第一章 第三話 『御影島』
※なろうの方での最新話作成に手間取り、投稿が遅れました。1日毎に3~4話程度を投稿ペースにしていきます。
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「疲れた……」
船を下りるまで、リクと鬼ごっこを繰り広げていた修二は項垂れていた。
午後四時過ぎ、御影島へと向かう船は無事、目的の島へと到着した。
今日は移動に一日を費やす予定だったので、ここからホテルへ直行することとなる。
「なんだ? あの人がかり」
鉄平がそう言って見ていた方向には、異様なほど人が集まっていた。
それは、何か事件でもあったのかと言わんばかりの人の数だ。
「碓氷さん。あれ、何かあったんですかね?」
「あれは予防接種にきた島民が待機していますの。この島は、病院が小さい診療所しかなくて、インフルエンザや肺炎のような重度の病気にかかると、どうしても本島からの応援に時間がかかってしまいますし……、ですので気休めのようなものかもしれませんが、島民全員が受けていただく様、今年は動いていますのよ」
「島民全員……」
別にそこまでおかしい話ではない。
事実、修二達が本島からこの島までの距離を船で移動するだけで半日を費やしたのだ。
一刻を争う状況ではどうしても予防の策をとるというのも頷ける。
と、納得しかけていた修二であったが、碓氷は続けるようにこの事態の原因を語ろうとしていた。
「昨年、畑仕事をしていたおじさん達が野犬に噛まれたことがありまして。その時に噛まれた全員が人を襲いだしましたの。診断結果は重度の狂犬病。それ以外にも周辺の地区で急病死した患者もいて、色々なことが重なったことで、島民の不安感が増して予防接種のワクチンを定期的に打つことになりましたの」
「狂犬病……ってことは、俺たちもその野犬に噛まれる心配があるかもしれないということですよね?あまり別行動とかとらない方がいいですか?」
「いえ、野犬は全て射殺されております。この島にはペットとしての犬しかいませんから問題はありませんよ」
「射殺……ですか」
修二にとって人が死ぬこともそうだが、生き物の死については慣れていない部分があった。
物心つく前に病気で亡くなった母のことも、覚えてることはほとんどないが、死が身近にあると思い込んでしまいがちであったのだ。
「心配しなくても、もうこの島には危険な動物はいませんわよ。――もう一年前の話ですから」
碓氷は微笑みながらそう言って、この島に危険はないと説明してくれた。
だが、取っ掛かりがあるといえばある。
もう危険がないと言うのならば、ワクチンを摂取する必要はないのではないのか? という単純な疑問が――。
「修二ー、早くいこうぜー」
スガの声で我に返った修二は、忘れるように首を振った。
今日は皆で旅行を楽しみにきたのだ。
重たい話に気を取られていれば、せっかくの旅行も楽しめなくなるだろうと、そう考えていた修二は心を入れ替えるように碓氷へと向き直り、
「すまんすまん。じゃあ碓氷さん、ホテルの方まで案内していただいていいですか?」
「ええ、ごめんなさいね、少し重たい話になっちゃいまして。では行きましょうか。ここから五分もかかりません場所ですわ。あそこに大きな建物が見えますでしょう?」
「いや、すごっ!」
碓氷が指を差した方向を見ると、泊まる予定のホテルがそこにあった。
修二が驚いたのは、まるで都会にありそうな豪勢なホテルだったからである。
この辺境の島に似つかわしくなさそうなそのホテルを見て、修二は眉をピクピクさせていた。
「というか、これタダで泊まれるってどんな旅行券だよ」
と、修二は自分の父親に対して、本当にどうやって手に入れたのか問いただしたくなる思いであった。
「せめて、国民の税金的なヤバいやつじゃないことを祈ろう……」
修二がそう考えていたのは、父が警察官であったからだ。
一年に一度、予算の余りだかなんだか良く分からない食事券を渡されていたりし、親子二人でたまに食事しにいくことがある。
その時にこっそり国民の税金的なことを聞いたので、二度といかなくなったが、今回もそうなら一言言って欲しかったものである。
「ねぇ、修二。明日は皆、自由行動なんだよね?」
修二がホテルを見て呆気に取られていると、後ろにいた美香が小さい声で修二へと話しかけてきた。
自由行動も何も、特に学校のような制限をかけた全体行動などは考えていなかったので、予定もこれからというところではあったのだが。
「そうだなぁ、一応そのつもりではいるかな。碓氷さんにも、ホテルまでの案内で大丈夫とは伝えているしな」
「じゃ、じゃあさ、明日行きたい所あるから、時間ちょっともらえたりしないかな?」
美香はそう言って、上目遣いで聞いてきた。
どこか面白そうな観光スポットでも見つけたのかと思った修二は、親指を立てて、
「お、いいね。スガとかリクも呼ぶ? あっ、でもスガは椎名の件もあるしなぁ」
スガは椎名のことが好きと言っていたので、何かしら椎名に対してアクションは起こす気ではいるだろう。
その時に邪魔することになれば、それはそれで罪悪感がある為、容易に誘うのは良くなさそうだ。
そう考えていた修二だが、次の美香の言葉でフリーズすることになる。
「えっと、二人きりじゃダメ、かな?」
美香は顔を赤らめてそう言った。
一瞬、時が止まるかのような感覚に陥り、修二は顎に手を当てて考え込んだ。
どうしよう……さっき恋愛トークをしてたわけだがら、どうしても誘ってるようにしか感じない。
恋愛経験がない俺には、今の美香が考えてることが分からない……。
スガ、リク、誰でもいいから俺に教えてくれ下さい。
……最悪、鉄平でもいい。
あまり頼りたくない鉄平の名を出して考えていたが、考え込んでも仕方ないので、特に断る理由もない修二はその目を泳がせながら、
「あ、あぁ。俺は良いけど、二人でいいのか?」
「っ! う、うん! 二人で! 話したいこともあるからさ……」
余計に混乱させるようなことを話されて、修二は更に目が泳いでしまった。
いつもの男らしい雰囲気はどこにいってしまったのだろうか。
しおらしい顔で、美香は了承を得たからか嬉しそうな表情をしていた。
「ちょっとだけでもいいの。修二も明日は予定いれてるだろうし、後でまたメールもらってもいいかな?」
「わ、わかった。すぐ連絡するよ」
「待ってるね!」
ぽんっと修二の腕をタッチして、美香は足早と白鷺達の方へと戻っていった。
話したいことってなんだろう。告白とかだったら心臓バクバクなんだが……というか現在進行形で。
意味深なことを話された修二は、いつもと様子が違う美香に戸惑いを隠せなかった。
「若いですわねぇ」
と、この一連の様子を黙って眺めていたのか、碓氷さんが真後ろからちょっかいをかけるように声をかけてきた。
「ちょっ聞いてたんですか!? 盗み聞きはやめてくださいよ……」
「あら、聞こえる位置で話をしていたのだがら仕方ないですよ。ふふ」
すぐ側にいたことに気づかなかったのは修二の落ち度だったが、それにしても少しは気を使ってもらえないだろうかとさえ感じた。
ただ、このモヤモヤとした感情を少しでも晴らしたいと考えていた修二は、助けを求めるように碓氷へと尋ねようとした。
「碓氷さんはどう思いますか?」
「そういうのは本人に聞いて下さい。デリカシーのない人になりたくないですから」
欲しい答えが手に入らず、修二も「ぐっ」と唸り、碓氷の言うことが正しいことを諭される。
ただ、こう答えるとなるとやはり美香は修二のことが好きなのかという線を疑うことになるのだが、今は後回しである。
「すみません」
「そうですそうです。楽しみですねぇ。明日……いや、今夜は……」
最後の方が聞き取れなかったが、碓氷は、艶かしい表情でそう言った。
「碓氷さん?」
「いえ、ごめんなさいね。ほら着きましたよ。ここがホテルとなります。チェックインを済ませましたら、後は明日からのガイドとなりますが、帰りの便まではもう大丈夫なのですよね?」
「はい。この大人数ですから、それも考えましたが、やっぱり皆自由に動いてもらおうかと思ってまして」
「いえいえ、構いませんよ。それでは、明日以降もお楽しみ下さいませ」
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
修二はペコリと頭を下げ、碓氷とはここで別れた。
空は暗くなりつつあり、夕日が海の地平線へとゆっくりと落ちていっていた。
修二達は、父から貰ったチケットを使えるホテルの中へと入っていく。
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