第28話

「塵家からも馬車が来てます」

 謝砂は支度を済ませて馬車に乗り込むところだった。爛に手を貸してもらう。

 謝砂が乗ろうとしたのは祠から送ってもらった塵家の馬車ではなく柳花が手配した馬車だ。

 隣に馬車がもう一台あった。

 塵家の家人が馬車の入口に踏み台を置いた。

 馬車の中から塵昌が降りてきた。

「もう出立されるのですか。急いできて間に合ってよかった」

「出立だって。桃常起きて、早く降りないと」

「展、僕も降りる」

「まったく柚苑、押すなよ」

 騒がしい声と共に柚苑、雪児に桃展、桃常が塵家の馬車から降りてきた。

「塵昌殿これはどういうことですか?」

 謝砂は乗りかけた馬車を降りて塵昌にきいた。

 爛は馬車に持たれながらも師弟たちを並ばせて静かにさせる。

 塵昌が謝砂に話す。

「あの謝宗主に教えていただきたく参りました。桃家の公子たちも行きたい方をお連れしたんです」

「聞かれても教えられることなんてないよ」

「湖から魂霊丹のせいなのか湖に霊脈が沸き龍神が宿りました」

「神様がいるならいいんじゃない。祀っていられるし。でも祠は封鎖するの?」

「いいえ。塵家が責任をもって祠を作りなおします」

「その方がいいよ。黒豆はこの町の薬茶屋さんで買ったから注文してあげてね」

「それで生霊の件なのですが魂が妖気で傷がつき魂が戻れないのです」

 謝砂の代わりに爛が尋ねる。

「謝砂にしてほしいことはなに?」

「修復してください。塵家では手に負えません」

 塵昌は巾着から三つのピンポン玉ぐらいの透明な玉を見せた。

 手に取ってじっくり見ると細かな黒い線のような傷が入っている。

 黒い線の上に重ねて薄っすらとした細い金色の筋が見えた。

「3つとも全部?」

「はい。桃展公子と桃常公子が謝宗主なら可能だと教えていただきました」

(勝手に何言ってくれるんだ。二人とも桃家の師弟だろ)

 謝砂は二人を睨んだ。

「お願いします。姉上に縄で捕えられたままの門弟たちの姿はかわいそうで見ていられません」

 塵昌の目ははるか遠くを見ている。

(有眉って見た目と違って家の者にすごく手厳しい)

