第27話

 馬車に揺られながら宿に戻った。

 爛は気力で謝砂の肩につかまりながらふらつきながら歩いた。

 心配していたのか話を聞かせてくれた店員と店主は灯りをつけたまま閂をせず待っていてくれた。

 戻ってきた謝砂と爛を見て驚いていたが送ってきた塵家の門弟が話をしてた。

 謝砂には何も聞かずに部屋に通してくれる。

 爛と部屋に入り寝台に座らせるとすぐに倒れてしまった。

「爛! 爛! 大丈夫か?」

 慌てたが爛は目を閉じたままでゴロンと寝転がった。

「寝たら治る」

「そんなはずないだろ。茶を入れるよ」

 謝砂は慌てて用意されていた茶噐を使って茶を入れた。

 爛は腕を動かすのも力が入らないのか受け取らない。

「酒がいい」

「一人で買ってこれない」

「だったら柳花に買ってきてもらう」

 なぜいない柳花の名を言ったのか疑問だった。意識がもうろうとしているのか判断ができない。

「どこにいるんだ?」

 トントンと扉を叩く音がした。

 夜更けになんだろうか。他にお客の姿は見えなかったが迷惑だっただろうか。

 出たくはないがもう一度トントンと叩かれる。

「はい」

 謝砂は仕方がなくそぉっと扉の隙間をあけた。

「柳花です」

 その名に扉を開けた。爛が呼んだとおり目の前には柳花が立っていた。

「柳花じゃないか。なんでここに――じゃなくていいところに来てくれた。爛が怪我をしたんだ」

 柳花の腕を掴んで部屋の中に招いた。

 爛が横たわる寝台に連れていく。

「爛は大丈夫か? 寝たら治るって言って寝てしまったんだ」

 柳花は爛の腕の脈に触れ、すぐに手をひっこめた。

 謝砂は心がすごくざわついた。

「手の施しようがないのか? 今から祠に戻って願ってくるよ」

「謝砂様、どうかご安心を」

 出ていこうとした謝砂を柳花が慌てて引き留めた。

「爛様が言っているとおり妖気で傷を負っても悪化していないので体力は眠れば回復されます。霊力が枯渇してないのは謝砂様が霊力を流してくれたおかげですね」

「分かるのか。すごいな。柳花ありがとう」

 謝砂は柳花の手を包むように握ってぶんぶんと振り伝えた。

「来るのが遅くなりました。塵家の連絡花火を見て驍家から飛んできました」

「祠に行くと爛様たちは町の宿だと聞いてきたんです」

「塵家には泊まりたくないのは知ってます」

「爛が嫌みたい」

「謝砂様に縁談を申し込んだのに勝手に断るような家ですからね」

(えっ? 誰の縁談だって? 聞かなかったことにしとこう)

 謝砂の手が緩んだ瞬間に柳花はすっと手を抜いた。

「手間をかけさせてごめん。柳花、熱さましと傷薬を持ってないか?」

「爛様がお持ちです。薬は小瓶に入っています」

「謝砂様もお休みください。隣の部屋にいますので必要な物は声をかけてくだされば持ってきます」

 謝砂は着替えと水の入った桶を用意してもらい受け取ると柳花を部屋にかえした。

(爛もいて二人きりではないけど夜中に女子が男の部屋に入るのはよくないよな。桃家としては気にしないことでも姜ちゃんにすっごく怒られそうだし)

 謝砂は小さな桶の水に手巾を濡らして爛の顔を拭いた。

 汚れていた爛の服を脱がして肌着の白い中衣も着替えさせた。

 手だけじゃなく横腹も擦れた傷があった。

 謝砂はついでに自分の顔も洗う。

 濡れてじっとり湿り肌に張り付いていた服も着替えるとすっきりとした。

(泥汚れって水洗いでも洗って落ちるのかな。着てる服は高そうだし捨てるなんてもったいない)

