第18話

 謝砂は爛の部屋で窓の近くに腰かけて体を冷ましていた。

 ちびちびと茶を呑む。

 元コーヒー派だったがお茶も悪くないと思えてきた。

 爛はゆっくりと風呂に浸かっているようでまだ戻ってきていない。

 謝砂は湯を浴びてさっさと爛の室に戻った。

 久しぶりの一人きりになった。

 頭ではどうしてなんだと大混乱しているのに、ぼーっとしてしまう。

 なぜ祠にも巻き込まれたのだろうか。

 宴に出席しなければよかったと後悔が押し寄せる。

 恐ろしい祠に連れていかれるなんて怖くて泣きたいのに泣ける状況じゃない。

 どう防げばいいのか作戦を立てようとぐるぐると考え続けた。

 今夜は布団を頭からくるまったとしてもとても眠れないだろう。

「ちゃんと拭かないと風邪をひくぞ」

 爛はいつの間にか部屋の中にいたらしい。

 爛からまだ熱気が伝わってくる。

 くっつけば湿気は暖かいほうに移り自分の服は乾くだろう。

 謝砂の後ろに立っている爛に支えてもらうように背中を預けた。

 爛の湯上りの熱を利用させてもらって乾かせれるだろう。

 持たれると謝砂の服は湿気って背中に張り付いたが不快ではない。

 乾燥機にする考えは爛に読まれていた。

 乾いたガーゼタオルのようなふんわりした布で謝砂が拭くのをあきらめた髪のしっかり水気をとるように拭ってくれた。

 自分で受け取って拭けばいいのだが、めんどくさくて小さい子のようにじっと待っていた。

「乾いた」

 爛は謝砂の背中を押し戻して座りなおさせた。

「ありがとう」

 謝砂は乾かしてもらってサラサラになった髪を一つに束ねて紐で結んだ。

「これからは急がずにゆっくりすればいい。急がなくても誰も来ない」 

「風呂は短い。長く入るとのぼせてしまう」

 爛に説明したいが普段はシャワーだから慣れていないといっても伝わらない。

 ガス代節約で風呂は五分以内だったなんて言えない。

 爛はお風呂が好きで綺麗好きなんだろう。

 見た目がかっこいいじゃなくて美人だから綺麗好きなのも分かる気がした。

 短くても全身を洗える技術があるから短くても綺麗だといっても信じてもらえなさそうだ。

「拭けてないのは長い髪に慣れてないから腕が疲れたんだ」

「髪が短かったのか?」

「短髪というぐらい短くはなかったんだけど、顔が隠せれるぐらい」

 長い髪が普通の爛にはピンと来ないようで首をかしげた。

「なあ、なんで魂霊丹のことは言ってないんだ?」

「騒がれるのは嫌だろう。それより謝砂、腕輪に何をした?」

「何もしてない。残ってた力が無くなっただけだと思う」

「謝砂も腕輪の思念を見た?」

「桃宗主よりもう少し鮮明って感じで美玉さんたちが祠に言って拝んでた」

「拝んでた?」

「断片的にだったから説明ができない」

「分かった。謝砂腹は空かないか?」

 食事はほとんど食べれなかったのを気にしてるんだろうが、謝砂の食欲は失せてる。

 首を横に振った。

「それよりも祠には朝から向かうの?」

 爛に聞きたいことがいっぱいあったが重要なのは祠だ。

「準備があるから早くて二日、余裕をみて五日ぐらいあと」

「なんで引き受けたんだろう?」

「だめだったのか?」

「嫌だよ。怖いじゃないか。なにがいるか分かったものじゃない」

「多分行ってから調べることになるな」

「恐怖は一生分を味わった。お代わりはいらない」

「私は塵家が謝砂に根に持ってるのが気に入らない」

「気に入らないからって張り合わなくてもいいじゃないか。なんか恨まれてるのか?」

「ああ。塵家は謝家の足元にも及ばない小仙家だったが桃家の傘下に入って力を得たんだ。今の桃宗主が仙家のまとめ役に選ばれた。仙家が集まる席で桃家の一員ではない小仙府の宗主に対して威張っていたのを見た謝砂に恥をかかされたと根に持ってる。謝砂が何を言ったのかは知らないが多分一言くだらないとか言ったんだと思う。私が気に入らないのは謝砂が当主になれたのは謝理理のおかげだと勘違いして言いふらしたことだ」

(何を言ったんだろう。敵が多いって姜ちゃんが言ったな。姜の立場なら宴は行きたくない。絡まれるのに決まってるから)

