第一章 第十四話 『話し合い』

「鉄平がそんなことを?」


「ああ。俺も信じたくはないし、考えてもいないが、な」


 修二は、これまであったことを全て話し、その上での現状の状況について、四人で話し合っていた。

 三人とも、修二の言葉を聞いてただならぬ雰囲気の様子だった。


「でもよ、ただの高校生がこんな事態を引き起こすだなんて、ちょっと信じられねえな」


「僕もそう思うよ。それに……誰かが僕たちを裏切ってこんなこと……皆を殺そうとするなんて……」


「――――」


 それぞれが鉄平の推測に意を唱えるように話していたが、竹田は何かを考えているのか俯いていた。

 今は、鉄平の最後の言葉をもとに、クラスメイトの誰かが関わっているのではと話し合っていたところだった。


「でも、まああくまで憶測の域でしかないのは確かだ。実際、なんで俺たちだけが化け物にならず、島民だけが皆、化け物になってるってのは気になるところだしな」


「そうだよね。犯人は僕たちをこの島に閉じ込めて、何がしたいんだろう?」


 四人が、ひとしきりに考え、思考するが答えは出てこない。犯人は何一つ痕跡を残さず、この島を我が者顔で彷徨いているのだ。

 目的こそ分かりはしないが、修二達を殺しにかかっていることは間違いないだろう。


「笠井、思ったんだが、この島への旅行は、お前一人で計画したのか?」


 リュウが確認するように、この御影島への旅行をする経緯について問いかけてきた。


「いや、実際は俺とスガなんだけどな。元々、父さんがくれた旅行チケットが始まりだったんだ。父さんは警察官なんだけど、家から職場が遠くてさ。別居してるんだけど、手紙と一緒にこの島への旅行チケットをくれたって感じだな」


 修二は、この島へきた経緯を語りつつ、何かに引っかかった。


 父さん? そうだ。父さんは何故この島のチケットを俺にくれたんだ?


 父は、ニ年前から別居して、高校生になった時や、年末年始やたまの休暇に家に戻ってくるぐらいだった。

 それなのに、クラスメイトの人数分ちょうどのチケットを修二に寄越してきたのだ。

 そこで、一つの疑問が修二の中で思い上がった。


 ――なぜ、父は修二達のクラスメイトの人数を把握していたのか?



「……あまりこんなこと言いたくねえけど、笠井。お前の父親が関わってる可能性もあるんじゃないのか?」


「俺も今思ってた……けど、考えたくもないな。父さんはそんな人じゃないと信じたい。そもそも、そんなことをする理由がない」


「そうだよリュウ君。笠井君のお父さんがそんなこと絶対しないよ!」


「いや……太一。でも、心当たりはあるんだ。妙に引っかかる点が。なんで父さんは、俺にクラスの人数分揃ったチケットを寄越したのか。父さんは俺のクラスの人数は把握してない。前に最後、父さんに会ったのは年始の時だ。進級後のことについては、何も知らないはずなんだ」


