第一章 第四話 『自分の気持ち』
御影島の観光旅行は二泊三日の為、明日は一日自由行動とし、明後日に帰り支度という日程の予定だ。
どうせこの後、スガあたりが夜更かしさせようとするんだろうが、椎名の件もある。ダシにしてすぐに寝てやろう。
と、ホテルでチェックインの手続きをしていた修二は、そこで椎名と世良に話しかけられた。
「ねぇ、修二。なんかみんな私のことで噂してるように感じるんだけど何か知ってる?」
「勘のいい娘は嫌いだよ。って冗談冗談、気のせいじゃないのか?」
そう思ったが、多分スガの件だろう。
なにせ、大々的に好きな人を暴露されたのだ。そりゃ女子トークも捗る。
言いふらしているとするならば、どうせ美香辺りだろう。
と、なんとなく当たりをつけてみたが、あまりズケズケと話すと公開告白タイムが始まりかねないので、とりあえず話さないでおこうと決めた。
そう考えていると、椎名の後ろに隠れていた世良が、恐る恐る修二の顔を見ながら、
「わ、悪口はやめてね。笠井君。菅原君と立花君が、ずっと椎名ちゃんのこと見てたから不安で……」
世良はオドオドとした調子で、修二にそう言った。
というか、スガには自重というものがないのだろうか。リクに関してはもはや意味が分からないのだが。
とにもかくにも、セクハラ案件で白鷺軍団に精神攻撃されるかとしれないスガとリクが可哀想なので、一応は安心させておこうと考えた。
「だーいじょうぶ。リクはともかく、スガにはセクハラなって怒っとくからさ。それに悪口なんてあいつらが言うわけないだろ?」
「もちろんだよ。気にしすぎだったかなぁ。世良ちゃんのことも見てた人いたからって聞いてね」
「……なんだと?」
つまり、椎名だけでなく、世良のことも気になってる奴がいると……?
椎名からの思わぬ告発に、握っていたペンを落としてしまった。
受付の人がニコニコとして、早く書けよ的な圧をかけてきているが、それどころではない。
「マジで? 誰々?」
「ぼ、僕は視線を感じるかなって程度で、誰かまでは分からないの。ちょっと怖いなって……」
「よっしゃ、後は俺に任せろ。後で聞き込みしてきてやるよ」
「ほんとに? ありがとう修二! 後で白鷺ちゃん達や福井ちゃんにも聞こうと思ってたから助かる!」
「うーん、それはなんとなくやめといた方がいいような」
隣に毒舌マシンガンなる黒木がいるから特定されたら大変なことになりそうだった。
まあ関係ないからいいか、と見知らぬ誰かを見捨てて、手続きを済ませた修二は受付の人に用紙を提出した。
「あっ、それとね修二!」
ふと、椎名は振り向いて、修二に満遍の笑みを浮かべて、
「今日は皆で旅行誘ってくれて、ほんとにありがとう!」
嬉しそうにしながら、楽しみにしていた旅行のお礼を修二に伝えた。
その純粋な笑顔には、修二自身も笑顔にさせるぐらいのものだったので、素直に大きく返事を返した。
「おう!」
スガが好きになる気持ちも分かる気がした。
幼馴染からの付き合いだから、椎名のことは大体分かってはいるが、誰とでも分け隔てなく接して、笑顔にさせてくれる椎名に惹かれる人は意外と多いだろう。
でも、そうなると好きってのがイマイチ分かってなかった修二は、もしも美香から告白されたらどうするのか、まだ気持ちの整理がついていなかった。
美香とは高校に入ってから仲良くなった関係だ。
たまたま隣の席になり、よく教科書を忘れただの、宿題忘れたなどで、修二の勉強道具をかっさらわれたりなど、破天荒な日々を共に送っていた。
果ては、男友達と遊びに行く日についてきたりなど、女の子らしいというより、男らしいというのが周りの印象である。
そんな毎日を送る中で、修二は美香に対しては異性として見たことはなかった。
「そもそもこれで告白じゃないなら死ぬ程恥ずかしいからな。やめやめ」
あまり考え込んで、実は勘違いだったとなると恥ずかしいので、考えることは止めた。
そんなことより、世良のこと見てたやつを特定してやろうと、別のことを考える。
△▼△▼△▼△▼△▼
チェックインを済ませ、部屋は五人一組×四の割合の部屋割りとした。
修二の部屋割りは、スガ、鉄平、長瀬、多々良の五人だ。
早速部屋に入り、皆荷物を空いた場所へと置いていると、
「リュウという最強のボディーガードがいるからこの部屋は安泰だな」
と、スガがまた余計な一言を言い出した。
「安心しろ。お前と鉄平以外はちゃんと守ってやる」