 自分の服と爛の服を畳み重ねて置いた。

 今の謝砂は仙家だし自分で洗うこともないだろうに汚れも気にしなくてもいい立場だ。

 節約が習慣になっている価値観が抜けきれない。




 いざ爛の怪我を手当しようとしたが謝砂は悩んで固まった。

「どうすればいいんだろ」

 今まで危ないことは避けれることはすべて避けて自分から怪我をしたことがない。

 つまずいたりの軽傷はあってもバンドエイドで治る範囲だ。大けがをしたことがない。

 とりあえず傷には消毒して薬を塗るしかない。

 爛が持っていた巾着の中身を漁ると小瓶があって全部蓋を開けると軟膏がある。

「間違っていても薬には違いない」

 爛の手のひらの出血はとまっていたが皮がめくれている。痛々しくて直視できない。

 傷にそっと塗って包帯を傷口に巻いた。横腹の傷にも同じように塗って包帯でぐるぐると巻く。

「ふぅ。一応できた。なんとかできるものだな」

 謝砂は自分の手当に満足した。

 もう一つの小瓶には丹薬が入っていた。

 くんくんと嗅ぐと生薬の香りがする。

 謝砂は自分で確かめようと口に入れかけたが躊躇して止めた。

「内服薬だろうから飲んで」

 爛の頭を支えて飲ませた。

 謝砂は突然心細くなった。

 妖龍の怖さがじわじわと込み上げてきたのか気を抜くと涙が出ていそうになる。

 ぐっと目を見開いて上を向いて涙をひっこめる。

(まだ駄目だ。まだ泣いたら駄目なんだ)

 謝砂は爛の手当を終えるとくらくらとした眩暈で立っていられなくなった。

 爛が横たわる下に座り寝台に持たれると腕を枕にして突っ伏した。

 不安が頭をよぎって生きた心地がしない。

(お願い死なないでくれ。爛が目を覚まして起きてくれたら修行する。今回も爛が守ってくれたから無事だったんだ。自分の魂を引きかえてまで招魂した理由がなんとなくだけ分かった。だから約束を守ってやるよ)

重くなった瞼に耐えれず謝砂は目を瞑った。





「謝砂、起きて。寝るならちゃんと横になって」

 爛の声が聞こえるが謝砂は顔の向きを変えただけでまだ起きれない。

「あともうちょっとだけ」

「謝砂」

幻聴ではなくハッキリと聞こえてガバッと顔を起こした。

「爛! よかった生きてる!」

「勝手に殺すな。あれぐらいじゃ死ねない」

爛の顔に生気が戻っていた。

「面倒みてくれたって柳花から聞いた。薬も分かったんだな」

「本当に寝て治ったのか?」

「大丈夫だから謝家に帰ろう」

 爛は寝台から身を起こすと手の包帯を解いていて見せた。

「治った。薬が効いたから綺麗に治ってる」

「横腹の擦り傷はどうなった? 寝てなくていい?」

 爛の怪我をしていた手を掴んで調べるが傷が癒えていた。

手のあたたかさも戻っている。

「どうした? 謝砂も怪我をしてたのか?」

「違う」

ポトッと爛の手に水滴が落ちた。

謝砂は自分でも知らないうちに涙を流していた。

「怖かった。怖かったんだ」

必死に我慢していたが爛を見て安心してしまったせいか涙が止まらず爛にしがみついた。

自分でも止められず声を上げて咽てもしばらく泣き続けた。

 招魂されて初めて涙を流したせいか止められなかった。



 爛は謝砂が落ち着くまでじっと待っていた。

 謝砂は十分に泣き続けたあと冷静になって深呼吸を何度か繰り返した。

 謝砂は爛が解いた手の包帯は大げさなぐらい巻いていたおかげで半分以上汚れもついていない。

 その包帯を手に取って綺麗な面で涙をぬぐい垂れていていた鼻水も拭きとってから丸めた。

 謝砂は爛に念をおした。

「本当に治ったんだよな?」

爛は「うん」と言って立ち上がる。

空いた寝台に謝砂が入れ替わるように寝ころんだ。

爛は椅子に座り直して茶をいれた。

「謝砂のおかげだ」

「よかった。だったら頼みを聞いてくれ。御剣はしたくないから馬車がいい」

「分かった」

「瑛と姜ちゃんにお土産に菓子をいっぱい買ってくれ。柳花も一緒に行こう」

「うん。そうだな」

 謝砂は帰れることにすごく喜んだ。

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