「謝家の功績は素晴らしく、古くから力をもつ大仙家だというのに」

「そんな大きな家の主なんだ。荷が重い」

 爛は珍しく怒ってるようで戸棚を開けて酒を持ってきた。

 封してある栓を荒っぽく開けてそのまま口に流し込む。

「謝砂が宗主になったのは理理りりの婚姻のおかげじゃない。 謝砂が当主になることを選んだから婚姻できた。 順番が逆なんだ。知らないからって言いたい放題だ」

 ゴクゴクと飲み、酒が零れた口元は手で拭った。

「謝砂も飲め」

 謝砂の目の前にぐっと突き出された酒を受け取った。

 すでに半分以上は飲まれて軽かった。

「いただきます」

 謝砂は溢さないように口をつけて飲んだ。

 飲みなれない酒に酔いが早くまわり、翌日昼までぐっすり寝ていた。


――数日後

 塵家の若様は宴の後、御剣してすぐに屋敷に帰ったときいた。

 爛の機嫌が悪くなることはなかった。

 爛は忙しそうにしていたから暇な時間に姜の室にお邪魔していた。

 瑛の様子を毎日心配で見ていたが 瑛に倉で憶えていることを聞いてみたがやはり記憶が曖昧で憶えてないらしい。

 ご飯も食べて夜も眠れてるならそれでいい。

 子供と遊んだことはないが、瑛は謝砂も懐いてくれた。

 瑛はとってもよく謝砂と遊んでくれる。

「修練はしないのですか?」

 姜の一言が謝砂に訊いた。

「修練って何の?」

「お兄様とぼけないでください」

 姜に怒られても心当たりがない。

「柳鳳から聞きましたよ。素晴らしい技を披露したと」

「それは一緒に掃除したんだよ」

「お兄様が箒を手に持ったことは一度もありません」

「箒ぐらいは誰でも持つ」

「謝家秘蔵の教えだと弟子たちの間で噂になっているようです」

「それはごめんなさい」

「箒で修練している姿を謝家で見たことが一度もないのはなぜでしょうか。他家に教えるまえに謝家の弟子たちに教えるべきです」

「瑛、怒らないように姜お姉さんに伝えてくれない?」

「こっちにおいで」

 どちらの言うことを聞けばいいのか幼いのにすでに分かってる。

 だまって謝砂から離れて姜の隣に座った。

「霊力が有り余るほど回復しているのですか? 宴の席でも邪気を取り除いたらしいですね」

「瑛、またくるよ」

「お兄様、姜はまだ言うことがあるんです」

(柳鳳の奴なんで姜ちゃんに話したんだ。怒られたじゃんか)

 謝砂は姜の追及に耐えきれずに逃げ出した。




 




