第25話

謝砂は不安で爛の手をぎゅっと握った。

爛はいつもの調子で話すが汗が首筋に流れた。

「謝砂に助けられた」

「いつも爛に助けてもらってる。痛くないか? 気分は?」

「心配しなくてもいい。謝砂は呪符が扱えたものだ」

「うん。えっと飛ばせたよ。なんとか間に合ってよかった」

 謝砂は思い出すと怖くなるのでスルーを決めた。

有眉が「ホコン」とわざと咳をした。

「爛様に霊力を送って治すんですか? その方法がありましたね」

 謝砂が繋いだままの手を見て言う。

「そんなこともできるの?」

 謝砂が聞き返すと「はい」と言ってつづけた。

「霊力を補うので悪化はしません」

「しなくていい」

 爛は手を放そうと引っ張るが謝砂のほうが強い。

「じっとしてて」

 繋いだ手から霊力を注いだ。

 ぽわっとしたあたたかな気を爛に込める。

 怪我を治せなくても痛みは和らぐはずだ。

「もう大丈夫」

 爛に言われて顔を見ると生気が戻っていた。




 謝砂の携えたままの剣を有眉にじっと見られていた。

「謝宗主の剣は使いませんか?」

「どうして?」

 怪しまれたのだろうかとドキッとした。

 なんて説明したらいいんだろうか。

 一瞬で何通りかパターンを考えようと頭が回転する。

「剣を陣眼にし結界を作り妖龍を封じ込め、妖丹を取り出せば妖龍は倒せます」

 有眉は簡単に説明した。

「つまり謝宗主が倒すということです」

「無理だよ……」

「妖龍を倒すのに結界の中に入らないといけないの?」

 謝砂がたずねたことに有眉が答える。

「陣は私が作りますが威力がないんです」

「どうゆうこと? 閉じ込めても妖龍は倒せないの?」

「結界は攻撃ができません。結界の中で妖龍が暴れてしまったら持ち堪えられません」

「妖龍はじっとなんてしてないよ」

 謝砂が頭を抱えると爛が背中を軽く叩いた。

「陣を湖の上に敷き結界を作って覆えば身動きは取れなくなる」

「謝砂、魂霊丹は持ってる?」

「あの巾着なら持ってるよ」

 小さな巾着を取り出し手のひらい置いて見せた。

 爛は謝砂の巾着の口を開いて小さな魂霊丹を取り出した。

 小さな珠は薄暗い中でも輝いて周りまで照らす。

「これを食べさせるんだ」

「どうして?」

「妖丹の代わりに食べさせたら石像に入り込んだ妖魂がでてくるだろう。妖龍の姿をしているだけだ」

「爛様いい考えだと思います。問題は口を開けた状態で陣を発動させることですね」

「陣は謝砂ではなく四人に作らせる」

「捆妖陣ですか?」

「なにそれ?」

「妖魔や妖獣を捕らえる陣だ。捕らえるだけではいけないから妖龍を縛りつける五星芒術も同時に陣に組み込む」

 爛と有眉は話が通じているようだが謝砂は適当に相槌をうつが何も分からない。

「謝宗主これは桃家の陣術ですので詳しくはご存じないとはおもいます。

 説明すると一人で作る結界陣ではなく、五人で同時に剣に霊力を流し線を結び星を描く陣です。

 成功すれば捆仙索よりも強力で縛り上げることができ捕らえることはできますが妖龍に効くかは分かりません」

「捕えて動きを封じればいい」

 簡潔に爛が答えた。


 謝砂は携えていた剣を鞘から抜いた。

「陣を作るには剣がいるよね? 有眉殿、剣は自由に使ってくれ」

 謝砂はちらっと爛を見るが意図が通じているようで爛は止めない。

 鋭く尖った刃先を下を向けて有眉に柄を向けて渡した。

 戸惑っているのか中々受け取らないので手に柄を握らせすっと謝砂は手を抜いた。

 有眉はふわっと握りしめていたが謝砂が離れ柄をぐっと握りなおす。

「いいんですか?」

「うん。自分の剣じゃなくてもいいならこの剣を使って」

 謝砂は有眉が今まで離れていたのは怖くて逃げていた訳でもない。

 腰に剣を携えていないからだと気づいていた。

「浮かんできたときには剣が消えしまってたんですよね?」

「はい。状況をよく観察していらっしゃいますね。剣を呼んでも側にこないのです」

(だって剣を持ってるのは自分だからって術をしている間逃げられなくなる。爛は妖龍の相手をしてもらいたいから剣ぐらい貸したほうがいい)

「願い事を叶えてくれたのに剣までは返してもらえなかったんだな」

「爛、妖龍の足に羅衛と同じ腕輪をはめていると思っていたが違った」

「じゃどこか分かるか?」

「石像を腕輪は鎖が繋がっていただけだ」

 腕輪の窪みは鎖が繋がっていたへこみだった。

 両足にはめられていたが羅衛の望みを叶えるのに腕輪を抜いて力を渡したようだ。

「羅衛の望みが叶ったときに妖力が満ちた腕輪と集めた魂霊丹も回収するつもりだったという訳か」

 爛が考えた仮説は謝砂の考えと一致した。

「だから魂霊丹を妖龍に返すのか?」

「謝砂が魂霊丹の妖気と邪気を綺麗にしてしまったからどうなるか試したいんだ」

(試すって実験を今するときじゃないだろ。命がけの実験につきあわせないでほしい)

