第一章 第十八話 『隠密機動特殊部隊』
目の前の現実に、修二は頭で理解することが出来ないでいた。
本当に、意味が分からなかったのだ。
次から次へと入る情報に、修二は頭がパンクしかけていたのだ。
「父……さん?」
そこにいたのは、修二の父、笠井嵐の姿であった。
黒い装備を身に纏い、普段見せない様相を彼はしていた。
修二の父、嵐は警察官であった。が、地方公務員である彼がこの島に、それも警官が持たないような銃器を持っていることが、それ自体が謎であった。
「副隊長。お知り合いですか? 食堂にいた生存者ですが」
「ああ、俺の息子だ」
織田と呼ばれる男が、父のことを副隊長と呼んでいた。
当然のことのように、修二のことを息子だと仲間である者達に伝える。
父は笠井修二の前に座り、修二の顔を見た。
修二も同じく、父の顔を見た。
そして、思い出した。
この作業室でリュウ達と話していたこと。
この島に来るきっかけになった人物のことを。
「修二。色々聞きたいことが山ほどあるが、どうしてここにいるんだ? それに、椎名ちゃんも」
「っ!」
未だ、しらばっくれているのか、そう答える父を見て、修二は怒りが込み上げてきた。
修二はすぐさま、父の胸ぐらを掴み、その顔を殴った。
「副隊長! おい、なにしとんのやっ!!」
そのまま、後ろにいた黒服の男に抑えられたが、修二は止まらない。
「ふざけんな!! なにが……なにがどうしてここにいるだ! お前が、お前がここに俺たちを連れてこさせたんだろうがぁっ!」
「ま、待て修二。なにをいって……」
「皆!! 皆死んでいった! 目の前でだ! 美香もスガも福井も鉄平も白鷺も! お前がこの島への旅行券を俺に渡さなかったら……皆死ぬことはなかったんだ! なんでだよ! なんで父さんがここにいるんだよ!? なんでこんな所に……俺たちを連れてきたんだよ!」
感情が沸騰した。何から言えばいいのか分からず、しっちゃかめっちゃかな言葉を吐き捨てることしかできない。
修二はは冷静ではなかった。友達の死を、今も苦しんでいる友達達のことを思い、ただ吐き出しているだけでしかなかった。
ただ、父はそんな修二の叫びの意味を理解できていない様子で、困惑していた。
「旅行券? なにを言っているんだ。落ち着くんだ修二。俺はお前にそんなもの送っていないぞ」
「この……! まだしらばっくれて……!」
「落ち着きなさいなバカ」
女の声をした黒服の女が、修二の背中を思いっきり叩いた。
突然、肺の中の空気が吐き出された為、修二はその場で一時的な呼吸困難に陥り、咳を繰り返す。
「が、がはっげほっ! な、なにを!?」
「気持ちは分かるよ。訳の分からない状況で、ってのはね。でも、まずは話を聞きなさい、困惑しているのはあなただけじゃないのよ」
女はヘルメットを脱ぎ、修二にそう諭した。
髪を束ね、凛とした顔をした若い女性だった。
その女性の言葉の言う通り、修二は自身を落ち着かせようとした。
少なくとも、父が何かを知っている。
その詳細を聞くために、修二は落ち着きを、平静を保とうと、もう一度深呼吸した。
「そうよ。今は、今だけは自分のことを優先しなさい。そうして、前に進むことができるから」
「霧崎、ありがとう。修二、まずは一つ一つ答えていきたいところではあるが、先に言っておく。
お前の言う、旅行券というやつを俺は知らない。
お前がここにいるということは俺も、ここにいる他の隊員も誰も知らなかったんだ」
「知ら……ない? じゃあ、あの手紙は?」
「そのことも聞きたいが、まず俺たちがここにいること、俺がなぜこんな格好をしているかについて説明しようか」
「副隊長……それは……」
「構わない、織田。この島に関わっている以上、俺たちの存在はもう彼らに認知されているんだ。それに、もう誤魔化しは効かないさ」
織田という黒服の男は狼狽えていたが、父は続けた。
「修二、俺が警察官だってことは伝えたよな? それは間違いない。が、正確には国が作った警察内部の非公表の特殊部隊員ってのが俺の役職なんだ」
「非公表?」
「世間には知られていない、非公表の部隊というところだな。SATとは少し違う、警察が動きづらい犯罪に対して、SATよりもより過激な強硬手段を持って対応する組織のようなものだ。正式名称は『隠密機動特殊部隊』――」
話が飛躍しすぎていることに、修二は戸惑いを隠せなかった。
