第一章 第五話 『ハジマリ』
リクにしめられた三人(修二、スガ、鉄平)は風呂から上がり、部屋に戻っている最中だ。
「ふー。よし、この後どうする?」
スガがバスタオルを片手に聞いてきた。
まるでこれからが本番だとでも言わんばかりの顔つきでいたが、修二はそんなどころではなかった。
「いや、寝ろよ。もう午後十時だぞ。ていうか前日オールしたとこじゃねぇか。どうなってんだお前の睡眠時間は」
正直、ニ夜連続の夜遊びでのオールは勘弁である。というか、すでにもう眠い。
「またまたぁ、夜は長いよ修二君。次はリュウの好きな人を探るという任務があるじゃないか」
「殉職することになると思うが、一人で頑張ってくれ」
なんでそこまで人の好きな人を探りたがるんだこいつは。
と、修二はそこで美香にメールしなければいけないことに思い出して、携帯を取り出そうとした。
「あれ?」
手探りで探してみたが、ポケットに携帯がないことに気づいた。おそらく、風呂場の荷物入れに忘れたのかもしれない。
迂闊だったが、まだ今から戻れば間に合うはずだ。
「悪い。風呂場に携帯忘れたっぽいから取りに行くわ。先戻っててくれ」
「おー、了解」
気の抜けた返事をした鉄平とスガは、そのまま先に部屋へと戻っていった。
それを見届けた修二は、更衣室の方へと向かい歩いていく。
と、そこで向かいから同じく風呂上がりらしい美香と同じグループの黒木が一人で前からやってきた。
「どうしたの? 笠井?」
「あー、携帯忘れちまってさ。今から風呂場に取りにいくとこだな」
「ふーん。風呂場に貴重品持ってくと危ないよ」
言い返す言葉もない。
しかし、このホテルは修二達以外いない雰囲気がある。
受付の時もそうだったが、修二達以外の客は周りを見てもいなかった。
元々、観光地とはいえ周りが海に囲まれた島でもある。
風呂場もほぼ貸し切りのようなものだったので、盗まれるような心配はあまりしていなかった。
「まあ、確かにやっちまったな。財布とかは部屋に置いてったんだけどな」
「うんうん。あっそうだ。笠井、美香は見なかった?」
「ん? いや、見てないけど」
「そっか……うん、わかった。じゃあまた明日ね」
黒木は美香を探しているのだろうか?
黒木の目線は修二の方を見ていないが、このまま話していても埒があかないので、美香にはメールでどこにいるのか聞こうと、話を終わらせようとした。
「おう、また明日な。おやすみ」
黒木に挨拶を告げて、そのまま後にしようとしたが、
「ねぇ、笠井?」
その場を離れようとしたら、黒木に呼び止められた。
まだ何か聞きたいことがあるのか、と思って振り向いた修二は、そこで思わず動きを止めた。
「嘘、ついてないよね?」
今までに見たことがない、感情のない表情で黒木は至近距離で修二の顔を見てきたからだ。
何事か理解できなかった修二は、黒木の顔を見ながら正直に答えようと、
「嘘って……ついてないよ。そもそもなにかあったのか?」
「ううん。ついてなかったらいいの。それじゃおやすみ」
そのままあっさりと、黒木は自分の部屋がある方向へと戻っていった。
なんだろう。美香を見たかどうか?
そもそも、風呂上がりから一緒にいたのはスガと鉄平だけで、美香のことなんて見てもいない。
一緒にいた白鷺はどうしたんだろう。美香と一緒にいるのか?
