第11話

「狂屍ではないな。似てるがあれは今みたいに一斉に襲いかかるようなものじゃない。怨念を持ち凶暴で問答無用に人を襲う」


 爛は柳花と目を合わせると場所を入れ替わり謝砂を庇うように立ち真面目に答えてくれる。


「ーーそんなこと聞いてない」


 絞りだすように言い返すが冷静に説明されてどうしていいのかわからずにその場で地団駄を踏んだ。


 姜と柳花も剣を鞘から飛ばして舞うように傀儡の攻撃を防いでいる。


 傀儡の手には剣も持つものいるが桑などの農具、包丁やフライパン、鍋など殺傷力のありそうな武器を握りしめて襲ってきていた。


「普通のは爪や歯を使ってくるんですけど手に握りしめて死んだのでしょうか? お兄様どう思います?」


「知らないよ。聞かないでくれ」


姜が聞いてきても謝砂は答えられない。


 柳鳳は襲ってくる傀儡の一体に縄を飛ばし巻きつけると縛り上げる。唸り声をあげているが縛られた縄は丈夫で解けない。


捆仙縄こんせんじょうだ。逃げられないぞ」


「爛様、着ているものからしてこの屋敷の人間に間違いありません。魂は無く術で圧迫されたようで死んでます」


「なんで分かるんだ?」


 その間も姜と柳花は交互に攻撃を防いでいた。


「ひっかき傷があり口には血がこびりついて残っています。内臓もぺちゃんこですね」


「詳細をはっきりと言わないでくれないか」


 うっっと込みあげる吐き気をなんとか呑み込んで抑えた。血の気が引くどころではなくつっかえて。


「やはり傀儡か。操ってるのを探そうか」


「屋敷から離れないのなら何か大事なものがあるからだ。私と謝砂で探してくる」


(屋敷の中のほうが安全そうだ。どこか隠れる場所を探して解決するまでは閉じこもろう)


「手加減は無用だ。柳鳳ここは任せた」


「お任せを」


 聞えてくるのは剣がぶつかる音に耳をつんざくような唸り声は恐怖で脳天までびりびりと痺れさせる。


 まだ自分が意識を保ってることは信じられない奇跡だ。ぶっ飛んでいるのかもしれない。


 袖を引っ張られながら屋敷の奥に進み客間の門を開け敷居を跨ぐ。


 もう一つ奥に門が見えた。


「ここは大広間だな。奥は寝室か書斎だろう」


「なぜ分かるんだ?」


「祭事の準備がされている」


「そうか」


 謝砂は爛の背中しか見ないと決めて後ろを歩いていた。そのまま跡をついて進むが謝砂の足元に何かが敷いてあり引っかかった。


「わぁっ」


 爛の背中にドンと顔をぶつけた。


「大丈夫か?」


 足元に視線を落とすと上衣の袖が絡まって足に巻きついていた。袖と分かったのは袖から干からびた手のようなものが一瞬見えた。ぎゅっと目を閉じて欄にしがみつく。


「ぎゃぁぁ! 爛、取ってくれ! これ取って!」


「このままだと取れない。離れて」


「む、む、む、無理!」


 謝砂は首を横に振って、しっかりとしがみついて離れないのでしゃがむことも身をかがめることもできず、仕方がないと爛は剣を抜き袖を切り刻んで再び鞘に納めた。


「取れた。離れて」


 謝砂は思いっきり足をぶらぶらと振り軽くなったことを確かめた。


「ありがとう」


 礼をいって爛を解放した。


 その屍から離れて大回りして移動し爛の後ろに回り込む。


「これは動かないのか?」


「大丈夫だが謝砂が心配なら......」


爛は呪符を1枚取り出して屍に貼り付けてから身を屈めて屍を調べる。


謝砂は呪符に書かれてる『鎮封』の文字だけ読めた。呪符に少し安心した。


(さっきみたいに突然襲われたら攻撃のまえに心臓が持たない)


「見てみろ。さっきのよりも上等な衣だ。この屍は屋敷の主人か客人」


 謝砂は爛の背中から顔をのぞかせた。


 屍の顔は怖くて見れないが服を見ると屋敷の中だったためか傷まず状態がそのままだった。血がついたような跡もない。


「たぶん主人だ。馬車でうなされたとき一瞬見えたのと同じ服だ」


「生気ごと魂も奪われている。喰われてるというより吸われたというべきかな」

「爛、灯りはないのか? せめて灯りでもあれば落ち着くんだけど」


 爛は床に落ちていた燭台を手に取り呪符で蝋燭に火を灯した。


「これを持って」


 爛から燭台を受け取ると風に揺らめく灯りに心が落ち着いた。


「落ち着くな。部屋の奥が怪しい」


「奥というと掛け軸?」


 部屋の入口から掛け軸の壁まで絨毯が敷いてある。絨毯は鶴の柄をしている。 


 掛け軸の前に置かれた机には酒と果物とお菓子が用意されている。


「焼き菓子はなんというんだ? これだけ大事そうに別の盆の上だ」


「巧果だ。菓子が怪しい? お腹が空いていても手を付けるな」


「子供じゃないんだから言われなくても怪しいものは食べないよ。怪しいと思うのはその掛け軸だ」


 謝砂は壁にかかった掛け軸を指さす。その後ろからは邪気のような重い空気が漂ってる。


「掛け軸の絵は白馬と黒牛の絵は七夕を指してる」


 爛は指さしながら説明してくれるが謝砂は首を傾げた。


「七夕って織姫と彦星? 短冊に願い事を書いて川に流すんじゃないのか?」


「なんだそれは。七夕は昔白馬に乗った神と黒牛を引く天女が出会い二人は結ばれて八人の子宝に恵まれたという話だろう。七夕というのは愛し合う者たちにとって大事な日だ。川に流してどうするんだ?」


(今までと違う世界だってこと忘れてた。ここは七夕の意味合いが違ってとっても大事な日なんだな。覚えとかないと)


 掛け軸を背にして爛の勢いに押され後ろに数歩下がった。


「ごめん。知らなくて。詳しくは知らないんだ」


 背中は壁に当たるはずが体は掛け軸をすり抜ける。


 謝砂は手を伸ばして爛を掴もうとしたが掴み損ねた。


 重心は後ろに傾いて倒れる衝撃に備えて体に力を入れてぎゅと目を瞑った。


「――い、痛くない」


「謝砂大丈夫か?」


 衝撃を吸収したのは穀物の入った麻袋だった。


 謝砂が倒れた重みで袋が倒れて散らばった。


 爛も掛け軸に足を入れて通り謝砂の手を掴んで立ち上がらせる。


 パンパンと服を叩いて払うと埃が舞った。


 掛け軸が掛かっていた客間を抜けて違う場所へと繋がっていた。


「見る限りは倉だな。穀物や瓶が保管されているし」


 荒らされているようで棚は破壊されて散らかっている。


「謝砂、あれ見て」


 言われてみると扉がある。


「あそこから出られる。ここから外にでよう」


「違う。もっと手前だ」


 否定されて手前を見ると蝋燭で四方に灯され白い呪符と紐で結界のように張られた大きな棺があった。


 爛に押されて近づき女性が横たわっているのを見てしまった。

 幸いなのは見てきた中で骸は一番綺麗だったため死んでいるより寝かされているようだった。

 胸のあたりできちんと手をかさねられている。

 だが袖からちらっと見える手はあざがあり死ぬ前についたのか変色している。

 青白い顔は丁寧に拭かれているようだ。

 服の所々には取れなかったのか泥と踏まれたのか足跡のようなものが残っている。

 着替えさせてはいないらしい。


「奥方だ」


「美玉だ」


 爛と謝砂はほぼ同時に話す。

 推測した同じ人物を指していた。


「踏むなよ。そこに子供の屍がある」


「どこに?」


 藁でできたすだれのようなものに巻かれていたものを爛が剣の先で転がすと生気も吸われてさらに干からびている小さいの屍が姿を現し床にも紙と陣のようなものが描かれているのが見えた。


 謝砂の目は見たくないのに夜に慣れているようでわずかな灯りでも周りがはっきり見えてしまう。


 棺の周りに同じものが7つありその一つが身じろいたように見えた。


「らららら爛、あ、あれ」


 謝砂はどもりなががらも震える手でそれを指さした。

 爛がそれに近づいてめくると顔色はよくないが眠っているように見えた。


「この子も死んでるのか?」


 謝砂の問いに首を横に振った。

 爛は子供を腕に抱えて運び離れたところで寝かせた。


「死んでない。衰弱しているがこの子だけは生きてる」


「そうなのか」


 生きてると聞いてほっとし横に寝かせた子供の顔をよく見た。


「蘇若?」


 爛は不思議そうに謝砂を見る。


「八人目が蘇若?」


 謝砂はもう一度聞いた。


「分からない。この子は魂を喰われそうになったが、生まれながらに霊力があり魂を喰われずに済んだみたいだ」


「目を覚ますかな?」


「一旦喰われて邪気で魂に亀裂が入ったみたいだ。だから目が覚めないんだ」


「わかった。治してみる」


「簡単に言うが邪気で割れたものは難しい。霊気を注ぎ邪気を取り除くだけでも三年かかるんだ。助けられない」


「亀裂を修復できたら助けられるんだろ?」


「だが体が死んでない今修復しないといけないんだ」


 謝砂はその寝かせた子供の横に腰を落とし胡坐をかいた。


 子供と向き合って深く深呼吸をする。


「助ける」


 謝砂はゆっくりと目を閉じ指先で魂の場所を探った。


感じ取れるはずと胸、喉、口、鼻と滑らせる。


(ここだ!)


目を開けると額の上で止まり、額からピンポン玉ぐらいの大きさの魂が浮かびあがった。


謝砂は掴むと両手で包みこんだ。


姜から教えてもらった石を修復したときを思い出す。


細かい筋のような傷と亀裂をゆっくり埋めるように霊力を注ぐと手のひらが熱い。


 そして表面も透き通るよう細かな傷も治すと手を広げた。


 磨かれたように輝き亀裂は金でふさがれたその魂は再び元の体に戻る。


「ふぅ。爛、どうだ? これで修復できたかな?」


 黙ってじっと見ていた爛は目を丸くしていた。


「爛?」


 そのときその子供が謝砂の袖を引っ張った。

「見て爛! 動いた」


「信じられないが修復できてる。邪気はどうした?」


「知らない。分からないよ」


謝砂は聞かれても困るとぶんぶんと頭を振る。


「修復できているなら気がつくかな?」


「魂を修復できても体力は別だ。邪気を受けた体は弱ってる」


 顔に生気は戻っているが唇は乾いてひび割れていた。


「脱水症状なら何か飲ませないと」


「脱水ってなんだ? 絞ったということか?」


「何か飲ませないとってこと。なにか飲ませれるかな?」


 謝砂は斜めに下げていた竹筒が手にあたった。飲まそうと蓋を開けたが爛に止められる。


「いきなり飲ませてはいけない」


 爛から綺麗な手巾を渡された。桃の花が刺繍がされている。


「使っていいのか? 汚れるかも。手で湿らせるし大丈夫だ」


受け取らず爛に押しかえしたがぐっと差し出される。


「使って」


 日頃ハンカチなどを持ち歩かなかったから考えがなかった。


 受け取った手巾を持ってきた竹筒の中身で湿らせた。


謝砂は今まで誰かを看病することもペットも飼ったことがなく、小さい子供とも遊んだり世話したことはない。


窒息させてしまわないか触れるのが怖くてブルブルと手が震えて仕草がとてもぎこちない。


「私がする」


 焦れったくなった爛は謝砂から濡らした手巾を取り上げた。


軽く濡らすように唇にとんとんと優しく触れている。


 くっついた唇は湿らせたおかげで隙間があいた。


「飲ませてみる」


 手巾の端をぼとぼとにして口に含ませた。


「蘇若?」


 謝砂は名前を呼んでみるとその子は手を動かせる。

 当てずっぽだったが反応がある。


 謝砂は手のひらで蘇若の顔についた土埃を拭った。

 衰弱して見えるがほぼ夢で見た通りの顔だった。

「やっぱり蘇若だ。生きててよかった」


「老三が探していた蘇若という子だな。この子を君が助けたんだ」

 自分が助けたなんて言われても何とも言えない気分になった。

 人に助けられてばかりでおんぶにだっこ状態なのに人を救ったなんて信じられなかった。

 爛が一緒にいるから救えた小さい命だ。


「砂糖かハチミツと塩を混ぜた水を飲ませたほうがいいよな。なんせここから出ないと」


 爛はすくっと立ち上がって扉に触れるとバチっという音が聞えた。


「外から封じられてる」


「じゃ出れない?」


「吹き飛ばせばいい」


 謝砂を背にして爛は剣を抜くと一瞬で切り刻みチャンと音を立てて鞘に収まる。


 謝砂の壁になるよう振り向いて扉は木くずとなって吹き飛んだ。


「謝砂これで出れるよ。外でまだ戦っているようだから気を付けて」


「その子も連れて行くのだろう?」


「うん。爛、抱っこできる?」


「どうして?」


「自分のことも守れないけど子供を抱っこしたことがないしどうすればいいのか分からない」


「ではいい機会だ。この子は女の子だから力を調整して優しく抱き抱えるように持つんだ」


 言われるが手を出すと爛に蘇若を乗せられ抱えた。


 蘇若は思ったよりもすごく軽くてふにゃっとしている。

 頭を胸にもたれかせて背中と足に腕を入れている。


 ガチガチの謝砂に爛は軽く笑った。


「なにか間違えたか?」


「違う。昔を思い出したんだ。小さい姜の面倒をみていた君に教えてもらったんだのを私が教えるなんて。その時の私をみているようで笑えてきた」


「そうなのか」


「外に出たら気をつけて。柳花と柳鳳が派手に散らかしてるから」


「散らかすってどう散らかすんだ?」

 広い屋敷の中では物を壊すにも散乱させるにしても二人だけでは限度があるだろう。

 少し避けながら歩けばいいと軽く考えていたが外に出るとすぐに爛の言葉の意味が分かった。

 謝砂の足元に男の屍が一体どさっと降ってきた。


「うわぁ!」


 踏む寸前に片足を挙げてさっと避けた。


「踏んでこけるなよ。傀儡はすでに死んでるから痛さも感じない」


 腹のあたりの衣が切られて裂け鮮やかな朱色ではなく赤黒く滲んでいる。地面に叩きつけられて背中の骨が折れているはずなのに傀儡は身を起こした。


 見えていないはずの白い目に謝砂を映すと口を開けて尖った牙をこれ見よがしに謝砂に見せつける。


(なんで弱いのが見ただけで分かるんだ)


 狙いを謝砂に定めて近づいてくるのが余計に怖い。


「この野郎。馬鹿野郎、このゾンビめ」


 今の頭で思いつく限りの悪態をついたつもりだがこれ以上はでてこない。

 謝砂の頭では限界だ。


「――こっちに来るな!」


 その屍は瞬発力があり一歩踏み出すだけで間合いを詰められた。

 鋭くとがった爪は謝砂の喉を狙って伸ばされる。

 謝砂が避けようとすると腕に抱えていた蘇若を引っ掻くだろう。

 避けれても爪が擦り傷が残ったらと考えると謝砂は歯を噛みしめ蘇若を庇うことを選んだ。

 身動きがとれず全身が震えるほど怖いが決意をしたらぐっと目の前の屍を睨みつけた。

 謝砂の眼に睨まれ屍の動きが一瞬止まる。


「柳鳳、遊びすぎだ」


 爛の声に顔を上げた。


 瞬時に剣を抜き白く煌めく刃でその爪を軽やかに受け流して防ぎ柳鳳が切り損ねて襲ってくる傀儡の両腕を切り落とした。

 刃に流れる血は一振りで散りまた輝いている。


 屍は腕をなくしても気にすることもなく、歯で噛もうと襲ってくる。


 近づいてきた屍に刃先を向けて剣先で文字を書くと屍にむかって飛ばした。


 術の文字は屍の中に入ると力をなくしたのか崩れるように倒れる。


 謝砂は怖くて腕の中にいる蘇若を見た。

(僕も同じように気を失いたいよ)


「申し訳ありません」


「帰ったら書き写しをさせるからな」


 爛の言葉に柳鳳の顔が暗くなり「はい」と小さく答えた。


「傀儡は塊にするかできなければ呪符を飛ばす。それと……」


「陣の中に傀儡をいれることです」


「庭にいた傀儡はどうした?」


「謝姜殿が陣を庭に描いて呪符を貼り俺と柳花が傀儡の相手をしてました。さっきの一体は逃がしてしまったので追いかけたんです」


「分かった。奥の広間には傀儡はいなかったが倉に繋がっている。そして中には奥方が棺に入っていてた」


 爛が柳鳳に説明しているとバタバタと走り回る元気のいい足音が聞こえた。

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