「謝砂、師弟たちの口が軽くてすまないが頼む。謝砂ならできるだろ」

「分かったよ。お願いだから修復してみるけどあとから文句はいわないでくれよ」

 爛に言われれば仕方がないと受け取り手のひらで覆い直接魂に霊力を込めた。

 細かな傷をじんわりと中から霊力を流して修復する。

「はい。これで終わりだ」

 謝砂は一つずつ受け取り修復を終えると爛に渡す。

 霊力をこめて修復した魂はまるで傷がなかったように透明で磨いたあとのように光沢がある。

 爛にも見てもらったが自慢気に笑ったので大丈夫らしい。

「塵昌殿、どうだ。謝砂の修復は完璧だろ」

 爛が修復したわけではないのだが爛が塵昌に渡した。

「はい。素晴らしい修復術は初めて目撃しました」

「ちゃんともう突っかかってくるなと塵家の者に言い聞かせるんだ。それと桃家の師弟たちに桃素貞とともに桃家に戻るように言っておいてくれ」

「分かりました。それでは急ぎますので失礼いたします」

 礼を述べて何度も頭を下げながら塵昌は御剣して帰っていた。




 謝砂は残った桃家の4人の師弟に尋ねる。

「君たちは桃家に帰らないのか?」

「僕たちも一緒に謝家についていきます」

「いいですよね? 柳花師姉も行くのに僕たちも行きたいです」

「分かった。謝家にみんなで遊びに行こうか」

「遊びなのか?」

「宗主の奥方のご実家に一族として挨拶にいくのは当然だ」

「姜ちゃんに連絡しなくてもいいのか?」

「謝家の送思念符を送ったから受け取るだろ」

 爛は燕の形をした形代に指先で字を綴り飛ばすと鳥よりも早く空を飛んで行った。

「分かった。でも御剣はしない。それだけは譲れないからそれでもよかったら一緒にきていいよ」

 謝砂は条件を出した。

「「はい」」

 声を合わせて返事をされる。

「じゃ帰ろう」

 柳花は話している間にお土産の菓子を買いそろえて馬車に運んでいた。

 お土産と一緒に謝砂も爛と馬車に乗った。

 謝砂の願い通り馬車で謝家に向かった。

 謝家に着くまで馬車は柳花に任せた。

 師弟たちは塵家の馬車に乗って後ろをついてきている。

 用意してくれた馬車は大人が二人乗って寝ころんでも十分広々としている6人ぐらい座れそうな広さのはずだった。

 だがその馬車の中は土産物のお菓子や謝砂も買った茶葉などで埋め尽くされている。

 謝砂と爛は隣同士で座っていた。

「柳花は店ごと買占めしたみたいだな。なあ爛?」

 待っても返事は返ってこず耳元で寝息が聞えた。

 爛も完全には治っていなかったようで謝砂の肩に頭を預けて寝ていた。

(やっぱりまだ治ってなかったんだ。無理して動いたんだろう)

 爛を眺めていたが馬車に揺られ謝砂も寝入ってしまった。

 ガタンと馬車が揺れ謝砂の頭に菓子が落ちてきた。

「何だ? どうした?」

 馬車の揺れが止まった。

「謝家に着きました」

「ここが謝家?」

 馬車の窓の隙間から景色を見た。

 山間というより岩と竹林だ。

 屋敷の塀壁は石が積み上げられて作られている。桃家よりも寺や神社っぽい雰囲気が漂っている。

 柳花が戸惑っている謝砂に説明した。

「裏門です。塵家からの道ですと一番近かったので」

「正門は?」

「正門は川岸にありますのでこちらは山側の裏門です。正門に向かいますか?」

 水路という手段もあったのか。馬車と船でも選択できるのはうれしい。

「裏門でも開いてるのかな。鍵持ってるか分かんないんだけど」

 謝砂は門の前でガサガサと巾着の中や身に着けているものを漁る。

 一応自分の家だし鍵のようなものは渡されてないのだろうか探すが分からない。

「姜が迎えにきたので正門にまわる必要はないですよ。おかえりなさいませ」

「姜ちゃん!」

 謝砂は姜の顔を見るなり数日離れていただけだが懐かしくてうれしくなった。

「瑛もいます」

 姜の後ろから瑛も顔を出した。

「お土産いっぱい持って帰ったよ」

「お兄様じゃなくて柳花が選んでくれたのでしょう。柳花ありがとう」

 送る開いてが喜んでくれてるなら誰が買ってきたって関係ない。あっさりと受け入れる。

「そうだよ。柳花ありがとう」

 謝砂も姜に続けてお礼を柳花に言ったが柳花はすでに姜に腕を引っ張られて門に片足を入れている。

 瑛は姜の裾を握っていたのだが爛を見つけて近寄り抱っこされてる。

「爛様も桃家の公子方もおはいりになってください」

「お世話になります」

 桃展が代表して姜に挨拶をし続いて胸の前に手を合わせる。

「中秋節の準備がありますから来たからには客人でも手伝ってくださいね」

「中秋節って?」

「月餅作りだ。謝家荘は月が綺麗に見えるから町中で盛大にするんだ。とくに屋敷の上からは月が輝いて見える」

「謝家に来た理由ってそれ?」

 謝砂はちらっと桃常たちを見た。

 爛は頷く。

「師弟たちはそうだと思う。謝家の月餅はおいしいと評判だからな」

(月餅が理由で一緒に来たのか。よほどおいしいんだな)

 謝砂は裏門に足を踏み入れた。

 姜は柳花と並んで歩きその後ろをぞろぞろとついて歩く。

 謝砂は瑛を降ろしてもらい手を繋ぐ。

 瑛に忘れられていなくてほっとした。

 謝砂は師弟と同じようにきょろきょろと屋敷を見渡す。

 目に入るのは足元の砂利、塀の竹と岩。桃家の華やかさとは真逆の趣だ。

 師弟や門弟とすれ違わないのはなぜだろうか。

 謝家も大世家の一つに呼ばれるのに値する広い敷地の屋敷で憶えられそうにない。

「あの、門弟の方々は今修錬の最中ですか?」

 後ろから桃常が尋ねた。

「修錬があるほうが喜ぶでしょうね。謝家の月餅作りは作る数が多くて気合がいるんです」

「中庭の修錬場は提灯と灯篭の準備しているので使えません。申し訳ないのですが男性の客室がご用意できずに桃家の公子殿は爛様の室を整えましたので案内いたします。招功師兄」

