第一章 第二十話 『地下研究所』
「――クリア」
織田の声が聞こえ、副隊長である父、嵐が手でジェスチャーをして、中に入れとの指示が皆へ飛んだ。
修二達は隊員と隊員の間にいるようにし、守られるようにして小屋の中へと入っていった。
小屋の中は様々な道具が散らかっていた。
ライトで照らしてもよく見えるぐらい埃が舞っており、正直居づらいような場所だ。
が、一番気になるのは、地下へと続く階段が見つからないことだった。
「これだけ見てると、ただの小屋のように見えるけど……」
「そういう風に見える様にカモフラージュしてるのだろうね。来栖、どうだい?」
「あるわあるわ、地下から微弱の電波反応が。入り口までは分からんと見たところ、電子ロックを使ったもんはなさそうやな。巧妙に隠されてると見て間違いないやろ」
来栖が手に持つのは、どうやら電子機器を使用している物に対して反応を示す機械のようだ。
真下からの微弱な反応があるということは、恐らく地下研究所があることへの証明だろう。
「となると、どこかに入り口があるな。トラップに気をつけてくれ。各自手がかりになりそうなものがあれば、合図を出すんだ」
霧崎以外の隊員が、小屋の中にある木製のテーブルやタンスを動かしたりなどしながら入り口を探していた。
見た限りでは、入り口らしい入り口はない。
テーブルの上や床は、埃が付着しており、動かす度に舞い散っていた。
そのことも含めて、妙な雰囲気が感じ取られる。
「おかしいな。そもそも人の出入りがあるからには跡のようなものがあるはずだ。埃の跡を見るに、それらしい雰囲気は感じられないが」
父が、怪訝そうな顔つきでそう言った。
ライトで床を照らすが、足跡のような形跡はない。
それどころか、地下への道があるような痕跡の跡すらなかったのだ。
この小屋の中は明らかに長年、誰かが出歩いた形跡がなく、使われていない小屋としてあったかのように、見せかけていた。
「地下に何かあるのはわかる。けど、入り口がない……か」
修二は考えた。バレないように工作しているとすれば、簡単には見つからない仕組みになっているのだろう。
本当ならば、修二も地下への入り口を一緒に捜索したいところではあるが、罠や襲撃の恐れがある為に、大人しく見守るしかできないでいた。
そうしていると、椎名がふと何かに気づいたように霧崎へと向き、告げた。
「あの、ずっと気になってたんですけど、入り口にあるあの絨毯の向き、なんだかおかしくないですか? 敷き方というか、妙に気になって」
「絨毯?」
その言葉に霧崎だけでなく、隊員の皆が振り向いた。
確かに、入り口にあった絨毯は確かに少し変な感じがした。
単純に敷き方というか、ドアの前に敷くにしてもバランスが悪い。
何より、その絨毯だけが妙に新品の様に見えるのだ。
すぐさま霧崎が絨毯をどかし、確認すると取り外しが可能な取手となる部分があった。
「ここよ。入り口はここにある! 椎名ちゃん、ナイスね!」
霧崎にされるがまま頭を撫でられ、椎名は嬉しそうだ。
確かに入り口は死角だった。
来栖さんの持つ電子機器の探知機が無ければ、確実にこの小屋には何もないように偽装できる。
そこまでしてでも、隠したい物がこの下にあるということだろう。
早速、父と織田が下へと続く道を照らしながら、確認をしていく。
「梯子になっているな。どうやらここから下りていかなければいけないようだ」
「どこまで続いているの?」
「そこまで深くはないよ。二メートルもないし、ライトで照らしてるけど、特に危険なものは見当たらない。俺が先に先行する」
織田が、梯子を下りて先に進んでいった。
その後、下の安全を確認したのだろう、合図があった。
「大丈夫です! 特に危険はありません!」
「よし、では来栖が次に下りて、その後、修二と椎名ちゃんが下りてくれ。霧崎と俺は最後に下りる」
父の指示の下、修二達は順番に梯子を掴み、下りていく。
地下は小屋の中とは違い、コンクリートの壁であった。目の前に扉があり、それ以外の周りは壁で囲まれている。
「よし、突入するぞ。君達は後ろに隠れてるんだ」
「分かりました」
「は、はい」
こくりと頷き、父と織田、来栖の三名が銃を構え、扉を開けて突入した。
修二と椎名は銃撃戦を予想し、身構えていたがそうはならなかった。
「ここは……やはり地下施設というべきか。広いな」
扉を開けた先は、世界が変わったかのような場所であった。
何の素材を使っているのか、白い壁が部屋を豪華に彩っている。
受付のようなものもありはしたが、そこに人はいない。
置かれていたのはPCが一台あっただけで、他には何もなかった。
「拍子抜け……ですね。てっきり、敵が待ち構えているものかと思いましたが」
「油断するな、織田。誰もいない以上、罠が仕掛けられていてもおかしくはない。……が、確かに妙な雰囲気ではあるな」
中は電気がついていた為、誰かがここにいたという痕跡としてはあったのだ。
しかし、そこに誰もいないということが妙であり、こちらの侵入がバレているという可能性も否定できないでいた。
