第一章 第六話 『連鎖する感情』

 福井実里は、クラスの中でも静かな部類の女の子だ。

 特に読書が好きということで、他人とのコミュニケーションを取ることは少なかったが、椎名とは良く喋っていた方だと言える。


「ど、どうして……」


 福井の死体は、美香とは全く違う死因だった。

 髪をポニーテールに仕上げていた彼女の髪はボロボロに崩れていた。

 瞳孔は開いたままとなり、身体は至る所に抉られたかのような傷跡がある。


「な、なんでだよ!? 福井!」


 修二はとっさに福井の元へ寄り、その身体を揺さぶった。


 だが反応はない。

 脈を指で押さえて測ってみたが、やはり止まっている。

 多量の血を零しながらも、福井はここまで歩いて、力尽きたのだ。


「どうなってるんだ。なぁ、リク……」


「わ……からない。とにかく、ここから電話機を使って警察に連絡しよう。優先はそっちだ……!」


 力無くして呆然とする中、リクは側にあった電話機で警察へ連絡しようとする。

 しかし、いくら掛けても電話に出る様子はない。


 「どうなってるっ!? 携帯も圏外だったのもそうだけど、今度は電話線が切られてやがるぞ!」


 もう訳が分からなかった。

 クラスメイトの死を連続で目の当たりにし、頼る大人はどこにもいない。

 外部への連絡もできないでいて、途方に暮れていた修二はその時、初めて恐怖を感じた。


 俺たちはこのまま何者かに殺されるのか……?


