第一章 第二十一話 『隕石』

 修二達は移動を開始した。

 通路となっている先は、所々に枝分かれするように道が別れており、初見では迷子になりかねないほどであった。


「えらい広い地下やな。どうやってこんなん作ったんや。これやと金の掛かりようもすごいでな」


「確かに、これはかなり広いわね。研究設備にしても、個人で賄えるほどの資産でできるもののように見えないのだけど」


 来栖と霧崎は、広大な地下施設の中を歩きながらそう呟いていた。

 織田は念の為、印を壁に残しながら、帰りのルートを確保しようとしている。


 二、三回ほど突き当たりを左、右へと進み、いくらか研究設備らしき部屋は見かけたが、目ぼしいものは何もなかった。

 しかし、床には血溜まりのようなものが残っており、何かがあったことは間違いがなかった。


「修二君、椎名ちゃん、これ被っておきなさい」


 霧崎から渡されたのは、防護マスクと目を守るような透明な防護ヘルメットのようなものだ。


「気休め程度のものだけど、万が一、何らかの細菌が漏れ出しているなんてことがあれば大変だからね。一応、来栖が逐一確かめているけど」


「ありがとうございます。細菌を調べる術もあるんですか?」


「正確には害がある可能性がある細菌がどれだけ浮遊しているかを探知するものね。

あまりに少なければ探知できないけど、人体に影響が出る可能性のある細菌の浮遊率が濃ければ濃いほどそれに反応するわ。その時は当然、退避命令がでるでしょうけど」


 思えば、確かにここは細菌や化学兵器の実験が行われたかもしれない場所だ。

 今の惨状を見てもそうだが、化け物よりも危険なものがあるのは間違いない。


「でも、あまり期待しないでちょうだいね。今回のウイルスに関しては特に情報が無いものだから、仮にそれが空中にあったとしても検知しないこともあるかもしれないから」


「そう……ですね。分かりました」


 少々、不安を感じつつも、修二と椎名は渡された防護類を身につける。

 これでも、完全に防護できるかどうかは怪しいものではあるが、ないよりかはマシだ。


「っ! 警戒!」


 その矢先で織田が突如合図を出し、隊員達が銃を構えた。

 通路の先、電気が点いていない何も見えない場所へと銃口を向けていた。

 修二からすれば何も見えないが、暗闇の中を見れる特殊な機械を使っているのだろう。


「います、しかもかなりの数だ。体温とその動きから見ても、恐らく生存者ではない」


 織田の声を聞いて、修二の中に緊張が走る。

 あの工場以来、化け物と交戦することはなかった。

 それ故に、伝え損ねていたことでもあったのだが、奴らの特性を思い出していた。


「父さん、奴らは手や足が千切れようとも動く。どこかに弱点があるはずだけど、数が多い時は足を撃って動きを止めた方がいいと思う。……あくまで経験則だけど」


「わかった、工場で応戦した時も確かに厄介だったな。――全員聞いたな。奴らが来たら、迷わず足を狙え!」


 父が指示を出していたその時、目視で見えなかった通路の先から化け物達が四、五人。いや、それ以上の数が走ってこちらへと向かってきた。


「――撃て!」


 来栖、織田、父の三人がサブマシンガンを構え、化け物達へと撃ち込んでいく。

 銃撃音が飛び交い、思わず耳を閉じたくなるほどの轟音が頭に響いた。

 化け物達は足へ銃弾を受け、その場で倒れ伏していく。


「副隊長、どんどん出てきます! 一旦後退しましょう!キリがない!」


「後方の扉まで下がれ! 霧崎、二人を頼む!」


「わかりました! 二人とも来なさい!」


 霧崎の指示で、修二と椎名は後ろへと下がっていく。

 化け物は奥からどんどん増えてきていた。

 その度に足へと銃弾を撃ち込んで動きを止めていくが、その距離は少しずつ狭まってきていたのだ。


「あかんわ! 副隊長、いくらなんでも多すぎる! リロードが間に合わん!」


「退避するぞ! 霧崎達の後に続け!」


 父の指示により、織田と来栖が下がる。後方の扉まではすぐのところだが、化け物の足はかなり早い。

 父は片手に持っていた手榴弾のようなものを化け物達への密集地帯へ投げ込み、すぐさま扉の中へ入って扉を閉めた。

 その後、織田がその辺にあった大きな機材を扉の前に置き、化け物が中に入れないようにした。


「クソッ、やっぱあの数の多さは驚異やで。それに、銃ぶっ放しても全然ビビリよれへんからな」


「ああ、それに、全く痛みを感じていないかのように見える。わけがわからないよ」


「焼夷手榴弾を投げたが、どれくらいの効き目があるかは確かめられないな。ひとまず、ここは?」


「資料室……みたいに見えますね。下にいく階段もありますが」


 そこは、様々なファイルが置かれた棚が乱立した部屋だ。

