第一章 第十九話 『観光名所』
外に出ると、そこは言葉にし難い程の惨状と化していた。
地面が見えないほどの死体、死体、死体。
ざっと百人近くはいたであろう化け物の死体が、工場の入り口付近を覆っていたのだ。
その中で、修二と椎名は驚愕の表情を浮かべていた。
「こ、これ全部、桐生さんがやったのか?」
さすがにこれは規格外だった。
あの二本の剣で、工場に集まりつつある化け物を全て倒したのだ。
半信半疑に考えていた修二であったが、とんでもない実力の持ち主なのだろうと再確認する。
「ねっ、言ったでしょ。桐生隊長にかかれば、こんなもの朝飯前ってやつよ」
隠密機動特殊部隊の隊員の一人、霧崎という名の金髪に染め、髪を後ろに束ねた女性が、自慢げにそう話した。
「さすが桐生隊長だな。いや、でも本当にこれ一人で掃討したのか。俺達四人でもなんとかやれるかどうか怪しいところだが……」
修二の父、嵐は桐生の実力を知っているはずだが、実際目の当たりにすると慣れないのだろう、驚きの表情であった。
そうしていると、当の本人である桐生が、工場から出てきた。
「あっ、桐生隊長。それでは地下研究所での任務の方、向かわせていただきます。無線は使用できないので、合流地点を決めときたいのですが、どうしましょう?」
「ああ、道中にあった荒野を第一合流地点とする。
すぐに見つけられるからな。もし、そこで俺が確認できない場合は、当初の脱出ポイントまで来い。ヘリはこちらで要請を起こすようにする」
「分かりました。では、お気をつけて」
父の言葉に対し、桐生は違う方向を見ていた。
それは森がある方向だった。
「ん? 桐生隊長?」
「いや、なんでもない。じゃあ、あとは任せたぞ」
桐生はそう言い残し、この場を後にした。
四人の隊員は敬礼のポーズを取って、見送る形となった。
「さて、じゃあいこうか」
目的地である、地下研究所がある方向へと歩いて向かった。
場所は山奥の中だが、ちゃんとした道を通って向かうとのことだ。
地図を見せてもらったが、ここから一キロ先のところだろう。まだそこまで遠くはない。
「そういえば、嵐さんのせがれよ。自己紹介がまだやったな! 俺は来栖真司。こん中で唯一の関西人や。よろしく!」
いきなり関西弁で話す隊員の一人が修二へと自己紹介をし始めた。というより、なぜ皆自分の名前を普通に出しているのだろうか。非公表の部隊なのに。
「あっどうも。俺は笠井修二です。父の息子で、隣の女の子は椎名真希って名前で、俺の幼なじみなんです」
「よ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる椎名は、礼儀正しい佇まいだ。
「あー、ええよええよ。そんなかしこまらんでも。俺らもそない大したことないし、なぁ織田?」
「まあ実際、お前が一番大したことないもんな、来栖よ」
「えっ、ひどない? 心にグサってくるわ」
毒舌たらしく、織田という男が片目にスコープのような物をはめて、修二達へと向き合った。
「改めて、織田哲也という者だ。副隊長の息子さんなんだって? とんだ偶然でビックリしたけど、君たちの安全は俺達が必ず保証するから何があっても混乱しないようにな」
「は、はい。ありがとうございます。ところで、その目につけてるのは何ですか?」
「これかい? これはサーモスコープだね。今も索敵してるんだけど、あの暴徒達は死人の割に体温はまだ残ってることが分かってるからね。何かあれば俺が合図を出す、そんなところだよ」
さすがは特殊部隊、便利な物をたくさん持っているものである。
「今は月明かりがあるから、そこまで警戒はしていないからね。もう少し暗ければ暗視ゴーグルも使っているんだが……使わないに越したことはないからね」
「せやけど、さっきの工場に押し寄せてた暴徒達がほとんどっぽいよな。ここら一帯はもうおらん感じやわ」
「仮定の推測ですけど、島の事態を引き起こした犯人が、あの化け物達を誘導してた可能性がありますからね」
「それについて、先ほども聞いてはいたが信じられないな。死人になって動くこともそうだが、その群勢を操るなんてファンタジーのような話だからね。
しかし、実際君たちは襲われていたわけだし、一体どういうことなのか」
織田は、あの化け物の集団行動の可能性について、信じられないような様子でそう話していた。
確かに、奴らを意図的に動かせるなど、普通に考えればあり得ないことだった。
その方法も何も判明していないが、まだ犯人が近くにいる可能性だってある。
そうなれば、織田さんがすぐに気づくことになるだろうが。
と、考え込んでいると、椎名へと女性隊員である霧崎が近づいてきていた。
「椎名ちゃんだっけ? 男だらけで面倒な奴らばっかだけど、よろしくね。私は霧崎っていうの。何か聞きたいことがあれば言ってね」
「は、はい! 女性の隊員がいるなんてすごいですね! 迷惑かけないよう気をつけますね」
「気にしなくていいのよ。それと怪我とかしたらすぐに言ってね。これでも衛生兵っていって、治療担当でもあるから」
