客様方はとっても綺麗な殿方ばかりですね。大盛りにしてもらいましたよ」

「この子たち皆が美形だろ」

「はい。いつもは綺麗なお嬢様方がお泊りになられるので空いているときでよかったです。大忙しになるところでした」

「今日は僕たちしかいないのか?」

「塵家の仙師たちが封鎖したので祠に誰も入れないと帰ってしまったんです」

「帰ってしまったのか。ご令嬢たちはこんな美形たちを見れずにざんねんだな」

 おいしそうな料理を目の前にして箸を手に持つ。

「いただき――うぐっ」

 謝砂は爛に口の中に鶏肉を突っ込まれた。

「言わないように気を付けて」

 爛が声を潜めて注意を促すと謝砂は頷くしかない。

 突っ込まれた肉を嚙み引き裂くと一口食べて爛に差し出した。 

「鶏肉美味しいよ。食べるか?」

「要らない。謝砂が食べて」

「もう一つは口をつけてないから食べるか?」

「口に合うなら謝砂が全部食べていい。私は他のを食べるから気にするな」

 爛はいうと店員を呼び汁物を二つ頼んだ。

「謝砂も野菜を食べて」

 師弟たちに言ってしまった手前要らないとは言えない。

 爛が頼んだ具だくさん入った野菜の汁物を食べきった。

「美味しかった」

「食べ終えたら山に行く」

「下見に行くのか?」

 会話が聞こえたらしく運んできた皿を落としかけ音を立てて机に置かれた。

「ちょっとお客さん方! 今から祠に行かれるのならやめたほうがいいですよ」

「どうして?」

「夜に祠にいっては行けませんよ。石像に命を奪われます」

「お姉さん、詳しく聞かせてくれますか?」

 桃常が給仕の娘に尋ねた。

 恥ずかしそうに顔にかかる髪の毛を耳にかけるしぐさをした。

(あの顔でお姉さんなんて言われてたらなんでも答えてくれるよ。自分の顔の威力を知らずに何人も女の子を泣かすな)

「地元では有名な噂話なんですけど、祠の手前に小さな村があり十数人が暮らしてました。村と言っても物置小屋が一つあり身を寄せ合っていたようです」

 師弟たちは店員のお姉さんの話に夢中で食べることを忘れている。

 謝砂はわざと口の中に肉をむしゃむしゃと詰め込んで食べた。

 爛は黙ったまま謝砂に茶を入れて渡した。

「町からだと祠に山の中を真っすぐ進めばたどり着きます。村があった場所は祠の手前の谷を通り昔の回り道なので通りません。近づくものもいませんよ」

「湧き水だけが名水として有名でした。祠は洞窟のような場所で村人や旅人たちが立ち寄るだけのひっそりとした祠だったんです。湧き水を汲み町に届ける仕事は渓谷の中を荷車を押して運ぶのも年寄りや女、子供の村だったので一苦労だったようです。

 村人たちはその祠の管理と案内料を客に払ってもらい稼げるように祠で願うと祠が有名になり遠方からも尋ねてくる人たちが大勢くるようになりました。村人たちは案内料と祠の管理の仕事で生活が一気に潤いました」

「そのつづきは?」

 雪児が娘に催促をする。

「ですが夜に数人で祠の掃除するために入りました。突然入口で見張っていた村人は祠の中から叫び声が聞こえ松明をもって駆けつけると石像が動き目を合わせ一人、また一人と祠の湖に引きずられていたそうです。村にもどって助けを呼びにいったのですが助けに行った人も帰ってこなかったと。そして村に残っていた人も魂を取られたように倒れて何も食べずにそのまま死んでいきました。魂と引き換えに望みを叶えたんじゃないかと噂になりました」