国における犯罪の取り締まりにおいて、警察は証拠や申告を元に動く。
警察が動けない案件に対し、武力を持って制圧する者達、法を逸脱して動く組織ということだろう。
それが、父が今所属している組織ということだ。
「その上で、この島に来ている理由についてだが、それはこの島に細菌兵器、もしくは化学兵器を研究、実験として行なっている者達がいるという疑いが掛けられていたんだ。俺たちはその調査と容疑者の確保の依頼が防衛省からあって、この島に来たというところだな。
が、まあこの島の惨状を見た通り、既に事は重大なことは把握しているのだが……」
「細菌? 化学兵器? なんでこんな島に?」
「それは分からない。だが、暴徒となっていた島の住民を見て、なんらかの事態が発生していたのは事実だ。だから、俺たちもこうして防護ヘルメットを被っているのだが……」
「……てことは、誰かがこの島にその生物兵器をばら撒いたってことか。でも……なんでそんな」
「不足の事態が起こったか、もしくはわざと起こしたか、まだ何も分かってはいないが、修二や椎名ちゃんが感染していないことを見るに、何らかの条件がありそうではあるな」
「――――」
条件――、そのことについて、修二は引っかかる点があることを知っていた。
それは、今まで散々、議論してきたことであった。
「その条件だけど……多分化け物に噛まれたりすることで感染するんだと思う……。俺の友達もそれで、あの化け物達のようになったんだ」
「修二……お前がここにくるまで、あったことを話してくれないか? その様子だと、犠牲者だけでなく、まだ生存者もいる口ぶりだ」
こくりと頷き、修二はこれまでの顛末を話そうとしたその時、作業室へと剣を持った短身の男が入ってきた。
「誰だ!?」
「待て、修二。大丈夫、この人は味方だよ。桐生隊長、もう掃討したんですか?」
桐生隊長と呼ばれる目つきが鋭く、父達と同じように黒服を着た男は、手に持つ血に塗れた剣を振るい、その血を落として修二を見る。
「問題ない。そのガキ共は生存者か?」
「ええ、混乱するかもしれないですが、一人は私の息子です」
「……詳しく話せ」
桐生は床に散らかっていた服を取り、血に塗れた剣を拭うようにしながらこちらへと近づいた。
「修二、話せるか?」
父は修二の心の余裕の無さを気遣うようにして、問いただした。
少なくとも、今の現状から見て、父も他の人達も味方だと思い込ませようと、心を落ち着かせた。
「ああ、あとさっきはごめん。なんも知らないのに、急に殴りかかって」
「構わないさ、俺とお前の仲だ。そんなことで怒りはしない」
父は、修二の早とちりな行動を咎めずに許してくれた。
その後、修二はここまでのことを全て伝えた。
隣にいた椎名も黙って修二の話を聞いていた。
たったの数時間の話だ。だが、その中身はとても濃密で、重い。
もちろん、信じてもらえるとは思っていなかった。
それでも父は、いや、ここにいる全員は、修二の話をしっかりと最後まで聞こうとしていた。
「そうか……辛かったな、修二。椎名ちゃんも、よくここまで生き残ってくれた」
「は、はい。でも、わたし、なにもできなくて……」
「そんなことはないさ、君たちはあくまで一般人、生き残っただけで十分さ。ここからは、俺たちの仕事だ」
父は、椎名の肩へ手を置いて、安心させる。
そうして、隣にいた織田という男が、父、嵐へと振り向いて、
「副隊長……今回の事件ってやはり……」
「ああ、どうやら容疑者への疑いは濃厚の線で間違いなさそうだ」
「容疑者って?」
修二は怪訝そうに父へと尋ねた。
その容疑者が、修二達が知りたがっていた犯人ならば、今度こそその名前を知りたいのだ。
「この島での細菌、及び化学兵器の実験の関与をしている可能性がある人物だよ。
その名前は……
碓氷氷華」
名前を知らされ、修二と椎名は驚愕した。
その者は、修二達のガイド役の女性だった。
そして、それは確かに、まだこの島にいるはずの人だった。
「碓氷……さんが?」
「知っているのか修二!? どうして?」
「碓氷さんは、俺たちの旅行のガイド役の人なんだ。船からホテルまでの道のりを案内してくれたんだけど、あいつが……容疑者?」
ふつふつと、怒りが込み上げてきた。それと相まって安心もした。
修二は今回、クラスメイトの中に事件の関係者がいると考えていたのだ。
碓氷が美香を殺した犯人だとするならば、これまでの疑問にも頷くことができる。
