第一章 第十三話 『束の間の休息』

「ここだ……」


 椎名と白鷺を連れて、修二はリュウが話していた工場前まできていた。

 外観から見てもかなり広い建物であった。

 建物の周りは木々で囲まれていて、民家がある場所とは無縁の地帯に存在していたのだ。

 何を作っていた工場なのか、外観だけでは分からないが、ここならば身を隠すにはうってつけだろう。


「この中に太一達がいるんだよな。……達ってことは、まだ他にも合流してる人がいるってことか」


「他の行方不明になってた人達もここにいるといいのだけどね……」


「……そうだな」


 まだ行方が分かっていないクラスメイトは多い。

 一人でも多く、どうせならば全員揃っていることを祈って、修二はドアを開けて工場の中へと入った。

 少し薄暗いが、中は意外にも綺麗だった。

 通路から左手は食堂となっており、その奥の右手には職員の更衣室となっているようだ。

 奥のドアの上の文字を読むと、『作業室』と書かれていた。

 修二は、その作業室のドアを開けて中に入っていく。

 作業室の中は、ミシンの機械が多数置かれており、仕上げられた服や靴が置かれていた。


 そして、その奥の椅子に二人、人が座っているのが見える。

 その姿は、どちらも見覚えがあるもので、修二は目を薄く開けながら、その者の名前を呼ぼうと、


「太一……と、竹田か?」


 修二の声に反応して、座っていた二人の男がこちらへと振り向いた。


「笠井君!! 無事だったんだね! あの怖い人達かと思ってちょっとビックリしちゃった」


 頭に手をやりながら、安心したかのような様子で椅子から立ち上がったのは、太一だった。

 高校生ながら、高い声と身長の低さが特徴である太一は、修二達を見るや立ち上がり、駆け寄ってきた。


「太一も竹田も無事で良かったよ。今ここにいるのは二人だけなのか?」


「そうだよ、リュウ君がここなら安全だっていって、この工場の中に隠れてたんだ。人も誰もいないし、入り口以外のドアは鍵を閉めてるからね」


 入り口の鍵だけ開けているのは、おそらくリュウの帰り待ちということだろう。


「鍵はないのか? こんなこというとあれだが、美香を殺した犯人もまだ島の中にいるはずだ。何かあったらヤバいんじゃないのか?」


「そうだね……でも鍵は使えないんだ。元々この工場は鍵が閉まってたんだけど、リュウ君が壊して開けたんだ。だから、閉めることができないんだよ」


 相変わらずの力馬鹿と言わんばかりの強引さだなと考えつつ、納得した。

 どうりでノブが軽かったわけだ。


「太一君や竹田君は他の生存者は見てない? リクや他の行方不明になってる皆も見つかってなくて……」


 椎名の問いに、太一は俯き答える。


「ごめん、まだ誰も見つかってないんだ。ここに来るまでは、ずっとリュウ君と竹田君と一緒にいたけど……」


 まだ、見つからない他の生存者のこともあるが、今は二人が生きていただけ良かった。

 リクのことも心配だが、今は目の前の状況を喜ぶべきだ。


 そう考えていた修二は、竹田がこちらを見ていることに気づいた。


「どうした、竹田?」


「い、いえ、なんでもないですよ。ここにいるってことは長瀬君と会ったってことですよね? 彼は今どこに?」


 目を逸らしながら、竹田は今はいない、リュウのことを尋ねる。


「リュウは、今あの化け物と戦ってるよ。俺達を逃がす為にな。白鷺と椎名を連れてたから足手纏いになるのは分かってたが……」


 リュウのことを報告し、少し負い目を感じつつも嘘はつかずに言った。

 あの化け物と戦うことは危険なのだ。

 それは実際に相対していた修二には良く分かっていることであり、リュウを一人残してきたことに不満を立てられても何も言えないだろう。


「リュウ君なら大丈夫だよ。とっても強いんだから!」


 そんな修二に対し、太一は臆面もなく大丈夫だと言ってのけた。

 噛まれたら終わりという事実は、まだ太一達も知らないはずだ。

 今更ながらではあるが、修二はリュウを置いていったことを後悔した。リスク回避の為には、これが最善ではあったが、仲間の危険には違いない。

 修二は座っていた椅子から立ち上がり、


「やっぱり俺、リュウを探しにいくよ。あいつ一人だけじゃ危険だしな……」


「誰が危険だって?」


 動こうとした直前、割り込むように声がして、後ろを振り向くと、そこにはリュウが立っていた。


「リュウ! 無事だったのか!」


「俺を誰だと思ってるんだ。あんなの、相手にもなんねえよ。あー、良い汗かいたわ」


 見ると、リュウは汗だくの様子でいて、その体には傷一つついていない。

 あの数の相手を素手で相手して、無事なのはさすがとしか言いようがなかった。

 修二でも、五人を一度に相手にしたことはあったが、それは走るタイプの化け物がいなかったわけであり、乱戦になっていれば武器を持った修二でも対処しきれない程でもあるのだ。


「リュウ君、おかえり! 他に誰か見つかった?」


「おう、ただいま。いんや、こいつら三人だけだったよ。バイクも壊れちまったし、とりあえずはここで待機は確定だな」


 そう涼しげに答えるリュウと太一は、お互いに無事でいて当たり前のような会話をしていた。

 信用し合っていると言えばそうなのだが、さすがはボクサーをしているだけはある。

 もっとも、それは人を傷つける為にあるものではないことは、本人も自覚しているのだろうが。


「ひとまず、シャワー浴びてえな。太一、替えの服ってあるか?」


 太一は、テーブルの上にある、この工場で生産されたであろう衣服をリュウに渡す。そのまま、リュウはどこぞと移動し始めた。


「えっ、ここシャワーあんのか?」


「あるぞー。食堂もあるし、食べ物にも困らない。色々と便利だぜ」


「あっちょっと待って! 私もシャワー浴びたい! ここんとこずっと走ってたから汗だくで……椎名も行こうよ!」


「うん! 服もあるしちょうどいいね!」


「あー、なら先に行ってくれ。ここ男女分けてのシャワー室はないからな。俺は後でも構わねえから、先に行きな」


 その後、女性陣は「ありがとう」と礼を言って、シャワー室へと向かっていった。

 男達だけになった四人は、互いにテーブルの椅子に付き、沈黙が続いた。


「……おい、覗こうとか考えるなよ?」


「誰がそんなことするかっ!! こんな状況でそんなこと考えるわけねえだろが!」


 緊張から解かれて、修二はぼーっとしていただけであったが、変な誤解が生まれそうでたまったものではない。

 確かに、あの二人はクラスではかなりの美人の位置づけにはあるが、そんなことをしたら殺されてもおかしくはない。

 そもそも、こんな状況で覗きなんて考える程、余裕があるわけでもない。


「どーだか。ここまで女連れて逃げてきてたんだろ? 何かあったんじゃねーのかよ」


「え? そーなの?」


 ニヤニヤしながらリュウは修二に追い討ちをかけて、それに対し、太一が反応するが、本当に何もないのは事実だ。

 それに、ここに来るまでずっと、生きるか死ぬかの瀬戸際の選択をしてきたのだ。

 ふざけて言ってるのかとも思われたが、それは次のリュウの言葉で違うことが分かった。


「まあ、気楽になれよ。ここに来るまで、お前もずっと気を張ってたんだろ? 少しは気分を上げていかないと辛いだろうと思ってさ」


「……わりぃな」


 どうやら、修二を少しでも元気づける為の発言だったようだ。

 確かに、ここに来るまで色々とあった。

 クラスメイトの死を何人も見てきたし、未だ行方不明になっている友人達のことを思えば、気が気ではなかった。


「で、どうなのよ? 二人と何も無かったのかよ?」


 本当に元気づけようとしているのだろうか?


 なんとなく、リュウの本心が気になるところではあるが、


「いや、別になにもねえよ。二人もそんな様子はなかったしな」


「……お前はもう少し、その鈍感さをどうにかしたらどうなんだ?」


「ん?」


「なんでもねぇ。それよか、お前もここまであったこと話せよ。情報共有ってやつだ」


 何が鈍感なのか、イマイチよく分からなかったが、ホテルの後の話をしろと言われた修二は、顔色を変え、これまでの事の顛末を伝える。


 鉄平が死んだこと。人が死んで襲う化け物として生き返ること。世良が行方不明になったこと。和也達が死んでいたこと。船が壊されていたこと。マミや柊が突然いなくなってしまったこと。


 話すことが多くあった為、一つ一つ、ゆっくりと説明した。

 友人やクラスメイトの死については、話すのも辛かったが、大事なことだ。

 修二は十分以上かけて、これまでの顛末を話した。


△▼△▼△▼△▼△▼



 椎名と白鷺は衣服を脱ぎ、シャワー室でシャワーを浴びていた。

 湯気が立ち込める室内の中、二人とも気持ちよさそうに頭からシャワーを浴びて、


「あったかい。なんだか、今までの疲れと緊張が吹っ飛ぶよ」


「そうだね。白鷺ちゃん、こっちにシャンプーあるけど使う?」


「ありがと。後で貸してもらうよ」


 二人はそう言って髪を洗っていた。シャワー室はとても簡易的な造りとなっていた為、浴びながらでも隣にモノを渡せるようになっていた。

 電気も止められているわけではない為、しっかりお湯を出せるようにもなっていた。

 今まで泥だらけになりながらも走り続けて、逃げ回っていた二人は、今だけの解放感に浸っていた。


「ねぇ、椎名。笠井とは幼馴染なんでしょ? リクもだっけか。笠井って小さい頃はどんなやつだったの?」


 ふと、白鷺は何気ないように椎名に問いただす。

 それに対して椎名は、首を傾げつつ、


「修二の小さい頃? うーんと、そうだね。いつもリクと喧嘩してたような気がするかなぁ」


 そんな印象しかないのか、と白鷺は修二に少し同情していたが、


「でも、修二は優しい人だよ。私にだけじゃなくて、誰にでも。小さい頃、私がお父さんに怒られて家出してた時も、修二は私のそばにいて慰めてくれたんだ」


 そう言い出した椎名は、目を細めながら、修二のことを語る。


「小学校の頃は、いつも嫌な役目を引き受けてたかな。皆がやりたくない学級委員とか、誰も手を上げない所を率先してやってくれたり、いじめられてた男の子を助けて味方になって、それでまたいじめてた子とケンカになったり……皆はどう思ってるか分からないけど、私にとっては今もとっても優しい人だよ」


「そっ……か。優しいんだね笠井は」


 椎名から借りたシャンプーを使って、髪を洗いながら、ふと沈黙する。


「どうしたの? 白鷺ちゃん」


「ううん。椎名は笠井と幼馴染だったんなら、好きになったりとかしなかったの?」


 その時、白鷺の言葉で椎名はビックリしたのか、バタバタと手を振り、持っていたシャワー口から水が所々に飛び散っていく。


「そそ、そんなことないよ! 修二は優しいけど、私じゃ釣り合わないよ……。あっ、私が下って意味でね!」


 好きじゃないとは言わないのか、と白鷺はなんとなく察したが、その顔は少し寂しげだ。


「美香が好きになった意味も、分かった気がする。最初はあんな鈍臭いやつやめときな、なんて言ったこともあったかな。でも、修二に助けられた時、私があの時、吐いた暴言も笑って許してくれた時、嬉しかった」


 椎名は、白鷺を見て、黙って聞いていた。


「そりゃ、あんなカッコいい男、好きにならないわけないよね。そこんとこ見抜いた美香もすごいわ」


 一人語りを続けた白鷺は、ここにはいないあの男のことを思い出していた。

 あの時、もう助からないと思って手を差し伸べたのは、修二の勇気あってのものだった。

 あれだけ修二の事を責めて、それでも彼は白鷺を救おうと行動してくれた。

 そうでもなければ今頃、白鷺は死んでここにはいなかったはずだ。


「えっと、白鷺ちゃん? ……もしかして、修二のこと好きなの?」


 ズコッと滑るように白鷺は転けた。


「なな、なにを言ってるの! そんなわけないじゃない!! 助けられた時の嬉しさを語ってただけ!」


 赤面しながらも否定を繰り返すが、もう遅いかと白鷺は考えていた。


「そ、そうよね。ビックリした。修二モテモテになっちゃうもんね」


 ーー訂正しよう。この子かなり鈍感だ。


 弩級の天然具合を発揮していた椎名だが、何も言わないでおこうと白鷺はその後、話題を変えた。


「私達、なんとかこの島から脱出できるかな?」


「大丈夫だよ! まだ見つかってない人はいるけど、きっと皆で脱出できるよ!」


「でも、船は壊れてるんだよね? 泳いでなんて無理だろうし、一体どうしたら……」


「それを今から皆で考えよう? 今までは逃げ回るだけだったけど、今は長瀬君達や修二もいるし……」


 椎名の言っていることは希望的観測でしかないが、リュウ達がいることが頼りになるのは事実だ。

 決してネガティブに考えたいわけではなかったが、それでも状況は最悪である。

 仮に今、行方不明になっている他のクラスメイトの全員と合流できたとしても、この島からの脱出手段はない。

 海に囲まれたこの島は文字通り、ライオンの入った檻の中にいるようなものなのだ。


「早く……帰りたいね……」


 本当はこんな島、一秒でも早く抜け出したい。

 その思いは椎名も同様で、彼女もただ頷く以外に何も答えなかった。

 それ以降、二人は何も話すことなく、水が滴る音だけが室内を支配していた。


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