「俺も!?」
なぜか鉄平まで対象外となっていたが、まあいつも通りの光景なのであまり気にしない。
「リュウ君、ダメだよ仲間外れにしちゃ、ちゃんと守ってあげてよ」
「そもそも何か起きる前提ってのが怖いよ」
修二がツッコミを入れたが、確かにリュウがいればトラブルに対しては問題なく躱せそうではあった。
長瀬龍二、通称リュウと呼ばれる一部オールバックな髪型の男は、巷では有名のボクサーでもある。
一度皆で冷やかしにスパーリングを観に行ったことがあるが、すごかった。調子に乗った鉄平がスパーリングを申し込んだが、ボコボコにされる始末であったわけだし。
リクも体育会系の部類であったがさすがにスパーリングは断っていた。本気でやられたら首折れる自信あると言ってたが、実際そうなりかねない。
彼は、隣にいる多々良太一と常に一緒にいる。
普通に見れば、珍しい組み合わせだろう。
太一は、少しぽっちゃり目な男の子で、修二もよく話すが、リュウとどう会話が合うのかが分からないでいた。
言うに、リュウと太一は中学校からの付き合いらしく、その時からずっと友達だったそうな。
「そもそも、俺は今日トレーニングの予定だったのによ。無理矢理こんなところに連れてきやがって。太一がいなきゃぜってぇ行かなかったよ」
そう言って、厳しい顔つきでいるリュウだが、修二にとっては作戦通りであった。
彼は元々、この旅行には反対派であったのだ。というより、一匹狼な性格もあってか彼は集団行動を特に嫌うのである。
修二もそのことは折込済みで、リュウのウィークポイントである太一に頼んで、無理矢理連れてこさせた口だ。
ちょっと忍びなかったが、太一が目を輝かせて行きたいと言っていたので、結果オーライではあった。
「まあまあ、息抜きは大事だと思うよリュウ。ずっとトレーニングってオーバーワークっぽいじゃん?間に楽しいことして遊ぶこともトレーニングだと思うぜ」
「遊ぶことも……トレーニング」
チョロいなこいつ。
なんだかんだで言いくるめやすいのがリュウの特徴ではあったが、少しだけ忍びない気持ちになる。
それ以上に楽しんでもらえるという自信もあるわけなので特に気にはしなかったが。
「そういえば修二。今日の船の約束覚えてるよな? な?」
スガが鼻を鳴らしながら、修二の肩を掴んで、振るようにそう聞いてきた。
なんのことか思い返していると、それが椎名のことだということにすぐ思い出せた。
「あー、椎名の件か? 覚えてるよ。……あとお前、椎名のこと見すぎな。普通に警戒されてたぞ」
「マジかよ!? いきなり好感度ダウンとかやっちまったよ……どうしよう修二」
「泣きつくな気持ち悪りぃ。大丈夫だよ、別に何も思ってなかったから。そんで俺はどうすればいいんだ?」
スガは椎名のことが好きである。だが、イマイチ修二の方からできるアプローチが、修二自身も分からなかった。
あくまで修二は幼馴染という立場で、恋愛に関しては初心者そのものなので、どうすればいいかは聞くしかなかったのだ。
「そうだなぁ。細かいことはとりあえず後にして、二人の時間が欲しいかなぁ」
なるほど……と、二人の時間と聞いた修二はふと美香のことを思い出した。
「なぁ、例えばの話だけど、もし二人の時間が欲しいとか相手が言ったらどう思う?」
「そりゃあ……なぁ鉄平?」
「間違いなく告白だな」
マジかよ。
じゃあ俺告白されるのか? 美香に。
えっ、どうしよう。過去最高に落ち着かない。
ソワソワとしていた修二だったが、その様子をスガに悟られたのか、あぐらをかいた状態で修二の方を見ていた。
修二はポーカーフェイスが苦手なので、コップに入れたお茶を口元に当てて飲みながら誤魔化すことに専念しようとするが、
「どした? まさか誰かにそんなこと言われたの?」
「いやぁ、まさかまさか。例えばって言ったじゃん」
とぼけて見せて、目を合わせなかったのがマズかった。
勘のいい鉄平は、ニヤニヤしながら修二の顔を見ながら、
「美香ちゃんついに本気だしたか?」
「ぶはっ!」
お茶を飲んでいた修二は図星を突かれたからか、そのまま吐き出してしまった。
それがしっかりスガの服やズボンに当たることとなったのだが。
「きったね! ってかマジかよ修二。号外だ号外だ!」
「やめ! おいスガ言いふらしにいってんじゃねえよ! まだ告られるかも分かんねえじゃねえか!」