来栖がPCを確認しキーボードを操作していると、何かを見つけたのかその手を止めた。
「なんやこれ、出勤名簿みたいなんは全部削除されてるやん」
「復旧はできそうか?」
「ここでやるのは無理ですわ。持ち帰ってならなんとか言うところですが……ん? なんやこのフォルダー?」
来栖が何かを見つけたようにPCに食い入るようにして見る中、織田が周りを確認しながら、来栖の横につく。二人とも怪訝そうな顔つきでいながら、
「『モルフ生態実験記録』……なんやモルフって。フォルダーの中にはなんも入ってないしな」
「生態実験というからには、なんらかの細菌ウイルスを用いた実験の可能性があるな。他には何かないのかい?」
「ダメやな、今気づいたけど、これ削除されてるというより、データ毎移動されてるわ。そういうのって復旧がどうのこうのじゃ、どうにもならんのとちゃうか?」
どうやら何かの機密情報があったのだろう。
先手を打たれたのか、情報はどこにも残っていないようだ。
「とにかく、先へ進むとしよう。細菌に関しても実物が残っている可能性もあるからね。修二と椎名ちゃんはとりあえず、俺たちの間にいるようにしてくれ。くれぐれも、前に出たらダメだよ」
「ああ、分かった」
「わかりました」
父の指示に二人とも了解した。修二も好きで前に出て戦いたいとは考えない。
とにかく、修二達にできることは足手纏いにならないように行動するだけである。
先にある扉を開け、修二達は地下の先へと進んでいった。
そこは、かなり広い部屋であった。
その広さは、普通の学校にある体育館のような広さだ。
先ほどとは打って変わり、部屋の中には様々な機材が一定の間隔で置かれていた。ここから見ても、何に使われるもなのかは修二には見当も付かなかった。
中央付近まで歩くと、見える先に複数の扉が見える。
「扉が左右真ん中にもある、か。思ったより広いようだな。この部屋も、何かを作っていた痕跡がありそうではあるが」
副隊長の父が、置かれている機材の上に手を置こうとしたその時、何かの物音が聞こえた。
「!? 誰だ!」
隊員全員が銃を構え、物音の方向を見た。
部屋は機材が乱立し、天井付近にまであるような大きさのものもある為に、障害物となっていて物音の正体が見えていなかった。
修二と椎名は霧崎の後ろに隠れて、その様子を伺っていた。
隊員達がサブマシンガンを構えたその先に、何かがいることは分かっていた。
その物音が少しずつ近づいてきて、修二達はその姿を視認した。
この研究所の職員であろう、白い研究着に包まれた男が首から多量の血を垂れ流しながら、こちらに気づき、近づいてきていたのだ。
「っ! 止まれ! 今すぐ両手を床につけて、動くな!」
織田の声が聞こえていないのか、その研究員らしき男は恐れずにこちらへと近づいてくる。
それが、地上にいた化け物と同じであることは、そこにいた全員がその動きだけですぐに理解できた。
「副隊長! もうこいつは駄目だ! 発砲許可を!」
「くそっ! 撃て!」
父の指示が入り、来栖、織田の両名が引き金を引こうとしたその時、研究員らしき男の化け物の横合いから、黒い大きな影が飛び込んできた。
その影は化け物を掴み、障害物と障害物の隙間へと入り、姿が見えなくなる。
「なんだあれは!?」
「人間に見えなかったわ。一瞬見えたけど、動物?」
「――いや、あれは……」
修二も、その瞬間は見えていた。
何か黒い生き物であった。
足が多く、毛が全身に生えているようにも見えた。
そう、あれはまるで……、
「マズイな、とにかく先へ急いで進もう。明らかにここは危険だ」
父が隊員全員へそう指示した。
全員、同じ考えであるらしく、銃を構えながら、奥の扉へと向かおうとしたところ、
「んっ、な、なにこれ?」
椎名の足に何かが引っかかったようで、見ると、何か粘着性のある白いものが椎名の足の動きを止めていた。
ちょうど靴裏部分にそれが地面と繋がっているのだが、引っ張っても取れそうになかったのだ。
「なんだこれ? 気持ち悪いな。ナイフで切ってみるから動くなよ」
工場の食堂にあったナイフを念のため、持ち込んでいたが、こんな時に役に立つとは思いもしなかった。
修二は、椎名の靴の裏にへばりついた白い粘着性の白いものを切ろうとしたその時、気づいた。
「――え?」
何かが動く音がした。
それは、修二が一番先に視界に入った存在であった。
修二だけがその存在に気づき、全員へと伝えようとした瞬間、父がその何かへと銃をぶっ放した。
「父さん!」
「修二! 椎名ちゃんの足についた糸を切るんだ! 急げ!」
父が糸と言って、修二も確信した。
最初は、あれがそうだとは信じられなかったのだ。
遠目に見ても、その姿形は歪で、地球上の生物とは思えなかった。
六本の足を携え、先ほど、化け物となった研究員を掻っ攫った生き物、それは人間大にしたかのような巨大なクモであった。
巨大クモは銃弾を数発受け、瞬時に横に逃げ、障害物へと隠れてしまう。
「なんやあれ!? あんなクモ見たことないで!」
「修二! まだか!?」
「クッソ! めちゃくちゃ硬い! もう少しだ!」
修二は急いで、椎名の足の裏にへばりついた糸を切ろうとナイフを上下させるが、中々切れないでいた。
「標的は!?」
「いない。どうやら隠れられたようだ」
巨大クモはどうやら隠れたのだろう。
先ほどの場所から既に気配は感じられなかった。
「あれは……何だ。この研究所で造られた生物だってのか?」
「さっきの研究員にしてもそうですが、どうやらこの研究所でも想定外の何かが発生したということなのかもしれません。急いで移動しましょう」
織田の推測の後、椎名の靴の裏の糸が切れた。
歩けるかどうか踏んで確かめさせたところ、多少ベタつきは残るが歩くことはできていた。
「よし! 急いで次の部屋へ向かうぞ! 走れ!」
織田が前を、来栖と嵐が横を、霧崎が後ろを見ながら、修二と椎名を囲む形で移動していく。
巨大クモはその後現れはしなかったが、修二達へと強烈な不安を叩き込んだ。
おそらく、先ほどの受けた銃弾がクモにとって致命傷だったのかもしれない。
何事もなく、扉の奥へ入り安全を確認して修二はホッとした。
そこは通路となっている為、化け物の姿も異様な巨大クモもいなかった。
「あれは……なんだったんでしょう? クモには違いないですが、明らかにサイズが規格外だった」
「あれも実験による産物だとするなら説明はつくかもしれないが、訳が分からないところではあるな、ともかく、何事も無いのが救いだ」
状況を分析するが、答えの出ないことだ。
皆は通路を進み、休憩室らしき場所があったので、そこで一度腰を下ろすこととなった。
まだ、進展らしきものはない。
しかし、この研究所に真相に迫る何かがあることは確かであった。
修二はネバついたナイフを手洗い場で洗い流していると、椎名が駆け寄ってきた。
「修二、さっきはありがとう。また、足を引っ張ってごめんね……」
怖かったのだろう、その手は震えていた。
修二もあの時、最善を尽くしていたが怖かった。
常に予測外の事態は発生する。
この島に来てから、それは幾つも起こっていたことだが、二人はここでは全く役に立たないことは重々承知していた。――いや、思い知らされた。
「気にするなよ、俺だって大してなにも出来ていないからな。それよか靴脱げよ、洗ってやるからさ」
「ありがとう」と言って、椎名は靴を脱いで、修二へと渡した。さすがに、もうベタつきはほとんど残っていないが、一体なんの物質でできているのか、不可思議なものであった。
「俺がお前を守るって、桐生さんにも誓ったからな。だから、今度こそ誰も死なせない。当然俺も、死なないから、な?」
強がりなのは認める。それでも笑って椎名に意思を伝えた。
「私も、守られるばかりなのは嫌だから、できることがあればなんでも言って! 私だって今まで何も出来なかったこと……本当は悔しかったの」
「ああ、でもまあ、何もないままあの人たちに守られていれば、それが一番なんだけどな」
修二がそう言って、特殊部隊の面々を見る。
彼らはすごい人達だった。
化け物が現れたその時でも、冷静に修二達へと近づけないように立ち位置を変えていた。
何があっても死守するのだろうという頼りがいがあり、修二も今までとは違うことを再認識した。
「修二、椎名ちゃん、いいか? 集まってくれ」
父が呼び、修二達は話し合いに参加する。
「ひとまず、状況の整理だが、一つ一ついこうか。
この地下研究所に関してだが、やはり何かしらの生物実験が行われていた可能性が濃厚となってきている。そして、地上で島民の人達がそうなっているように、地下にいる人間も同じ暴徒となっていることだ。まずはこれを大前提に行動すること、間違っても生存者かどうか判断できるまでは近づくことだけはしてはならないことを肝に銘じてくれ。
あと、先ほどの巨大クモについてだが……」
全員が息を呑んで父の言葉を聞いていた。
先ほどの巨大クモは明らかにイレギュラーな現象である。
この地球上に、あれほどの大きさのクモがいれば、間違いなく人類も根絶やしにしようとするぐらい、脅威に感じられた。
「何があってあんな生物がいるのかまでは分からない。が、ここから脱出する際にも通らなければならない部屋であることには変わりはない。
この先、同じような生物に出くわすこともありうるからな。
全員、それを頭に入れて行動してくれ」
「「「了解」」」
隊員達が声を揃えて返事をした。
修二も、心に秘めるように気を引き締めた。
ここは、想像していたよりも危険な場所であることを改めて認識できた。
何が起きるかは分からない。
ただ、危険な状況に陥るのであれば、腰に掛けた拳銃を使うことを躊躇しないよう、覚悟しなければならない。
そう考えながら、修二は父達の後ろをついていく。
「よし、では先に進もう」
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