 廊下を歩いていたが一室の前で立ち止まり名を呼んだ。

『筆符室』と書かれていた。

 姜が呼ぶと白色に燕模様の刺繍がされている枹を纏ったの青年がうれしそうに部屋から出て来た。

 扉が開けられた隙間から部屋を覗くと十人ぐらい整列された机に座り黙々と筆を滑らせている。

 一人ずつ箱が置かれて分厚く溜まっているように見えたがすぐにぴしゃっと扉がしまった。

 姜が手のひらを翻し閉めたようだ。

 招功の頬がやつれて見えたのは気のせいだろうか。

 整った顔を毎日見ていたからだろうか耐性がついてきて驚かなくなった。

 桃家の見た目の華やかさはなくても整った顔だちは知的で賢い印象を持つ。

「桃家の公子こちらにご案内いたします。謝招功です」

 招功が「ちょっと失礼」と桃展たちを順番に袖から腕を出させた。

 指を手首から指先に向かってすっと滑らせる。

「公子たちは霊力が乱れていますので補う薬を用意します。あと爛様も無理はなさらぬように」

「謝家の中秋節は大勢人が押し寄せる。桃展たちも後で手伝いなさい」

「わ、分かりました」

 桃展は指名されて一瞬言葉に詰まったが招功の後ろについて歩いて行った。

 柳花は

「謝家の中秋節は一大祭ですよ。数日しかありませんので気合をいれてください」

「お兄様は自室ですか? 爛様はご一緒でも構いませんか?」

「うん。いつも私が使っていた室を師弟たちに使わせるから姜に迷惑はかけない」

「気遣いに感謝します」

 謝砂の部屋だと言われたが書庫のようだった。

 巻物に書物、木簡が卓の上に積み上げられている。そして卓の下には半紙のような薄い紙ががばっと入った木箱も置かれていた。

 棚にも書物が詰められている。

「書に囲まれてるのか好きだったのか?」

「謝家の報告書に術書、書き写しをする古い書物。謝家は他家には理解できない修復術に関する書物が多く、扱う呪符も多いからまとめて宗主が管理していたんだ」

(好き嫌いじゃないんだ。謝宗主の座って頭がよくないと務まりそうにないよな)

「なんで書物に燕が描かれているの?」

 すべてに燕が透かし絵のように描かれてた。

 爛が説明をする。

「謝家の家紋が燕だ。血の繋がる一族は大きな白金の燕と白銀の燕、門弟や家僕はそれ以外の燕模様。中秋節に顔を合わせても覚えておけば家の者だと分かるようになる」

「中秋節ってお月見のこと?」

(中秋の名月っていうよな。あと旧盆のことだっけ? 他のことが思い出せない)

「月見も含まれてるよ。市中にしてはお祭り事も兼ねてる。謝家は先祖供養や家内安全、子孫繁栄その他諸々の呪符を仙府の民も求めにくるから霊符や呪符づくりも同時に忙しい」

「霊符作りもしてるのか。すごいな」

(だからさっき符を書いていたのか。家内安全とかあるのが不思議だけど受け入れよう。霊符も呪符も違いが分からないけど応用が効くんだな)

「謝家荘に他の小仙家も霊符を求めに謝家に押し寄せるからそれまでが忙しいんだ」

(親戚も集まるお盆なんだな。しかし家僕とか門弟とか理解ができないのに家系図があったとしても誰が叔母とか叔父とか親戚分からない。親戚付き合いは小学校までしかしたことない)

「それで月餅は美味しい?」

「謝家の月餅は餡に小豆の中に入った胡桃が美味しんだ」

「謝砂様! 謝宗主!」

 室の前で呼ばれた。 

 爛が扉を開けると先ほどの招功が立っていた。

 なぜだかきょろきょろと周囲を警戒している。

「あの、部屋には爛様と謝砂様だけですか?」

「姜ちゃんも柳花もいないよ。部屋の中で話そう」

 謝砂が言うと安心して招功は部屋の中に入った。

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