 呆然とする修二を他所に、リクは奥にある部屋に向かい、ほかの電話機を探しに向かった。


 その時、ロビーの方から物音が聞こえた。

 それは、人の歩く音だ。

 誰かが外にいることに気づいた修二は、リクを呼ぼうとするが、その手に握られた鉄パイプを見て考えを変えた。


 この事態を引き起こした犯人かもしれない。


 そう考えた修二は、心の中の怒りが沸々と込み上げてきた。

 美香を、そして福井を殺したかもしれない犯人がそこにいるのかもしれないのだ。


 リクの助けを呼ばずに、修二はその鉄パイプを持ってロビーへと飛び出た。


 だが、そこには誰もいない。床を見ると、さっきはなかった新たな血の跡があった。

 血の跡は外へと向かっていた。

 その方向を見ると、自動ドアの先にいなくなっていたスガらしき背中が見えた。


「スガ!!」


 驚いた修二は、その後を追いかけた。

 探していた友人の姿を見て安心したのだ。

 何も考えずに、彼はその背中を追いかけた。

 自動ドアが開き、スガの姿が見える。


 あれは間違いなくスガだ。なぜ外に出てるんだ、あいつは。

 すぐに戻ってこなかったこともあるし、本気で怒鳴ってやる。


 と、修二は、嬉しさ反面にいたが、気づいていなかった。

 彼が自分の名を呼ぶ声に反応しないこと。今も垂れ流す、その血の跡も。


「スガ、何してんだよ。早く戻ってこい。鉄平はどうしたんだ? お前一人なわけないよ……な……」


 修二の声に気づいたスガは、修二の方へ振り向いた。

 そこでようやく、修二はスガの異変に気付いた。


「嘘だ……」


 それは、明らかに生きているとは言えなかった。

 目は虚ろとしていて、腹部からはでてはいけない臓物がでてきており、足は骨の断面が見えるくらいにその部位を失っていた。


「ありえない……どうしてっ!」


 スガは、足を引きずり、こちらへと向かってくる。

 生きているはずがない。それは確かだった。

 だが、修二は動けずにいた。

 訳の分からない状況で、目の前の状況に理解が追いつくことはできなかった。


「なんで、なにがあったんだ! スガ!!」


 修二が問いただそうとしたその時、スガが両手を修二の方へと向けて、そのまま襲い掛かってきた。

 やられるがまま、修二はその場に突っ立っていたその時、リクが横からスガをおもいっきり蹴飛ばした。


「何ボサッとしてんだ!」


「え?」


 スガは勢いよく蹴り飛ばされて、頭から地面に叩きつけられる。

 なんの躊躇もなく、スガを蹴飛ばしたリクに修二は戸惑っていた。


「明らかにあいつはお前を襲おうとしていた! あれがスガなわけないだろが!」


 そんな筈がない。あれはスガだ。俺の大切な友人だ。耳についたピアスも、服装もさっき別れた時と全く同じなんだ。


「死人がなぜ動くんだ……!」


 リクが言っている言葉を聞くこともできず、修二はただ呆然とするしかなかった。

 スガらしきその異形の生物は、もう立つこともできずにこちらへ這いずってきている。

 なんの執念なのか、その動きは真っ直ぐこちらへと向けられていた。


「クソ……っ!」


 リクは持っていた消火器を手に、それを上に持ち上げた。


「ま、待てよ! リク! 何をする気だ!?」


「決まってんだろ! こいつの息の根を止めるんだ!」


「何とち狂ってんだ! スガだぞ!? 俺たちの友人だろ!? なんでそんなこと!」


「もうこいつは生きちゃいない!! こんな化け物がスガの筈ねえだろうが!! このまま放っといたら、残ってる皆にも危害が加わるかもしれないんだぞ!!」


「そんなことはわかってる! でも、だからといって殺す必要はねぇだろうが!」


「だから……もう死んでるってのがわかんねぇのか!!」


 ドンっと肩で強く押され、修二は後ろに倒れた。

 リクはその隙に消火器を持ち上げ、目の前まできていたスガを見る。


「やめろ!! やめてくれリクっ!」


 修二が、声にならないくらいに叫ぶ。

 リクは泣いていた。分かってはいた。もう死んでいてもスガはスガだ。

 それを陥れるようなことをリクだってしたくない。だが、まだ生きている他の仲間達のことと天秤に掛け、その上での行動であることも知ってのことなのだ。


「うああああぁぁぁっ!!」


 リクは、持ち上げた消火器をおもいっきりスガへと叩きつけた。

 グチャッ、と鈍く生々しい音が響き、スガらしき生物は完全に動かなくなった。


「はぁっはぁっ」


 リクは膝をついた。

 自分が何をしたのか、その手を見つめて、


「俺が、俺がやったのか? なぁ……修二?」


 もう修二にも何も考えることができなかった。

 既に、三人のクラスメイトの死を見てきた。

 二人とも、もう精神的に限界を超えかけていたのだ。

 特にリクは手をかけたこともあり、もう限界寸前であった。

 本当はリクも分かっていたのだ。

 生きてはいなくとも、あれがスガであることは間違いないことに。

 ただ、修二や他のクラスメイトにとって危険であることに対して、どうにかしたいという想いが強かった結果があれなのだ。


 我を失いそうになる中で、この最悪の状況が更に悪化することを恐れた修二は、まだ生きているクラスメイト達のことを思い出して、


「戻ろう、皆がいる部屋に。もう時間が経ちすぎてる」


 掠れそうになるほどの声で、修二はリクに提案する。

 黙って頷いたリクの肩を持ち、修二はホテルの中へと戻っていく。


 ロビーに戻ったところで、十五分以上経ったのだろう、クラスメイトの皆がゾロゾロとフロアに集まっていた。


「修二、リク! 無事だったのね!」


 椎名が修二達を見つけて、安心するかのように走って駆け寄ってきた。


「どうやら大丈夫そうだな、どうだ? 何か分かることはあったか?」


 リュウは修二達に問いかけたが、修二達は答えることができないでいた。

 その様子に、首を傾げるリュウであったが、それでも答えることができない。


「どうした? 何があったんだ? えらくやつれてるようだが」


 リュウが続けるように疑問を投げかけるも、修二達は押し黙っていた。

 話すことはたくさんある。

 だが、それを話すには彼らにとって酷であると共に、信じてくれるとは思えなかったからだ。


 福井とスガが死んでいたこと。

 それだけでも、今の精神的に消耗した皆に話せる状況にない。

 まして、スガが死してなお動く異形の生物として襲いかかってきたことなど信じてもらえるはずがないと、修二は自分の胸中でどうすべきかを逡巡していた。

 だが、そんな修二を気遣ったのかリクは修二の前へと出て、


「皆、話があるんだ」


 リクは皆の顔を見て、説明しようとした。


「まず、落ち着いて聞いてくれ。ロビーが無人であることについてだが……見ての通り、職員も誰もいなかった。電話についても同様だ。携帯が圏外になっていることや電話線は切られていたことから、外部への連絡ルートが完全に断たれている状況だ」