「そう考えると、俺になりすまし、修二へ手紙を送ったのは碓氷の線が強いかもしれないな。しかし、何のために……?」
これまでの謎が、少しずつ解消されていくような感覚だった。
父、嵐が修二に御影島の旅行券を綴った手紙を送ったのではなく、別の人物がなりすまして修二に送りつけたとするなら、納得のいく原因でもあったのだ。
だが、動機だけが謎に包まれていた。父も修二も、碓氷とは何一つ関わりもないのだ。
ここに修二とその父がいること、それが偶然とはとても思えなかった。
「桐生隊長、とりあえずこの事件、まだ何か奥が深そうです。どうしますか?」
桐生と呼ばれる男は、父の言葉を受け、修二達へと顔を向けて、
「おい、ガキ共、お前のお友達とやらは、あと何人いやがるんだ?」
「え、と……今行方不明になっているのは、七人です」
今、現在行方不明になっている者、それは世良、黒木、大門、茅野、柊、マミ、リクの七名だ。
生死の不明もあるが、今ここにいない以上、生きていることを祈りたい。
そんな修二の考えていることを他所に、桐生は隊員達へと面を向けて、
「俺は生存者を探す。お前達四人は、この二人を連れて、目的の研究所へ向かえ。迎えのヘリについても合流次第、中継地点の連絡をする」
「ま、待ってください! 修二達はただの一般人ですよ!? それはあまりにも危険では……」
桐生の指示に、父は反論した。隊長と呼ばれたこの男が、一人で行動することにも驚いたが、どうやら他のクラスメイトを全て見つけ出すつもりらしい。
父がそのことよりも修二の身の心配をする方が違和感だったのだが、そんなことを考える間もなく、会話は続く。
「聞け。このガキ共を連れていけない理由はいくつかある。まず、目的地である研究所へは必ず人数を極力減らせないこと、これは絶対だ。そして、このガキ共が言うには、こいつらは何者かに狙われていたことも事実だ。あの訳の分からない集団がまた襲いかかってきた時、こいつらを守りながら制圧するのは難しくはないが、生存者の捜索に影響はでる。
お前達四人が守りながら、研究所内の証拠と容疑者の確保、それが済んだらすぐに脱出してこればいい」
「っ! しかし……」
尚も食い下がる父、嵐を見て、修二は立ち上がった。
「父さん、俺なら大丈夫だ。数が多い方が守りやすいのは事実だし、何より、俺もこの事件の真相を知りたい」
なぜ、こんなことになってしまったのか。
なぜ、修二達がこの島にこなくてはならなくなってしまったのか。
今はいない、死んでしまった皆のためにも、修二は真相を知りたかった。
それが、どれほどの危険が降りかかることだとしても覚悟の上であったのだ。
「修二、俺たちが向かう先はお前が思うよりも危険な場所なんだぞ? 敵の本拠地であることには変わりはないんだ。絶対に守り切れるという保証だって……あるかどうか分からないんだぞ?」
「俺だって、今の今まで誰も守ることなんてできなかったよ。誓うだけ誓って、何もできないままだ。
でも、これだけは約束する。自分の身だけは自分で守るし、ここにいる椎名だって必ず守ってみせる」
そんな様子を見ていた関西弁の男は口笛を吹いていた。
修二は手を握り、仲間たちのことを思い浮かべる。
上手くいかないことだらけだった。
でも、今回は違う。
頼れる大人がいることが、こうも頼もしく感じることが、修二にとっても絶対的な安心感があったのだ。
「――言うじゃねえか。ガキ、ならお前がこの女を守ってみせろ」
桐生は修二へと自身が持っていた拳銃を一丁、渡した。
ズシリとした重量感があった。
人を殺せる武器だ。一度は持ったことはあったが、今はそれが何より重く感じる。
しかし、その様子を見ていた父、嵐は動揺して、桐生へと問い詰めようとした。
「桐生隊長!? 何を!」
「誰がいつ死んでもおかしくない状況だ。なら、こいつらにも自衛の武器は持ってても誰も何も言わねえよ」
「いや、ここは日本ですよ!? いくらなんでも……!」
「グダグダうるせえよ。おいガキ、どうなんだ? お前は本気で守る気はあるのか?」
桐生は問いかけるように修二の目を見る。
少々ずるい質問のような気はするが、修二の腹は最初から決まっていた。
受け取った銃を握り、修二は父の顔を見てしっかりと伝えようと向き直った。
「父さん、やらせてくれ。俺だって本当に危ないと思った時しかこれは使わない。それは約束する。父さんが俺を守ってくれると信じてるから……でもそれでも、俺は父さんや椎名が危ないと思った時は、自分の力でなんとかしたいんだ。だから、頼む――」