 端には下へ続く階段があり、奥には大きなデスクと一台のPCが置かれていた。


「織田、このPCを調べてくれ。来栖と霧崎は、その階段から暴徒がこないか監視するんだ」


「父さん、俺たちも何か手伝えないか?」


「そうだな、修二と椎名ちゃんはファイルの中に何か重要そうな手がかりになるものがあるか探してくれ。何かあったらすぐに呼びかけるんだ」


 何か出来ることはないかと修二が父へと尋ねると、そう指示を出した。

 これまで何も出来ていない現状、何か修二も自分に出来ることをやりたかったのだ。


 父の指示の下、修二達は手当たり次第にファイルを抜き出し、中を見ていく。

 中身は大して手掛かりになるものがなく、あるのは研究所内の行動規範や、何かの稟議書の原紙だろうか。これといった記述があるものはない。


 父は織田の後ろについている。恐らくPCの暗証ロックを解除に試みているのだろう。

 そうして、十冊、二十冊と調べている内に、一冊だけ気になるファイルを修二は見つけた。


「ん? これ、隕石の写真か? あのクレーターの……」


 その写真は、研究所に入る前の小屋の近くにあるクレーターと同じものだった。

 決定的に違っていたのは、あの時無かった隕石が写真に写っていたことだ。


「確か、隕石は落下の衝撃で残っていなかったって言ってたような……」


「どうしたの? なんか見つけた?」


 椎名が横から顔を覗かせて、修二が見ていた写真を見る。

 写真の特徴的なところは、右上の撮影時期が当時、落下した時の時期に近いことだった。


「これ、あのクレーターの隕石……だよね。こんな感じだったんだ、綺麗――」


 確かに、神秘的な写真に見えた。今はどこにあるのか知らないが、その隕石は紫色に発光しており、落ちた時のものを撮影したのだろう。


「まあ、あまり意味のない写真だけどな。それより、何か手掛かりになるものあったか?」


「ううん、こっちも大したものはなかった。こんなにファイルがあるのに、ね」


 そう簡単に機密書類を置きはしないだろうが、何もないのはさすがに応える。

 修二はため息をつきながら、持っていたファイルをめくっていく。

 そうしていると、一枚の用紙に目が止まった。

 先ほどの隕石についての記述だろうか。

 そこには、誰の記述か分からないがこう書かれていた。


『6月22日午後21時13分、隕石落下。研究所内に小さな揺れを観測したが、機材に影響無し。至急、職員を現場へ急行させる。


午後21時21分、現場到着。紫紺に輝く隕石を発見。

研究材料に使える可能性がある為、同時刻23分に回収』



 ……回収? この研究所の奴らが隕石を持っていったということか。


 元々、隕石は当時のニュースでは破片一つ残っていないことで有名となっていた。

 持ち出された可能性もあるということだが、誰のものでもないわけであり、修二にとっては特にどうでもよかったのだが。


 ページをめくると、その後の記述が残っていた。

 それを確認しようと、修二が文の始め部分へ目を向けようとすると、織田から声が上がった。


「パスワード解析完了しました。皆、集まってくれ」


 来栖と霧崎が階段の下を警戒していたが、とりあえず障害物を置き、化け物が来ても通れなくしてからPCの周りへと集まる。


「どや、なんか目ぼしいのあったか?」


「ああ、かなりのフォルダーの数だ。研究所内の実験記録もある。副隊長、これなら証拠になりますね」


 修二と椎名も急いで、織田の後ろへついた。

 そこには確かに細菌に関する実験等、細かく書かれたファイルが多数残っていた。


 ようやくだった。この島の起きた事件に関しての情報もきっとあるはずだ。と、意気揚々としていた修二であったが、そのフォルダー内の一つのファイルに目が止まった。


「織田さん……そのファイル、開けられませんか?」


 突如、口を出したのには理由がある。

 それは修二にとって、目を離すことができないものだった。


「これかい? 『御影島の島民を使用した大規模感染計画』……これは、まさか」


 それは、この島の名前であった。

 だが、何より聞き逃せなかったのは島民を使用した感染計画とやらだ。


「織田、開けるか?」


「ウイルスは問題ないです。ここで見るのですか?」


「仮にデータを持ち出しても、何かあって失う可能性もある。それも絶対にダメだが、先に知っておけば報告はできるからな」


 織田は何も言わず、そのファイルをマウスでクリックした。

 ファイルの中のデータはwordとなっており、文字で埋め尽くされていた。

 冒頭始めの右上には、書き手の名前もある。

 そこには、碓氷氷華とそう打ち込まれていた。


「碓氷氷華、やはり彼女が関わっていましたね。

最後の保存日付は……昨日です」