 重く、暗い雰囲気が作業室の中を包み込んだ。

 冷静になって考えてみれば分かることだった。

 修二の父、笠井嵐はこの事態を知っていたのではないかと。


 ちょうどその時、シャワーを浴びてきた椎名と白鷺が修二達の座る席まで戻ってきていた。


「どうしたの? 皆暗い顔してるけど」


 椎名と白鷺はこの工場にあった服を着ていた。なぜか二人とも二枚重ねて着込んでいるように見えるが。


「なんで服重ねて着てるんだ……?」


「……女の子にそれ聞く? ブラの代わりがないだけよ」


 ふいっと顔を背ける白鷺を見て、迂闊な事を聞いてしまったことを後悔した。

 確かに、この工場にブラの替えはなさそうではあるが、


「笠井……お前デリカシーなさすぎるだろ……」


「ばっ、仕方ねえじゃん! なんでこんな夏に二枚も着てるって、疑問になるだろ普通!」


「分かった分かった。ムッツリ君のことは置いといて、どうだ。結構良いシャワー室だったろ?」


 弄るリュウに修二は食ってかかるが、それを太一が諫めていた。

 これ以上は恥を晒すだけで、何も言っても無駄そうである。


「うん! すごいよかったよ! おかげでスッキリしちゃった!」


 純粋な笑顔でそう答える椎名は、天使みたいな笑顔だった。

 なぜか修二のことに触れないのは気になるところだが、今はやめておこう。


「さて、と、女子陣営も戻ってきたところで、おさらいといこうか。俺たちも笠井からホテルの後の経過は聞いたよ。鉄平と和也達については……ほんとに残念だったな」


 言いつつ、リュウの表情は辛そうな様子だった。

 それでも、今後を考えて前向きにしようといつ思いはあるのだ。


「その上で状況を整理しよう。今、この島にはどこもかしこも訳の分からない化け物が点在している。

何より厄介なのは、そのしぶとさもそうだが、噛まれたりすると奴らと同じような化け物になるかもしれないということだ」


 ――噛まれれば化け物の仲間になる。

 それはスガや福井、鉄平を見ての推察だった。

 実際、鉄平は噛まれるまでは普通の筈だった。なのに噛まれた箇所から血は止まらず、まるで人体が直接殺そうとしてるかのようだったのだ。

 リュウも、このことは先ほど修二から聞いたばかりで、今に至るまでは知らなかった様子だった。


「一番に厳しい状況は、この島からの脱出手段が現状無いということだな。笠井に聞くと、俺たちが乗ってきた船だけでなく、漁に使う船も根こそぎ壊されてるらしい」



 改めて現状を再確認する残りのメンバーは、深刻な顔つきだった。まだ見つかっていない他のクラスメイトの捜索とまだ見ぬ犯人、そして島の脱出という難易度は想像以上なのだ。


「その上で、皆にも何かアイデアはないかと聞きたいところなんだがな。どうだ?」


 リュウの言葉に、皆は揃って口を閉じていた。

 この詰まれた盤面のような現状に、案を出せという方が難しいだろう。

 海を渡るには船がいる。仮に壊されたモーターを取り替えるにしても、修二達にはその知識がない。壊されたものを直す手段はない以上、あるものでなんとかするしかないのだ。


「一ついいか? 船はないけど、救命ボートとかはどうかな? あれは、この島にもたくさんあるだろうし、壊されてはないと思うけど」


「んなもん、沖まででたら波に煽られてすぐ転覆するだろ? 悪くはねえが、その後溺れて死ぬじゃねえか」


 それもそうだ。

 仮にも半日かけてくる島なのだから、沖に出たあたりで転覆するのがオチなのは間違いない。

 それに、いくら夏とはいえ、冷たい海の中に何時間もいれば、それこそ命の危険に関わる。

 よって、船での脱出は現状では困難だろう。


「なら、リュウは何か手はあるのかよ?」


「現実的ではないが、一番簡単な話ならある。この島の化け物を全員ねじ伏せて、犯人を捕らえるってのはどうだ?」


「どこが簡単なんだよ」


 一応、現実的ではないという前置きはしていたが、あまりにも端的すぎる方法だ。

 もちろん、それが出来るのならば一番良い。


 だが、仮に化け物達はなんとか出来ても、犯人はそうはいかないはずだ。

 相手は、美香を拳銃のような何かで銃殺している。

 それが凶器かどうかは定かではないが、少なくとも修二達をどうにかできるほどの近代武器を持っていてもおかしくはない。


「それなら、逆にその犯人に直接、脱出方法を聞いた方が良いんじゃないかな?」


 白鷺は、そこで間に入るようにして、修二達に提案した。


「犯人に?」


 白鷺の提案を反芻するように、修二は首を傾げた。


「うん。だって、犯人もこの島にいるのだったら、どこかで脱出手段を残していてもおかしくないんじゃない? 目的は分からないけど……何かの目的を果たすまではこの島に今もいるということだろうし」


 白鷺の説明に、リュウも「あー、なるほど」と、返事をして、


「確かに、その方が一番良いかもな。とはいえ、どんな凶器を持っているか分からないからな。問題はどうやって犯人を見分けるか、だが」


 見分ける、と言ったのは誰が犯人かの目星がついていないからだ。

 修二としては、その意味には別の意味があると考えたいところなのだが。


「とりあえずは、クラスメイトじゃない知らない生きている人がいたら注意する、ぐらいかなぁ」


 太一が、リュウの問いに応えてみせた。

 修二も、ここまでの案には賛成ではある。

 どの道、この島に居続ければいずれ殺されることは明らかだ。

 柊やマミでさえ、あの安全な場所からいなくなってしまったぐらいの不安要素が強い謎の騒動となっているのだ。

 この工場でさえも、いずれ奴らに見つかるのは時間の問題かもしれない。


「ひとまず、白鷺の案で今は進めよう。他は……今は無いな」


 脱出手段としては、とりあえずは白鷺の案で保留の形となった。

 特に意見がないことを理解したリュウは、早速次の話に移ろうとし、修二の顔を見ながら、


「あとは、まあさっき男衆で話してたことでもあるんだけどな。この事態を引き起こした犯人についてだが……」


 リュウは、修二の顔を横目で見つつ話していた。

 何が言いたいのかは分かっていた。

 先ほどの続き、というより説明をしてほしいのだろう。


「この島の騒動に関してなんだけど……もしかすると、俺の父さんが関わってるかもしれないんだ」


 その告白に、驚愕の表情を椎名と白鷺は浮かべた。


「えっ……そ、そんなはずないよ! 修二のお父さんは私も知ってるよ? そんなことするはずがないよ!」


「笠井の……お父さんが?」


 予想はできた反応ではある。

 修二だって、そんなことは思いたくもなかった。

 元々、幼馴染の頃、椎名は修二の父とは面識はあった。

 修二の母はいなかったが、両家族で旅行にも行った仲なのだ。


「言いたいことは分かるよ、椎名。俺も信じたくはないし、今もそう思ってる。ただ、気になることはあるんだ。父さんが、俺にこの島の旅行券をクラスメイト人数分把握して送ったこと……偶然とは思えない」


 父がこの島に関わる何かがあること。仮にこの事態に関わっていなくても、間接的に誰かがそう仕向けた可能性もある。

 なので、御影島から脱出すれば、必ず問い詰めないといけないことは確かだ。


「そんな……」


「それとは別に、鉄平が言っていた俺たちクラスメイトの中に、この事態に関わった可能性があるということもある。これに関しては根拠はないけど、気になる点は少しだけあるんだ」


 次々と出る憶測に、椎名は混乱していた。

 何も言えなかったのは、否定する理由がないからだろう。


「その前に聞くけど、ここにいる全員、黒木と大門、茅野の三人は誰も見てないよな?」


 修二の問いに、誰もすぐには答えなかった。

 今挙げた、行方不明の三人は、ホテルで美香が殺されていた時、すでにホテルにいなかったメンバーである。


「なぜ、あの時、あの三人がいなかったのか……それは分からないが、見つけた時は念の為、警戒はした方がいいとは思ってる。もちろんあくまで念の為だ」


「大門と茅野は恋人同士だからな。フラフラ外に歩いて行ったって可能性もあるが」


 リュウの推測に、修二も同意ではあった。

 通称、バカップルと名高いあの二人ならば、その可能性は十分にありうる。

 だが、それを抜きにしても問題はあと一人いる。


「黒木についてだが、俺が美香の死体を見る前、一度あいつとは会ってたんだ。俺が風呂上がり、携帯を更衣室に忘れて取りに行った時に、それを最後にだけど……その時、言われたんだ。美香を見なかったか? って」


 リュウは目を細め、顎に手を当てながら修二の話をジッと聞いていた。


「美香を見なかったか? どういうことだ?」


「分からない……。俺もホテルに入った後は見てなかった訳だし、見てないとは答えたんだけど、その時の黒木の態度が妙に真剣でさ。白鷺は何か知ってるか?」


「私も……分からない。ホテルでも話したけど、黒木は長風呂だったから、私は先に上がってたんだ。その時は、何も言ってなかったけど……」


 時系列から見ても、恐らく黒木は風呂上がりに修二と鉢合わせたということになる。

 黒木は、美香が部屋にいることを知っていたはずだ。

 なのになぜ、その事を修二に問いただしたのか?


「沙耶香が……何か知ってるってこと?」


 震え声になりながら、白鷺が修二に問い詰める。

 信じたくない思いがあるのだろう。当然だ。友達を疑われているのだから。

 だから、修二はあくまで可能性の一つとしてこう答えた。


「あくまで可能性はあるってだけだな。でも黒木が美香を殺したなんてそんなことは思ってないよ。むしろアリバイはあるんだから」


「でも……犯人と関わりがあるかもしれないんでしょ……?」


 その言葉に、修二は返答ができなかった。

 犯人ではない、その確証はある。

 だけど、もしも犯人の殺人への関与をしていたら?


 その場合、複数人いるとされるこの騒動を引き起こした黒幕に、黒木もいるかもしれないということになる。

 お互いに何も言えなくなってしまった状況に、リュウは両手を前に出して、


「ひとまず……お互い言いたいことはあると思うが、落ち着け。今の修二の言葉の通り、推測すれば黒木には聞かないといけないことができたことは事実だ」


 リュウが間に入り、仲裁してくれた。

 息を呑むような状況だが、このことは話さないといけなかったことも事実だ。


「今、確かめる術はどこにもない。だから他の奴らを探して、そん時にもう一度確認しよう」


 ここで考えていても、仕方のないことは間違いなかった。

 リュウの言葉に二人共納得して頷き、了承した。


「あの、いいですか……?」


 ここで、今までずっと口を閉ざしていた竹田が何かを話そうと手を上げた。

 彼は、どことなくだが世良と雰囲気が似ており、比較的大人しい部類の男だ。

 なので、次に発せられる竹田の言葉は、修二だけでなく、ここにいる全員が予想外のことだった。


「僕、その犯人について、心当たりがあるかもしれないんです……」


 衝撃の事実を告白し、全員が一挙に瞠目した。

 それは、その事実は、この事件において核心へと迫ることだったのだから。


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