考え、これまでの自らの行動を思い返すが、心当たりがない。
迷子とかだとややこしいので、携帯を回収してさっさと連絡を取ろうと考えた修二は、携帯を忘れた風呂場の更衣室へと取りに向かった。
階段を降りてすぐのところまできて、男風呂の暖簾がかけてある更衣室の前まできた。
そのまま中に入り周りを見ると、更衣室には誰もいない。
他のクラスメイト達ももう済ませたのか、と考えながら修二は先ほど荷物を置いていたカゴを見つけた。
「あれ? ないな」
カゴの中には携帯が無く、物の一つも入っていなかった。
まさか本当に盗まれたのかと考え、焦った修二であったが、すぐ隣のカゴを見ると、
「あっ、こっちか」
荷物を置いた場所を見間違えたのか、修二の携帯が隣のカゴの中に置いてあることを確認した。
そのまま忘れた携帯を見つけた修二は、気になっていた美香に連絡を取ろうとしたが、
「圏外……?」
携帯の画面には圏外の表示が出ており、連絡ができなくなっていた。
風呂に入る前は電波は繋がっていたはずだった。
電波が悪いのかと更衣室を後にしたが、特に変わりはない。
「たくっ、なんだってんだよ」
イライラしながら、とにかく自分の部屋に戻って皆に聞こうと修二は移動しようとする。
更衣室から出ると、修二はそこで足を止めた。
そこには、更衣室に入る前はなかったものが床にあった。
「は? なんだこれ? 血?」
床には、血のような赤い跡がビッシリとあった。
なぜそんなものがあるのか疑心に駆られたが、それよりも、まだその血が乾いていないことが修二の心を不安に偏らせる。
嫌な予感がする。早く戻らないと。
焦燥感を感じた修二は、すぐにクラスメイト達のいる部屋へと戻ろうとすると、
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
誰かの叫び声が聞こえた。
「っ!?」
二階から聞こえた声に、焦りを通り越した修二は走った。
風呂場から、皆の部屋はそう遠くなかった。
階段を上がり、皆の部屋がある通路まで走ってきた修二は、美香達の部屋の前にクラスメイト達が集まっていることに気づいた。
そして、先ほどの叫び声の主は白鷺であることもわかった。
彼女は膝を折り、手を顔に当てて泣き崩れている。
「どうしたんだ!?」
修二が聞くも、皆は恐怖と絶望に染まった表情をしていて、何も答えないでいた。
それが余計に、修二の心を不安に駆り立てる。
皆の視線は部屋の中だった。
修二は、その原因が部屋の中にあると分かり、部屋の中を見た。
時が、心臓が止まるような感覚になる。
そこには、眉間に穴が空いて殺されている美香の姿があった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
何が起きているのか全く分からない修二は、手を後ろについて倒れた。
そこに倒れているのは、美香だ。
修二のクラスメイトであり、友人である山本美香だった。
「な、なんでだよ、なんで美香が……」
状況が理解できないでいると、鉄平が肩を持って状況を説明した。
「俺たちも修二と同じだよ。白鷺が部屋に戻ったら、美香ちゃんはもう……」
「そんな……」
よく見ると美香の死体は、自殺や事故の類のものではなかった。眉間に穴が空いていること、凶器がそばにないことから、ピストルに撃たれたような痕跡があることだけが分かっていた。
この島で、そんな凶器を持つ者がいること自体がおかしい話だが、問題の本質はそこではない。
「ちょっと待てよ。じゃあ犯人は近くにいるんじゃ?」
修二がそう言って、皆の不安を煽ったことが良くなかった。
次は自分の番では? と、表情に出て怖がる者。状況が分からず、泣き崩れている者。様々だが、修二自身も冷静になることはできないし、それを責めることもできない。
そこで、一番に先陣を切ってくれたのはスガだった。
「とにかく! まだ犯人は近くにいるかもしれない! 今は俺の部屋に全員入るんだ!」
スガの一声はファインプレーであった。
この状況で、ここにずっといるわけにはいかない。
その判断は皆一様に感じたらしく、スガの言う通りにして、まずは部屋に入っていった。
「修二、お前は待機してくれ。実はここに足りないメンバーがいるんだ。俺と鉄平で探しにいくから、お前は皆を頼む」
「ま、待てよ。俺もいく! 少なくとも二人だけじゃ危険だ!」
「ダメだ。今、部屋にはリクもいるが、お前は冷静じゃない。悪いとは思ってるが、まずは心を落ちつかせてくれ」
同行を断られ、修二は呆然とする。
スガの言うことは間違いではない。
事実、修二は起きた事を受け入れることができずに身体が震えていた。
そんな弱い心が、修二を心を逸らせた。
気づけば、スガの胸ぐらを掴み、納得のいかない感情をぶつけようとしていたのだ。
「なら、なんで! お前は冷静でいれるんだよ!?」
逆ギレに近いものだった。
クラスメイトの死を見て、スガ自身も冷静なわけがない。そんなことは分かっていたはずなのに、修二は自分の愚かな行いに舌を噛む。
スガの判断は正しい。
それを分かっていても、納得できない気持ちもあったのだ。
無言で俯いたスガを前に、修二は自分の言葉がどれだけの暴力をはらんでいたかに気づいた。
「すまん……」
「いや、大丈夫だ。俺も冷静になれてるわけじゃないんだ。だけど、このままの状況でいるわけにはいかない。まずはホテルの職員にこのことを伝えて、警察も呼ばないといけないしな」
「……なぁ、ここに足りないやつがいるって言ってたけど誰が足りないんだ?」
周りには十人近いクラスメイトがいるが、誰がいないのかすぐに把握できなかった。
そんな修二の疑問に答えるように、鉄平が前に出ると、
「黒木と茅野、大門と福井の四人だ」
四人……黒木に関してはついさっき喋ったはずだ。
なぜ彼女は部屋に戻っていない?
