第一章 第十五話 『襲撃』

「は?」


 何を言っているのかと思った。

 皆が一番に知りたい情報、それに心当たりがあると、竹田は言っているのだ。

 あまりに唐突すぎて、修二も唖然としていた。

 そして同時に、耐え難い感情が内側から溢れ出てくる。


「犯人に心当たりがある? なんでそれを黙ってたんだ!!」


 怒り、修二は立ち上がった。

 それは、一番に共有しなければならない情報のはずだった。

 そうでなくても、今それを話す理由はなんだったのか。

 竹田は怯えながら、震える声で応えようとした。


「ご、ごめんなさい! でも……迷ってたんです。これを話すのは……」


「迷うだと!? ふざけんな!! そんな大事なこと……ホテルの時点で話せたんじゃねえのかよ!?」


「修二、落ち着いて!」


 思わず胸ぐらを掴んだところで、白鷺と椎名が止めに入る。

 修二の怒りも当然だった。

 もし、竹田の言うことが本当で、犯人に心当たりがあるならば、もっと早くに対策が立てられたのかもしれないのだ。

 鉄平も、スガも、皆誰一人死なずに済んだのかもしれない。


「落ち着け、笠井っ! とにかくっ、離れろ!」


 無理矢理引き剥がされ、リュウは修二を突き放した。

 その勢いで倒れそうになったが、椎名と白鷺が受け止めてくれたおかげで、倒れずには済む。

 そして、リュウは修二の代わりに聞こうと竹田へと振り向き、


「どういうことだ? 竹田、今の言葉が本当なら、お前……」


 リュウは、修二の言いたいことを代弁するように竹田へと問いただした。

 その問いに対して、竹田は怯えた様子で、


「き、聞いてほしいんです。僕、口止めされてて……話せば殺されていたんですよ……」


「……それは俺たちが知りたい犯人のことか?」


 こくりと頷いた竹田は、今も震えていた。


 話せば殺される。

 どんな状況においても、竹田にとっては監視されてるという恐怖から、誰にも相談できないでいたのだ。


「誰が……そんなことを……」


 修二は手を強く握り、竹田の言葉を待った。

 それでもここで勇気を出して話そうとしたのは、より事態が切迫しているということを竹田自身が考えていたからだろう。

 なんとか落ち着いた竹田は、場が静かになると同時に、ゆっくりと話し始めようとした。


「ホテルで、立花君の部屋で、トランプを皆でしていたんです。僕は家族へのお土産を買わなきゃいけないことを思い出して、ホテルのロビーに向かおうと部屋を出て歩いていたんですよ。その時、見たんです……山本さんの部屋のドアが開いているのを……そして、中で山本さんが死んでいたのを」


 淡々と、竹田はホテルの中での行動を告白していく。

 犯人の名前を出さないのは、竹田が警戒しているのもあるのだろう。そして、美香の死体の第一発見者である事実を、竹田は打ち明かした。


「それで、僕は叫びそうになったところを口に手を当てられて……後ろに人がいることが分かりました……。その人は言ったんです。『喋れば殺す、お前は何も見ていない。この事を誰かに話せば、お前をすぐに殺しに行く』……って」


