第26話

 妖龍は噛みつこうと口を開けた。

「今だ。魂霊丹を投げろ」

 手には握っていたが的をめがけて投げるのは苦手だ。

 責任重大なタイミングでは手が震えて余計にコントロールができない。

 輪投げも狙った的に入ったことはない。

 代わりに誰かと見渡した。

 人が紐を止める杭の役割のようで、身動きが取れるような状態ではない。

 すごく集中していた。

 妖龍が動くたび陣は光っていて力を集中させて注ぎ込んでいるようだ。

 直接大量に霊力を注ぎ続けないといけないらしく疲弊している。

 長引かせれる力は残っていなさそうで失敗できない。

(投げれないなら直接入れるしかないな)

「謝砂何をしてるんだ!」

 謝砂は湖の陣の中に入った。

 妖ではないから身動きの自由がきいた。

「わぁ! ぎゃ!」

 押さえつけられているとはいえ、

 鋭く尖った牙を見ると噛みつかれそうで手を近づけては引っ込めてを叫びながら繰り返す。

「うぅ」

 腰に携えていた鞘を先に一緒に咥えさせた。

「えいっ」

 そして隙間から小さな魂霊丹を入れた。

 すぐに鞘を口から抜き取った。

 吐き出そうとする口の上に鞘を乗せ抑える。

(なんで自分から怖いことをしてるんだろう)

 全体重をかけているのに何度か体がシーソーのように浮く。

「やばっ」

 ぐっと押さえつけられる力が加わったのか体が安定した。

「耐えろ」

 耳元で声がする。

「爛も来たのか?」

「無茶はやめてくれないか」

 爛も陣の中に入って隣にいた。

 妖龍といっても石像だ。呑み込んだのか確認が取れないとこに今気がついた。

「いつまで抑えるんだ?」

「陣が消えるまで」

「妖気が消えたら捆妖陣も消える」

 力をこめて耐えていると締め付けていた妖龍にビシビシビリと口端から亀裂が全体にはいる。

「離れよう」

 謝砂は爛に言われて抑えていた鞘をもって妖龍から離れた。

 亀裂が尾まで入ると動かなくなり謝砂と爛は陣から出た。

 縛っていた五星芒術ごせいぼうじゅつの紐も妖龍の石の体にめり込んでビシビシと音を立てた。

 妖龍の両目の間である眉間あたりに黒い妖気が漂っているのが見えた。

「爛、眉間だ!」

 謝砂は爛の袖を引っ張り妖龍から出てこようとする妖気を指さした。

「うん」

 爛は剣を鞘から飛ばし白い月明りが注いで爛の剣は一層白く煌めいた。

 白い刃は黒い煙の妖気ごと妖龍の眉間を突いた。

 妖龍の不気味に赤く光っていた目の色は消えて石に戻った。

 一気に亀裂は割れて妖龍は砕かれる。

 剣は仕事を終え爛の鞘に納まる。

「陣が消えた!」

 謝砂が叫ぶと湖を塞いでいた陣が消え妖龍は砕けた石となる。

 湖の中にバシャバシャと音を立てて底に沈んでいく。

 陣が消え陣眼を作っていた桃展たちは座ってぐったりとしていた。

「謝宗主! 剣をお返しします」

 有眉が謝砂に剣を返しにきた。

「さすが謝宗主の扱う仙剣ですね。剣が蓄えていた霊力に助けられました」

 謝砂は受け取ると鞘にさっさと戻した。

「助かってなによりだよ」

「私は桃家の公子たちの様子を見てきます」

 有眉が離れていくと謝砂は呆然と湖を見ていた。



 石像がすべて底に沈むと湖の中から妖龍の目と同じ色をした赤黒い珠が宙に浮かんできた。

 謝砂が聞く前に爛が説明してくれる。

「妖龍の妖丹だ」

 湖に移る月が消えた。

 雲が覆ったと思えばいいのだが急に姿が消えるのはおかしい。

 妖龍が消えて張られていた結界もなくなったのか月のなかに人影のように感じた。

 洞窟を照らすのは蝋燭の灯りだけだ。

 謝砂の足元を手のひらぐらいの大きさの鼠が通った。

「うわぁぁ! ねずみ!」

 驚いて爛の背中に上る。

 鼠は見向きもせずに湖の中に入る。

 そして口に妖丹を咥えた。

「妖獣だ。しまった」 

 爛が妖丹を剣を飛ばす。

 天井を見上げると外を映していた天井に黒ずくめで顔を隠した人が鼠を回収し剣は宙を切った。

「搬運術だ」

 爛が気づいて剣を飛ばすが素早く姿が消えた。

 御剣しようと剣を呼び戻す。

「やめとこう」

 謝砂は爛の背中から降りた。

「低俗な鬼や動物の霊をを使って物を盗む術だ。油断していた」

「外には塵家と桃家の師弟と門弟がいるだろう」

「多分気がつかない」

「今追いかけて外で危害を加えられるよりもすることがあるだろ」

 謝砂は爛を落ち着かせた。

「師弟を守る責務が残ってるだろ。爛も怪我してるし」

 爛の手の平からは血が流れ続けていた。

 持っていた手巾を口に銜えて傷薬を探すが見つからない。 

「傷薬は持ってないのか? なんか熱っぽくない?」

「熱は妖気に直接触れたからだ。傷薬は持ってる」

「無茶をするのは爛のほうだな」

 謝砂にもたれるように頭を肩に乗せられる。

「ちょっとだけ肩かして」

「いいよ。いつでも使って」

 爛のほうが身長が高いく頭をのせるのにはいい高さだ。

「少し休んでて。疲れただろう」 

 謝砂の耳元ですぅすぅと寝息が聞こえた。





「姉上! 大丈夫ですか?」

 天井から声が聞こえた。何か気づいたのかすぐに頭をひっこめた。

 有眉は声が聞えるなり天井から空に向かってヒューと音を立てて花火を飛ばした。

 バンと花火が夜空に浮かんだ。

「人が覗き込んでるのに危ないな」

 再び顔を出して言い合う。

「遅い! 塵昌、早く門弟をよこしなさい!」

「分かったから」

「早くしなさい! 桃家の師弟の方も呼んで運ばないと」

(さすが実のお姉さんだな。弟の扱いが雑だ)

 塵昌は有眉に言われるがまますぐに祠に門弟たちと桃家の師弟を集めてきた。

 塵有眉が指揮をとり後片付けを塵家の門弟たちに指示を出した。

「行動開始。明け方までには祠の浄化と周辺の妖気の確認をするわよ」

 有眉が怖いのかテキパキと行動して無駄な動きがない。

 応援も駆け付けてきたのか人では増えていた。

 二十代後半から上の年長者の姿もある。

 生霊になっていたいた門弟を運び連れていく。

 処置をすれば元に戻るらしい。

 桃家の師弟たちも入ってきて桃展たちも一人ずつ手当されて肩を担いで祠の洞窟から出ていく。

「桃家の公子方の手当をお願いします」

「桃常大丈夫か?」

「ドロドロだな。顔も汚れてる」

 少年たちの声明るく声が聞えてきた。

 一番心配だった桃常も支えられているが自分で言い返している。

 会話ができるなら大丈夫だ。




 謝砂は動かずに立ったままで見送った。

 塵昌と有眉は謝砂の元に来る。

「謝宗主に言われた通り外の鬼も消えました。調べると骸はすでに無縁塚に埋められています」

「うん」

「塵家として礼を述べさせてください」

 謝砂に塵有眉と塵昌は並んで頭を下げ胸の前で手を重ねて礼を取った。

「謝砂殿と桃爛殿のお助けに感謝の礼を。ありがとございます」

 爛を起こさないように気を付けて肩を揺らさず小声で「うん」と話す。

 片手で顔をあげてくれるように手で合図した。

 お礼を言われるのは悪い気分ではない。

 恐怖が消えるるわけではないけれど。にこっと笑った。

「礼は爛にだけでいいよ」

「謝宗主、入口に馬車を用意してます」

 塵家の門弟が言いに来てくれた。

 爛は僅かに身じろぎぐりぐりと頭をこすりつけた。

 ぐっと謝砂の袖を掴んだ。

 まだ手の血は止まっていない。

 力を込めたのか血がべったりと袖につく。

 忘れていたが爛の手当をしないといけない。

 見た目よりもひどいのにずっと黙っていたんだろう。

 謝砂は爛の頭をそっと触れて撫でた。

「黙って行くな」

 寝言だろうか爛はぼそっと呟いた。

「どこにも行かない」

 自分の居場所を作ってくれている。

(消えられて困るのはこっちのほうだ。ちゃんと横になったほうがいい)

 爛が袖を握った腕を掴み手から自分の霊力を送る。

 肩の重みが離れて、袖が軽くなった。

 爛と向きあう。

 手を離されて霊力を送るのを止めた。

「ごめん。寝てたみたい」

 爛はまだ熱っぽいようで目がとろんとしている。

 ぼーっとしたままだ。

 本来なら一刻もはやく洞窟から出て遠くまで離れたい。

 謝砂にはまだすることが残っていた。

 茶葉を取り出して湖に葉を撒いた。

 砕けた石像は湖の底に沈んだが妖気が僅かに残っている。

 水は透明なままだが錆の匂いがする。

(茶葉で香りがマシになるかもしれないし。ここから湧き水が湧いているわけじゃない)

 謝砂は湖の水にビリっとした霊力を込めてしまった。

(しまった! なにかやっちゃった)

 謝砂が気づいたときにはもう遅い。

 湖の水は渦巻き水柱が天井の穴まで貫いた。

 妖気の汚れを洗浄しているように透明な洗濯機を見ているようだ。

 湖の底に沈んでいた剣が飛んできて有眉の元に戻る。

「剣がありました。ありがとうございます」

 ぐるぐると渦巻いて妖気が洗われたのか水柱は細かな霧になる。

 静かに洞窟の壁につき雫となり流れ落ち湖の中に再び水が溜まった。

 呆気に取られ黙ったまま見ていた有眉が何か言いそうに口を開けた。

 謝砂は慌ててその前に話す。

「何も分からないから聞かないでくれ」

 湖に漂っていた妖気が茶葉によって浄化されたようで清々しい。

「謝宗主はなんともありませんか? 霊力の消耗されていると思いますが」

「にゃんともない」

 謝砂は焦りすぎて噛んだ。

 恥ずかしくて爛を引っ張って洞窟を出てすぐに馬車に乗り込む。

 並んで座ると爛を肩に寄りかからせた

 御車の塵家の師弟が暖簾を開けて尋ねる。

「謝宗主、行き先は塵府ですか?」

「行かない」

 意識が朦朧とさせながらも爛が答えると謝砂は代わりに行き先を告げる。

「泊っている町の宿のほうが近いからそこにお願い」

「分かりました」

 馬車は動き出した。


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