黒木と話してからは十分も経っていない。
であれば、白鷺の叫び声を聞いていてもおかしくないはずなのに、彼女はここにいない。
更に不安を感じずにいられなくなるが、そうしていても何も変わらない。
まずは現状を共有しようと、修二はスガと鉄平の顔を見て、
「黒木はさっき、俺が更衣室に向かう途中で会った。多分近くにはいると思う」
「分かった。とにかく、修二も部屋で待機してくれ。俺たちもすぐに戻るようにするからさ」
「あ、あぁ。気をつけてくれよ」
その会話を最後に、二人はそのままロビーへと向かっていった。
修二は二人の言う通り、皆のいる部屋へ戻っていった。
部屋の中にいたクラスメイトの皆は、全員が下を向いていた。
大半が怖がっている。そんなことは一目瞭然であった。
当たり前だ。楽しみにしていた旅行先で、突然友人が殺されてしまっていたのだから。
そんな皆の様子をよそに、修二は一人、殺された美香のことを考えていた。
「美香……」
修二は、自分の行いを悔やんでいた。
皆を誘って旅行にこなければ、美香も死ぬことはなかったのだ。
良かれと思ってしたことが、最悪の状況を生み出したことを悔やみきれない。
罪の意識を感じていた修二は、皆からの非難も必然であると思っていたのだ。
「お前が悩んでいても状況は変わんねえよ」
そんな修二の考えを見透かしているかのように、リクが肩に手を置いてそう言った。
「お前のことだから、自分が旅行に誘わなかったらとか考えてるんだろうけど、お前は悪くない。悪いのはこんなことを起こした犯人だ。そうだろ?」
「そうだよ修二。自分が悪いなんて思っちゃダメ」
椎名がリクに続いて、修二を慰めてくれた。
「ぼ、僕も椎名ちゃんと同じだよ。笠井君は何もしてないんだから……」
世良も、不器用に手をワタワタとして続いてくれた。
「――――」
そんな慰めに、修二は安心してしまった。
リク達の言う事は間違っていない。
それでも、旅行に誘ったという事実は消えないのだ。
それに、非難されることを怖がってもいた。だから、部屋に戻ることも躊躇したのだ。
スガ達と一緒に行きたかったのは、皆から非難されることから逃避したかったからなのかもしれない。
最低だと思っていた。
そんなことを考えている自分を殴りたくなるが、リク達が修二を慰めていた中で、声が聞こえた。
「――こなきゃ、良かったんだ……」
三角座りをして、顔を下に向けた白鷺がポツリとそう言った。
「笠井に誘われて、こんな、こんな所にこなきゃ、美香も死ぬことはなかった……こなきゃ……良かったんだ……」
それは、修二自身を責める言葉であった。
何も言えず、修二はただその言葉を聞くしかできない。
白鷺は、尚も続けて修二に聞こえるように、
「美香は、美香は笠井のことが好きだったんだよ? なのになんで、なんでこんなことになったの……」
リクも椎名も、白鷺の悲痛な叫びに対して、何も言うことができないでいた。
その言葉は、修二の心に深く突き刺さった。
美香は修二のことが好きだったのだ。
明日、二人きりで話したいことがあると言っていた美香は、修二が了承すると今までで一番嬉しそうな顔でいてくれた。
こんな状況でそれを明かされてしまった修二は、昂る気分にはなれず、ただ嘆くように自らの手を見る。
「俺が、俺が殺したのか……?」
それは、見当違いであることは客観的に見れば明らかだ。
だが、誰かを責めないと自分の心が保てない白鷺の言い分は仕方のないものだ。
それでも修二は、自分自身に責任があることを認識せざるを得なかった。
「俺のせいで……美香は」
「違う!!」
リクが修二に怒声をあげ、修二の肩を掴む。
「お前は何も悪くない! そうやって自分のせいにしたところで、美香は帰ってこねえんだよ! 俺たちにできることは、美香を殺したクソ野郎を見つけて報いを受けさせることだろ! 違うか!?」
リクは怒声を上げながら、修二にそう言い聞かせた。
リクが言う、美香を殺したクソ野郎を必ず捕まえないといけない。