「女の子と二人きりのシチュエーションを向こうが望んだ時点で、間違いなく修二のことは意識してるとは思うぞ」
スガがカウンターばりに言った言葉で、修二もさすがに口をつぐんだ。
「うっ、マジかよ、どうしたらいいんだ俺は……」
「美香ちゃんのことは修二はどう思ってんだ?」
鉄平があぐらをかきながら聞いてきた。
どう思うか、そう聞かれても難しい質問だ。
美香のことは、なにも特別視していたわけではない。
恋愛的な意味で人を好きになったことなど、今まで一度もなかったわけであり、まして美香は友人だ。
「どうもなにも、美香とは、ほんとに仲のいい友達だと思ってるよ」
「じゃあ、美香ちゃんのことは女の子として見れるか?」
いつもより真剣な顔つきな鉄平は、修二から本音を聞き出そうとする。
さすがに誤魔化すような状況ではない為、正直に答えようとした。
「別に……見れないわけじゃないよ。皆はどう思ってるか知らねーけど、あいつはあれで可愛らしいとこもあるしさ」
「なら、後は自分の気持ちを伝えりゃー良いんだよ」
鉄平がそう締めようとするが、それだと答えが出なかった。
自分の気持ちがよく分かってないから聞いているというのに、恋愛経験値が高いこいつらの言ってることはイマイチ理解ができない。
そんな修二の考えを読むようにして、鉄平は要約するようにアドバイスした。
「付き合えとは言わねーよ。どうあれ美香が修二に自分の気持ちを伝えるなら、お前も今の自分の気持ちを伝えりゃー良いんだ」
準備は必要ないと、鉄平は暗にそう言っているような様子だ。
今の修二の美香の見方は単純だ。
異性として見れているかといえば、それは難しい。
でも、それは今の自分の気持ちで、これからは違う。
「そうか、自分の気持ち……そうだな。わかったよ、ありがとな鉄平」
自分の気持ち、それだけでどうすればいいかわかった気がする。
それでも緊張して上手く喋れるかどうか不安なのは変わらないのだが。
「あー、一応無駄かもしんねぇけど、皆はこのことは黙っててほしい。スガが一番危険だから、とりあえず椎名の件を人質にしとくわ」
「うっ、わ、わかったよ」
こいつ、俺が保険かけなかったら言いふらす気だったな。
「まあいいや、そういえばさー、椎名のことで思い出したけど、椎名と世良を見てたやつがいるって聞いてさ、椎名はスガだけど世良は誰が見てたんだろーな」
スガが「世良を見てたやつ……?」と顎に手を当てて考え込んでいた。
こいつが両方見てた線はなさそうだな。
「あー、それ多分リクだよ」
鉄平があっけらかんと答えた。
「「「「え?」」」」
突然のカミングアウトに、四人全員が固まった。
リクが? あのクールぶっててギャルギャルしいのが好きとか言ってたリクが?(修二の偏見)
信じられない様子で皆が鉄平の顔を見ていたが、鉄平はその根拠を説明しようと何かを思い出すように天井に視線を向けながら、
「いや、あいつ割と結構な頻度で世良ちゃん見てたから多分、世良ちゃんのこと気になってると思うが」
マジでか。
幼馴染の大変な秘密を知ってしまった気がする。
そういえば、世良も菅原と立花が見ていたって言ってたしな。
「ぶ、あはははは!! マジかよ!! あいつあんだけ『俺は女っ気はいらないキリッ』とか言っといてめちゃくちゃムッツリじゃねえか!!」
スガが大爆笑している。
かくいう修二もさすがに笑いが堪えられない。
「く、くはは、スガ、やめとけやめとけ! 俺もさすがにビックリした! まさかの僕っ子キャラ派だったとはな! はははは!」
今時珍しい、一人称がボクっ子キャラな世良は、普段オドオドした雰囲気があり、それにクールガイなリクが気になっているという。
今日一日で、ここまで他人の恋愛事情を知るとは思いもしなかった。
だが、これを本人に聞かれるのは非常ににマズイことではある。
「ちょ、ちょ、これさすがに本人には黙っとこう。さすがに殺される」
「間違いねぇ……」
リュウ以外が頷き、心に鍵を閉めておこうと思ったその時、部屋の入り口のドアが開かれていたことに修二が気づいた。
「なにを黙ってるって?」
扉を開けたリクが、殺気を放ってこちらを見ていた。
「……って鉄平君が仰っておりました……」
「!?」
その後、修二とスガ含め、鉄平はリクに関節技を極められることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます