第一章 第十六話 『守りたい者』
リュウは太一を守りながら、一人で化け物達を相手にしていた。
作業室から化け物が唯一でてきていなかったドアの方へ移動しながら、たった一人で多勢の化け物を圧倒していたのだ。
「太一! 中で待ってろ! 出口はあるか!?」
「ここ、倉庫だよ! 出口がない!」
そこは服の刺繍や雑品が置かれる倉庫の中であった。
行き止まりとなっていた部屋のため、化け物が出てこなかったのはこれが原因である。
つまりは、リュウ達は追い込まれたも同然の状況となっていた。
「ちくしょう。そういうことかよ! おらぁ!」
リュウはドアの間に立ち、入ろうとする化け物達を一人ずつ相手にしていた。
幸い、化け物は一人ずつしか入れない為に、一挙に相手をする必要がないので、囲まれる危険はなかった。
しかし、あまりにも数が多すぎる為、ジリ貧であるのはリュウも分かっていた。
「リュウ君……。僕のことはいいから、一人でもここから逃げて!」
「馬鹿言ってんじゃねえよ! お前を置いて逃げてたまるか!」
「でも、このままじゃ二人ともやられちゃうよ! 僕なんかを守らなくていいから、リュウ君は自分のことだけ考えてよ!」
「黙ってろ! お前を見捨てるなんて出来るわけないだろうが! 見捨てて…たまるかよっ!!」
次々と、入ろうとする化け物を殴り、蹴り飛ばしていく。次第に、部屋の外は化け物達が集まり、抑えきれなくなりつつあった。
「太一……お前がいたから、俺は生きる意味を見つけたんだ」
だからこそ、見捨てられない……。それはクラスメイトの誰においても同じだったが、太一だけは特別だった。
△▼△▼△▼△▼
長瀬龍二は、日本でも有名なボクサーの息子である。
父を尊敬し、その跡を追いかけようとボクサーへの夢を掲げていた。
しかし、その父の軌跡を追いかけることは生半可なものではなかった。
小学校の頃から、血の滲むような練習を繰り返し、もうやめたいと考えたことは一度や二度ではない。
父は厳しかった。毎日往復十キロメートル以上のランニング、休む間もなく腕立て伏せやスクワットを百回以上、何セットも繰り返し、友達と遊ぶ暇さえも無かった。
その結果、彼は友達らしい友達は周りに一人もいなかった。
そんなことがあって、彼は中学生になった時、荒れていた。先輩から喧嘩を売られたりした時も、買ってボコボコにしたりもした。
停学処分も日常茶飯事なことだったが、彼は気にしていなかった。
――どうでもいい。今更、学校生活なんてものに興味はない。
長瀬龍二にとって、学校はただの通過地点、そのようなものだと思うしかなかった。
そんなある日、昼休みのチャイムが鳴り、長瀬は一人昼飯を食べれる場所を探そうと、体育館の近くをうろちょろとしていた。
クラスの部屋はグループで飯を食べる習慣があり、それが嫌だったのだ。
そうして、購買屋で買ったパンとペットボトルのお茶を両手に落ち着ける場所を探していると、体育館の裏手に生徒がいるのが見えた。
一人の生徒を囲って、三人の生徒が何かを話していた。
あの三人の生徒は見たことがある。確か、授業をサボったりタバコを吸ったりなどが常習で、素行が悪いことで有名な不良だった。
囲まれてる奴は見たことは無かったが、見るからに何かを迫られているような状況だ。
「たーいーち君! 約束通り、持ってきてくれた?」
不良の一人が、ニヤニヤしながら手を出していた。
「うん……。でもごめん、これだけしかないの」
そう言って、囲まれていた一際背が低い男子生徒はお金を出した。
ここからでも見えたが、大金だった。
少なくとも五万円はあるだろう、その札を不良の一人に渡していたのだ。
「あれー? あと五万足りてないけど、どしたの?」
「ご、ごめん。今月はそれが限界で……」
「ふーん。まあ仕方ねえか、じゃあ今月のお友達代はこれで我慢してやるよ。とりあえず、この一万で俺らの昼飯買ってきてくれよ、太一君?」
不良の一人はそう言って、太一と呼ばれる男子生徒の胸ポケットへ一万円札を入れる。
要はパシリの扱いだろう。
太一は「わかった」と言って、購買屋へ動こうとしていた。
「おいおい、今時の友達ってのはお金がいるのか?」
購買屋へ行こうとしていた、太一と呼ばれる男子生徒の肩を止め、長瀬龍二は不良の三人組を見据えた。