こんなところで自分を責めたところで、なんの状況の改善にもなりはしないのだ。
これ以上、被害が出ることがあれば、犯人の思う壺で修二たちはただの道化になってしまう。
擦り切れそうな心を、少しでも立ち直らせようと修二は顔を上げた。
「ありがとうリク。もう大丈夫だ。皆が俺に言いたいことがあるのは分かってる。その上で、皆に聞きたいことがあるんだ。思い出すのもつらいだろうが、頼む。美香は、銃で撃たれた痕跡があった。誰か、発砲音を聞いたりはしなかったか?」
少しでも情報を集めようと、修二は皆に問いただした。
それに呼応するように、椎名が応えた。
「しなかった……と思う。私も隣の部屋で、その時は一人だったんだけど、何も大きい音は聞こえなかったよ? 世良ちゃんは?」
「ぼ、僕は部屋にいなかったよ。ロビーでお土産屋さんを見ててその後は……へ、部屋に戻ろうとして、それで……」
「俺も聞いてないな。部屋には和也達といたし、皆、何も気づいていなかった」
発砲音を聞いていないことに、修二は違和感を覚えた。
美香の額には、弾痕らしき跡があったのだ。
それは、美香が何者かに銃で撃たれたということになるはずなのだ。
それなのに、発砲音を誰一人聞いていないのはおかしい。
修二はそこで、父から聞いた銃に関しての知識を思い出した。
いわく、銃には銃声音を限りなく抑える為の部品があるらしい。
完全に音が消えるのではなく、限りなく小さい音に減音させる、そんな部品があると。
その部品の名は、サプレッサーと呼ばれている。
サプレッサーは銃口に取り付けることによって、効果を発揮する。
おそらく、それによって皆が気づかずに、犯人は美香を殺した。
そう考えるのが妥当だろう。
だが、何故美香を殺す必要があったのか。
そして、何故この日本で銃を所持している者がこの島にいるのか、それはまだ分からない。
疑念を感じた修二は、迷わずに白鷺にそのことを聞いた。
「白鷺、俺から話を聞きたくない気持ちは分かる。だけど、これだけは答えてほしい。美香を見つける前……部屋に入る時、部屋は閉まってたか?」
ここが一番の疑問だった。仮に部屋が閉まっていたのならば、犯人は部屋に入る鍵を持っていたことになる。
閉まっていなければ、そもそもの仮定が消し飛ぶことになってしまうのだが。
白鷺は、修二を無視するわけではなく、膝に向けていた顔を少しだけ上げて、
「……閉まってた。鍵は私が持ってたから。美香は風呂は一人が良いって言うから、私と黒木で二人で先に行ってきたの。黒木は長風呂だったから、先に私が上がって、そのまま部屋に戻ったらその時には……」
美香が死んでいた。
それはつまり、犯人は合鍵を持っていたことになる。
情報としては、かなりの手掛かりであった。
ならば、犯人はホテルの受付の中、鍵を管理している場所から盗んだことになる。
一歩前進したことを喜んだ修二であったが、白鷺に思い出させたくないことを言わせたことは良くないことだ。
「分かった。ごめんな、思い出させて」
一言、白鷺へとそう謝り、修二はもう一度考え込んだ。
修二には、部屋の鍵が閉まっていたことに対して、もう一つの引っかかりがあることに気付いていた。
そもそも、なぜ美香が一人でいることを犯人が知っていたのか。
部屋に二人以上いれば同時には殺せず、叫ばれて見つかるのが関の山だ。
――犯人はどう確信を持って美香を殺したのか。
考えれば考えるほど、疑念は尽きなかった。
「修二、一旦そこまでにしとこう」
リクが修の耳元で小声でそう言った。
「今は皆消耗してる。スガ達が警察を呼んだら、その事を伝えよう」
「そうだな、わかった」
リクの言い分はもっともだった。
皆の安全を完全に確保できるまでは、安心できない状況だ。
今、行方不明になっている他のクラスメイト達や、受付に向かった鉄平やスガが戻ってきた時にもう一度考えればいい。
修二たちは、そのままスガ達が戻ってくるのを待ったが、彼らはそれから戻ってくる様子はなかった。
△▼△▼△▼△▼△▼
