第20話

 翌朝、準備を終えてた爛と謝砂は爛の部屋の入口に座っていた。

「お兄様顔色が悪いですよ」

 爛の部屋を訪ねた姜は出てきた謝砂の顔を見てすぐに言った。

「顔が悪いんじゃなければいい」

 目をギュッと閉じて開くと何度か瞬きを繰り返す。

 謝砂の目つきが悪くなる。

「えっと酒臭くはないですね。目つきは以前みたいなので気になりません」

 謝砂は夜通し起きていた。

 寝ようかと思ったが太陽が昇るほうが早い。

 朝日が注いでからうたた寝したがすぐに爛に起こされた。

 日の出と入れ替わるように眠っていた生活習慣を引きづっているのか、

 遠くに遊びに出かける前日に眠れないと同じで神経が高ぶって眠れなかった。

 謝砂にとっての遠出するは恐怖で神経が高ぶって眠れない。

 同じようで全然違う。

 頭で考えてしまって眠れず朝になった。

「謝砂様、どうぞ」

 姜に言われたのか瑛が濡れた手巾持ってきて謝砂に渡した。

 しっかりと絞れていなくて冷水がポタポタと滴っているがどうでもいい。

「ありがとう」

 服が濡れたって乾く。

 謝砂は感激して絞り直さず受け取り目の上に置いた。

「冷たく、て、いいよ」

 口を開けると水が入り話しづらいが水分補給も考えられている。

 ずっしりとした重たさもちょうどいい。

「目も覚ませ」

 爛はあきれたように言う。

 謝砂の顔の上から濡れた手巾をとり顔の上で絞った。

「わっ!」

謝砂は口を慌てて閉じたが鼻に入りツーンとした痛みが襲う。顔を水で洗ったようにぼとぼとの状態になっている。

爛は笑いながら瑛を抱っこして「よくやった」と褒めた。

爛に怒りたいが瑛は手伝っただけなのに怒れない。

謝砂は姜に乾いた手巾を貰い拭いた。

「姜ちゃんは一緒に行かないの?」

「この度はついていきません。姜は謝家にもどります」

「瑛は一緒に行く?」

 謝砂は爛に抱っこされてる瑛の手を握って聞いた。

 瑛は首を横に降り断られた。

「爛様! 謝宗主! 準備出来ました」

 桃展が弟子の代表で呼びにきた。

 爛の室前に数名が2列に並んで待っている。

 爛は瑛を降ろした。

「いってらっしゃいませ」

 謝砂が手を握ってない右手で姜は手を振った。

「お兄様早く手を放して」

 姜に瑛から剥がされた。

「一緒に帰ったらだめ?」

「お兄様の名誉に関わります」

「名誉なんてくだらない」

 謝砂が嫌がる様子に桃展はやや驚いたようだが黙って待っている。

「寄り道ぐらいして帰ってきてください」

「ひとりで帰りたくない」

 謝砂は膝をついて瑛をぎゅっと抱きしめる。

 名残惜しそうに瑛の柔らかい髪の毛を撫で苦しくないよう手を放した。

 今にも泣きそうな謝砂の頭を瑛が撫でてくれる。

「謝家の門に着たら分かるので、瑛と一緒に迎えに行きます」

 今回は様子を調べてくることが目的なので柳花も柳鳳も一緒に行かないらしい。

 どちらかひとりは側に居ててほしかった。

「帰るときは私も一緒についていく」

 立ち上がろうとしない謝砂の襟首を爛にぐっと掴まれた。

「仕方ないけど、もう諦めて」

 謝砂は爛の肩に荷物のように担がれた。

 爛は見かけによらず力が強い。

 展は口をぽかんと開けてあっけに取られていた。

 爛は数歩進んで立ち止まり展に顔を向けた。

「待たせた桃展、皆のところに行こうか」

 爛が方向をかえると遠心力で目が回りそうになった。

「あっ。はい。謝姜殿、瑛殿失礼いたします」

 桃展はしっかり瑛にも挨拶をして爛の後ろを歩いた。

 しっかりと腰を支えられているから地面に落とされる心配はない。

 謝砂の体重が軽いわけではないのだが爛にとっては重くないようだ。

 謝砂は姜と瑛に手を伸ばしたが塩対応だ。

「謝砂を忘れないでくれ。ちゃんとご飯も食べるんだよ」

 姿が見えなくなるまで手を振った。



爛に担がれたままの謝砂と顔を見合わせることになるため列の先頭を歩く順番を急遽決め直すことになった。

弟子たちは列の先頭を決めるのに「どうぞ」「どうぞ」とお互いに譲りあった。 結果ーー面識があると言う理由で桃展と桃常に決まった。

若干の緊張が漂っている中、謝砂は「やぁ」と挨拶をした。

一緒に行くのは箒を教えた一応顔を知ってる師弟たちだ。

 桃家の屋敷は標高が高いところに屋敷が立っていたようだ。

 歩かなくていいのは楽だったが、歩く速度が早い。

 師弟たちもついて歩いているから普通なんだろう。

 謝砂は爛に運ばれていて助かった。

 降りろと言われるまで担がれているつもりだ。

 山道を歩くことこんなにすたすたと歩けるものなんだろうか。

 歩けるように平らに均ならされて道にはなってる。

 謝砂と一緒に歩いているときは歩幅を合わせてくれてたようだ。

 来たときは気を失っていて知らなかったが門は鳥居のかたちをしている。

 入口を見張っていた弟子が担がれた謝砂を見て驚いたのは一瞬だ。

 両手を重ねて胸の前に出し「行ってらっしゃいませ」と挨拶をした。

「爛様、これから歩いて向かわれるのですか?」

 屋敷から少し遠ざかったところで桃展が尋ねた。

「御剣して塵家荘近くまで飛ぶ」

「分かりました」

 屋敷の外は賑やかな都が広がっていると勝手に思っていた。

 都の中心とかに建っているものとだと。

「わぁ大自然」

「大仙家はこんなとこが多い。霊脈が湧いているところに屋敷がある」

「ねえ、町は? 馬車は?」

「馬よりも御剣したほうが早い。塵家についてから馬車か歩いて祠に行く」

「そんな細い剣の上に立つのか?」

「当たり前です。謝宗主どうかされたんですか?」

 桃常が謝砂に聞いた。

 謝砂は手が震えみるみる顔が青白く血の気が引いていく。

 爛に言われて師弟たちは剣を抜いた。

「御剣なんてできない。爛、馬車で行こう」

 謝砂の話に師弟たちは戸惑って剣をどうすればいいかためらっていた。

 御剣が嫌だと叫んだ者をみたのは初めてだろう。

「私が謝砂を乗せる」

 爛がいうと師弟たちは一斉に頷いて浮かんだ剣の上に立った。

「とりあえず降ろしてくれ」

 爛は担いだままだった謝砂を降ろす。

 地面に足が着くとそのまま爛の後ろからしがみついた。

 ギュッと腕に力を込めて羽交い絞めにする。

 重みをかければさすがに身動きがとれず馬車にするだろう。

「馬車にしてくれたら放す」

「このままでいい。連れていく」

 爛はすでに鞘から剣を抜いていた。

 謝砂ごと軽くジャンプして自分の剣の上にふわっと乗った。

「うわぁぁ」

 今は地面から浮かんでいるとはいえ超低空で約50cm。

 一枚の頑丈な板の上に立っているようで安定している。

「高いところが怖いんだ。低空で飛んではくれないか?」