どうしてこんな事をしているのか、理由は明白だ。
どいつもこいつも、気に食わない顔をしている。
「なんだぁ? お前、なんか用かよ?」
「あー、なんだ。用ってほどでもねえが、その金、なんなんだ?」
「ああ? いきなり出てきてなんだお前? お友達代だよ。一ヶ月間友達になってやるから、十万毎月貰ってやってんだ。ギブアンドテイクってやつだよ」
なるほど。つまり、友達になるからお金を寄越せとそう言っているようだ。
それも期間限定の設定付きで。
そう言いながら、下品に笑う不良生徒に、長瀬龍二は苛つくわけでもなく、
「へぇ、最近の友達ってのはお金でも買えるんだな」
「あ? なんだお前、やんのか? さっきから何か言いたげだが、喧嘩でも売ってんのか?」
どちらかと言えば買う方だが、気に食わないのは事実だった。長瀬龍二は、弱い者いじめをする様を見てるのが一番嫌いなのである。
「ま、まてよ翔ちゃん。こいつ確か長瀬だ。あのボクサーの息子の……」
「だから何? お前ビビってんの? たかが息子だろ。たいしたことねえよ」
どうやら、生徒間の中でも長瀬のことは知れ渡っているようだった。これで戦意喪失されても困るところではあったが。
「だ、だめだよ。僕は大丈夫だから。気にしないで」
太一と呼ばれる男子生徒は、長瀬の腕を掴み止めようとしていたが、その手は震えていた。
ここで、長瀬は初めて、心の底から苛ついた。
どいつもこいつも、全員ムカつく奴らだったのだ。
「お前の為じゃねえよ。ただこいつらが気に食わねえってだけの俺の勝手だ。お前はそこで見てろ」
「なんなんだお前さっきから。調子乗ったこと言い続けやがって、ぶっ飛ばしてやるよ!」
不良の一人が、長瀬の顔目掛けて殴りかかる。
が、長瀬は容易くその拳を掴み、止めた。
そのまま、掴んだ拳に握力を込め握り潰そうとしてみた。
「あっ!? いててて! や、やめろ離せ! ほ、骨が!」
不良の男は、掴まれた拳を離そうとしたが、微動だにしない。まるで、鉄製の何かに挟まれて、抜けないかのように、その拳を長瀬は離そうとしなかった。
「あんま、こんなことはしたくないがな。本物とはまだ程遠いが、パンチってものを教えてやるよ」
「ひっ!」
長瀬は掴んだ右手はそのままに、左手で握り拳を作り、構えた。
「俺がやってんのも変わんねえのかもしれねえけどよ。俺は弱い者いじめをしてる様を見るのは大嫌いなんだ。次、こいつとこいつ以外のやつに同じようなことしたら本気で殴り飛ばす。分かったな?」
「わ、わかった! わかったからやめてくれ!」
「――やめねえよバーカ」
瞬間、左手から繰り出されたパンチが不良の男の顔へとクリーンヒットした。
鈍い音がし、不良の男は仲間の二人へと吹っ飛び倒れる。
そのまま動かなくなってしまった不良の男をみて、長瀬は少し焦ってしまう。
「あれ? おい、そんな本気で殴ってねえぞ。生きてるだろ?」
まだ荒削りだが、それでもボクサーとなる男の一発だ。不良の男はその衝撃で気絶していた。
「しょ、翔ちゃん! す、すみませんでした! もうしないんで、あの、許してください!」
「あー、もういいから、とりあえずさっき貰ってた金だけ置いて、さっさとどっか行け」
しっしっ、と手でジェスチャーしたのを見て、不良の二人は、太一から渡されたお金を置いて去っていった。
長瀬はそのお金を拾い上げ、呆然と立ち尽くしていた太一へとそのお金を渡す。
「ほら、これ持ってけ。お前ももう、あんなやつらに絡まれんなよ」
「あ、あの……ありがとう。な、名前を聞いてもいい?」
「長瀬だ。長瀬龍二、昼休みももう終わっちまうな。お前も早くクラスへ戻った方がいいぞ」
と、言った側で昼休みの終わりのチャイムが鳴ったのを聞いて、長瀬はため息をついた。
「あー、もういいや。俺、サボってるからお前ももう行けよ」
「ううん。僕もサボるよ。今戻っても先生に怒られそうだし」
にこやかに言った太一はご機嫌の様子だ。
正直、一人でいたかったので、困るところではあったのだが。
頭をガシガシと掻きながら、長瀬はその近くの階段へと座った。
昼飯も食べてない為、正直腹が減っている。サボる理由は正にそれだけだった。
「おい、これ食うか?」
「え? いや、大丈夫だよ。それ長瀬君のでしょ?」
