第一章 第十七話 『白鷺の覚悟』
食堂の中央、縦長のテーブルが乱立された空間の中で、修二達は化け物達を近寄せないようにしていた。
しかし、化け物の数は未だ外と作業室からの両方から湧き出ており、数が増す一方である。
逃げ道を探ろうと、三人は耐えながら化け物達を凌ぐが、状況は悪くなっていっていた。
「どうしよう笠井、どんどん増えてきてるよ! このままじゃ!」
「クソッ! なんとか逃げ道を見つけたいけど、どんどん入ってきやがる! とにかくテーブルを盾にして足止めするんだ!」
椎名も白鷺も、そこら中にある椅子を投げつけて化け物達を怯ませるが、それ以上に数が多い。
少しずつではあるが追い込まれつつあり、盾にして障害物としていたテーブルも意味をなさなくなってきていた。
「なにか、なにかないのかよ! こんなところで死んでたまるか!」
「もう、一か八か出口に突っ込むしかないと思う……。まだ化け物は入ってきてるけど、このままここに居たら、何もできなくなるよ!」
「っ! そりゃ、そうだけど!」
分が悪いのは事実だ。一度でも噛まれれば終わりの状況で、あの量の化け物を倒しつつ出口を抜けるのは至難の業である。
修二もはじめはその手を考えてはいたが、リスクが大きすぎるのも事実であった。
この食堂は窓らしい窓もない為、外への道は一つしかなかったのだ。
二、三十人はいるであろう化け物を掻い潜りつつ、しかもその中に走る化け物がどれだけいるのか、考えるだけでも恐ろしい。
それに対して、こちらの武器といえば、木刀とフライパン、あと食堂にあったナイフぐらいだ。
修二は、化け物へとテーブルを勢いよくぶつけて、思考を巡らせる。
全員で生き残るために、一人も死なせないために、生き残るために……。
「また……覚悟決めるしかないのか」
「えっ!?」
一度は死にかけた、あの時の覚悟をもう一度思い起こし、修二は出口の方向を見た。
全員で生き残るという手段を見つけられない以上、誰かが危険を犯すしかない。それが出来るとするならば、修二自身考えられないとそう思っていたのだ。
「椎名、白鷺! 俺が出口までの道にいる化け物をどうにかする! お前らも椅子でもなんでもいい! 化け物を怯ませて、突っ込むぞ!」
「う、うん!」
「分かった!」
こうなれば一か八かだった。テーブルを障害にし、化け物達を押し留めながら、修二は出口までの道にいる化け物へ木刀を振るった。
化け物達は当然、近づいた修二へと押し寄せようとするが、幸運にも、今の今まで投げつけていたテーブルや椅子が、化け物達の動きを遅らせていた。
「よし! 作業室の方からの化け物は大丈夫だ! いくぞ!」
まだ十人と外から中に入りつつある化け物がいるが、今がチャンスだ。
修二が木刀で化け物を倒し、白鷺や椎名が修二に近づく化け物を、椅子や手に持つ武器を投げつけながらサポートしていた。
「いける! いけるよ!」
「どけぇええええ!」
叫ぶ。もう化け物が集まるなんて知ったことではなかった。
このまま出口まで走り抜け、この工場から離れる。別のルートへいったリュウや太一のことも心配だ。
自分達の安全を確保するために、修二は多方向から押し寄せる化け物達を容赦なく叩きのめした。
そして、誰もいなくなった出口を見て、すぐさま駆け出そうとするが、
「修二!!」
白鷺の声に、修二は真横を見た。
目の前、死角からくる化け物に修二は気づかなかった。
ちょうど、作業室からくる化け物の一体が、するりと障害物を超えて、近づいてきていたのだ。
もう半歩のところまできたところで、修二も気付き、その瞬間に化け物も修二へと襲いかかる。
「っ!?」
意識した瞬間に、対処しようとしても間に合わない。
そして、化け物の牙が修二に届こうとする直前、
「やめてえええ!」
白鷺が投げた椅子が、修二へと襲いかかろうとした化け物の頭へと直撃した。
当然の如く、化け物は体を床へぶつけて地面へと倒れ込む。
「た、助かった……。ありがとう白鷺!」
「どういたしまして! こんなんで助けてもらった恩はチャラにならないからね」
こんな状況でも、白鷺は笑顔で修二に応えた。
冗談抜きで、今のは生死ギリギリの境目だった。
白鷺の援護が無ければ、確実に終わっていただろう。
「ーーーー」
修二は、改めて気を引き締めた。
出口が見えたことで、気を緩め、周りが見えていなかったのだ。
助かるかどうかも分からないこの状況を生き抜くために、少しでもやれることをやるしかないといけない。