「誰が……誰がそう言ったんだ?」


「誰かは分かりませんでした……。分かるのは女性の声だったこと。僕は振り向けば殺すと言われて、そのまま部屋に戻されたんです。分かるのは……それだけです」


 枯れた声で、竹田は下を向きながらそう話した。

 ひどく憔悴していたのは、殺される恐怖からだろう。

 それでも話そうとしてくれたのは、竹田も皆と生き残りたい意思故のものだった。

 その様子を悟った修二は、さっきまでの自らの態度を悔いるように竹田へと向き直った。


「竹田……さっきは怒鳴って悪かった。そして、話してくれてありがとう。その情報は値千金だ。犯人像が少しでも絞れたのは大きい」


 修二が竹田の両肩を掴み、落ち着かせた。

 今は、情報が得られたことだけでも大きな成果だ。

 美香を殺した犯人は、何故その時、竹田も殺そうとせずにリスクを負ってまで生かしたのか、それ自体は分からないが、今はそこではない。


 今、必要なのは犯人の特徴だ。


「その……犯人の声だが、誰かの声に似てるとか聞いたことがあるとかはなかったか? それが分かれば、俺達も今後のことを決めやすいんだ」


 もしも、クラスメイトの誰かでなければ、他の皆を探す時にやりやすくなる。黒木はグレーな部分が多いが、容疑者は少ない方がいい。


「声は……確かに、似てるような雰囲気の人はいました。同じクラスの一人に……」


「!? それは誰だ!? 大丈夫だ、話しても俺たちが必ず守ってやる!」


 皆が、一様に竹田を見ている。

 ようやく、核心が得られる。犯人の情報、確実とは言えないまでも、足がかりになればと、竹田にその名前を尋ねた。


「その人は……」


 竹田が話そうとしたその直前だった。


 ドスッと音がした。肩を持ってた竹田の身体が力なく左へと傾いていく。


「――は?」


 血が、修二の顔を濡らした。

 自分の血ではない。

 修二は何が起きたのか分からず、左へと傾いて倒れる竹田を見た。


「は? え?」


 竹田の頭には、ナイフの刃だけが刺さっている状態となっていた。

 先ほどまで口を開いて話していた竹田は、白目を剥くようにその身体から力が抜けていっていることが分かる。

 それがどういう状態なのか、脳が理解するまで数秒かかってしまう。

 コンマ数秒、その理解に至るまでに、修二は目の前で死んだ竹田を見続けていた。

 そして、事態が動きだす。


「っ!! 伏せろ!!」


 リュウの一声で、修二は我に帰る。


 何者かによる襲撃が起きたのだ。

 全員が伏せようとする中、修二はナイフが飛んできた方向を見ようとしたが、


「修二!」


「――っ!」


 その時、白鷺が修二に飛びつき、共に倒れた。

 襲撃者の攻撃から守ろうとしたのだ。

 地面に倒れて、修二は周りの様子を確認した。

 リュウはその場にあったテーブルを壁にするように立てて、軽い障害物として襲撃者からの攻撃を遮るようにしていた。


「な……なにが!?」


「クソッ! やられた!! 見てやがったんだ! 俺たちが話してるところも何もかも全部!!」


 リュウが舌打ちしながら、今の状況に苦言していた。


 一体誰が? と考え、そこで理解した。竹田は話せば殺されると言っていた。

 ここで殺しにかかる人間など、犯人しかいない。


「クソッ!」


 とっさに怒りの感情が湧き出た。竹田を殺された。

 ついさっき、守ると誓ったばかりだった。

 何も出来なかった自分と、そして殺した犯人に対して、湧き上がる怒りが止まらない。


「許さねえ。誰だ!」


 せめてその顔だけでも拝んでやると、修二は障害物となって守られていたテーブルから顔を覗かせようとした。

 それをして、反撃を食らう可能性は大いにあった。

 相手は微塵の容赦もなく、人を殺すことができるような奴だ。

 普通に考えれば、迂闊な決断だということは冷静になっている者からすれば誰にでも分かる。

 だが、この場に冷静になれる者など一人もいるわけがなく、修二の行動を止める者はいない。


 その時、バンッと、ドアが勢いよく開く音が全方位から聞こえた。


「――っ!?」


 何が起きたのかと周りを見渡し、事態はより最悪の状況へと陥ったことを理解した。


「嘘だろ……!?」


 開いたドアから、化け物達がゾロゾロと入ってきていたのだ。

