第37話

 早めに湯から出て用意された服に着替えた。

 黒い外衣は珍しく着ると自分がカッコよく見えた。

「謝砂様、嶺楊殿がお戻りになられました」

「約束は守ってくれたみたいだな」

 謝砂は門弟が呼びにきて待っているという室まで案内してもらうことにした。

「だからもち米は今度から持ち歩くべきだから『もち』というじゃないか」

「もちっと粘り気があって伸びるから溺鬼が捕らえられたのかな」

(なんかダジャレにされてる。笑われてるのか真面目なんか分からないだけどツッコみするべきだろうがどうやってツッコめばいいんだ!)

「もち米の粥や菓子は民の知恵なんだな」

(話まとまったのかな……。どうしてって聞かれても困るしスルーしたい)

「謝砂様が参られました」

 門弟が大きく言いながら室の扉を開けてしまった。

 客室に歩くと桃展や桃常も屋敷に着いていた。

 部屋には嶺楊が嶺家門弟が二人部屋の扉近くに立ち、爛が座って茶を入れていた。

 桃家の師弟たちは扉の近くに餅菓子をあけて話し合っていた。

 空いているのは爛の隣だけで謝砂は座った。

「ずいぶん早かったな。まだ顔にかかる髪が気になる?」

「うん。ぞわぞわは引いたけど気にはなる」

「よければ私が結います。触れていいのでしたら編みこむことはできます」

 嶺楊が申し出た。

「いいの? ありがとう。好きに頼むよ」

 謝砂は向きを変えて嶺楊に背を向けて座りなおすと背中に立った嶺楊の気配を感じた。

「爛様ご覧になりますか? 簡単ですよ」

 嶺楊は爛に気をつかいながら謝砂の髪を櫛で梳いた。

(女の子に髪の毛を触られるのって何気に初めてだ。誰かに髪を梳いてもらうのって子供に戻ったみたいだ。視線が突き刺さってる)

 爛が覗き込んでいるのが分かって少しお尻をずらし斜めを向いた。

 あっという間に長い髪は編みこまれて頭のてっぺんに持ち上げられると団子のようになり紐でグルグルと留められる。

「終わりました。お似合いです」

「ありがとう」

 嶺楊は爛の謝砂に報告をする。

「嶺家の門弟を呼んでいただいたおかげで完全に暗くなるまえに川に浮かんだ屍を回収して運びだせました」

 爛が謝砂が湯に入っている間に手伝いに屋敷にいた嶺家の門弟を向かわせたようだ。

「もう川に何も浮かんでない?」

 謝砂は怯えながら聞いた。何が浮かんでいるとは口に出したくない。

「回収済みです。屍に戻ったから動くわけじゃないしあとは弔えばいい」

「質問です!」

「何か気になることがあったのか?」

 桃展が代表して手を挙げた。

(来た。来てしまったけど答えられない)

「溺鬼はなぜ餅菓子を食べたて屍になったんでしょうか?」

「あれは溺鬼じゃないから妖気が抜けて逝ったんだ。難しければ餅を食べて満足して成仏したんだと思えばいい」

「爛様それは適当すぎませんか。謝砂様はどう思いますか?」

「溺鬼じゃないの?」

 謝砂が驚いて爛に聞いた。

「妖気を帯びた糸で繋がれて操られていた屍は餌か人形だったと推測ができる。糸の正体は謝砂で分かったし片付けようか」

「ちょうど夜になりました」

 部屋の窓を眺めるともう真っ暗だった。

「謝砂片付けにいこう」

「片付けは終わっただろう。どこに行くんだよ」

「吊り橋の片づけが残ってる」

「嫌だ。溺鬼は退治できたし、川に飛び込んだという屍も回収しただろ。近所で話を聞いて何か収穫があったのか?」

 立っていた嶺家の門弟が話す。

「話を聞いて回ると先日橋を通ってから病になったという男が一人いました」

「嶺家門弟で見張ってますが動きがあれば報告が来ます」

「ぎゃぁ! なに!」

 トントンと窓が叩かれた。謝砂は叫んで嶺楊の後ろに隠れた。

 窓の隙間からすっと形代が入ってきた。

「門弟から病になった男が外を歩いて吊り橋に向かっていると。反物を抱えているらしいです」

 嶺楊が読み上げると形代は消えた。

 嶺家の門弟を引き連れて部屋を飛び出して庭から御剣した。

「僕たちもいこう」

 桃家の師弟たちも部屋から飛び出して御剣して飛んでいく。

 爛と謝砂が部屋に残った。

「爛行かかないとだめか?」

「顔に糸が張り付いた感覚を払うためには行くしかない。安心したら感覚はなくなるだろ」

(あれだけ洗ってもなぜか取れた気がしない。爛のいう通り何もないと分かれば安心できるかも)

 謝砂は茶をぐっと飲み干した。




 爛は謝砂をつれて御剣した。

 謝砂は爛の後ろに立ち腰に腕を回して足元を見ないように背中に顔を付ける。

「吊り橋だ」

「もう着いた?」

「気づかれないように手前で降りる」

 ふっと体が浮き軽くジャンプしたと思ったが急に足元の剣が消えががくっと足に重力を感じた。

「わっぁぁ!」

 謝砂は爛にしがみついたがふわっと着地した。


 日は完全に沈み夜になっていた。

 先に出たはずの嶺家の門弟たちの姿はなく報告を受けた家に向かったようだ。

 橋の手前の物陰に隠れて待機する。

 月は顔を出してないが空には星が出ている。

 橋の出入口には松明の灯りがついてぼんやりと明るい。

 日は完全に沈み夜になった。

 月は顔を出してないが空には星が出ている。

 橋の出入口には松明の灯りがついてぼんやりと明るい。

「橋の上に人が見える」

 人の姿は分かるが橋の真ん中にいて顔が暗くて見えない。

 服の身なりからして女性だ。

「止まってください」

 人を追いかけてきた足音と声が聞こえた。

 桃柚苑と雪児の声に嶺家の門弟が数名一緒にいた。

 嶺楊は爛と謝砂の姿を見て追いかけた門弟を制しした。

 足元をふらつかせながら男性が橋の上を歩いた。

「硬直してないから体はまだ死んでないが既に魂は吸われている」

「頼んでいた反物を持ってきたのね。これで新しい服が作れるわ」

 女性の声はやけになまめかしく謝砂をぞわつかせた。

 見ていると女性の方は腕を男性の首にまわす。

「シュー、シュー」

 爛は謝砂の口を手で塞ぐ。

 空気の漏れるような音がすると白い紐で首輪がされていた。

 ぐっと紐を持って顔を近づけた。

「いい子ね。私のご飯にしてもいいんだけど川で死んでしまったら鬼になるかしら」

 糸を出して薄い繭のように男性を包むとドボンと橋の上から川に投げいれた。

 謝砂は怖くて直視できなくてうつむいた。

「あと糸が取れかかってるけど、もう一人いるわね」

 ぐっと顎がぐっと謝砂は隠れていたところから道に飛び出させた。

「この子も蜘蛛の巣にかかったのね。おいで」

 謝砂が気づかれていない爛を見たが薄情にも行けと手で合図をしている。

 頭の先から痺れるぐらいの恐怖を感じた。

 しかし顔が引き寄せられるように言うことを聞かない。

 謝砂は吊り橋の手前で柱につかまり必死に抵抗すると止まれた。

 近づいてきた女性は口をすぼめた。口から細い糸が見えた。

「ぎゃぁぁ! 蜘蛛」

 見えなかった糸が吸われて回収されたのか謝砂は頬のぞわぞわから解放された。

 謝砂が気を失わずに何とか立っていられるのは蜘蛛の女性が怪しくも綺麗な美女だからだ。

 豊満な体をくねらせて唇に指を当て怪しい美女は目を細めて謝砂に微笑みかける。

「あたり。私は蜘蛛の精怪せいかいだもの」

「よ、よう、妖精?」

「私は精怪だといってるでしょ。妖丹を練って美しく生きしているの。蜘蛛の糸は綺麗でしょ」

「長生きしたんなら平和に生きてきたんだろ。街に出てこなくていいじゃんか」

「おかしい。私の妖気を流した糸が顔にかかったというのに魂が吸えてない」

「しばらくこのままでいてくれ。蜘蛛の姿にはならないでくれ頼む」

 話がかみ合わずお互い自分の言い分だけを話している。

 謝砂はお願いをして蜘蛛ではなく人の姿なら話はできる。

 蜘蛛は女性の姿のまま舌を出してペロっと唇をなめた。

「この姿が気にったのね」

 謝砂の頼みを聞いてくれるらしい。

「体の魂とは違うからあなた一回死んだの?」

「なぜわかるんだ?」

「糸で体の情報がわかるの。体に違う魂が入ってるのに同調している。あなたは鬼? 悪鬼ね」

「ちがう。恐ろしいものと一緒にしないでくれないか」

「じゃあお詫びに聞きたいことを言っていいわよ。教えてあげる」

「どうしてここにいるの?」

「仙師をおびき寄せるため」

 謝砂は自分が仙師だとは思われていないのはなぜか少し悩んだ。

「山で鼠の妖獣に聞いたのよ。修仙の生気を糸で吸収させれば修行しなくても仙の力を得られる」

「吸うって人は食べないのか?」

「吊り橋に糸を出して巣を作っていたら先にいた長舌鬼が勝手に張り付いたの。食べるときに昔の出来事を知ったってわけ。糸は記憶を知ることができるし長舌鬼を始末して私が芝居を続けたの」

「退治されるとは思わないのか? それに溺鬼はどうしたの?」

「真似するなら徹底的に。蜘蛛のやり方は『待つ』なの。狂屍もいるし、違う場所から連れてきた溺鬼と一緒に飼ったけどだけど数匹逃げたのよね。話は終わりよ」

 話している間に距離を詰められた。すでに謝砂の目の前に立っていた。

 謝砂は一瞬にぞっとした殺気のような恐怖を感じた。

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