力強い意志を持って、修二は嵐へ自分の思いを伝えた。
父は、そんな修二の様子にため息をついて、諦めたかのように修二の肩に手を置いた。
「分かった。でも、本当に危ないと感じた時だけにその銃を使うんだ。それだけは約束してくれ」
「――ああ」
頷き、了承した。全員の意志が固まり、桐生以外の四人の隊員が装備を確認し始める。
修二も何かできることはないかとソワソワするが、実際特に何もできることはない。
今ここにいるのは、日本においても有数の精鋭部隊だ。
あの厄介な化け物を、一網打尽にできるほどの実力はある。躊躇なく人を撃っていたことからも、自衛隊よりも実戦経験が豊富なのだろう。
今のうちに聞けることは聞いておこうと考えて、腕を組んで、特に何もしていなかった桐生を見て、修二は話しかけようとした。
「あの、そういえば思ったんですけど、桐生……さんは銃を使わないんですか? 剣を持ってるのが気になったんですが」
思えば、隊長と呼ばれるこの男は銃を所持していないように見えた。持っている武器といえば、二本の小太刀を腰に構えているだけである。
「俺は元々、こういうスタイルだ。銃も使うが、基本はこの方が立ち回りやすい」
正直、少し信じられないとは思う。
実際、外の化け物を制圧したと言っていたのだから、特化した才能の持ち主なのだろうが、この近代武器が主流の時代、銃を持った相手がいたら厳しいのではとは思う。
漫画の世界じゃあるまいに、と少し感慨深く考えていると、装備を整えた霧崎と呼ばれる女性隊員が、いつの間にか修二の横に立っていた。
「隊長はすごいよ? 剣だけでって思うかもしんないけど、銃を持った私たち四人なら一分もかからず倒せるぐらいにね」
「え、マジですか? 誇張してるとかそんなんではなくて?」
「マジよ」
マジかよ。
そもそも、さっきも集団で襲い掛かられても修二達二人を守りながら制圧できるなんて話していた気がするが、一体どこまで強いというのか。
得体の知れないものを目の前にして、修二は息を呑んでいた。
「隊長の本気を私も知らないけど、噂では白兵戦最強の男だの人類最高戦力だの誇張されたかのような異名を持っているわ。実際、誇張抜きで私もそう思うのだけどね」
「それは……すごいですね」
言葉では言い表せない、桐生という男の底知れなさを知れた。
世界は広いな、と半信半疑ながら眉を吊り上げていたが、逆に安心できる味方でもあるので心強い。
そうしていると、どうやら皆準備が完了したのだろう、カチャカチャと音を立てて準備していた四人の隊員が、副隊長の嵐の指示を待つようにしていた。
「さて、では行こうか。地下研究所は、山奥の隕石クレーターの近くの小屋の中と目星をつけている。
まずはそこまで行こう」
「隕石クレーター……」
隕石クレーターと聞いて、そういえば碓氷がそんなことを話していた記憶があったのを思い出した。
ニュースにもなっていたが一年前、この島に極小の小さな隕石が落下したことがあったのだ。
その時にできたクレーターは珍しく、観光名所ともなっていた場所だ。
なぜ、そんな近くに研究所があるのか怪訝な雰囲気ではあるが……。
気になる思いではあったが、皆が移動を開始し始めたことにより、考える間もなく修二は父達の後ろについて行き工場を後にした。
△▼△▼△▼△▼△▼
死体の山が群がる中、桐生大我は一人まだその工場内に残っていた。
隊員達や生存者を、一旦先に外に出したのは、安全を確保させる為でもあった。
その中で、桐生はもう一度この建物の中の生き残りがいないかを確かめていたのだ。
「――――」
血に塗れた地面を歩きながら、桐生はふとある死体へと近づいていく。
その死体は、笠井修二から聞いた、飛びナイフによって殺された竹田という名の死体だった。
頭部に刺さっていたそのナイフは、柄がなく、刃だけが刺さっている状態であったのだ。
桐生は目を細め、その頭に刺さっていたナイフの見て、呟いた。
「スペツナズナイフ……か」
この日本にはないはずの、ロシアの軍隊が使用する特殊武器を見て、桐生は考えていた。
この事件が、何かもっと大きな力によって起こされたものではないかと。
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