 有眉は覗き込んで目を輝かせて魂霊丹を見る。

「すごく綺麗な珠ですね。魂霊丹というよりも宝珠ですね」

「謝砂の霊力はすごいだろ」

 爛は口は上向きに弧を描いた綺麗な微笑を浮かべた。

 理由は分からないがとっても楽しそうに見え謝砂もつられて微笑んだ。

「有眉殿、危ないですよ」

 爛が有眉に言った。

 見とれていたのか有眉は柄ではなく刃の部分を指で挟んでいた。 

 爛に言われて顔を赤めて両手でぐっと握る。

(仕方がない。爛が微笑むなんて滅多に見れない絶対貴重な一瞬だ。女子でなくても見とれしまうのは当然だ)

 謝砂は軽くため息をついた。

 爛のマネージャーになった気分で握手回で聞くフレーズを言った。

「はい、お時間です」 

 「珍しいものが見れてよかった」

 爛は立ち上がりながら言った。

 足の力が入らない謝砂も爛の腕につかまって立ち上がった。

(珍しいって自分の笑った顔を自慢しなくても。清楚美女の有眉さんですら見とれる美しさは自賛しても嫌味にもならないな)

 有眉が謝砂を見ていたようで一瞬視線がかちあうとすぐに爛に逸らした。

(嫌われた!)

「謝宗主の笑みを浮かべた顔を初めてみました」

(嫌われてるっていうか怖がられてる。生きてたら笑いもするだろ。感情を顔に出さない主義だったとしても引き継ぐのは無理だな) 

「貴重な瞬間を目撃したので生きて帰られるような気がします」

(一切表情がなかったわけじゃないのか。それならいいか)

「理理が言っていた通り優しく笑うんですね」

「えっ?」

 独り言のような有眉の言葉に理理の名を聞くと胸がきゅっと締め付けられたように苦しさを感じた。



 剣の音が一瞬聞えなくなると砂利の上を滑るようなズサッササーと滑る音が響いた。

 謝砂の近くに桃展、柚苑、雪児が弾かれて飛んできた。

 展は自分で壁を蹴り宙がえりで着地する。

 雪児は爛が手のひらで背中を受け止めた。

「ちょっと! おぅ」

 謝砂は受け止めるつもりはなかったのに柚苑が吹っ飛んできた。

 柚苑の下敷きになって地面に倒れた。

「――くない」

 柚苑はぎゅっと瞑った目を開けた。身を起こし怪我がないことを確認すると喜んでいる。

 謝砂は小さく呻いたが柚苑は気がつかない。

「なら立ちなさい。下に謝砂がいる」

 爛は柚苑に下っと指で教えた。

 謝砂はしかめっ面で眉を寄せ振り返った柚苑の顔をみた。

 本当に気づかなかったようでポカンとして反応が遅い。

「無事ならどいてくれ」

「ご、ご、ごめんなさい」

 柚苑は慌てて謝砂の上から退いたが衝撃を謝砂が受け止めてドンと息が苦しかった。

 謝砂は柚苑に両手を引っ張り立ち上がらせた

 お詫びのように謝砂の背中についた汚れを手で払ってくれる。



 有眉はすでに石像があった土台の上に立ちを陣眼を作っていた。

 謝砂の渡した剣を胸の前に持つ。

 手のひらを刃に滑らせるように切り血を出すと輝く朱色の陣が現れた。

 そのまま剣先を土台に突き刺すと湖の上に陣が広がった。

「準備できました!」

 剣の刺したところから一筋書きで星が描かれれる。

 妖龍は宙に浮かんだまま泳いでいるが動きがおかしい。

 何かを振りほどくようにくねくねしている。

 謝砂は妖龍がウナギや魚がうねるような苦手な動きに血の気が引いた。

「桃常はどこにいるんだ? 陣をつくるのに必要なのに」

「謝宗主!」

「柚苑どうした?」

「尾をよく見てください。桃常がしがみついてます」

 謝砂は目を凝らした。

 剣を握りしめたまま両手と両足を使って細長い尾にしがみついていた。

 謝砂も湖まで駆け寄った。

「うわっ! くっ!」

 叫ぶ声が聞えるが妖龍が重さを付けられて嫌がっている。

「桃常! ついでに止めを刺せ!」

 謝砂はこれはチャンスだと考えた。

 桃常が妖龍を刺して弱らせたら怖くない。

「無茶です」

 妖龍の尾を握る腕に力を込めたのか方向転換をして謝砂に顔を向けた。

「方向を変えるなら天井だろ! 操ってくれ」

 謝砂が言い合っている間に爛は指示を出して陣の星の角に立たせる。

「分かりません」

(知らない、分からないはこっちのセリフだ)

 ギラっとした瞳が謝砂に向けられる。

「爛!」

 名前を呼ぶ前には妖龍が謝砂をめがけて頭を突っ込んできた。

 妖龍の動きが一瞬止まり隙が生まれた。

 避けることもできたが手には筆を呼び出した。その仙筆に霊力を注いで字を宙に綴った。

 浮かび上がった字にめがけて手のひらに一撃を込めて払った。

 妖龍の頭がぶつかる前に蒸気爆発のような衝撃で妖龍を弾いた。

 湖に妖龍が落ちる前に捆妖陣を有眉は発動させ妖龍を閉じ込めた。

 陣に打ち付けられた妖龍は陣から出ようと暴れながら動きまわる。

 爛は謝砂に突っ込む前に妖龍の尾を素手で掴んで動きを止める。

 片手で雪児の後ろ衿をぐっとつかんで一緒に離れた。

 爛の手のひらは血だらけになった。

 爛は地面に着地すると陣が張られた湖の隅に桃常を行かせる。

 既に陣眼は完成していて桃常が空いている一か所に立ち剣を刺すと五星芒術が完成して妖龍を朱色の紐で縛りつけて動きを封じた。

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