それが、修二への自信の一歩となり、再び出口へと走り出そうとする。その時、
「きゃっ! は、離して!」
椎名が化け物に足を掴まれ、動けないでいた。
修二も白鷺もすぐに反応した。
「この……離しやがれっ!」
足を掴む化け物へ蹴りを決め込み、白鷺が椎名を引っ張り無理矢理引き剥がさせた。
「あ、ありがとう……。っ!! 修二、後ろ!」
椎名が叫ぶ。
が、修二も今一歩気付くのが遅れてしまった。
作業室から来ていた化け物達が障害物を乗り越え、目の前まで迫っていたのだ。
刹那であった。
時間が止まったように、修二は木刀を振ろうと脳が判断するが、間に合わない。
スローのように、化け物達が修二の腕を、肩を、足を掴もうとしていた。
――これは、無理だ。
修二は、もう間に合わないと悟り、椎名と白鷺を逃がすための盾となろうとその覚悟を決めた。
目を瞑り、せめて化け物の顔は見たくないと考えながら、守る動作へ移ろうとした。
「――――?」
が、予想された痛みは無かった。
どころか、腕や足ではなく、一番関係ない背中がなぜか痛むのだ。
「な、にが……」
スローになった時間が再び、動き出していく感覚があった。
噛まれそうになった腕や、その身体に痛みはない。
ならなぜ、背中だけに痛みを感じるというのか。
その瞬間、修二は自分が背中から床についてることを理解した。
「押し倒された? 違う。化け物達は俺を掴んでいない。なら……」
修二は、今現在の状況を把握しようと、その目を開けた。
「……え?」
ありえない光景が、目の前に映し出されていた。
白鷺が、修二を突き飛ばし、代わりに化け物達の牙を受けていたのだ。
突き飛ばした白鷺の顔は修二の方へ向き、それでも笑って、
「笠井……あの時、私を助けてくれて、ありがとうね」
「しらさ……!」
名前を呼び、助けようとしたその時、化け物達が白鷺を押し倒し、その身体に喰らい付いた。
白鷺の姿が見えなくなるぐらいの人が、化け物が白鷺を襲う。
そのまま何も見えなくなっていき、途端、心の中の何かが弾けた。
何も守れず、何一つ救うことができず、そんな自分への怒りと……、
「やめろおおおおおおおお!!」
叫ぶ。叫び、木刀を群がる化け物達へ叩きつける。
だが、化け物達は離れない。
どれだけやっても、何をしても意味がないように、化け物は白鷺から離れようとしない。
もう自分のことなんか知ったことではなかった。
周りも見ずに、修二は白鷺に群がる化け物へ蹴り、殴り、木刀を叩きつける。
そんな修二も必死な行動に対し、椎名は膝をついていた。
目の前で起きた惨状を見て、何も考えられなくなっていたのだ。
「やめろやめろやめろ! 離れろ! やめてくれ!俺の、俺の友達なんだ! 頼むよ! もう、やめてくれぇぇぇ!」
力いっぱいに木刀を叩きつける。そして、その木刀が折れた時、修二の心も同時に折れそうになっていた。
泣き叫び、その付近にある椅子をナイフを、化け物達へ刺し、投げつけても何も変わらなかった。
血が、床に広がっていく。
誰の血か、そんなことはもう考えようともせず、体力が限界に近づいても体を動かす。
そして、後ろにいた自分へと襲いかかろうとした化け物がいることを、修二は気にしなかった。
もう、いい。もううんざりだと。
恨み、憎んだ。
俯く修二の足元に、誰の血か、足元を濡らしていた。
それは、今も噛みつかれている白鷺のいるところから流れてきており、それが誰の血かは明白だった。
――死んでも呪ってやる。
そう犯人への恨みを頭に刻みつつ、修二は身体の力を抜いた。
それは、諦めでもあったのかもしれない。
どれだけ足掻いても、どれだけ醜く抵抗しようもも、最後には失ってしまう。
自らの無力さ故に起きた結果に、このような状況に追い込んだ犯人に尋常ではない程の怒りを秘めながら、修二は死を受け入れようとした。
だが――、
ドンッと発砲音が聞こえた。
修二へと遅いかかろうとした化け物が、目の前で倒れる。
修二は目を涙で濡らし、前が見えていない。
何が起こったのか、何も理解できなかったのだ。
そして――、
「生存者、確認!」
渋めの声をした男の声だった。
何が起きたのか分からず、呆然としていたその時、発砲音が連続で鳴った。
目を擦り、その方向を見ると黒い装備を身に纏い、防弾ヘルメットのようなものを被った人間が、銃を持って化け物達へと撃ち続けていた。
「君たち! 伏せてなさい!」
男の声に、椎名と修二は即座に従った。
