第10話
「やっぱり間違えた。今からでも宿に戻ろう」
夜の驍家の屋敷は怖かった。
月が出ていて明るいとはいえ電気はないし懐中電灯もないから灯りは蝋燭だ。
風が吹くたび木の葉が擦れ音がするたびに爛にしがみつく。
片手には剣をぎゅっと握りしめ竹筒の水筒は肩に斜めに下げていた。
「謝家の宗主があきれる。さっきから進んでないじゃないか」
「やめなさい。柳鳳」
爛が柳鳳に向けた無言の視線に気づいた柳花が柳鳳を小突いた。
柳鳳はふんっと鼻をならして視線を反らす。
柳鳳に言われたとおり宿を出て歩いていたが物音がするとすぐ謝砂が立ち止まるのでたどり着くまで時間が倍にかかった。
足取りは重く爛に引っ張られ背中を姜が押して何とか進んでいる。
謝砂は柳鳳の話が聞こえて首を後ろにむけた。
姜に視線を向けたが柳鳳を見て話す。
「すまないが仕方がない。足が重たくて動かないんだ」
「はぁ、はぁ。お兄様は病み上がりなんです」
謝砂を押してふぅっと汗を袖で拭い姜は柳鳳に言い返した。
さすがに記憶をなくしているとは知られたくないようで爛も一切言わなかった。
屋敷は不気味な叫び声のような風が吹き抜けているのか音がしている。
謝砂は悲鳴をあげて叫びたいが喉が乾いて声も出せない。
爛は自分の腰に佩いた黒い剣を飛ばして門に貼った呪符ごと切り門を開いた。
「入る。用心しなさい」
真っ先に柳鳳が入り続いて柳花が敷居をまたいで中に入る。
姜が地団駄を踏んだ。
「まったく柳鳳に先を越されました。さぁ、お兄様行きますよ」
「姜ちゃん、先に行ってくれ。爛と行くから」
「そうですか。なら私は柳花と一緒にいます。柳花待って」
姜が呼ぶと柳花は呼びに戻ってくると二人で先に走っていく。
謝砂は恐る恐る爛の背中にへばりついたまま屋敷の中に足を踏み入れた。
そして数歩進んだとき足の隙間を風邪が通り抜けた。
風が煙を連れてきたのか足の甲に掴まれたような圧が加わった。
謝砂はすぐにジタバタと足踏みを高速で踏む。
「ぎゃぁ!」
「どうしたんだ?」
爛は謝砂の声にびっくりして振り返った。
もう一度足元を見るが何もないし汚れてもいなかった。
「ごめん。何かが足に触れた気がしたんだ」
(何かが足を掴んだんだけど見れない。見たくもないし)
爛は手を払うとパンと弾く音がして謝砂の足はすっと軽くなった。
「瘴気が濃いから息を深く吸い込んではいけない」
「分かった」
謝砂は言われた通りに袖で鼻を覆った。
さっきから血の匂いがしていたが門を跨いでからがさらに血生臭さが濃くにおっていた。
下を向いて歩いていると地面には夢で見た紙飾りが散らばっている。
「危ないから離れて」
爛に言われると謝砂はすぐに物陰に隠れた。
爛は佩いていた剣を鞘から抜いた。刃が月に照らされて光を放っていた。一振り剣を振るうとその衝撃破で煙を振り払う。
「すごいな」
物陰に隠れていたのに視線を感じて振り返った。
ミイラのように干からびた屍が庭に転がっていた。
謝砂は剣をぎゅっと抱きしめて思いっきり叫んだ。
「ぎゃぁぁぁl! 爛!」
ぶっとびそうな意識の中で倒れそうになった体を飛んできた爛に支えられる。
爛の顔を見るなり泣けてきた。
「もう嫌だ。怖いよ」
泣き続ける謝砂は放置されたまま三人は冷静に屍を観察していた。
柳花は屍の側に座り目をつむり屍の額の上に指を二本出した。指先から目で見える電波のような霊力で探っている。
(あれが霊力を使う仙術というものなのかな)
謝砂は目が覚めてから見えなかったはずのものがこの世界にも適応したのか姜が送ってくれた霊力を感じてからというものサングラスをはずしたように鮮明になっていた。昔に封じていた霊感があふれだしたように敏感になっている。
「残像が見えません。血や生気を吸う妖獣や邪霊の類ではないようです」
「魂ごと吸われたのか。魂を喰うのは上級だ」
柳鳳が答えた。
「食魂獣なら普通は体も食べるのに美食家だな」
「爪がえぐれてる。老三が聞いたとひっかく音ってこれじゃない?」
姜は倒れている手の爪を指さした。こわばったまま固まっている。
(物騒なことを聞えるようにいわないでくれないか)
声に出して文句も言えずにぐっと震えに耐える。両手を合わせて握り締めるがブルブルと小刻みに震えてる。
「ふっ」
隣で爛が小さく咳込むように笑った。
口元を隠し目を反らすが明らかに謝砂を見て笑ったようだ。
(今更笑われてもなんとも思わないさ)
「一人だけじゃないはずだ。他にもいるはずだがどこに消えたんだ?」
柳鳳は辺りを見回すが気配は感じられないようで視線をまた横たわる屍に戻す。
「服も所々擦り切れてる」
生身の死体ではないのでその屍は作りもののようで現実味がなかった。その屍に煙が入りかすかに指が動く。
謝砂の反応が素早く爛が剣を抜いたのと同時にすっと手を伸ばして柳花の腕を引っ張った。
「離れなさい」
謝砂が引っ張ったのと同時に爛が言った。すぐに姜と柳鳳も離れて構えた。
人と人ではない物の区別もつく。煙や人じゃない存在が見えてしまっていた。
腕を引っ張ったまではよかったのだが、力の調整ができずに謝砂は足がもつれて尻もちをつく。
頭を通さず勝手に口から出た言葉だったが反応は早かった。
屍は生き返ったように柳花の首を狙って手を出した。
すばやく爛が呪符を飛ばすと手に張り付きパンと衝撃でその手は爆発したが、封じ込めず呪符は燃えつきる。
もう片方の手を伸ばして再び襲ってくる。
柳花は自分で剣を抜きその腕を切り落とし謝砂を起こした。
どさっと地面に落ちた腕を見てしまい柳花を掴んでいた手はすでに力が抜けていた。
「傀儡?」
「「「うぉぉぉ」」」
なんとも言葉にならない叫び声のような雄たけびのような声が屋敷に響いた。
部屋の中や廊下からも屍が足をぎこちなく動かせて一斉に襲ってくる。顔は青白く目も白いがさっきの屍と明らかに違うのは吸われているのが魂だけで屍の体が干からびてないことだ。謝砂にとっては恐怖が倍増し涙も引っ込んだ。
「キョンシー!」
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