「怖いならしっかり掴んでたらいい。前みたいに抱えてやろうか?」

「見えないほうがいい。うぎああああ!」

 爛の後ろにしがみついたまま突然ふわぁっと地面が見えなくなる高さまで上がった。

 一切何も見ないと決めて目を瞑る。

「どうか落ちませんように」

 祈るように手を組み指に力を入れた。

「いい景色なのに見ないのか? 風が気持ちいだろ」

 爛に聞かれても答える余裕はない。

 師弟たちも話しているのだがまったく聞き取れない。

 爛の後ろにくっついているおかげで風を受けなくて済んだ。

 謝砂は指が痺れるぐらい力を入れ、落とされないようずっと願っていた



「着いた」

 謝砂の耳に待望の言葉が聞こえた。

 薄っすらと目を開けると言葉通り地面が近い。

 一メートルぐらいの高さに浮かんでいる。

 すでに師弟たちは飛び降りて剣を鞘に戻した。

 掴んでいた手を放そうにも指は強張っている。

 ふわっと足元が浮かんだ。

 階段を一歩踏み外した感覚は足場になっていた剣がないと言うことだ。

 謝砂が尻もちをつかずに両足で着地できたのは爛のおかげだ。

「放してくれないか? 町のなかに入る」

 謝砂は爛に言われて町の中までくっつく必要はないと手を放そうとするが指が硬直している。

「ちょっと待ってくれ。ふんっ!」

 謝砂はぐぐぐっと両手を引っ張りはがした。

「悪かった。ごめんな」

「塵家荘に行く前に町で調べたい。早いが今日は宿に泊まり夕餉にしよう」

「塵家に泊まらないのか?」

「泊まらない」

 爛が不機嫌そうに眉を吊り上げた。塵家が気に入らないらしい。

 桃常が謝砂に近づき爛に聞えないようこっそりと耳元で知らせる。

「謝宗主が言ってはもともない。爛様は謝宗主が嫌がると思って気を使っているんです」

 爛が塵家に泊まりたくないんだと思ったが師弟たちの手前言わないでおく。

「宿って決まったところがあるのか?」

 謝砂は爛に聞き直した。

「寝るだけでいいなら各地に小さい家はある。謝家もある」 

「うーん。妓楼はだめか?」

 姜も瑛も柳花もいないし女の子もいない一行だ。

 行くなら今が最適に思えて口に出した。

 聞えた師弟たちはみな耳まで真っ赤になった。

 妓楼という場所はあるらしい。

 興味のなさそうな桃展までもが赤い。

 爛は興味が一切ないようで表情も顔色も変えない。

「行きたいのか?」

 興味があってどんな雰囲気なのか招魂された特権として一度ぐらいは行ってみたい。

 妓楼で一番人気という絶世の美女をこの目で拝んでみたい。

 家宴で美女たちの舞を見てから妓楼もあるのかと考えていた。

 綺麗なお姉さんたちの芸を見て楽しみたい。

 目の前に今まで見たことがないぐらいの美人たちがいるがそれとは違う。

「話を聞くなら酒楼か妓楼が一番だろ。最近何があったか皆が噂している」

 爛に素直に下心を言えず理論を述べた。

 師弟たちは話を挟むことができずにもじもじとしてる。

 爛はちらっと師弟たちを見た。少し考えたあと首を横に振る。

「妓楼はだめだ。師弟たちもいる」

「分かった。酒楼に行こう。町の中で一番ご飯がおいしい名店を探そう」 

 謝砂はご飯さえおいしければいいと気持ちを切り替えた。

 行先が酒楼に決まり師弟たちはすこし悲しんで見えた。

(今度一緒に行ってみような)

 謝砂は師弟たちと心の中で約束を交わした。

 門をくぐり町のなかに入ると人で賑わっていた。

 驍家荘の近くの町よりもずっと人が多い。

 謝砂は歩いているとすぐに人盛りができている店を見つけ足を止めた。

 動かない謝砂に爛は師弟たちに先に宿を取りに行かせた。

 客は皆小さな小瓶を握りしめて出てくる。

 店の前に立ち見上げると『茶薬屋』と書かれている。

 謝砂は気になってふらっと店内に足を入れ爛も続いて入った。

 店内の奥に前にずらっと並んだ白い陶器の小瓶。

 眉麗山湧水びれいさんゆうすいと札がある。

「ここは薬草茶を扱う店です」

 謝砂は客が落ち着くまでと店内を見ていると店員の男性に声を掛けられた。

「湧き水を求めにこられたのでしょう。ここが湧き水を売ってる店です」

 謝砂は隣の爛をちらっと見たが爛はトントンと小瓶を指で軽く叩く。

 ここで話を聞けということだと理解し謝砂が店員と話すことにした。

「湧き水は美味しい?」

「美味しいだけじゃないですよ。薬を一緒に飲めば効果倍増だ。治りも早い」

「湧き水なのに? ただの水だろう」

 疑う謝砂に店員は説明を始める。

「うちの湧水は美麗山にあるあの祠で祈祷したから病気も治る医者いらずの名水ですよ」

「祠にはそんな力があるのか?」

 謝砂は大げさに驚いて尋ねた。

 芝居っぽいが店員は話したかったようで詳しく話を教えてくれる。

「祠に拝みにいけばご利益がわかりますよ。祠には山からの湧き水が溜まって出来た湖に大きな石像がありまして」

「どんな石像?」

 謝砂を手招きして耳を近づかせる。

 周囲に聞えないように口元を隠しひそひそと話す。

「龍のようにも蛇のようにも見えてるから近くの村人たちと旅人たちが拝むようになったんだ。旅人たちが話を広めたおかげでこの町にも立ち寄る客が増えて商売繁盛にあやかっています」

「湧水の隣に置かれてるのは?」

「ハト麦、クコの実、薔薇など色々を混ぜ合わせたここだけしか変えない茶葉ですよ」

「香りがよさそうだね。人気があるなら水と一緒に買うよ」

「女子に贈り物として喜ばれます」

「縁結びにご利益があって子宝に恵まれるとお嬢様や奥様方に評判で家僕も大勢連れてここに立ち寄られて湧き水と一緒に薬草も揃えているんです。美肌も殿方を魅了する一つですから」

 謝砂を手招き顔を近づくと口元を他から見えないように隠す。

「妓女たちも飲んでるんですよ。肌に騙されてはいけませんよ。お相手は慎重に選んでください」

「忠告ありがとう」

(妓楼に持っていくと思われたのか……。寄れないのに)

「いえいえ。大事なことなので」

「いくらだい?」

「はい。全部で銀が――になります」

 謝砂は値段を聞いても理解できない。

 なぜかこの頭は銭のことを知らないし憶えられない。

 爛が懐から巾着を取り出して先に支払う。

「買ってくれるのか?」

 謝砂が聞くと「うん」と爛は頷いた。

「謝砂が欲しいものは私が払う」

「姜ちゃんから金はもらったよ」

「それでもいい」

 謝砂は出発前の準備しているときに姜からお金の入った巾着を渡された。

 謝家は金持ちなんだろうが実感がないのはお金の値が理解できないからだ。

 感覚も招魂のときに引き継がなかったのは支払うということがなかったせいじゃないかと考えた。

 欲しいものを自分で買うことがなく、興味や関心もなかったのなら納得できる。

「すみませんが水はある限りなんで、お一つでお願いしています」

「一つでいい」

 爛から代金を受け店員が申し訳なさそうに説明する。

「湧き水は祠ではないんですけど塵家の目が光ってるので近寄れません」

「乾燥した黒豆はあるか? あったら一握り分くれ」

「ありますよ。黒豆は別の袋にいれて差し上げます」

「いいのか? 店主に怒られない?」

「若君ご安心を。店主なので個数制限に協力いただいた礼です」

「ありがとう」

 謝砂は爛に買ってもらったが荷物は爛が持ち店から出た。

 桃常が手を振り「ここです!」と離れたところから叫んで場所を知らせた。

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