未だ、何が起きているのか分からず、食堂の中は轟音に満たされていた。
よく見ると、銃を持った者は二人いて、その一人が白鷺に群がる化け物達へと持っていた銃で撃っている。
それから数分、発砲音はしなくなり、静かになったのを理解した修二は顔を上げ、状況を確認する。
化け物達は一人残らず地に伏せ、ピクリとも動かずにいた。
あれだけの数の化け物を制圧したのだ。
「――クリア。……君たち、大丈夫かい?」
先ほど、修二達へと合図を出した男が、ヘルメットを脱ぎ、そう尋ねてきた。
若い男だった。年齢は三十代ぐらいだろうか。髭を少々生やした短髪の男は、銃を置いて修二達へと近づき、腰を下ろす。
「は……はい、大丈夫……です。あんたたちは?」
「救援……の目的で来たわけではないが、助けに来た者と見てもらって問題ないよ。他に生存者はいるかい?」
男は修二へと他生存者の確認を取るが、修二は一瞬返事を躊躇い、ハッとして答えた。
「さ、作業室に……! 作業室の方に俺の友達が二人います! 助けてください!」
「そっちは、もう仲間が助けに行っているはずだ。一緒にいこう。立てるかい?」
修二は頷き、男の手を取って立ち上がる。
そして、化け物へ群がれて、姿が見えなくなっていた白鷺へと向き、数秒固まっていた。
そうしていると、椎名が修二の腕を組むように掴み、同じように白鷺がいた場所を見ていた。
「――――」
何も言わなかった。あの時、白鷺は助けてくれてありがとうとそう言った。
あの最後の言葉は、今も鮮明に残っている。
それ故に修二は苦しかった。
あの時、白鷺を守ったのはその借りを返してもらうためでもなんでもなかった。
ただ、救いたかった。それだけだったのだ。
「白鷺ちゃんは……あの時助けたから、修二を助けたんじゃないよ。きっと、そうじゃなくても白鷺ちゃんなら……そうしてた。だから、自分を責めないで」
「ああ……わかってる」
修二の考えていることを分かっているかのように、椎名は修二にそう言い聞かせようとした。
それは慰めではなく、本音そのものであることも分かっていた。
目を瞑り、顔を上げ、前を見据えた。
何も守れない。このちっぽけな拳では何もできなかった。
それでも、たった一つだけの志だけは失わないようにして、
「必ず、生き残ってやる。白鷺、この命、絶対に無駄にしないよ」
最後にそう言い残し、修二は背を向け、歩いた。
椎名は、その修二の様子に対して、何かを言いたげな顔をしたが、何も言わずに修二についていった。
△▼△▼△▼△▼
作業室は食堂よりも化け物の数が溢れていた。
もうすでに動かなくなっていたが、五十人近くいたのだろう。全て掃討され、血の匂いが室内に充満していた。
「織田、霧崎。生存者はおったんか?」
「ええ、そっちは?」
作業室にいた関西弁で喋る男は首を横に振った。
「そんな……リュウは、太一はどこにいるんですか!? この工場から離れてるはずなんです! まだ……近くにいるはずだ!」
声を荒げ、修二は今ここにいない仲間を探しだしてもらおうと彼らに頼もうとする。
作業室にいた男は、間を置いて言いづらそうに答えた。
「生存者とはちゃうけど……二人息絶えている者はおったよ。その二人は、あの暴徒達に喰われてるところやった。すぐに掃討して確認したんやけど、背の高い金髪の男と背の低い少しぽっちゃり目の男、その二人とはちゃうんか?」
その言葉を聞いて、修二は膝をついて崩れ落ちた。
化け物達に喰われていた。それだけで生存していた人間なのは間違いなく、特徴はその二人そのものだったのだ。
「そんな……、リュウ、太一……!」
皆、死んでいった。
数分前までは皆、何事もなく喋っていたはずだった。
「ーーーーっ」
動悸が治らなかった。修二はホテルから、失っていく友達をその目でずっと見てきたのだ。
リュウ達と合流して、安心できたことも束の間。
結局、修二と椎名を残して、誰も生き残れなかった。
「――修二?」
リュウ達が逃げていった部屋から、一人の男が出てきた。
なぜか、修二の名を知るその男の声は、聞き覚えがあった。
修二は顔を上げた。
ヘルメットを被っていたその男はそれを脱ぎ、その顔が露わになると、修二は目を見開いて驚く。
「修二、なぜここにいるんだ?」
「父……さん?」
ここにいるはずのない笠井修二の父、笠井嵐が修二同様に驚く様子を見せながら、そこに立っていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます