第一章 第十二話 『異変』

 白鷺と合流した修二達は、一度柊達のもとへ戻ろうと集落への道のりを歩いていた。

 行き道と同じく、化物の姿は見えなかったことに運が良く、特に何事もなく進むことができたのは幸いだった。


「そう……だったの、鉄平が……」


 帰り道、白鷺にはこれまで起きていたことの詳細を伝えていた。

 鉄平の死、行方不明になった世良、この島の状況等、分かっていることは全て伝えた。

 言葉に詰まる場面は幾つかあるが、伝えなければいけないことだ。

 それに、何より、白鷺にはちゃんと話さないといけないこともあった。


「俺が、もっと早く化け物のことを伝えていれば、こんなことにはならなかったのかもしれないのにな」


「違う、違うよ笠井。そんなの、あの混乱した状況じゃ、誰も信じるなんて出来なかったんだから……」


 ホテルのロビーでクラスメイトと合流して、修二はあえて皆には化け物となったスガのことは伝えなかった。

 それは白鷺の言う通り、信じてくれないことを見込んでのことであったのだが、結果として、皆が離れ離れになるという最悪の事態を引き起こすことになってしまった。

 話していればどうなっていたのか、それはわからない。

 だが、このような結果にならなかったかもしれないという可能性があったことが、修二が自身を責めるに至った経緯である。


「……そうだよな。でも、仕方ない……で済ますつもりはない。俺は鉄平の最後の言葉を、この状況に追い込んだ犯人を絶対にぶっ倒すって決めてるからな」


「その犯人って、やっぱり美香を殺した奴と同一犯なのかな?」


「まず間違いなく、だ。複数人の可能性もゼロではないけど、いたとしてその犯人と関わりがあるのは絶対だからな。わざわざここまで手の込んだことを一人でできるとは到底思えない」


 白鷺に応えながら、修二は考えていた。


 そう、これが単独犯なはずがない。こんな大仰にまで仕組まれた状況は、明らかに組織的なものだろうという確信はあった。

 だが、危険は犯人達も承知の筈だが、一体どこにいるのかが分からない。

 修二たちを逃がさないようにした後、もうこの島から脱出している可能性だってある。

 だが、考えたところでそれは堂々巡りだ。


「皆を探して、それから脱出ルートの確保だな。あと見つかっていないのはリク、リュウと太一、竹田、黒木、大門と茅野と世良の八人か」


「世良ちゃん。結局見つからなかったね……」


 残るクラスメイト達の人数と名前を確認した後、椎名は俯いてそう呟いた。

 世良の所在は結局、分からず終いとなっていた。

 あの森からどこへいってしまったのか……もはや探す指標が無くなってしまったために修二達にはどうしようもできないでいた。


「まずは柊達のところに戻って様子見だ。その後、世良を探しにいこう。白鷺はそこで柊達と一緒にリュウ達が近くにいないか見張っておいてくれないか?」


「私は構わないけど……笠井達はまさかまだ外を出歩くつもりなの?」


「ああ、全員探しきるまではな。皆も隠れてる可能性は高いけど、犯人達が黙って見てるとは限らない。あまり休んでる暇はないんだ」


「でも……マミ達のところは安全なんでしょ? 本島の人達もこの島の異変に気づくと思うし、待っていたらダメなの?」


「それこそ、何日、何週間ってレベルだぞ? この島にも定期便はあるらしいけど、仮にこの島の異常事態に気付いたとしても、国家レベルの緊急事態だからな。救援もすぐには来られないはずだ。それに、俺たちだけここに隠れているわけにもいかない」


 修二の推測は、自身で考えてみても間違いはないと考えていた。

 修二達のようにまた明日、観光でこの島に来る人間はいるはずだ。

 その時、その人達が修二たちと同じような目に合う真似は避けたい。

 その為には、なんとしてもこの島から脱出し、この現状を本島の人達に伝えないといけないのだ。


「まあ、後のことは戻ってから考えよう。ーーそれにしても椎名、さっきはナイスフライパン捌きだったぜ」


「そんなこと言って。ほとんど修二がやってくれたじゃない」


 話題を切り替えて、椎名を褒めた修二だが、実際はビックリもしていた。

 まさかあの椎名が、正当防衛とはいえ一緒に戦うとは夢にも思わなかったからだ。


「椎名……あんたが人を叩くとこ初めてみたよ。そういうのできなさそうな子なのに」


「えっと、うん……。正直あまりやりたくはなかったの。でも、あの時は白鷺ちゃんが危なかったし……」


「ーーうん、分かってる。ごめんね、ほんとにあの時のことは感謝してるよ」


 椎名にとっては、人を傷つける経験は初めてのことだっただろう。世良と同じく、クラスではいわゆる大人しい性格をしていたので、白鷺からしても同じように感じていたはずだ。


 修二は何も言わなかったが、椎名は実はあれでやる時はやる活発な女の子だ。

 幼馴染の頃からだが、いつも遊びに誘おうとしたのは椎名であり、修二とリクは大体付き合わされてたようなものだった。

 それと人を傷つけることとは結びつかないが、行動力は修二よりも高いはずなのだ。


 ーーそして、何よりも責任感が強い女の子だということも知っている。


 修二は、チラリと椎名の横顔を見ながら、そんなことを考えていると椎名と目が合った。

 彼女は微笑んでいたが、修二はふと目を逸らした。

 本当は、あまり椎名に無理をしてほしくない。

 ただでさえ、この島全体が危険地帯となっており、どこで何が起きているのかも全く判明すらしていないのだ。

 しかし、今の椎名を止めることなどできないことはわかっているので、何が起ころうと守るしかない。

 最悪、自分の命を犠牲にしてでも守ると、修二は心の中で決めていたのだ。




「っと、着いたな。あそこに柊とマミがいるんだ」


 集落の中、二階の電気が点いた見覚えのある家を見つけた。特に周りには人の気配もない為、安全に合流することができそうではあった。

 玄関の入り口まできた修二は、念のためドアをノックしたが、返事がなかったので、そのまま中へと入っていく。


「静かだな。柊、マミ! 戻ったぞ、白鷺は無事だった!」


 玄関で、自らの無事と仲間の安全を伝えた修二だが、返事はなかった。

 電気はつけっぱなしであり、中の内装は以前きた時と同じだった為、家を間違えたなんてことはないだろう。

 外に出てしまったのかと考えたが、何より中の安全を重視していた二人だ。それはありえないはずである。


「どうしていないんだろう? 外に出てるのかな?」


 椎名も修二と同じ考えを言葉にして、二人のことを気にかけていた。

 嫌な予感がしていた。まるで森の時、世良と離れ離れになった後の時のことを考えればデジャブのようなものだった。


 修二は靴を脱がず、リビングへ入るが、やはり誰もいない。

 あの時、四人で話していた時、マミが修二と椎名に出したジュースとお菓子は、テーブルの上に置かれたままであった。


 それを確認した修二は、間違いなくここが柊達が家の中であることを認識する。


「ね、ねぇ。本当にここに柊とマミがいたの?」


「いた。いたはずなんだ! ここで白鷺のことも聞いて、俺と椎名は助けに行くって言って、二人はここで待っていたんだ。けど、どこに行ったんだよ……!」


 苛立たしげに、唇を噛むような思いで状況の一変に嘆く。

 化け物がこの家の中の存在に気づいて、それから逃げたというのならばまだ分かる。だが、その様子にしては、あまりにも部屋の中は荒れていなかったのだ。


「修二……二階にも二人はいなかったよ」


 椎名が二階から降りてきて、修二にそう報告した。


 柊とマミは、この家の中にいない。しかも、どこに行ったのかの手がかりも何もない。

 世良の時と同じような、それでいて何かが違う焦燥感に駆られて、部屋の中を見渡し、手がかりを探ろうとした。


「待てよ。そうだ!」


 修二は何かに気づき、玄関へと走って向かう。


 もし、外にいるならば、二人の靴があるはずだ。

 いくら逃げるにしても、裸足で外を歩くのは砂利道も含めると無理がある。

 玄関の靴置き場を見て、そこにあったのは白鷺と椎名が履いていた二足の靴があっただけであった。

 そしてそれは、柊とマミがここにいないことの証明でもある。


「なんで……外にいるんだよあいつら!」


 ただでさえ、危険な外に行く理由は二人には無かったはずだ。その妙な状況は、圧倒的な不安を募らせた。


「探しにいく! 白鷺と椎名はここで待っててくれ!」


「私も行くよ!」


「ダメだ! いくらなんでも、もうこの状況は危険すぎる! 何が起きてるか分からない以上、俺の単独行動が一番良い!」


「待って……二人とも、何か聞こえない?」


