第29話
姜も柳花も大量のお土産を開けに瑛も連れて行ってしまったから部屋には爛と二人だった。
瑛は離れている僅かな間で可愛くなっていた。
僅かに背が伸びたように感じた。背筋がまっすぐになっていたせいだろうか。
痩せすぎていたが体重もすこし増えたみたでふっくらとしていた。
謝砂が瑛のことをあれこれ考えていたのは理由がある。
招功を部屋に招いたが二人とも黙ったままで困っていたからだ。
沈黙がプレッシャーになって気が重くなる前に意識を他に飛ばしていた。
相手は自分を知っていているが初対面。どう話せばいいのか黙っていた。
爛は慣れたように茶を入れた。謝砂の部屋に何が置いてあるのか把握しているようだ。
深呼吸すると部屋の中は香を焚いているのか爛の部屋と同じ柑橘ようなの香りがして謝砂の緊張が和らぐ。
爛は招功が部屋に入ってからもなぜか立ったままで座ろうとしない。
「謝砂こっちに座って」
謝砂は爛に呼ばれて謝砂が淹れてもらった茶に口をつけた。
爛は招功にも茶を淹れた。
招功は頭を下げて胸の前に手を出し重ねた。
「おかえりなさいませ。謝宗主と爛様に補中気霊薬ほちゅうれいきやくを用意しました」
頭をあげると謝砂に小さな小瓶を渡した。
栓をあけて中を取り出すと黒い錠剤のような丹薬だ。体にはよさそうな薬草の匂いがする。
「ゲホッ、ゲホッ」
謝砂は匂いを嗅ぎすぎて咳込んだ。
「気持ちだ受け取るよ。ありがとう。爛が飲んだ方がいい」
謝砂は爛に瓶を渡した。
一呼吸置いた後招功は真っすぐに謝砂を見た。
「謝砂様戻られてからすぐで申し訳ないのですが、呪符作りを手伝ってください」
「終わってないの?」
「例年よりも数が多いのです。順番に作っていたのですが霊力が尽きたものが多く倒れてしまいました。霊力がなくても灯篭づくりはできると補充にまわされて霊力がもどっても灯篭作りで帰ってこれないのです」
「どのぐらい残ってる?」
爛が聞いた。
「師兄たちが頑張っていますが先祖の魂供養をする呪符が終わらないのです。謝仙符にある義荘に支給する鎮圧符に駆逐符、封邪符などは用意できました。しかし供養に燃やす呪符は大量に霊力を注ぐので後回しにしていたら残ってしまいました」
なにが違うのか分からず爛に目をやった。
爛は謝砂が聞きたいことがわかったのか簡潔に説明してくれる。
「呪符にも低級から高級まである。駆除する呪符を書くのは僅かな霊力で済む。霊符は魂の修復で救済だから謝家しかできない呪符なんだ」
「見本はある? 戻ったばかりで疲れているのかどんな呪符なのか思い出せないから書けないんだ」
謝砂は聞いただけだった。見本がなければ手伝わなくてもいいように一言付け足した。
(忘れてしまったと言っても問題はなさそうだ。記憶喪失とかなんとでも言う。追及されたら理由は姜ちゃんに丸投げして引きこもってしまえばいい)
「ありがとうございます。ご準備はしてあります。皆、謝砂様の許可が下りた。運んできなさい」
招功が外に向かって話した。
「いつ許可したんだ?」
「今」
謝砂の問いに短く爛が答えた。
招功がパンパンと手を叩くと扉が開いて次々に束を抱えた門弟が入ってきた。
「呪符は書き終わっています。筆に霊力を込めて上下に点を付けて頂くだけです」
いつの間にか机を片付けられて招功に座らされていた。
謝砂は筆を手に持ち言われるがままに霊力を込めた。
「爛も手伝ってくれない?」
「謝家しかできないと言っただろう。手伝うことができないから一人で頑張れ」
爛はわざと横腹を手で擦って顔をしかめた。治ったと言っていたが言えない。
今回は爛を頼れない。
謝砂は念押しに招功に訊いた。
「呪符に点を打つだけでいいの?」
「呪符に霊力が込められると文字の色が変わりますので思い出されますよ」
謝砂は招功に言われるがまま点を上下に打つと黒い字が濃い朱色に文字が光った。
「あの、言い方が変ですけど以前よりも呪符に霊力が込められているのが多く感じます」
「それはあれだよ。そんなことよりも終わらすのが先だろ。次のを渡してくれ」
「はい。お渡しします」
謝砂の前にどんと招功は呪符の用紙を渡した。そしてできた呪符を取り門弟に運ばせる。
謝砂は次々と束になった呪符に点を打つ。
呪符は光ったらすぐに呪符を入れ替えられ一息つく暇を与えてくれない。
招功と門弟のじーっと待っている視線が耐えられなくなってきた。
「あとどのぐらい?」
「今持ってきた分はこの二束で終わりです」
束を見るが一束は五十枚ぐらいの厚みがある。すぐには終わりそうにない。
「分かった。終わったら渡すから置いて出て行ってくれないか。側にいられれると落ち着かない」
「では師弟たちを室の外で待たせますので終わりましたら声をかけてください」
なんとか部屋からは追い出すことができた。
「――はぁ。気づかれ半端ない」
ずっと急かされていたためずっと同じ姿勢でいたが時間の感覚がない。
首を横に倒すとボキボキと音がする。
謝砂は首を反らして天井を見上げた。
数日間見事に引きこもりにさせられた。
謝砂の望み通りというよりも強制的だ。
扉を開けても師弟が待っていて受け取り新しい呪符の束を受け取り待たれる。
部屋から出ようと扉を開けたらすぐに師弟が泣きついてくる。
「謝宗主お願いです。これを終わらせてくれないと私たちが師兄に責められるんです。師兄たちも疲れ果ててて筆符室では鬼のような状態で。私たちでは霊力が足りません」
「宗主としての命令でも聞けないのか?」
「普段なら断然謝砂様のほうが怖いです」
(面と向かって怖いって言うのもどうかと思うが相当切羽詰まってるんだな)
「今だけは師兄と宗主の板挟みの方がもっと恐ろしいです。求めてくる小仙家の方や民たちが押し寄せてきても対応できたのは謝砂様が呪符に霊力を込めるのが早いおかげです」
「だからって残りって言ったのに多すぎる」
「謝砂様は霊力を消耗しても回復が早いではないですか。普通なら起き上がれません」
ご飯は三食しっかりと運ばれてくるし食べるのもゆっくり出来ずに味は憶えていない。
焼き魚にご飯と汁物と副菜という見慣れた和風の定食だったのだが落ち着いては食べれない。
一日分が終わり風呂に浸かるころには湯舟の中で寝落ちしてしまい危うく溺れかけるときにタイミングよく爛に声をかけられ何回か助けられた。
謝砂は今食べているのが朝餉か昼餉か区別ができなくなった。
腹が空いていてすぐに食べ終わり向かい合った爛に茶を入れてもらった。
「仏頂面になってきたな。目も鋭くなってる」
表情は分からないが目は点ばかりを打ち続けて寄り目になっているのは自覚がある。
「今なら誰よりも正確に点を素早く打てる自信がある」
爛は寝起きの謝砂の顔を見るなり口元をくっと掴んだ。
強制的に口を開けられて一口サイズの塊が入れられる。
とっさに吐き出そうとする前に正体を教えられる。
「月餅だ。私も手伝ったんだ」
「美味しい。もう一つないの?」
爛はくるんでいた包みを開けた。
500円玉ぐらいの大きさでやや平べったい丸い形をしているが中心には燕マークがある。
さくっとしたやや硬めの皮に小豆の甘い餡、胡桃が砕かれて食感がいい。
「姿が見えないときは厨房で手伝ってたのか?」
爛が厨房にいる姿がまったく想像つかない。
「うん。今日の夜が中秋節だ」
「じゃ終わったのか?」
「部屋の扉を見てみろ。もう師弟はいない。今頃は最後の呪符を配ってる最中だ」
がらっと勢いよく扉を開けたが引き留める者もいない。
「やった! 自由だ」
「瑛を連れて遊びに行こうか」
謝砂の言いたいことを爛が先に言った。
「その前に行事があるんだろ。でも今日は月見?」
「ああ。そうだよ」
爛は自分で作った月餅を食べていた。
「厨房は空いてるかな?」
「何か食べたいのか? 月餅も終わったし祭壇の料理は大体作り終わったと思う」
「月見と言えば団子だよ」
「月見に団子?」
爛は不思議そうに尋ねた。
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