第一章 第七話 『生存能力』

 もう、周りには修二のクラスメイトは誰一人として残っていなかった。

 ただ一人になった修二は、後方のホテルから出てくる化け物が三人。前方からくる、この島の島民らしき化け物が二人。計五人の化け物と対峙することになっていた。


「あの化け物どもはなぜか分からないけど、死なない。いや、死んでいるんだが、必ず立ち上がる。倒せないならば、時間を稼ぐんだ。椎名と世良が、あの遠くの屋敷に辿り着くまで……!」


 やることは明確だった。

 ある程度襲われない距離で、遠目に椎名達を確認しつつ、修二は動く。


 修二はもともと、サッカー部に所属していた。

 高校一年の時に、ポジションを無理矢理転向させられたことと、監督のやり方が嫌だったことで辞めてしまっていたが、彼は辞めてからの運動は怠っていなかった。

 体力に関しては問題はない。

 動体視力に関しても、彼は父からお墨付きをもらうレベルの一級品だ。

 まさか、それが役に立つ時が来るとは思いもしなかったわけだが。


「てめえらが、てめえらがスガや福井を殺したんだろ?」


 その手に持つ鉄パイプでもう一度二人を叩き飛ばして、修二はホテルの職員の三人を睨みつける。


「絶対に許さねえ。もうこれ以上、誰も死なせてたまるかよ!」


 怒りをぶつけるように、修二は向かってくる化け物達へとその敵意を向けた。

 しかし、化け物達はまるで聞こえていないように、ただ何も応えず、呻き声を発するのみで会話にならない。


 修二が、美香の件に関して言及しなかったのは訳があった。

 あれは化け物の仕業とは思えないと感じていたのだ。

 この化け物達はさっきからずっと、武器も持たずにただ素手で修二へと襲い掛かろうとしている。

 それを踏まえて、美香に関してだけは凶器による殺害だという確信を持っていた。


「ーーーーっ」


 その時、修二は一人のホテルの職員の胸の辺りを見た。

 ある違和感は感じていた。白鷺は部屋の鍵を持っていた。

 つまり、合鍵が必要になる以上、あのロビーの事務室には必ず入らないといけない。

 そして、必ずいるであろうホテルの職員をなんとかしないといけないことも。


 ホテルの職員の胸には、銃で撃たれたらしき穴があった。

 ギリギリ脊髄に当たらない、心臓を狙って撃った跡があり、それが修二にとって確信を得るきっかけになって唇を噛んだ。


「やっぱり……、人間の犯人がいるってことかよ……っ!」


 改めて確信を持った。

 ここにいる化け物達と、何故か繋がらない携帯や切られた電話線も、それを引き起こした首謀者は必ずいる。

 だが、修二はこの状況に関して疑問点が幾つもあった。


 なぜ、死んでいるはずの者が動き、人を襲うのか。

 なぜ、修二達以外の生きている人がいないのか。

 なぜ、わざわざ犯人はこの状況を作り出したのか。


 考えれば考えるほど疑問が尽きないが、ゆっくりと近づく化け物達を見て、首を振った。


「――今は、考えるのは後回しだ」


 今は戦闘中で、命懸けのことをしているのだ。

 余計なことを考えて、無駄に命を捨てるわけにはいかない。

 後ろの化け物二人が、まるで何事も無かったかのように立ち上がった時、遠目に椎名達を見た。


 十分な距離だ。

 こいつらを倒したとして、全速力で走ればなんとか時間は稼げる。

 一人ずつ確実に叩き倒せば、起き上がるまでにラグはある。

 まずは後ろの二人から叩き倒す。そこから一人ずつ……一人ずつだ!


 と、修二は鉄パイプを両手に持ち、立ち上がった後ろの二人の内、一人の頭を力いっぱいに叩きつけた。


 鈍い音が鳴った。

 まるで、頭蓋骨が割れるかのような嫌な感触が手に残る。

 修二はその時、気づいた。

 彼らは元は人間だ。人など殺したこともない修二は、その一発の重みが手に嫌な感触を残して、次の一発を躊躇ってしまった。

 それが、致命的な隙を生み出してしまう。


「――しまった!」


 すぐ近くにいた化け物が、修二の肩を掴む。


「っ! くっ、離せっ!!」


 引き剥がそうとするが、化け物は離さない。その口を大きく開け、修二に噛みつかんとしている。

 そうしている内に、ホテルの職員の三人も近づいてきていた。

 このまま将棋倒しにもたれかかられたら、修二にはもうなす術がなかった。

 およそ、死人とは思えない力で修二を掴む化け物は何をしても離れない。


「ちっくしょうが! こんなところで死ねるかよ! 離せ!!」


 焦りを感じて、修二は死を予感した。


 福井やスガがあった目に自分もなってしまうのだと、そう予感したのだ。

 福井は、化け物達に噛まれてあのような状態となった。

 推測でしかないが、噛まれればダメだということだけは確信を持っていたのだ。


 走馬灯のように、修二は状況を打開すべく、頭の中を過去の記憶が擦り切れるほど回転していく。



 そして、ここにいない父の言葉を思い出した。


△▼△▼△▼△▼△▼


 それは、修二の父である笠井嵐と海外に旅行していた時のことだ。

 あまり乗り気でなかった修二は、父にとある場所へと連れていかれた。

 そこは射撃場であった。

 なんと物騒な場所に連れてこられたのかと、不満な顔をしていたが、父はご機嫌な様子だ。


「よし、修二。あの的を狙って撃ってみろ。あっ、でも父さんは撃つなよ! 死刑になっちまうぞ」


 ふざけた調子で、そんなことを言う父をしばきたくなったのは懐かしい。


「そんなノーコンじゃねぇよ! てかいきなり連れてきてなんだよこれ! いいのかよ、日本人がこんなことして!?」


 当時、まだ中学生であった修二は、お国柄の法律等にまでは詳しくなかった。

 そんな修二の問いかけに対して、父は気にすることもなく拳銃を手に取って、


「ここは問題ないよ。むしろ体験する意味での観光スポットみたいなもんだ。知らないか?」


「銃刀法違反とか言って怖い人でてこねえだろうな……」


「ここが日本ならそりゃアウトだな。大丈夫大丈夫。ここは日本じゃないんだ。遠慮なくとりあえずやってみろ。ほらほら」


 急かすように、父はそう言って人生で初めて見た拳銃を修二へと渡そうとした。

 修二は、渋々渡された拳銃(実弾入り)を持ち、動かない的を狙おうと照準を合わせる。

 耳栓がキツく入った状態で、父が側で大きな声でアドバイスをした。


「修二! まずはあの的のどこでもいいから狙ってみろ! 初めはどこでも当たれば上々だからな!」


 簡単に言う。と、修二は重い拳銃で照準を合わしつつ考えていた。

 的との距離は大体、数十m程度であり、木製でできたような人型の的であった。

 心を入れ替え、修二は集中するように目線と拳銃を合わせるように持つ。

 そして、肩と腕、持ち手の部分を固定するように力を入れて、引き金を引いた。


 ドンッと、耳栓をしていても響く音と、撃った反動に修二は痛そうな素振りを見せた。


「意外とキッツイなこれ。ドラマや映画で簡単に撃ってるのは見てたりしてたけど、俺には難しいわ」


 初めての実銃での発砲の感想を述べていた修二だが、父、嵐の表情は驚きに満ちていた。


「修二、お前これ狙ったのか?」


 そうこぼした父の言葉に、修二も的がある方向を見た。

 修二が撃った箇所は、的の胸の心臓部分を貫いていたのだ。

 確かにその箇所を狙って撃ったが、自分でもビックリしている。

 あまりにピンポイントで、寸分の狂いなく命中していたのだ。


「もう一度やれるか? 次は的の頭の部分だ。やってみてくれ」


 興味もあったのだろう。真剣な顔つきで話す父のご希望通り、修二はもう一度照準を合わせて、発砲した。


「っ! マジかよっ!」


 父は、苦笑いするかのように、その光景を眺めていた。

 狙い通り、修二の撃った箇所は頭のど真ん中を貫いていたのだ。


「修二、お前これとんでもない才能だぞ。今なら軍人さん目指せるんじゃねえか? お前自衛隊入れよ」


「嫌だよ。なんであんな地獄みたいな訓練しなきゃならねえんだ。俺は平穏に暮らしたいの」


「ちぇっ、もったいねぇな」