 白鷺がふと耳を傾け、二人も釣られて、同じく耳を傾けた。


「声……なんか、うめき声のような……」


 その断片的な情報を聞いただけで、胃が縮こまるような感覚になりながら、修二は二階へと駆け上がる。


 そこから外の様子を見ようと窓から見ると、さっきまでいなかったはずの化け物が多数、この家へと押し寄せていた。


「なんで……なんでここで奴らがくるんだ!」


 数は十数人近くいた。動きから見ても、酔っ払いでない限りは今まで見てきた化け物と全く同じだ。

 何より最悪なのは、その化け物が全員、この家へと近づいていたことだ。

 このまま家に籠城したとしても、中に入られるのは時間の問題であり、逃げることさえできなくなってしまう。

 修二は急いで一階へと降りていき、現状を二人へと報告しようとした。


「ダメだ、逃げるぞ! 化け物がこの家へ押し寄せてきてる!」


「そんな……どうして!? さっきまで誰もいなかったのに!?」


「分からない……けど今は考えてる余裕はない! 籠城してもいつかは中に押し入られるだけだ! そこの裏庭から逃げるぞ!」


「待って笠井! この家って塀で囲まれてるでしょ? 表に出ないと逃げられないよ!」


 冷静になりきれてなかった修二は、改めて現状が最悪であることを認識する。

 この家は、周りが田んぼになっており、石造りの塀で囲まれていた。その為、逃げる為には表からでないといけなかったのだ。

 しかし、そこを進むにはどうあっても、あの化け物達と対峙することになる。


「クソッ! どうすれば良いんだ! このままじゃあ、すぐに……っ!」


 拳を握り、頭を必死に回して思考の海に沈もうと打開策を模索したが、何も思いつかなかった。

 塀を乗り越え、田んぼから逃げる手もあったが、乗り越える間に襲われる可能性は圧倒的に高い。

 正面から堂々と蹴散らして逃げるにしても、こちらは三人だ。全員が無傷で乗り越えられるとは思えなかった。

 そうして、無駄に時間を擦り減らしながら途方に暮れていると白鷺から提案があった。


「一つだけ、考えがあるんだけど……いいかな?」


「考え? 頼む、言ってみてくれ」


「あの化け物と対峙した経験からだけど、賭けになると思う。それでもいいなら……」


「大丈夫だよ。俺が考える策だって、賭けにすらならないんだ。どうするつもりなんだ?」


 白鷺が考える策を、修二と椎名は黙って聞いていた。この間にも、化け物達はこの家へと集まりつつあるのだが、何も手がない以上は動くこともできない。


「ーーーー」


 ーー白鷺の提案を聞いた二人は、その手があったかと言わんばかりに、先ほどの表情の陰りはもうすでに消えていた。


「そうか、それならいけるはずだ! なんでそんな大事なことを忘れてたんだ、俺は」


「いけるよ! すぐ用意するから、白鷺ちゃんは逃げる準備をしといて!」


「俺も行く! 裏庭にきっとあるはずだからな!」


 二人は、意気揚々と希望を持つように裏庭へと出ていき、外へと出た。裏庭には化け物がいないことから、恐らく玄関の前の方に集まってきているはずだ。

 やがて、この裏庭にも来ることは明白な為、時間との勝負であった。


 修二は、裏庭にある水道が出る蛇口を見つけた。

 椎名は、その近くにあるホースを手に取り、蛇口の先に取り付ける。

 ホースを掴み、蛇口を勢いよく回して、修二はそのホースの先を塀の外へと向けた。正確には表の塀がある方向だ。

 勢いよく回した蛇口からは水が止めどなく出て、限界まで回した為、水は放物線を描くように外の道へと落ちていった。

 バシャバシャと音が聞こえ、修二はここで物音を立てないように人差し指を口に当てて合図を出した。

 あの化け物の習性は、森の時からずっと同じで、物音に反応していた。視覚だけを頼りに動いていたのならば、あの場面で隠れた修二に気づいていてもおかしくはなかった。

 この家に修二がいることがバレているならば、別の物音で上書きして、奴らを動かせばいいのだ。