 宴の翌日、一日中謝砂は作戦を考えていたがいい案が思いつかない。

 仮病を装っても無意味に思えた。

 祠に行っても中には絶対入らず外に立っていればいいと結論をだした。

 逃げるためにも誰にも関わらず、ひっそりできる場所はないのか探していた。

 謝砂は部屋に戻ってきた爛に尋ねた。

「書庫っていうか書斎ってある?」

「蔵書室がある。好きに出入りしてくれればいい」

「入っていいの?」

「いいよ。どんな書を読みたい?」

 謝砂は許可をもらっても読めるのかは疑問だった。

 ここに来てから字を見ていない。

 崩した漢字でもそのまま読めたし、どんな文字なのか考えてなかった。

 この世界の言語を話せて聞き取って理解できてるから読めるはずだ。

 この体は頭もそのままで魂だけが呼ばれた『自分』だから生活には支障がないという大まかな推測をした。

 案内された書庫は壁収納のように丁寧に並べられている。木簡や巻物に本もあった。

 窓際と部屋の中心に本が読めるように机があり、座布団も用意されている。

「いっぱいだな。勝手に読んでもいいのか? 読んだら呪いがかかるとか危険な本とかはない?」

「ここにはないし、読むだけでは呪いはかからない。禁書物は目に触れない別にしまわれている」

「安心してもいい?」

「謝家には術や呪符の専門書が多い。桃家の書物は一通り集められているが剣術の会得について書かれている」

「剣術は扱えないけど読みたいかも」

「ここで読んでもいいし、私の部屋に運ぼうか?」

「しばらく眺めてる」

「爛様、宗主がお呼びです」

「急ぎか? あとで行く」

 爛はちらっと謝砂を見た。

「行ってきなよ。ここにいるから大丈夫」

 パラパラとその辺に並んでいる書に目を通す。

 読めるか気にしていたが爛が言ったように剣術の説明が多い。

 修練して霊力を高めることで術や呪符も扱えるようになるらしい。

 手に持って駆け巡らせて鍛えた気功のような剣を操る方法で剣術が絵で描かれているため動きは理解できた。

 謝砂が知りたかったのは術とか剣のことではない。

 術や剣が必要なことは極力避けたい。

 使う必要はなくていいと心から願ってる。

 自分の記憶力は目を通しただけで記憶できるほどの持ち主ではない。

 だけどすでに知ってる気がした。

 書を裏返して手首を動かしてみた。

 そして書を表に返して確かめてみると動きが再現出来ている。

 本来なら憶えられないのに体が憶えている。

 見る必要がないと書を棚に戻した。 

 謝砂が剣術を手真似をしてる姿を背中側の棚からこっそり見られていた。

 隣にあった書を手に取って広げて動きを簡単に真似て人が去るのを待っていた。

 待っている間に手招きで呼ばれて人が増えていく。

「どなたですか?」

「しっー」

「誰?」

「知ってるお方?」

「バレるから静かにして」

(とっくにバレてるよ。女の子も見てくれてるならって黙って耐えてるけど。そろそろ去ってくれないかな)

 書棚の後ろに隠れて隙間から覗いているが、端に追い出されている者は本を手に持って目から下を隠しているが姿は丸見えだ。

 言わせてもらえるなら書を広げてせめて読んでるふりでもしてほしい。

 謝砂は知らないふりを続けたかったが探し物がある。

 視線が向けられている後ろの棚に顔を向けた。

「あの……」

 謝砂は書斎を案内してほしくて声をかけた。

 人に尋ねるのも苦手だ。本を探すときも検索機で探したり、ネットで検索する。

 案内図があれば一人で探すが見つけれれない。検索機なんてあるはずもない。

 整理されて規則的に分類されているのだろうが初めて来た謝砂には見つけられそうにもにない。

「はい」

 桃家の人は声をかけると覗き見ていても礼儀正しく皆が返事を返してくれる。

「――謝宗主!」

 謝砂に気づくと態度が変わる。

 邪魔だとも言ってない。

「申し訳りません」

「失礼しました」

「ごめんなさい」

 なぜか謝砂に謝り、尋ねる前に人がいなくなった。



 謝砂は一人でふらふらと探して歩いた。

 手に取る書には剣術がまとめられているか、呪符や術が載っているものばかりだ。

 謝砂は歴史に関する本を探しているのに出会えない。

 この世界の成り立ちとか歴史はあるはずだ。

 家系図とかの複雑な資料もありそうなのに探せない。

 棚の隅に見覚えがある姿を見つけて名前を呼んだ。

「桃展公子」

 宴で公子と読んだり若君とか殿と呼ぶことが身について違和感なく呼べるようになった。

「謝宗主!」

 桃展は逃げるわけでもなく嬉しそうに受け入れてくれた。

「なにかお探しですか?」

「うん。歴史書ってある? 子供が分かるぐらい簡単なの」

「歴史が記載されているのはありますけど、子供向けってなんですか?」

 謝砂は歴史があると聞いてよかったと笑顔になった。

 子供が読むための本はないようだけどそれは別に重要じゃない。

「聞かなかったことにして。簡単でもいいから古い時代はないかな?」

「四神が記載されているような歴史ですか?」

「そう、そう。そんなので文字だけのをお願い」

 謝砂は四神がリアルに描写されたものは見たくなかった。

 地獄絵図のような挿絵を見てしまい独りになると絵が頭に思い出されてしばらく恐怖を味わった。

 常に誰かにくっついて過ごし、トイレも一人のときは扉を閉めることができず扉を開けて入った。

 お祓いの代わりに塩を大量に頭の上に小さな山ができるぐらい被って記憶から抹消できた。

 水墨画とかの時代に可愛いキャラクターのイラストは期待できない。

 謝砂に頼まれた展は古そうな巻物を一つ選んだ。

 謝砂と桃展の二人しか居ないので静かだった。

 中央に移動して書を卓子の上に広げた。

 謝砂がお願いした通り絵はなくずらっと字が綴られてる。

「鳳凰、獅子、亀、龍が四神です」

「朱雀、白虎、玄武、青龍じゃないのか?」

「違いますよ。引っ掛けようとしても無駄です。虎は人を食べる妖獣です」

「怖いこと教えないでくれないか」

「普通の子供でも知ってます。書をじっと眺めてください」

「眺めるだけでいいの?」

「絵が描かれてなくても写念で見えると思います」

 桃展が言う通りに書をただ眺めてみた。

 謝砂は桃展と一緒に書に入り込んだ。

 水墨画が目の前に広がる。

 まるで VRゴーグルをつけているみたいだ。


――四獣たちから世界は始まった。

 四獣が戦って力がぶつかり合い摩擦が生じた力は大陸が形成された。

 山は龍と鳳凰が戦って生まれた。

 獅子と亀の力で大陸が割れた。

 土は亀、水は龍、火は鳳凰、風が獅子。

 四獣を封じ守り神に変えたのが天界に住まう天帝。

 四神獣を力を封じ、力を操る術を天帝から神仙へと授けられる。

 荒れた地を平穏に治めるよう天帝から命じられた神仙たちが世に遣わさせる。

 神仙たちは高い志を目指す者たちとともに修行をし弟子とし仙術を伝承していった。

 神仙の霊力は霊脈として受け継がれている。


 昔話が終わり謝砂は瞬きをすると写念は終わり戻ってきた。

 桃展は写念を終えた巻物をもとに巻きなおす。

「こんな簡単なのでよかったんですか?」

 桃展は謝砂に確認した。

「ありがとう。よかったらこの仙の続きを教えてくれるかな?」

 桃展はそれならと答えられますと謝砂に話す。

「仙は四神によって荒らされた地を収めるべく上界の人に仙の力を授けられた天の力は修練することで自らの霊力を育てて仙修として力を得ることができます。仙門の世家が世をおさめています」

(仙家が国を治めてるってことか? 抵抗があって受け入れられないけど後々理解すればいいか)

「邪を払い人に悪さをする悪鬼や妖獣を鎮圧や払拭など滅することは仙門世家の大事な役目です。仙術を修練している人を仙師、道士とも呼びます」

 すらすらと謝砂が聞きたいことをまとめて説明してくれる。

「桃展は修練して師匠を超えることが目標?」

「僕だけでなく妖獣や悪鬼に傷つけれた魂を修復する修復仙師を誰もが目指してます」

「修復仙師? 修復は難しい?」

「修復する修練の道は難しいと言われています。修復仙師を名乗れたのは謝家の元帥だけですし」

(爛が謝家には実績があるとかなんとか言っていたのはそのことかな)

「剣術のほうが難しいと思うんだけど。屍と戦ったりするほうが危険じゃないか」

「自らの霊力を注いで割れた魂をくっつけたり亀裂を塞いだりするほうが難しいです」

「魂で練習するの?」

「そんなことできません。もちろん光霊石ですよ」

 謝砂に桃展は巾着から光霊石を出して「どうぞ」と渡した。

 手のひらにのせて石の亀裂をよく見ると金色の薄い線が模様のようについている。

「僕たちは修練でまだ一定の霊力に達してないので筆や剣の仙器を使って亀裂をなぞるだけで精一杯です」

 桃展は苦笑した。

「亀裂が浅い光霊石を使って霊力を込める練習からします」

「他の石のみたいにしっかりした石には戻すこともできる?」

 謝砂の言ったことを桃展は少し考えから言い直した。

「磨かれた玉と同じようにという意味ですか?」

  謝砂が言いたかった意味が通じてうなづく。

「普通の石と同じでヒビが入ってなくてツルッとした感じになるの?」

「この石は甲羅模様です」

「そうだったんだ」

「霊力で亀裂を埋められ修復された石は霊石となり二度と割れません」

「物を叩くのに便利だな」

 謝砂は何も考えずに思いついたことを口に出した。

 桃展の目がくわっと開かれる。

「何考えてるんですか! 亀裂を埋めるだけでも相当な霊力を注ぐので大変なんですよ」

 謝砂の手から信じられないと石を取り上げ巾着にしまわれる。

「ごめんなさい」

  謝砂は素直に謝った。

「桃展公子、色々教えてくれてありがとう」

「力になれてよかったです。僕のことは桃展とお呼びください」

 桃展の物腰の柔らかい感じが爛に似ている。

「桃展、今度お礼はするよ」

「では僕の修練のために手本をぜひ見せてください」

「何を?」

「亀裂が深めの師兄たちの中級用で修復を見せてほしいです」

「うーん」

 頭には姜の怒ってる顔が浮かんだ。

 謝砂の理由も聞かずに展は丁寧に対応してくれ、お礼もこの石の修復でいいと言ってくれてる。

(なんていい子なんだろう。光霊石は姜も知ってることだし大丈夫か)

「ここじゃなくて隠れれるところある?」

 爛もそばにいないし、念のために隠れたかった。

「樹園はどうですか?」

「樹園? 案内してくれるなら行こう」

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