第一章 第十一話 『白鷺花音』

「はぁっはぁっはぁっ!!」


 修二達が、柊達と別れる十分前のことだ。


 暗闇の中、地面は砂利で走りずらく、外灯も少ない為に、白鷺はどこに逃げればいいのか分からないでいた。


 そこは神社だった。四つの鳥居に囲まれた広場を、全力疾走で駆け抜ける白鷺は後ろを確認して、更に速度をあげた。

 後ろには、白鷺を追いかける四人の化物が疲れを知らずに走ってきていた。

 山の中層付近にある神社の為、階段が多くあったので、平坦な道を走るより遥かに体力を奪われる。

 白鷺自身も元は陸上部に所属していた為、人並みより体力はあったが、追手があまりにも追いすがり撒けないでいたのだ。


「はぁっ! どうしてっ、止まらないのよ!」


 化物は減速することなく白鷺を追い続けている。

 その神社はあまりにも広いことと、細かな道が入り組んでいる為に、白鷺自身も今どこにいるのか分からないでいた。


 拉致が開かないと感じた白鷺は、上りから下りの階段へと進路を変え右へ左へと進路を変えつつ、化物から逃れようとした。

 狙いは成功したのか、ある程度同じことを繰り返す後に、化物は追ってきていないことがわかった。


「はぁっはぁっ! もう……ダメ……疲れ……た……っ!」


 もうほとんど無呼吸運動に近いレベルで全力疾走していた白鷺は、立ち止まると同時に今までの疲労がのし掛かり、動けないでいた。

 夜は気温も低く、少し肌寒い程度だが白鷺の体からは異様な熱気を放ち、汗も止まらなかった。


「沙耶香……皆どこにいっちゃったのよ……」


 ホテルから行方不明になっていた黒木沙耶香の名前を呟きながら、白鷺は神社の境内にある木造の階段の裏に隠れ、三角座りをした。


「もうやだ……なんでこんな目に合わなきゃならないの……誰か助けてっ……!」


 小さく掠れた声を聴く者はどこにもいない。

 白鷺はあのホテル以降、ずっと一人で逃げ回っていたのだ。

 鉄平が言っていた、死人が動く化物達が島の中の至る所にいることが分かり、白鷺も集落の道から離れざるを得なくなって、辿り着いたのがこの神社であった。


「もう……私しか生き残っていないのかな……」


 あれから、どれだけ逃げ回り続けても、誰とも出会うことはなかった。

 美香も福井も菅原も、もう死んでしまった。

 他の皆も今頃、襲われているんじゃないかと不安になる。

 そしてそれは、いずれ自分の番がきてしまうことを考えてしまい、白鷺は恐怖に怯えてしまっていた。


「嫌だ……、死にたくないよ……! 神様、いるのなら助けてよ……。私まだまだやりたいことたくさんあったんだよ。勉強も普段の生活も何も悪いことなんかしてないのに……なんでこんな……」


 どうしてこんな理不尽な目に遭うのか、運命を呪いながら、神頼みして呟く白鷺だが、祈り虚しく境内近くから足音がしたことでそれは裏切られる。


「ーーっ!」


 階段裏の隙間から覗いて見てみると、先ほど白鷺を追いかけていた追手の一人が近くにいた。

 袴をきており、服装から見てこの神社の関係者だと思われた。

 その男は、白鷺の気配を感じているのか境内の近くをうろちょろとしている。

 歩き方が不自然な為、それが普通の人間とは思えないが見つかれば終わりだという確信はある。

 白鷺は息を殺し、手で口を塞ぎながら化物が去るのを待とうとした。

 しかし、徐々にだが、白鷺のいる社の階段近くへと近づきつつあった。


「なんで……こっちにくるのよ……」


 どうして、こちらへ近づいてくるのか分からず、ただジッとするしかない白鷺は化物の様子を見続けていた。


 やがて、階段のところまできた化物は立ち止まり、涎を垂らしながら億劫とした顔でいた。


「ーーーー」


 もうバレているのかもしれないと悟った白鷺は、いつでも走れる様に構えていた。

 木を一枚隔たれた隙間から化物の様子を確認しながら警戒していたが、そこで異変が生じる。


「きいやぁぁぁぁぁ!!」


 目の前にいた化け物が突然、喉を掻きむしり、叫び出したのだ。

 あまりの声量に白鷺は驚いたが、化物のその行動の意味をすぐさまに理解した。

 近くから別の足音が聞こえる。砂地を踏む音が複数聞こえ、近づいてきていることが分かる。


「まさか……」


 化物は仲間を呼んだのだ。

 どうしてそんな行動をとるのか、今はそれどころではない。ここに集まれば白鷺に逃げ場は無かった。


 見つけられることを気にせずに、白鷺は階段裏から勢いよく外に飛び出し走り抜けようとした。


「そんな……」


 走り抜けようとした先、目の前から声を聞いてきたのであろう化物がもう一人、こちらへ向かってきていたのだ。

 そうして足を止めたことにより、周りを見て白鷺は絶望した。

 白鷺を囲う形で化物達は白鷺へ近づいていたのだ。

 逃げ場はない。化物と化物の間をすり抜けて走り抜けることももう間に合わない。


「嫌、嫌、こんなの、嫌よ。夢に……決まってる……」


 頭を振って、夢であることを祈っても、全身の疲労がそれを否定させる。

 思わず膝をついて、白鷺は全身から力が抜けた。

 もうどうあがいても逃げられないと分かった白鷺はただ祈るしかなかった。

 どうか、苦しまずに死ねるように……と目を瞑り、今度の今度こそ神に祈った。


 後ろからきていた化物が白鷺へと走りだしたことを足音で理解し、諦めたその時、


「うおらぁぁぁぁ!!」


 男の声がした。

 バキッと鈍い音が聞こえ、何かが倒れる音が聞こえた。

 その声を白鷺は聞いたことがあった。

 だが、気のせいだと思い込み、きっと私は死んでしまったのだろうと考えて、動けないでいた。


「白鷺ちゃん!! 立って!!」


 その声を聞いて、ハッと我に返り目を開けた。

 見ると、先ほどまで目の前にいた化物が倒れていたのだ。

 そしてそこには、ホテルで離れ離れになっていた修二と椎名がいた。


「椎名!! あと一人だ!」


「うん!!」


 ガンッと椎名がフライパンで化物の頭を叩き、化物はその場に倒れる。



「白鷺、立て! こいつらはすぐに起き上がる! 今のうちに逃げるぞ!」



 なにが起きたのか分からず、白鷺は呆然としていた。

 動かない白鷺の手を椎名が握り、立ち上がらせる。


「走れ!! マミのいる家までいくんだ!!」


 修二の一声により、椎名は白鷺を連れて走る。倒れた化物は最初の一人目が立ち上がろうとしていたところだ。

 修二は、その立ち上がる化け物へと木刀を向けて、


「お前が走るやつだろ? そろそろやられっぱなしはイライラしてきてるんだ。そのまま寝てろ!」


 木刀を化物の頭へ叩き込み、地に伏せた。


 化物が立ち上がるまでには早くても十数秒ほどだ。

 息の根を止めるという手段もその時はあったが、化物が集まる可能性もあるので、その間に逃げるしかなかった。


△▼△▼△▼△▼


 神社を抜けたところで、椎名と白鷺がいるのを確認した修二は安堵した。

 この島に来てからというもの、仲間と逸れることなど、何回もあったので、無事を確認できたのは行幸であった。


「よかった。白鷺、危ないところだったな。ギリギリ見つけられて本当に良かったよ」


 白鷺に怪我がないことを確認して、安堵していた修二であったが、それも含めて、合流できたことを嬉しく思っていた。


「う、うん、ありがとう笠井、椎名。どうしてここに私がいるってわかったの?」


「この方向にいる可能性があったってのをマミ達に聞いてな。それで探索してたら変な叫び声が聞こえてさ。さすがに誰かがいるとは思ったよ。俺も、椎名も」


「そっか……マミ達も無事なんだね。沙耶香は……黒木はまだ見つかっていないの?」


「……残念だけど、まだ見つかっていない。行方不明の残り三人はまだ誰もな。さっき俺達もマミと柊に会ったところだからさ」


「そう……なんだ。あの、助けてくれてありがとう笠井。それと……あの時はごめん」


 下を向いて、少しずつ声が小さくなっていきつつも修二にはちゃんと聞こえていた。

 白鷺が言うあの時というのは、ホテルでの修二に言い放ったあの言葉のことだろう。

 親友が誰かに殺され、訳もわからない状況に陥って、責任を誰かに押し付けたい思いが強くなった。

 修二を糾弾したのは、ただ誰かのせいにしたかったという白鷺の弱い心が見せたものだ。

 だが、それを否定しなかったことも、修二の弱い心が見せたものでもある。

 修二は未だにずっと、この島に来たことを悔やんでいるのだ。


「何言ってんだよ。あの時のことは、白鷺は何も間違ったことなんて言ってないだろ? 俺がここに皆を連れてきた事実は変わらないんだ。美香が殺されて、あんなよく分からない状況で、普通でいられる方がおかしいっての。だからなんだって話かもだけど……俺も、悪かったよ」


 白鷺の頭を撫でつつ、修二は弁明もせずに受け止めようとしていた。


「それに、一番悪いのはこんな状況を作り出した犯人だからな。必ずとっちめてやろうぜ!」


 笑って、修二はそう言った。

 安心させようとした手前の発言でもあったが、修二自身、調子に乗ってしまったのではないかと不安にはなっていた。


 修二の言葉を聞いた白鷺は顔を上げ、泣きながら修二の胸へと抱きついた。


「えっ、ちょ!? 白鷺さん!?」


 あまりの突然さに何が起きているのか脳に理解が追いつかなかった。

 が、手に触れた白鷺の体が震えていることに気づいた修二は、その様子を察した。


「ありがとう……ありがとう……っ」


 白鷺は怖かったのだ。皆と離れ離れになり、ずっと一人でいたことから解放され、嬉しかった。

 修二は何も言わずに、白鷺の頭を撫でて落ち着かせた。


 ーー月明かりだけが頼りの暗がりの中、修二はふと微笑んでいた。


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