「夜行ったらどうなるんだ?」 

 謝砂は聞きたくなかったが尋ねた。

「夜は道中死んだ村人が現れて、祠の中に逃げ込めば石像が動いて命を落とします」

 謝砂はごくっと唾を呑み込んだ。

「恐ろしい。爛行くのはやめよう」

 爛の袖を引っ張る。

「話を聞かせてくださりありがとうございます」

 桃展が代金を机において支払い立ち上がった。

「噂は確かめないと。ほら謝砂も立って」

 明るい笑顔で返されて謝砂は聞くんじゃなかったと後悔した。



「行くのは明日にしようよ」

  謝砂は町から出るだけでも嫌がり桃常と桃展に片腕ずつ掴まれてずるずると連行されている。

 それも爛が師弟に言いつけたからだ。

 爛は謝砂の後ろで眺めてくすくす笑う。

「謝宗主、ご存じでしょうが昼間でも妖獣や怪は出ますよ」

 桃展が説明したが謝砂は納得できない。

 同じ出てこられる夜よりも昼間のほうが怖さがほんの少し和らぐとは考えないらしい。

「せめて馬車にしてくれないか? 何も見たくない」

 駄々をこねぐずりながら諦めてもらえないか必死に抵抗した。

「さっき聞いた話は作り話かも知れない噂話ですよ」

 桃常もあとからフォローしてくる。

「ほら、ここから近いので歩きましょうね」

 これ以上抵抗しても無駄のようだ。

「先頭は歩きたくない」

「それでもいいですよ。どこならいいんですか?」

 謝砂はすごく悩んだ末に思いついたことに桃展が聞く。

「真ん中なら歩くよ」

 謝砂は先頭も嫌いだが列の最後も怖いし歩けない。

 安全なのは真ん中だ。囲まれているほうが一番安全だ。

「分かりました。歩いてくれるならどこだって構いません」

 桃展が受け入れ返事をし桃常はため息をついた。

 爛も頷いて列を直してやっと町を出た。

 先頭に桃常と桃展、真ん中に爛に謝砂、後ろに柚苑と雪児で行動した。

  今は六人で行動しているが後ろにあと数人続いている。

 数えてみると自分を含めて十二人ぐらいいた。

「えっと君たちは?」

桃柚苑とうゆえんで、こっちが桃雪児とうせつじです

 キラキラとまぶしい美しさはみな同じだ。

 ちゃんと見ていなかったが柚苑はやや垂れ目のせいか雰囲気も優しく話し方もゆっくりだ。

 雪児は名前のとおり色白だ。切れ長のきりっとした目をした綺麗な子だ。

「ずっと後ろにいたから名前を聞いていなかったね」

「謝宗主じゃなくて謝砂と呼んでくれないか?」

(宗主って呼ばれるたびプレッシャーで胃痛になりそう。爛みたいに名前を気楽に呼んでくれる方がマシだ)

「僕たちには無理ですよ。家が違うので師兄とも違いますし、別の呼び方ってありますか?」

「じゃ先輩? 謝砂兄さんでもいいよ? 君たちより年上だよな?」

 謝砂は言い切れずに疑問で聞いた。

 雪児が答えてくれる。

「そうです。謝宗主は今年二十歳でしたよね」

「おい爛、十代って言わなかったか?」

「だいたい十代だ。私からは見たら謝砂は若い」

 爛はしれっと答えた。

「その顔で言うと嫌味だな。爛と大差があるわけじゃないのに年上づらするなよ」

「兄さんか先輩と呼んでいいぞ」

 おっさんと呼んでやろうかと思ったが爛におっさんと言う言葉がなによりも似合わないことで言えなかった。

 小さく舌打ちを鳴らすと考えを読まれているのか謝砂は爛に勝ち誇ったような笑みを向けられた。

 歩いているうちに川に沿ってだんだんと渓谷に入っていく。

 カサカサと草が擦れる音がするたびに「うわぁ!」「ぎゃ!」と叫び警戒する。

 謝砂にすっかり慣れた師弟たちは「風です」と叫ぶたびに教えてくれた。

「大丈夫です。まだ妖気や邪気は感じません」

 何かが叫んだ声がした。

 爛が手をあげ剣の柄を握る。

 謝砂は後ろを振り向いた。

「なんか人が増えてない?」

 人が消えるように減っているよりは増えていてもいい気はした。

 謝砂は背筋がぞわっとして後ろを振りむいた。

 疲れ目なんだろうか。

 列に続くように頭が増えてる気がする。

 見間違いかとパチパチと瞬きをくりかえした。

 目が寄って影が二重に見えたから人が増えたように見間違えただけだろう。

 もう一度見れば安心できるはずだ。

 しかし謝砂の目に人の頭がはっきりと見えた。

「二十人ぐらいになってないか?」

 塵家とは落ち合っていないはずだし、町の人がついてきたのだろうか。

 ちらっと見ると頭が後ろを歩く弟子の肩より背が低く身なりからして女と子供だ。

 体を斜めにして覗くと月明りで生気が感じられない青白い顔。

 そして髪の間にのぞかせた白い目と視線を合わせてしまった。

 謝砂は後ろを歩く柚苑と向き合う。

「どうしました?」

「あ、あ、あ、あ、あれ」

 謝砂は言葉にならず震える手で指さしその方向を柚苑と雪児が振り返って見た。

 耳を塞ぎたいような恐ろしくも耳障りな唸り声を出し近づいてくる。

 普通の人なら恐怖を感じて慌てて逃げることを選ぶだろう。

悪鬼あっきですか?」

 柚苑が謝砂に尋ねた。

「何も聞かないでくれ」

「鬼の存在に僕たちは気づきませんでした。謝宗主が気づいたのに何も感じませんか?」

「どうのこうの考えるより逃げるほうが先だろ」

「謝宗主!」

 柚苑が叫んだ。

 謝砂をめがけて鋭く尖った爪を振り下ろす。

 爛は謝砂を引っ張り避けさせる。

 邪鬼の爪は地面をえぐった。

 謝砂を後ろに押して腕を出して庇う。

 謝砂の前に雪児が飛び出た。

 襲ってきた鬼の腕を雪児が切り落とす。

 そしてぐるっと身を捻り剣を箒のように持ち直す。

 箒で掃くように剣から衝撃波を放って邪鬼を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた鬼は煙になって消えた。

 雪児は謝砂を見た。

「謝宗主どうですか? あれから修練したんです」

「そうか、すごいな」

 とりあえず褒めたが謝砂はそれどころではない。

 雪児に続いて柚苑も剣で切り鬼を吹き飛ばすが黒い煙となり消えていく。

 襲ってくる鬼はいなくならない。

「祠に誘導するのが目的だと思うか?」

「爛も聞かないでくれ」

 爛は剣を抜かず考えこんだ。

「聞いた話が噂でないならここで殺さない。殺すためには祠に連れていくはずだ」

「殺されるならここで退治してくれたらいいじゃないか」

「謝砂の言う通り逃げようか」

「手前に鬼がまだいるのに逃げれない」

 爛は剣を飛ばして弧を描くように手前の鬼を切り剣を鞘に納めた。

「鬼に追いかけさせろ」

 師弟たちは攻撃する手を止めて走る。

 謝砂は逃げると言ったことでリアル鬼ごっこを体験させられるとは考えていなかった。

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