 白鷺が二階から表の様子を見て、化け物達の動きを確認してもらっていたようで、二階から声が届いた。


「いけるよ! 今なら逃げられる!」


 白鷺からの合図を確認し、修二はホースを固定してすぐに表へと移動した。

 化け物達はこぞって移動をしており、修二達の存在に気づいていない。

 これ以上近づけば、さすがに気づいてしまうだろうが、三人はすぐさま化け物がいる逆方向の道へと走っていった。


 上手く逃げることには成功したが、後ろを見ると、化け物達の何人かはこちらに気づき、修二達へと走って追いかけてきていた。

 数は六人程度だが、撒く為にはこの地帯は開けた道となっており、障害物が少ない。


「クソッ! まだついてきやがる! 二人ともいけるか!?」


「私は大丈夫! 休ませてもらってたからね! 陸上部なんだから修二より体力はあるよ!」


「私は……ごめん。ちょっと厳しいかも……」


 椎名の方を見ると、その顔には疲労感が浮かんでおり、今にも全力疾走についていけなさそうな様子だ。

 椎名は、これまでずっと修二について外に出ていた。精神的な体力もそうだが、それに重なって身体的な体力も削られていたのだ。

 そんな椎名の様子に、このままではダメだと判断して、修二は考える。


 たとえ、化け物と対峙しても、無傷では済まないだろう。

 しかし、このまま逃げていても、いつかは椎名の体力が底をついてしまう。

 どちらの選択をとっても絶望的な状況で、脳裏に父の言葉が蘇る。


『俺と同じように、守りたい存在がいて、その人が危険ならどんなことをしてもいい。どんな手を使っても守ってやるんだ』


 今はここにいない、父の言葉が頭に浮かんだ。

 そして、ふと口元を緩めた。


 今、自分は馬鹿なことをしようとしている。


 後ろの状況を確認すると、化け物達が徐々にだが修二達へと追いつこうとしてることが分かる。

 不思議と高揚感がある。今自分がしようとしていることは、二人を悲しませる行為だ。

 だが、二人を確実に生き残らせる為にできることは、今の修二にはそれしか方法が思いつかなかった。


「椎名、白鷺。聞いてくれ。作戦があるんだ」


「何? あいつらを撒く方法でも思いついたの?」


「あぁ。この方法ならいけるはずだ。でも説明している時間はない。二人はこのまま走り抜けて、安全な場所を探して待機してくれ。俺も後から向かうよ」


「修二……本当に一人で大丈夫なの?」


 椎名は、修二の顔を見ながら問い詰める。疑っているのだろう。実際その通りだった。修二に安全策なんてものは無かったのだから。

 ただ自分が囮になり、二人を逃がす。それだけの策だった。


「当たり前だ。ここまで、無事で生きてこれたんだぞ。鉄平との約束も果たしてないまま死ねるかってんだ」


「わかった、……でも絶対追いついてきてね!」


「ーーーー」


 そのまま修二は足を止め、振り返った。

 返事はしなかった。椎名の言葉に対して、自らの覚悟に躊躇いかけそうになったのだ。

 修二は覚悟を決めて、こちらへと向かってくる化け物達を見据えていた。


「鉄平……ごめんな。この事態を引き起こした犯人をぶっ飛ばすって約束、果たせそうにないわ」


 約束を破ることは嫌いだ。

 それでも、誰かを失う方がもっと嫌だった。

 マミから貰った、脇差し程度の長さの木刀を握りしめる。

 数は六人。側から見れば、多勢に無勢だった。

 やることは一つ。椎名達に追いつかれない様、化け物達を足止めすること。

 万が一、どうにかなりそうならば、ある程度足止めした後すぐに離脱する。

 それだけを考えて、修二は目の前の化け物達へ叫び、立ち向かった。


「うおおおおおおおお!!」


 予想通りだが、化け物達は減速もせずに突っ込んできた。そこを狙い、修二は真ん中にいた化け物の首元へと勢いよく木刀を突き刺し、転倒したところで残りの化け物から距離を取って、身構える。

 突いた化け物へ止めを刺すことも考えたが、その間に他の化け物に襲われるだけで簡単にはいかない。

 起き上がるまでには多少時間はかかるが、それも数十秒程度の為、状況が悪いことに変わりはない。

 だが、その間に修二は若干孤立していた化け物へと木刀を構えて、薙ぎ倒しにかかった。


 修二の中では、僅かな可能性があれば生き残るという意思はあった。

 決して諦めていた訳ではなく、状況を見ての判断だったのだ。

 だが、その考えは全員を無力化させてから考えるべきだった。

 二人目の化け物を転倒させた後、修二は希望を持ってしまった。このままいけばなんとかなるのではないかと、そう考えてしまったのが仇となった。

 一瞬、周囲の確認を怠ってしまい、すぐさま三人目の化け物を薙ぎ倒そうとした修二だが、


「ーーっ、こいつ!」


 最初に突き刺して、転倒させた化け物が修二の足を掴んでいた。

 どうにか引き離そうと、掴まれた片足を無理矢理引っ張るが、掴む力が強い為に引き離すことができない。


「くっ……そっ!!」


 もう片方の足で化け物の掴む手を蹴り、足から手を離させたが、意識をそちらに集中したのが不味かった。

 残っていた化け物達が、修二へと目掛けて襲い掛かろうとしていたのだ。

 とっさに反応したが、動いても間に合わない。

 一人にでも掴まれてしまえば、もう逃げる術はない。



 あぁ……ここまでか。


 目の前まで迫った化け物の手を避けようともせず、修二は諦めた。


 鉄平、約束守れなくてごめん。


 スローモーションのように、世界がゆっくり進行していく。その中で、修二は鉄平との約束の記憶を思い出し、心の中で謝った。


 スガ、福井、皆、こんなことになって本当にごめん。


 もう届かないと分かっていても、修二は謝り続けた。

 そして、


 美香、俺の事好きって思ってくれて、ありがとうな。


 たった一人、自分を異性として見てくれた彼女へと感謝の言葉を囁く。

 全てを諦めた修二は、目を瞑って死を待つのみとなっていた。

 だが、


「てめぇ諦めてんじゃねえぞおおお!!」


 怒号が聞こえ、共にバイクのエンジン音が聞こえた。

 そして、突如バイクに乗った何者かが、修二に襲い掛かろうとしていた四人の化け物へとバイクごと突っ込んでいった。

 そのままウィリーのような体勢で、猛スピードで突っ込んだ為、化け物達はそのまま吹き飛ばされていく。

 乗っていた人物も同じように体勢を崩し、滑り降りて倒れたが、大怪我にら至らなかったようで、すぐに立ち上がる。


 呆気に取られていた修二は、何が起きたのか分からず、呆然とその様子を見ていた。

 そして、バイクに乗っていた何者かがこちらへと近づきながら、ヘルメットを脱いで、その顔があらわになる。


「り、リュウ?」


 修二を助けたのは、ホテルから離れ離れになっていた長瀬龍二だった。

 彼は、修二の方を見るや否や、こちらへと走って向かってきて、


「何ボケっとしてんだ! 目の前に化け物いるぞ!」


 修二の足を掴んでいた方の化け物が立ち上がり、再び修二へ襲い掛かろうとしていた。

 たまらず、木刀を盾のようにきて守りに入ろうとしたが、そこで龍二が割り込み、化け物の顔面へ強烈なパンチをぶち込んだ。

 鈍い音が鳴り、化け物は鈍器で殴られたように吹っ飛んだ。


「つっ〜〜! やっぱグローブないと痛いな。おい、逃げるぞ!」


「あ、ああ! でもなんでここに?」


 二人は走り出し、化け物達から距離をとっていく。

 さすがにあのダメージならば、全員起き上がるまでには時間がかかる為、問題ないだろうことは分かっていた。


「たまたまだよ。太一達を安全な場所に匿った後、その近くにあったバイクを借りて、他のやつらを探しにきてたんだ。……にしてもお前、さっき死ぬ気だったろ? 何やってんだ?」


「さっきは、仕方なかったんだ。椎名と白鷺を逃がす為には俺が囮になるしかなかったからな。さすがに……もうダメだと思ったよ」


「お前が死んでも、二人が助かる理由にはならねえよ」


「それでもあの場所で最悪の事態を防ぐにはそれしかなかったんだ。俺だって、あいつらを残して死ぬのはごめんだったよ。……だから、助けてくれてありがとうな」


 あの状況では、修二にはなす術がなかったのだが、それでも助けられたことは本当に感謝していた。



「たくっ……後で二人には謝っとけよ。んで、その二人はどこにいるんだ?」


「椎名と白鷺は、多分この先のどこかで隠れてるはずだ。だから、助けてもらった手前で申し訳ないんだけど、もう一つお願いしてもいいかな?」


 何をお願いするのか、リュウはすぐに理解したように口元を引き攣っていた。


「お前、図太い性格してるな……」


「いや、頼ってるんだよ。それだけ信頼してるって思ってくれていい」


 はぁっ、とため息をつくリュウを見た修二は、それを了承のサインと受け取り、すぐに行動に移そうとした。


「椎名!! 白鷺!! いるか!? いたら返事してくれ!!」


 周辺一帯に轟く程の大声を出して、椎名達の所在を確認しようとした。

 当然のように、そんなことをすればどうなるのかは承知の上であった。

 今はリュウが隣にいるので、化け物への対処を任せることが出来るのだ。

 案の定、近くから化け物の姿が見え始めたと同時に、声が聞こえた。


「修二! ここにいるよ! どこにいるの!?」


 民家が連なる地帯へと走っていた為、椎名達の位置が掴めないでいた。


「椎名! 今、リュウと一緒にいる! 外は問題ないからでてきてくれ!」


「おい、数が増えてきた! 急げ!」


 リュウはこちらへと近づく化け物達を殴り伏せ、急かすように指示を出す。

 修二は周りを見渡し、椎名達の位置を見つけようと民家を一つ一つくまなく目配せする。


「いた!! あそこだ!」


 修二が指差した方向の民家から、椎名達の姿が見えた。


「修二!!」


「椎名! そこを動くなよ! リュウ、いけるか!?」


「注文が多いんだ……よっ!!」


 迫りくる化け物達を一人で相手にしていたリュウはさすがの一言に尽きる。

 良いバランスの距離感を保ちつつ、化け物を一人ずつ打ちのめしていたのだ。

 倒れた化け物はそれでも立ち上がろうとしたが、今が逃げるチャンスでもあった。


「よしっ! いくぞ!」


 椎名、白鷺と合流することができた。あとは奴らから逃げるだけであった。


「無事で良かった……修二。長瀬君も見つかって良かったよ」


「今は呑気におしゃべりしてる余裕はないぞ。おい笠井、この先に廃工場がある。そこに太一達もいるから、椎名と白鷺連れて先にいけ」


「分かった。けど一人大丈夫なのか?」


「お前と一緒にすんな。こんな奴ら、何人こようが俺の敵じゃねえよ」


 頼もしすぎる言葉だが、心配ではあった。

 これまで予測外のことが度々に続いてきていたのだ。

 だが、今は椎名と白鷺を二人だけでその工場に向かわせるわけにはいかない。

 致し方ないように、リュウを信じることを決めて、椎名の手を取り、


「分かった。先に行って、待ってるぜ」


「おう、後で聞きたいこともたくさんあるからな。ほら、行け!」


 リュウの合図を元に、修二は椎名と白鷺を連れてその場を離脱した。

 目だけをリュウの方向に向けて見ると、彼の背中は強く逞しく見えて、先ほどまで感じていた不安も問題ないも割り切ることができた。


△▼△▼△▼△▼△▼


「さて、ようやく一人になれたな」


 化け物達はすでに立ち上がっていた。

 中には、走ってこないヨロヨロと近づく化け物と走る化け物がそれぞれ数体ほどいたが、リュウは気にも止めなかった。


「てめえらごとき、相手にもなんねぇよ」


 ファイティングポーズを取り、リュウは高々と化け物達へと宣言する。

 もはやそんな声を聞いてもいないだろうが、彼にとっては格好つけることさえも自身の士気を上げる上で必要なことだ。


 それに、リュウは安堵していた。

 どこにいたかも分からないクラスメイトを見つけることができ、無事を確認できたことだけでも、彼の中の不安は少しだけでも晴れることができたからだ。

 目の前にいる一体の化け物が至近距離まで近づいてきたことで、リュウはその体をトントンと浮かせて、攻撃を開始する。


「おら、いくぞ!」



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