霧崎は、隊員の中で唯一の女性であった。
特殊部隊というからにはもっと殺伐とした雰囲気だと思ったが、皆気さくなので少し意外である。
そこで、修二は今の今に至るまで気になっていたことを聞いてみようと、霧崎に問いかけてみた。
「思ったんですけど、皆普通に名前で呼び合ってるんですね。もっと何かコードネームとかで呼び合ったりしてるもんかと思いましたけど」
「あるにはあるんだけどね。コードネームで呼び合う時ってのはまあ報復があり得るヤクザや半グレ集団の時ぐらいだから、ここでは名前で呼び合ってるのよ」
「……はぁ」
改めてすごいメンバーと一緒にいるものである。
これなら誰が襲いかかってきても安心できるものだ。
何より、父がその部隊の副隊長を務めていることも修二にとっては頼り甲斐がある気持ちだ。
そんな中、父、嵐が椎名へと向き、話しかけた。
「そういえば、椎名ちゃん。ここに世良ちゃんもいるのだろう? 行方不明と聞いているが、桐生隊長ならきっと助け出してくれるよ」
「は、はい。世良ちゃんは私に似て、怖がりなところがあるから不安ですけど……きっと大丈夫ですよね」
父は世良のことも知っている。
高校進学した後、転校生としてきた世良と初めて友達になったのも椎名だ。
父がちょうど帰省していた時、椎名が世良を紹介していたのも記憶に新しい。
「あの人は、人の気配を探るのが上手いからね。訓練で隠密に関わることをしたことがあるけど、数分で看破できるほどだ。隊長ならきっと見つけ出せるさ」
「本当に同じ人間かよ……」
失礼な言い方かもしれないが、普通の反応だったとは思う。
その話を聞くだけでもとんでもない人間なのだ。。
本当に同じ人間なのかとさえ思ってしまうが。
「そういえば、父さんはここまでどうやって来たんだ? 船で来たってんなら大方の事情は把握してるとは思うけど」
「ああ、仰る通りだ。船でここまできたが、全ての船が発進不可能なレベルにエンジン毎破壊されていたよ。まず、間違いなく敵の仕業だろうな」
「……やっぱり、か」
予想通りの事態に、修二は舌を噛む。
やはりと言っていいべきか、犯人、もしくはこの事態を引き起こした連中はどうしても修二達を外に逃がすつもりはないらしい。
犯人を碓氷と断定しないのは、確証が持てていないこともあるが、連中の一人であることは事実だ。
この先にある、地下研究所にいるかもしれないとのことでもあり、修二としても再び相対した時のことを考えれば緊張に値する相手であった。
「だが、帰還時はおそらくヘリでの移動になるはずだ。一応、その手筈で準備しているからね」
「ヘリ……か。あとさ、気になることがあったんだけど、俺達の携帯が軒並み使用不可になってたんだけど、それはどう思う?」
「多分だが、電波妨害を引き起こさせていたのだろうな。俺達が島についた時は使用出来ていたから、修二達がいたホテル周辺では使えなかったんだろう。今、携帯は持ってるか?」
父にそう聞かれ、修二はポケットの中を弄ってみた。
だが、どこを探してもそれは見つからなかった。
「……悪い、多分落としてしまったかもしれない」
「私も……ホテルに置きっぱなしにしてきちゃいましたね」
椎名も修二同様、携帯を持ち合わせていない現状となっていた。
修二自身は持ち歩いてはいたのだが、恐らく、椎名と白鷺と一緒に逃げてる途中のどこかで落としてしまったのだろうと、そう考える他になかった。
どの道、使えない物だと考えていたので、必要性にそこまで重視していなかったのだが、検証する意味では少し後悔もしていた。
「そうか。まあ、それも仕方ないさ。問題は電波不良なんかよりも、この島にいる化け物達だからね」
「父さん達も、ここに来るまでにやっぱりあいつらと戦ってたりしたのか?」
「島に着いてすぐにな。初めは戸惑ったけど、桐生隊長の素早い判断で大事に至ることはなかったよ。それにしても、あんな敵がいるとは思いもしなかったけどね」
それは、全くもって同感であった。
修二が初めてあの化け物と遭遇したのも、クラスメイトであるスガであったものだし、心の余裕なんてものはゼロに等しいものだった。
それでもここまで生き残ってこられたのは、他のクラスメイト達の力も大きくあるわけであり、修二としても苦々しい記憶だ。
なにせ、修二を助けた者達はそのほとんどがもう、死んでしまっているようなものなのだから――。
「――修二、聞いてるか?」
「……えっ?」
「いや、何か思い詰めているようだが、気分が優れないなら無理はするな。元々、この任務に連れて行くのは俺も反対だからな」
「い、いや、違うよ。これまでのことを考えていたら、思うことも多くてさ……」
精神を消耗しているという点では、否定することは出来なかった。
それほどに、修二自身の心は鑢で擦り切れるかのような程に削られていたのだ。
「……友達のことも、お前は散々見てきたからな。あまり、思い詰めるな。お前の責任じゃない」
「……ああ、皆、そう言ってくれるよ」
父の意見に、肯定とまではしなかった。
もちらん、今までの事を考えれば、修二に責任の一端があるわけではない。