 いくら銃が使えるとはいっても、それだけのスキルでやっていけるほど甘い世界じゃないことは、修二も分かっていた。

 そもそもそういうことは、国を守りたいだのといった志を持った人間がやればいいのだ。


 そうして、修二は持っていた拳銃を置いた。

 拳銃を撃った反動で、若干手に痺れが入っていたので、さすがにこれ以上撃つのは勘弁であったのだ。


「なぁ修二」


 父は、修二が置いた拳銃を拾い、それを構えてみせた。

 次の的は、ベテラン用のものだ。

 左右に高速に動き回り、照準が合わせにくいものになっていた。

 さすがに、修二でもこれを当てるのは難しい。


「俺はお前の父親だからな。こんなふうに、もしかしたら日本が世紀末ヒャッハーみたいな世界になって、お前の身に危険だって起きるかも知れねぇ」


「世紀末ヒャッハーってなんだよ」


 修二がツッコむが、気にせずに父は続けた。


「そん時は俺が必ず助けにいってやる。お前は俺と真奈の一人息子だからな。どんなことをどんな犯罪に手を染めようともだ」


 真奈とは、修二の母のことだ。

 修二も直接、顔を覚えていなくて、物心がついてから写真で見て知った、たった一人の母であった。


 父は、持った拳銃の引き金を引き、再び発砲音が鳴り響いた。

 父が撃った弾丸は、左右に動く的の頭のど真ん中を撃ち抜いていた。

 それは、修二も驚くほどの命中率で、恐らく同じように修二がやってもできない技術だった。

 そして、父は拳銃をその場に置き、続けるように修二へと面と向かって言った。


「だから、お前がもしも俺と同じように守りたい存在がいて、その人が危険なら、どんなことをしてもいい。どんな手を使っても守ってやるんだ。例え、周りの誰もがそれで敵になっても、俺はお前の味方でいてやるよ。だから、もしもそん時がきたら、遠慮なくいけ」


 ――守りたい存在。その言葉は、自分には関係のないものだと、修二は当時考えていた。

 犯罪に手を染めるなんて状況、ごく普通の中学生には縁がないだろうと、そう考えていたのだ。

 まして、日本のように平和な国で、修二はそんなことが起きる筈がないとも思っていた。


 でもそんなことよりも、父のその言葉が、味方でいてやると言ってくれたその言葉は、何よりも修二の心に残り続けていた。


△▼△▼△▼△▼△▼


「うっ、あああああっ!!!」


 叫び、修二は右手に持っていた鉄パイプを、化け物の口の中へ勢いよく突き刺して、貫いた。

 血が修二の頬や髪に飛び散っていく。


 化け物は、離さなかった手から力が抜けて、修二の肩から手を離した。

 すぐさま、化け物の口から鉄パイプを抜き、近くにいたホテルの職員の化け物の足を狙う。

 一人は、足が半分食いちぎられていたのだろう。

 歩くのもギリギリなもう一本の足を狙って、修二は勢いよく鉄パイプを振り抜いた。


 骨ごと折れたのは、音で分かった。

 それでも痛みを感じていないのか、足が使えぬなら手でと、這いずってでもその化け物は近づこうとした。

 だがこうなればもう怖くはない。


 数が減り、残り三人となった化け物を睨みつけ、修二は一人ずつ相手にするように位置を変えていった。

 今度こそは迷わなかった。

 遠心力を利用して、回転するように修二は化け物の首を狙って、直撃した化け物の首が曲がってはいけない方向へと曲がってしまう。


「うおぁぁぁあぁあっ!!」


 そこからはすぐだった。

 同じように首を狙い、避ける動作もしない化け物はそのまま倒れて完全に動かなくなる。

 最後の一人も同様で、倒れ伏したと同時に、修二は持っていた鉄パイプの先を地面につけた。


 おびただしいまでの血が地面に染まっていた。

 まだ息がある化け物がいたが、動きが鈍かったので修二は何もしなかった。

 ただ、胃液が逆流するかのような吐きそうな感覚が襲いかかり、思わずそこで吐いた。


「はぁっはぁっ!!」


 完全に制圧した修二は、自分に言い聞かせるように口を開いた。


「守るんだ……」


 もはや、誰と誰の血かも分からない血に染まった地面の上に立ちながら、決意を心に秘める。

 一つの目的を掲げ、そのためにどうすべきか。

 明確な指針を自らに課し、動きだそうと歩を進める。



「生き残らなきゃ……!」


 守るために、生き延びる為に、笠井修二はその両の足で再び動き出していく。

 血に濡れた手が、ここまで不快に感じるとは思いもしなかった。


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