とは言いながら、太一はお腹が鳴っていた。
「いいよ、パン二個持ってるしな。ほら」
投げ渡したパンを太一は両手で掴む。
「ありがとう。あの、僕、多々良太一って名前で……その、よろしく」
長瀬の隣に座って太一は、自分の名前を名乗った。
さっきまで人を殴り飛ばした人間とよく一緒にいれるものだと思っていたが、太一からはそのような分け隔ては感じられなかった。
それからは、何をするにも太一は長瀬と一緒にいた。
最初は正直、面倒だと思っていたし、同年代の人とあまり喋ってこなかった長瀬にとっては、誰かと一緒にいることが苦手だった。
しかし、太一は長瀬と同じく、友達がいないらしかった。
だからこそ、あんな不良共に絡まれていたのかもしれないが。
気づけば、長瀬は太一と友達になっていた。
高校も同じ場所で、太一はよくボクシングジムにも顔を出していた。
何かが変わっていた。今までやる気が出なかったボクシングにも、集中ができるようになり、親父からも褒められた。
高校二年になれば、太一と同じクラスとなった。
色んな奴らがいた。中学とは違って、気さくに話しかけてくる奴らばかりだった。
毎回バカばっかやっている菅原や鉄平、笠井も話しかけてきたりした。
太一が誘って、クラスの大半がボクシングジムにもきた。鉄平がふざけてスパーリングを申し込んできて、秒殺したのも懐かしい。
――楽しかった。毎日が、世界が変わったような気分だった。
こんな俺を、あいつらは物怖じもせず、一人の男として見てくれた。
それもこれも太一、お前のおかげだった。
お前がいてくれたから、俺は強くなれたんだ。
楽しく生きて、やりがいを見つけられた。
だから、俺は……、
△▼△▼△▼△▼△▼
リュウは、化け物達を中に入れない様に、押し留めていた。
しかし、化け物達はこの部屋へ入ろうと集まりだしていて、それももう限界がきていた。
「おおおおおおおおお!!」
叫ぶ。なんとしても食い止めようと、リュウは足掻き続けた。
「リュウ君! ここに外に出られる穴がある! 出れるよ!!」
太一は倉庫の中に、何か打開する術がないかと何かを探していた。
そして、ふと見つけた。
人一人分の身体なら出られる、外へと続く空洞があったのだ。
「!? 良し! 太一先にいけ! すぐに俺もいく!」
「分かった!」
だが、一手遅かった。化け物の一人がリュウの左腕へと噛み付いたのだ。
リュウは、このままだとマズイと考え、そのドアを閉めようとする。
「ああああ! 離せぇぇ!」
「リュウ君!」
「いけ! 太一! ドアを閉めたら俺もいく!」
太一は頷き、空洞から外に出て行った。
それを確認して、リュウは安心した。もう、大丈夫だと。
――あとは笠井達が太一を守ってくれる。
化け物はリュウの左腕だけでなく、その足や肩へと既に噛み付いていた。
もう、手遅れだった。
ドアを閉めるのはもう間に合わない。
噛まれれば、奴らと同じ化け物となる。
そして、そのまま生きた人間を襲いかからんとしてしまう。
「守る……」
リュウは、時間を稼ごうと化け物達から身体を張って食い止めた。
意識が混濁してきていた。
致命傷とまではいっていないはずだが、なぜか力が抜けようとしていたのだ。
「いか……せるかよ!! 守るんだ!」
リュウはその意識が途切れるその時まで、化け物から太一を守り続けた。
△▼△▼△▼△▼
「はぁ、はぁ。リュウ君」
空洞から外に出て、砂の地面の感触を太一は感じていた。
外に出られた。あとはリュウがドアを閉めて、この空洞から外に出るのを待つだけでだった。
ようやく、あの地獄から抜け出せたことに安堵していた。
助からないとさえ思っていたのだ。リュウがいなければ、それは間違いなかった。
そして、太一は顔を上げ、リュウの帰りを待とうとした。
「――え?」
そして顔を上げると、目の前には、まるで待ち構えていたかのように、化け物達が太一を見下ろしていたのだ。
「そ、そんな……」
絶望に染まり、リュウにこのことを知らせようと振り向いたが、間に合わない。
化け物達の格好の餌食となった太一のその悲鳴は、友の耳にはもう聞こえていなかった。
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