 数は非にならない量であった。化け物達は、各所のドアから流れこむように終わりなく入ってきて、修二達へと迫らんとしつつあった。


「ヤバいヤバいヤバいっ!! 逃げるぞ!」


「ダメだ! 逃げ場がない! 入り口のドアからだけじゃない! 非常口がある場所からも出て来てやがる!」


 一体どうなっているのか、タイミングがいくらなんでも良すぎていた。

 犯人の襲撃と、化け物の襲撃が重なるように来たことで混乱していたが、ふと同じような現象があったことも思い出した。


 それは、マミと柊がいなくなった時に同じように攻められたことがあったことだった。

 あの時も、入るまでは周りに化け物はいなかったはずなのだ。

 それなのに、なぜか化け物は修二達がいることを分かっていたかのように、家の周りに集まってきていた。

 それは、まさしく今回と同じような状況である。


「――まさか、化け物を誘導させたのか?」


 もし、そうだとすれば、犯人はずっと、修二達をつけていた可能性が高い。

 方法は分からないが、なによりもそれが辻褄が合ってしまう。

 焦った修二は、この膠着状態の現状を打破しようと、


「クソッ! こうなりゃ破れかぶれだ!」


「修二!?」


 一か八か、このままここにいれば化け物の餌食なのは間違いない為、修二は遮蔽物となっていたテーブルから抜け出るように走り、修二は化け物から囮となろうとした。

 そして、竹田にナイフを飛ばしたであろう先の二階な通路を見る。


「いない!? おい、犯人はもういないぞ! 皆そこから動け!」


「ナイスだ! 笠井!」


 リュウの反応は早かった。修二の言葉を聞いて、すぐに飛び出し、近づく化け物達へ蹴りを決め込む。

 少しでも余裕が出来た状況を見て、修二は咄嗟に呆然としていた椎名達へ指示を出した。


「椎名! 白鷺! 太一! 出来るだけ固まらずにリュウの近くにいるんだ! 隙を見て、出口から逃げろ!」


「わ、分かった!」


 化け物の数は尋常ではなかった。いまだに、各所のドアから雪崩れ込み、その数は五十以上は下らない。

 修二は、そこら中にある台やテーブルを使い、押し倒すことで障害物にし、化け物達の動きを止まらせようとしていた。


 だが、数の暴力とはこのことで、ゆっくりと着実に押し込まれつつあった。


「ダメだ! 数が多すぎる! 俺だけじゃあ対処しきれない!」


「リュウ君! こっちのドアからまだそんなに人が出てきてないよ!」


 太一が指差した方向は、作業室とは別のフロアだった。

 それを見て修二は、皆の立ち位置を見て、太一をリュウに任せるのが最善と考える。


「リュウ! 太一を頼む! 椎名、白鷺! こっちのドアの方もまだ化け物の数が手薄だ!こっから出るぞ!」


「わかった!!」


 リュウは修二の提案に了承した。

 本来は別行動をとりたくはないが、化け物達の位置が悪い。修二達との間にもいる為、分断された形となっていたのだ。


「椎名、白鷺! こっちだ!」


 修二は、上手くテーブルを利用して化け物が通れないよう、障害物として倒していく。

 椎名、白鷺も修二の言う通りにして、後をついてくる。


「らぁっ!」


 横なぎに木刀を振るい、化け物達を退かしていき、道を作った。三人はドアを抜けて、通路一帯を駆け抜ける。

 化け物は尚も後ろから追いかけてくるが、前回相対した走るタイプではない為、追いつかれることはなかった。


 だが、前から来る化け物のこともあり、そのせいで撒くことが難しくなってしまっている。

 そして、目の前の化け物を木刀で薙ぎ倒しながら、辿り着いた先は――、


「ここ、食堂に繋がってるのか……!」


 そこは、この工場に入った時に見た食堂だった。

 修二達が入ってきた道とは違うが、ここならば、工場の出口に繋がるはずだ。


「修二! 出口からも来てる!」


 椎名の言葉を聞き、見ると食堂に入る道から化け物がゾロゾロと入ってきていた。

 このままだと、後ろから来る化け物と挟まれることになる。


「クソッ! 邪魔すんじゃねえよ!!」


 再び、修二達は化け物と戦う決心を決めて、木刀を握り締める。

 絶望が、再び彼等に降りかからんとしていた。


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