 リクの説明に、皆の表情が曇っていくことがよく分かる。

 今だからこそ分析できたことだが、そもそも、この状況が人為的なものに引き起こされたことは疑いようがなかった。

 起きたこと全てが、明らかに修二達にとって不利な状況だった。

 このロビーにいることでさえも、今は安全とは言い切れなくなっているのだ。


 皆の様子を気にすることなく、リクは続けて説明しようとした。


「それと、スガと鉄平、ほかの行方不明の四人についてなんだが……スガと福井については見つけたんだ……」


「リク……」


「でも、もう間に合ってなかった……二人とも、いや、スガに関しては俺が……俺が……」


 殺したと、そう言おうとするリクを止めて、修二は代わりに伝えようとした。


「福井もスガも、もう俺たちが来たときには死んでいたんだ。美香とは違う、死に方だった……」


 あくまで嘘はいっていないように説明した。

 スガはもう死んでいた。そして、その死体が動いていたこと。リクがとどめを刺したこと。

 そこについては触れないように。


 それを話したところで、信用されるかどうかも怪しいのだ。

 スガの状態は明らかに、自然現象を無視したかのようなものだった。


 皆の反応は、聞くまでもなく同じだった。


「そんな……」

「菅原が……」

「これからどうしたらいいんだ」


 椎名だけでなく、他のクラスメイト達は皆、そのことを聞いて動揺していた。

 予想通りの反応であった。

 不安の気持ちが皆の心中を漂わせる中、リュウだけが修二達へと顔を向けて、


「犯人は見つからなかったのか?」


「いや、犯人どころか、凶器もなにも見つからなかったよ。何より不可解なのは、凶器が銃だけではないことだ」


 福井とスガの死因は、明らかに銃以外の何かだった。

 それも、刃物や何か硬い物をぶつけられたとは違うようなそんな感じがした。

 引きちぎった、とは違うのかもしれない。どちらかと言うと、あれは食いちぎられたような、そんな風に見えたのだ。


 だが、二人の死体は酷似的な部分もあった。

 それが、修二の中で違和感となっていたが、何かが引っかかっていた。


 修二は、二人の件についてもそうだが、まずは一刻も早く人がいる所へ行く必要があることを考えていた。

 とにかく安全な場所へ行かなければ、ここにいる皆に危機が及びかねないからだ。


「皆、とにかくこのホテルから――」


 ホテルからの移動を提案しようとした修二は、皆が驚いた表情をしていることに気づいた。


「福井さん?」


 太一が、ふとそう言った。

 何を言っているのかとさえ思った。

 福井はロビーの奥の事務室で死んでいたのだ。

 このロビーに彼女がいるなど、ありえないはずである。

 嫌な予感が背中を駆け巡り、修二は振り向くことがすぐにできなかった。

 だが、スガのことが頭に過り、すぐに確認しようと恐る恐る振り向いた。


 ロビーの奥の事務室の扉から、全身傷だらけの福井が歩いてきていたのだ。


「なっ!?」



 福井は、およそ普通の人間ならば痛くて動くことも難しい、体中に裂傷があるその状態で動いていた。

 まるで、スガと同じようなそんな雰囲気を彼女はしている。


「福井ちゃん!? 大丈夫!?」


 椎名が呼びかけ、福井の元へ駆け寄ろうとしていた。


「ダメだ! 椎名!!」


 修二が椎名を止めて、近づかないようにさせる。

 普通の人間ならば、負傷者としてすぐにでも手当てをすべき状況だ。

 だが、それを出来ない理由は修二自身が一番良く分かっていたのだ。


「何を言ってるの修二!? どう見ても重傷だよ、福井ちゃんは! 早く手当てしてあげないと!」


 椎名は修二の手を離そうと、もう片方の手で必死に離させようとしていた。


 椎名達はスガの件を知らない。

 福井は死んでいた。脈がなかった。それは間違いない。

 そして、福井の様子がさっきのスガと似ていること。それが修二の中で嫌な予感が止まらなくさせていたのだ。

 もしも、修二のただの勘違いで、実は福井が生きていたという可能性に少しでも賭けようとこちらへと近づく福井に問いかけようとする。


「……福井、聞こえるか? 聞こえるなら止まってくれ」


「…………」


 それでも、彼女は止まらない。

 福井は修二達の方へゆっくりと近づいてきていた。

 その足取りは、先ほどのスガのように、フラフラとしており、いつ倒れてもおかしくないほどであった。

 それを見ていた修二は、より一層心に焦りを感じつつも――、


「頼むよ、お前は生きてるわけがないんだ……! 脈も測った。確実にお前は死んでいたはずなんだから!」


 福井はそれでも修二の言葉を聞いていない。虚ろとなったその目は、スガと同じ目をしていた。


「離して修二! 早く助けないと!」


 椎名は修二の止める手を離そうとしたが、離すことができない。

 当たり前だ。そんな危険な賭けに、修二が乗れるわけがないのだから。


 そうこうしてる間に、福井はこちらへと近づいてきていた。


 ――もう、あと三メートルもないところまで。


「クソ! ダメだ! 皆離れろ!」


 リクが前に立って、修二達を守ろうとしていた。

 唯一、事情を知っているのはリクだけだ。

 修二と同じように、福井に対して嫌な予感を感じているのだろう。


 だが、それでも皆は混乱しているのか、その場から動けずにいた。


 マズイマズイマズイ……っ!!

 皆状況がわかっていない。次の犠牲者なんてもう出したくないんだ!



 苦悶しながら対抗策を探ろうにも、もうすでに遅かった、

 福井がリクの目の前まできたところで、彼女はリクに手を伸ばし、歯を剥き出しにして襲いかかろうとしたその時、


「リク!!」


「どけぇぇぇぇ!!」


 叫んだと同時、修二の後ろから走ってきた鉄平が、リクを庇った。

 鉄平が庇った瞬間、福井にその腕を噛みつかれることとなってしまい、場は更に混乱を引き起こす。


「きゃぁぁぁ!!」


 女性陣は状況が分からず、福井のその行動に驚き、叫ぶ。


「鉄平!!」


「く、そが! 離しやがれ!!」


 鉄平は、噛みついて離さない福井の腹に足を入れて蹴り飛ばした。

 躊躇なくそうした鉄平は、抉れたように傷を負った腕を抑えながら、皆の方を向いて、


「いてぇ……クソっ、皆逃げるぞ!」


 鉄平が状況を理解していること。どこにいたのか分からないが、鉄平の言う通り、今は逃げることが先決であった。

 だが、そんな余裕すらも状況は許してはくれなかった。


「え? ちょっ、なに?!」


 白鷺が何かに驚くように、奥の階段の方を見ていた。

 そこにはホテルの職員の姿をした者が三人いる。

 だが、三人とも生きている状態とはとても思えない姿形をしている。


 一人は、胸の心臓部分に穴があいており、そこから血を垂れ流した状態でいた。


 一人は、スガと同じだ。全身におびただしい程の傷痕が残っており、まるで引き裂かれたかのような腕をしていた。


 一人は、顔に片目が残っていない。乱れたスーツ姿に、片足はもうほとんど残っていなかった。


 そして、その三人はもの言わずして、修二達クラスメイトの方へと歩いてきている。


「ヤバい……もうきやがった! 逃げるぞお前ら! あいつらも福井ももう生きちゃいない! 死人が動いてるんだ! ホテルから出て、安全なところに逃げるぞ!」


 鉄平がそう言った時、皆もさすがに危険と感じたのか、一目散に動いた。

 自動ドアが開き、固まるように全員が外へ出て行く。

 修二は、ホテルから出たところで安否を気遣うように鉄平を呼び止めた。


「鉄平、大丈夫か!? お前、今までどこに行ってたんだよ!?」


「ロビーに、スガと行ったんだ。その時、あの血の跡があってな。それを辿って、受付奥の事務室に行ったら奴らがいたんだよ」


「奴ら?」


「あのホテルの職員だよ。あいつらは福井を……福井を食っていやがったんだ。俺も最初は夢だと思ったよ。そして、スガが助けに行ったんだ。でも、ホテルマンの一人に噛みつかれてからはすぐだった。そのまま押し倒されて、スガは……福井と同じように……やられちまった」


「そんな……」


「俺も助けに入った。でもあいつらありえない力だった。引き剥がそうにも全く手も離さないんだよ。スガが叫んでいた時も、俺はその辺にあった硬いものでやつらの頭に叩きつけたけど、あいつら平然としてやがったんだ……。結局スガが動かなくなってしまって、奴らは次に俺を狙いにつけたんだ。足が遅いから、逃げることは簡単だったけど、お前達の部屋に近づけないようにおびき寄せてたんだ。そこで、ある程度距離を離したところでロビーに戻ったら、お前達がいたってところだ」


 スガは福井を助けようとして、返り討ちにあってしまったのだ。


「スガ……」


 修二もついていけば、スガは死ななかったのかもしれない。

 そう頭の中で考えてしまうのも、無理はなかった。


「修二、スガと一緒に言ったのは俺達の判断だ。責任は俺にある」


 だが、鉄平はそうは言わせなかった。

 割り切れるものではない。だが結果論でしかない以上、できることを今はすべきなんだと鉄平はそう伝えようとしているのが分かった。



「ちょっと!? なにこいつら!?」


 白鷺が、いや、皆が一様に同じ方向を見ていた。

 そこには、ホテルの職員と同じ、血を垂れ流したこの島の島民らしき人間が二人、こちらへ近づいていた。


「に、逃げるんだ……!」


 恐怖からでたその言葉が引き金だった。

 連鎖するように、皆動き出そうとしている。


「ま、待て! パニックになるな!」


「逃げろおおおおおっ!!」


 修二が呼び止めたが、それは叶わなかった。

 パニックになったクラスメイトは、散り散りに逃げていく。

 まるで、伝染するかのように、恐怖が皆へと連鎖したのだ。


 ――マズイ、全員と離れ離れになるということは完全なサバイバルだ。


 どこで誰が、あの化け物になっているか分からないこの状況で、この閉鎖された島からどう逃げ切ればいいのか。

 何も目的が定まっていないこの状況でのクラスメイト達の散り散りは、最悪といっても過言ではなかった。


「椎名! 世良!」


 皆が一様にバラバラな方向へと散っていく中、椎名と世良がすぐ近くにいたため、鉄平と修二は離れないように、まずは呼び止めた。


「鉄平が手傷を負ってる! 逃げるのを手伝ってくれ!」


「わ、分かった!」


 鉄平の腕からは、今も止まらない血が流れでている。

 貧血の症状が出ているのか、鉄平も苦しそうな表情をして息切れをしていた。

 それに、気のせいかあの化け物どもの動きは鉄平に寄っている気がする。


「血の匂いに釣られてるのか!?」


 椎名と世良が鉄平の肩を持ち、動いた。

 修二は持っていた鉄パイプで、近づく化け物に応戦しようとする。


「クソ! 離れろ化け物が!!」


 渾身の力で振り抜いた鉄パイプに吹き飛ばされた化け物は、普通の人間ならば脳震盪で立てないはずだった。

 だが、化け物達は意も介さず、ゆっくりと立ち上がる。

 このままでは椎名達にも危険が及ぶと考えた修二は、持っていた鉄パイプを強く握りしめて、


「椎名! 世良! まずは安全なところへ!! あの先に見える屋敷までいくんだ!」


「うん! 分かった!」


「か、笠井くんはどうするの……?」


 血を流しすぎて動けないでいた鉄平の肩を担いでいた世良の問いに、修二はどうするか、もう決めていた。


「俺はこいつらをしばらく相手にしたらすぐに追いかける! 頼むぞ!」


「で、でも一人じゃ!」


 椎名が逡巡するが、世良は椎名を空いた手で牽制して、


「わかったよ! 待ってる!」


 意外にも、修二の頼みに応えたのは世良だった。

 力強い声が、離れた位置にいた修二にも聞こえていた。

 椎名もさすがにもう止められないと思ったのか、空いた鉄平の肩を担いで動き出す。


 化け物達がゆっくりと立ち上がり、修二は手に持った鉄パイプを更に強く握りしめる。

 数は圧倒的に不利。

 だが、後ろにいる友人達を守る為にも、なんとしてでも時間を稼がないといけない状況だ。

 やるしかないと覚悟を決めた修二は化け物達を見据えて、


「さぁ、こいよ!!」


 戦うことを決めて、鉄パイプの先を化け物達へと向ける。


 絶望を知らせる夜が始まろうとしていた。


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