どれくらい時間が経ったのだろう。未だ、携帯は圏外の表示となっており、確認できるのは時間だけだ。
だが、事態は何一つ前進していなかった。
むしろ、悪化していると言ってもいいだろう。
「もう四十五分経った。いくらなんでも遅すぎる……」
スガは、すぐに戻ると言っていた。
ホテルの職員に事情を話して、すぐに部屋に戻ればいい筈なのに、そうしなかった。
もしかすると、戻ってこない四人を探しているのかもしれないが、修二達にとっては不安を募らせるのみであった。
待ちきれないでいた修二は、とうとうその場から立ち上がり、
「リク、スガ達が心配だ。探しにいこう」
「あぁ、さすがに遅すぎる」
リクも同じ心境であることが分かった修二は、ロビーに向かおうと部屋の出口に行くが、
「だ、だめだよ修二。まだ近くに犯人がいるかもしれないんでしょ?」
椎名が、修二を止めようと手を取った。
椎名の言っていることは間違いではない。
この部屋から出れば、間違いなく危険であることはここにいる誰もが分かっている。
まだホテルの中には、美香を殺した犯人がうろついている可能性があるのだ。
だが、それでも修二には、スガや鉄平達のことが心配だった。
「確かにそうかもしれない。でもあいつらを放ってはおけないんだ。危険は承知だ。リュウ、ここで皆を守っててくれるか?」
この部屋を出れば、誰かが皆を守らないといけなくなる。
その安全を確保させるならば、ボクシングの経験があるリュウが適任だ。
「分かった。ただし、時間を決めろ。お前らまで帰ってこないなんてことになれば、更にパニックになるだけだからな」
「そうだな。じゃあ十五分だ。それ以内に戻って来なければ皆でロビーに集まろう。さすがに犯人も、この人数を抑えるのは無理があるからな」
「了解だ」
目を閉じて了承したリュウは、壁に背中をもたれながら、腕を組んでいた。
時間以内に戻らなければ全員でロビーに集まる。これならば、少なくとも犯人は銃で撃つことはできないだろうと修二は踏んでいた。
だが、犯人が複数犯である可能性も否定できないので、修二達が先行する意味での十五分だ、
スガや鉄平が戻ってこない理由も、何かがあったことは間違いないはずなのだ。
「な、なら皆で今からいこうよ。それなら安全で……」
椎名はなおも食い下がろうと、心配そうな表情をして手を離さない。
「椎名、気持ちはわかるよ。でも時間がない。こうしてる間に、スガ達に何かが起こっているのかもしれないんだ。安心しろ、リクと俺があらかじめ作戦を立ててるからさ」
作戦とは聞こえがいいが、いわゆるどっちかが助かるような作戦のようなものだ。片方が安全を確認し、片方がその後をついてくる。
そのことを言えば、椎名はまず反対する。だから内容までは話さない。
渋々了承した椎名は手を離したと思われたが、もう一度修二の手を握り直した。
そして――、
「絶対に、絶対に戻ってきてね……」
掠れながらも、力強い言葉だった。
椎名自身も、これ以上誰かが死ぬところは見たくない、そんな一心だったのだ。
その想いは当然、修二自身も同じであった。
「当たり前だ。こんなところで死ねるかよ」
そう言って聞かせて、椎名の頭を撫でながらその手をゆっくりと離させた。
そうして、修二とリクは部屋から出た。
リクには作戦を伝えて、もちろん反対はされたが、時間がないことを伝えて嫌々に了承させた。
ロビーまでの道は階段を降りて、更衣室の前を通った先だ。
周りを警戒しながらゆっくりと進み、更衣室の前を通った修二達はそこで立ち止まる。
「これ、血か?」
リクが、修二が先ほど見た血の跡を確かめていた。
それは、修二が最後に見たものと特に変わりはなく、違いがあるとすれば時間が経ち、乾いていたことだ。
わずかにだが、鉄臭い匂いも漂っている。
「あぁ、俺が携帯忘れて取りに戻った時はなかったんだが、更衣室を出た時にこれがあったんだ。その時に、白鷺の叫び声を聞いてな」
「なるほど」と、リクが立ち上がり、修二の顔を見る。
「誰の血かは分からねぇが、スガと鉄平の血じゃあないということだな。とにかく行こう」
リクの言う通り、この血はスガや鉄平のものではない。
床に染み付いた血を見たのは、まだスガと鉄平がロビーへと向かう前の話で、実際に修二もさっき話していたばかりだ。
あの血が誰のものかは分からない。だが、まだ見つかっていない四人のものでないことを祈りながら、修二も立ち上がる。
「この先がロビーだな」
目的の場所はすぐだった。
まず、修二が先にロビー全体を見渡した。仮にここで誰かが撃たれていたのならば、血の跡は隠し切れない。
結論から言うと、そのような痕跡はなかった。
少なくとも、ここで何かが起きてはいないのだろう。
ただ、更衣室から続いている血の跡だけがずっと続いてあり、そこに残っていたのを除いてだが。
「誰もいない……?」
ロビーには受付、お土産屋さんのどこにも人はいなかった。
今は夜の十一時を超えた辺りだ。消灯もなしに人がいないなんてことは、まずありえない。
「どうなってやがる……」
リクが、安全を確認した修二に続いて、同じ心境を吐露した。
人がいない、そのことがどうにも不自然だったのだ。
犯人が何かしたにしても、その痕跡が何も残っていないのもおかしい。
もし仮に殺されていたのだとすれば、死体の一つはあってもおかしくないはずなのだ。
そしてそれは、ここに向かっていた友人達についても言えることだった。
「スガと鉄平も同じ状況だったのかもしれない。むしろ注意しよう。ここにあいつらがいないということは、そういうことだ。何かあったのは間違いない」
「どうする? 皆を呼ぶか?」
リクの提案に修二は考え込んだ。
皆を呼べば、ひとまずロビーの安全は確保されている。
だが、ある焦燥感が消えなかった。
それは、更衣室からロビーに続いていたあの血の跡である。
あれは明らかに誰かがロビーまで歩いてきたという痕跡だった。
そしてその跡は、受付の奥の扉へと続いていた。
「ダメだ、まだ安全を確保しきれていない。時間切れになる前に、まずは受付の奥の扉の方を確認しよう。皆を集めるのはそれからだ」
「血の跡が続いてる先……か」
先に進めば、間違いなく危険が伴う。
なにか武器になるものがないかと、修二は周りを見渡す。
少し拙いが補修工事をしていたのだろう。鉄パイプが一本立て掛けてあったのを、修二は手に取った。
「よし、これなら――」
相手は銃を持った相手だ。戦力差はそれでも向こうだが、無いよりはマシである。
「よいしょっと」
リクはその近くにあった消火器を持ち上げて、安全ピンを外していた。
「それ投げるのか……?」
「最終手段はな。案外目潰しに使えるんだぜこれ」
なるほど。消火器を振り撒けば、確かに目潰しには最適だ。
お互い武器を手にして、とにかく心を落ち着かせた。
ひとまずは犯人が襲いかかってきたとしても、どうにかなるかもしれない状況にはなった。
後は進むのみである。
「よし。リク、いけるか?」
「あぁ」
小さく返事をして、二人は受付奥の扉の前へと立つ。
そして、修二とリクは血の跡が続く奥の扉を勢いよく開けた。
人の姿は無かった。
部屋の中は真っ暗で、電気は切られていたようだった。
おそらく、事務所のようなところだろう。薄らとだが、中の様式は確認できた。
「スガ! 鉄平! いるか!?」
友人達の安否を確認したが、返事はない。恐らく誰もいないのだろう。
なら、あの血の跡はいったい誰の血なのか。
血の跡は、ここからでは見えないデスクの陰に続いていた。
物音一つしない中、修二達はどうにもならない不安を抱えながら一歩ずつ進んでいく。
周りを確認しつつ、二人はその血の跡を辿り、デスクで見えなかったところまできた。
緊張が包み込む中、彼らは勇気を振り絞り、その先を見た。
そして、血の跡の正体をこの目で見てしまった。
そこには、同じクラスメイトの福井実里の死体が横たわっていたのだった。
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