だけど、それでも、修二は自身に戒めとして縛られてしまっていたのだ。
この島に来る事がなければ、こんなことにならなかったという、僅かながらの思いが――。
「っと、そろそろだな。織田、近くに敵はいないか?」
「大丈夫ですね。今のところ、障害物に巧妙に隠れられていない限りはいないでしょう。それにしても、ここが観光名所ですか。思ったより、辺鄙な場所ですね」
考える間もなく、修二達は目的地へと到着していた。
そこには、直径五メートルほどのクレーターがあった。周辺はテープで囲み、入れないようになっているが、隕石が落ちた跡を見るのは修二も初めてである。
父と来栖は、そのクレーターの側に近づき、興味津々気味に見ていた。
「クレーター、か。普通、隕石ってのは小さければ小さいほど大気圏で燃え尽きるのがほとんどと聞いているが、このような例外もあるってことなんだな。隕石自体は回収されているようだけど」
「どっかの資産家が多額で買い取ったんとちゃいます? この世界は物好きが多いですし」
クレーター跡を見ながらそれぞれに所感を話していた。
このような形でこの島の観光名所に立ち入るとは思いもしなかったが、運命とは分からないものである。
「この近くに地下研究所へ続く小屋があるはずだ。皆、気を引き締めて行動してくれ」
「了解」と、隊員達が返事したが、修二は疑問に思うことはあった。
「父さん、そういえば、なんでこんな辺鄙な場所に研究所があるって分かったんだ?」
「衛星からの情報を元にってのが発端だな。元々、碓氷という女性は日本の科学者でね。彼女はこの周辺……いやこの島への出入りを頻繁にしていたんだ。怪しいと感じた情報部は、衛星からの地上の写真を頼りに探してみると、この周辺にある小屋へ出入りしていたことが分かってね」
「それだけじゃないわ。過去のデータを確認していくと、その小屋へは七年前から工事の為の業者が来ていたこと、また、多量の機材が送り込まれていたことも明らかになっているの。
恐らく研究や実験に使う機器だと考えられるのだけどね」
父と霧崎が、地下研究所がある根拠について説明してくれた。
だとすれば、今回の事件は長期に渡り念密に計画されたものなのかもしれない。
もしくは、想定外の事態が発生してしまったか。
「――――」
そんなことを考えていると、椎名が修二の横に立ち、寂しげな顔をしながら呟いた。
「ここに、皆と来たかったね……。こんなことにならなかったら、明日は楽しく皆で観光していたのに」
もう戻ることはない日常だ。
本当なら、スガや美香ともここにきて、楽しんでいたのかもしれないのだ。
それももう、取り戻すことはできない。
だからこそ……、
「生きよう、皆の分まで」
ただそれだけを言い、椎名の手を掴んだ。
椎名も何も言わず、頷くだけであった。
「副隊長、小屋が見つかりました。恐らくここでしょう」
「よし。修二、椎名ちゃん、準備はいいかい?」
父に呼ばれ、修二と椎名は、地下研究所があるとされる小屋の前まで来た。
準備というほどの準備は何もないが、要は覚悟ができているかのような確認だろう。
その小屋は年季が入っていて、随分とボロくなっていた。
いつ崩れてもおかしくないようなボロ小屋の前で、部隊をまとめる副隊長である嵐は、皆の顔を見て言った。
「皆聞いてくれ。これより、当該容疑者が潜伏しているとされる地下研究所へと潜入する。
目的は、細菌、化学兵器の実験をしていたとされる資料の証拠の確保と、容疑者、碓氷氷華の確保だ。
分かっていると思うが、容疑者を殺すのは無しだ。
暴れられる可能性がある為、多少の手傷を負わせることは許す。分かったな?」
「「「了解」」」
副隊長の指示に、他隊員が迎合した。
敵の本拠地の為、修二も不安ではあるが、前とは違う。
ここにいるのは、戦闘のエキスパート達だ。
あの大量にいた化け物達を掃討したことから見ても、簡単にやられるようなメンバーではない。
腰に装備した拳銃に手を当て、修二は自分を鼓舞しようとした。
もしもの時は、この銃を使ってなんとかする、と。
「よし! では作戦開始だ。織田、先行してくれ」
「はっ!」
合図と共に織田が小屋の中へと入る。
小屋の中に入る動きも、軍隊のような洗練された動きであった。
いよいよ始まった作戦に、修二は緊張していた。
隣にいる椎名もそれは同じようだった。
「あんた達は気を張らなくても大丈夫だよ。私達が安全を保証するからね」
霧崎がそう言って、修二の背中を叩きながら笑顔で言った。
安心させようとしたのだろう、彼女の顔からは作戦に対しての失敗の可能性を感じさせる雰囲気はなかった。
きっと、大丈夫だろうと、修二は心の中で平静を保とうとする。
それよりも、この先にある真実を知りたい気持ちが強かった。
この訳もわからない状況を少しでも把握出来ればと、彼は勇み足で前に進んでいく。
そうして、修二達はこの島の闇へと潜入していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます