第35話
茶を運んできた給仕の女性は嶺楊に花びらが入った花茶を持ってきた。
謝砂は食べかけの蒸されたもち米で作られた甘い菓子を指さす。
「これって持ち帰り用はある?」
「船の上でも食べれるように包んだものがございます。街の東に行かれるのですか?」
「うん。何か知ってるの?」
嶺楊が小さな銀子を机の上に置いた。
「嫁ぐまでは町の東に住んでいたんです。この街はずっと地元で暮らしていた人よりも新しく来た人のほうが多いの昔を知らない人ばかりです。東の橋は首吊り橋と昔は呼んでいたのをご存じですか?」
謝砂は話の始まり方にドキッと心臓が縮こまり爛の袖の上からぎゅっと腕を両手で握りしめた。
「私がすっごく幼い頃にひいばあちゃんの子供の頃を聞かせてもらった話です。人吊り橋と呼ばれる理由は夜中に橋の上ですれ違った人の首に縄をかけて川に突き落とし溺死させ殺していたと。だから親は怖がって子は橋を1人では渡ってはいけないと言っていたと」
「だから人吊り橋と呼ばれていたのか」
「その話には続きがあります。橋に縄をくくりつけたままで溺鬼を飼っていたそうですよ。殺していたのは溺鬼に餌をやるためだったとか色んな話があります」
「殺していた人は捕らえたの?」
「すごく昔なので曖昧で分かりませんが街に来た仙師の方が話を聞いて夜中に橋の上で待ち伏せをして捕らえられていた溺鬼をまとめて祓い退治したらしいです。飼われていた溺鬼を祓ったあとは殺しも止まったとか」
話終えた給仕の女性は仕事に戻って謝砂が頼んだ持ち帰り用に数種類の菓子を包んでいく。
「嶺家の記録では見たことがない話です」
嶺楊は湯呑のなかにゆっくりと沈んだ花びらを見つめて真面目に言う。
「祓ったのが嶺家ではないだけですよ。昔ですから民だけで解決することもあります。謝家の呪符を毎回頂いているので気持ちですが用意したお土産をお受け取りください」
抱えて持ってきた木の薄い皮の包みを机に積み上げられ山ができた。
「うちのは
店の奥さんだったらしく太っ腹だった。
「籠の中にいれてあとで食べよう」
謝砂は包んでもらった蒸して作られた餅菓子を一つずつ魚籠の中に入れた。
二手に分かれることにした。
地元を知る嶺家の門弟に道案内を頼み謝家の門弟桃柚苑、桃雪児たちは歩いて調べるらしい。
爛と謝砂についてきたのは桃常、桃展に嶺楊だ。
先頭の小舟には謝砂は爛と嶺楊が乗った。後ろの二隻目には桃常と桃展が乗る。
二隻は一列で並んで川をゆっくりと進む。
小舟は細長いが幅は狭い。
安定してる船の中央に真っすぐ座っても座れない。
横を向いて座っても腰に巻いた魚籠浮き輪は邪魔になった。
腰を下ろすが魚籠が挟まりお尻が浮くためしゃがむと謝砂が動くたび船が揺れて怖い。
魚籠の方が丈夫で船の両側に挟まっても押し返そうとして圧迫された。
爛に繋いでもらった霊弦は解けてはないため爛にも魚籠があたる。
謝砂は爛に当てないように身を捻るとぴったりと船に挟まってしまった。
(しまった。座ることを考えて前と後につけるべきだった)
魚籠は丈夫で挟まった場所がへこんでいるだけで壊れていない。
魚籠浮き輪を外そうにも結んだ紐に魚籠が邪魔をして手が届かない。
「爛、ごめんな。挟まっちゃったんだ。紐にも手が届かなくて解けないんだ」
爛は声に出して笑ってはいないが目で笑っていた。
「解かなくていいよ。謝砂座れないなら私の膝の上に座るか?」
爛はポンポンと膝の上を叩いた。
「挟まって抜けないんだって」
(爛を椅子にすると底上げされて高さが出るから浮き輪は外さなくてもすむかも。問題は船から浮きでるから船端に腰かけるのと同じで防ぐものが無くなることだな)
爛は腕を伸ばして挟まった謝砂の脇を抱えて自分の膝の上に座らせた。
「これなら外さなくても済むだろう」
視界が高くなり船から浮いたようで怖かった。
「紐をほどいて、腰じゃなくて首にかけて」
謝砂は爛の肩を掴んだ。
「せっかく似合っているのに外さなくてもいい。大漁みたいで気分がいい」
爛は謝砂から顔を背けたが笑っていた。
「掴むところがなくて怖いなら支えててやろうか」
「いいよ。腕が疲れるだろ。ちょっときつく巻きすぎたんだ。浮き輪にはゆとりが必要だから緩めに巻きなおしてくれる?」
「わかった」
きつく結んだ結び目を爛は器用に解いた。そして腰ではなく骨盤で止まるぐらいにゆるめて結んでもらう。
「ありがとう。肩から手を放すから支えていてくれよ」
謝砂は肩から手を放すと浮き輪の紐を持ち上げて片手ずつ外し首にかけ直した。
「これで余裕で座れるよ。邪魔したな」
謝砂は船が揺れないようにゆっくりと爛の膝から降り胡坐で座りなおした。
魚籠の中に重りの代わりに入れている包みは手をつけたくなかった。
爛の後ろに置かれていた大きめの竹籠を見てると視線の気づき爛が菓子の包みをとって広げた。
「移動すると粉をこぼすからこのまま食べて」
爛の膝の上は謝砂のテーブル代わりになり菓子を摘まんだ。
向かい側に乗っていた嶺楊と目が合い手に持っていた餅を差し出した。
「嶺楊殿も食べる? 美味しいよ」
「私は見てるだけで満足ですので謝砂様が食べてください」
「欲しそうな顔をしていたから勘違いしてごめん」
(女子だし勝手に摘まんだ菓子を渡したら嫌がるはずだよな。面と向かって言われなくてよかった)
謝砂は片手には自分で食べてる菓子があり、嶺楊に断られた摘まんだ菓子を爛の口に運んだ。
「並んでいる姿もいいけど、あのままでよかったのに残念です」
嶺楊になにが残念なのか詳しくは聞けなかった。
しばらくすると日が沈もうとして遠くの山が黒いシルエットとなる。
空は水色と雲は薄い紫ピンクとなり遠くから川を赤く染めた。
やけに艶やかな赤色で血の川のように見えて謝砂は怖く感じる。
川沿いの家はもう門を閉めて閂まで閉じた音が聞こえた。
「目の前にある橋が長舌鬼に会ったという吊り橋です」
嶺楊が言うと急に川幅が狭まっていた。
水が引きあがっているのか急に石だらけで小舟が行違えるほどの幅に狭まり吊り橋の下は水が湧いているように広がりそしてまた狭まってから川は広く水が流れている。
吊り橋の真下が幅広くそこだけが川にできた湖のようだ。
謝砂には水が引きあがっているのか川の淵はゴロゴロと石が転がっているのに三日月のような地形に感じた。
橋の下は真っ赤になり不気味だった。
謝砂は橋に目を向けるともっとぞっとした。
川に支柱はなくどっしりとしているが大きな二本ずつたった柱に括りつけられた縄でつながれた吊り橋だ。
木の蔓が這うが安全なようにネットもされていない。
足元は木の板が均一に並べてあるが隙間が空いて見える。
橋はまっすぐではなく真ん中が弧を描くように反っている。
「あれ! あれが橋なの? 木の板と縄で吊るされてる吊り橋だったの?」
謝砂は動揺して同じことを繰り返して嶺楊に訊くが冷静に対応される。
「吊り橋ですから。ずっと言ってましたよ」
「だって街の橋をくぐってきたのは川に支柱を建ててる桟橋だったじゃん。それに石橋もあったはずだ」
道中にも橋が架かっていて数回橋の下をくぐってきた。
だが吊り橋に出会ったのは初めてだ。
さすがに渡る人の姿はいなかった。
「これから先もこのまま進むの? 歩いて調べてる柚苑や雪児たちと合流は?」
謝砂が嶺楊に聞くとあっさりと答えられる。
「夜には合流するはずです。目的地はここですから」
「橋の上には長舌鬼でここに溺鬼がいると?」
爛が聞いた。
「川に溺鬼が見つからなければ船で待機し夜になったら橋を渡ってみます」
橋の木の板にすごく細い蜘蛛の糸が見えた。
風が橋の下を通って吹くと「フフフ」と笑った声に聞えた。川岸に生えている草が揺れた。
(今声がしたんだけど嶺楊でもなさそうだし気のせい? ススキが生えてるから擦れた音だよね)
謝砂は些細な音にビクビクとしつつ首にかけた魚籠を握りしめた。
「うぅぅ。帰りたい」
謝砂の言うことは無視されて船は進んだ。
嶺楊は手に弓と矢を準備していた。
川幅が広くなった吊り橋の下に入ると夕日を映したような赤い川を覗き込むと赤黒く見え水底が深く感じだ。
橋から川に向かって垂らされた糸が反射した。
「吊り橋みたいなところで誰か釣りして放置してるんだな。糸を垂らしたままじゃないか」
謝砂が言うと同時に爛の佩いてる剣は鞘から数センチ出た。
「どこですか? 釣り竿は見えません」
嶺楊は座ったまま橋を見上げた。
「どこって一つだけじゃない。数十本はある」
一本の垂れた糸は細い数本の糸が撚られた糸は太くタコ糸の太さだ。
水滴がついていて見え蜘蛛の糸のように感じた。
糸をたどって見上げると橋の底は蜘蛛の巣のように糸が張り巡らされていた。
「ぎゃぁぁぁ! 蜘蛛の巣ぅぅ」
ふわぁっとした蜘蛛の巣が顔についた気がした。
謝砂は叫びながら触れた顔を払うがまとわりつく綿のような糸の独特な感触は拭えない。
「謝砂払うからじっとして」
船から身をだして川の水を手ですくって顔にかける。
それでもとれず船端を手にかけて川の中に顔を突っ込んだ。
「ぷはぁっ」
顔を僅かに上げて息づきをした。
目を開けるとぽたぽたと水が落ちる。
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