「昨日までここにいたということか、いや、まだこの研究所内にいる可能性は高いが」


 父の推測に、修二も同じ考えだ。

 碓氷がここにいたという証拠を確認出来たことで、彼女がこの島にまだ残っているとするならば、安全なこの地下に逃げ込んでいる可能性はゼロではない。


 織田が続けて、データ内の文章を読み上げていく。


「2020年8月15日、研究の最終実験の開始が上層部より発令。目的は島民を感染させ、『レベル5モルフ』へ至る者の数の把握、又、当該時刻までに何名が生き残るか」


「『レベル5モルフ』?」


 修二がふとその単語に対して、疑問に感じた。なんらかの病気に対する末期症状に至る者のことだろうか。

 一つ気になることがあるとすれば、地下研究所の入り口のPCに残っていた、何も入っていないフォルダーの名称にも同じ文字が入っていたことだ。


「感染段階の示唆かもされないな。事実、あの暴徒となった島民には走る者もいた」


 確かにそうだ。

 ともすれば、あの化け物は時間が経つごとに何かが変わっていくということなのだろうか。


「大規模実験日、島民全体への予防注射と称したウイルスの感染計画は良好。関係者各位、準備は完了した」


「あっ、修二! この予防注射って、碓氷さんが言ってたやつじゃ?」


「そうか!」


「どういうことだ?」


 織田が修二達へと何のことかと問いかけてくる。


「碓氷が、俺たちが島に着いた時に話してくれたんだ。やけに島民の人たちが一箇所に集まっていたのが気になってさ。それを聞いたら、一年前にあった狂犬病やら疫病の関係で予防注射をすることになったって。多分だけど、その関係でいくと島民全員に打たれてると思う……」


 あの予防注射の中に何かが含まれていたということだ。

 恐らく、人を化け物の姿へと変える何かが……。


「修二達はその注射をしていなかった、だから無事ということか」


「そうなりますね。対象は島民と記述されていますし、今日君たちが来たということは、ホテルからの時間予測で三時間もない。その間に発症したということでしょう」


 だとすれば、もう島民全員が助かる道は見えない。

 それはそうだ。今まで見てきた化け物達は皆、生きているとは言えない状態であったのだから。


「別のファイルも見ましょう。これは、碓氷の残した記録ですね。


『ついにこの日がやってきた。私の夢の第一歩としてこの大事件は世に小さな傷痕として残り続けるだろう。そして、その傷痕は大きくなり、その時、私の夢は叶うことになる』


……なんだか日誌っぽいですが、飛ばしますね。目標の碓氷はこんなやつだったのか」


「科学者の考えてることなんて、そんなもんとちゃうか? まあ気が知れんわな」


「あぁ、そうだな。続き、読むぞ。


『しかし、あの女が気に食わない。今回の大規模実験の渦中に送り込む人材らしいが、あのお方のお気に入りというだけで、私の計画に関わらせるのは不愉快だ。唯一のレベル5モルフの成功者ということもあるが、なぜ私には適合しないのだ』


……さっきも記述がありましたが、『レベル5モルフ』とはなんなのでしょう? その後のモルフという単語も何かのウイルスの名称でしょうか?」


「聞いたことがないな。だが、その大規模実験に参加しているということは、その『レベル5モルフ』とやらはこの島にいるということだろう。名前とか特徴は載っていないのか?」


「ダメですね。やたら毛嫌いしているのか、クソ女やら売女やら汚い呼び方でしか書いてないです」


 よっぽどその女は嫌われているのか、よく分からないが、それ以外にも聞き逃せない単語がいくつかあった。

 修二は、その事を知らせようと織田へと話しかけ、


「織田さん、その、モルフっていう単語については他に何か情報はないですか?」


「モルフ、か。あるな。生態実験記録……か」


 織田は、皆へと目配せをして、修二の指定するファイルを開いた。


「読むよ。『宇宙から飛来した、特殊細菌ウイルス、モルフの実験データ及び、人間への適合率……

主にレベル1〜4までがほとんどの症例とあるが、唯一、レベル5への到達の者も存在する為、ここではそれをまとめていく。感染への過程として、まず感染初期段階へ移行した被験体は、ウイルスがより活動しやすい環境へと体内を造り替えようとする。その為、人間の身体はその変異に耐えることができないために、死に至る。死亡した被験体は、体内を変異し、脳へと侵食しきったところで、ウイルス自身が脳の活動を復帰させることが判明。その際、被験体は生前と同じように身体を動かすこととなるが、一度脳死状態に陥ったことで死亡したことになっている。この時点において、被験体はレベル1の感染段階として扱われることとなる。モルフの総称:変異する、という意味合いから変異種として呼称』


……なんだ、このウイルスは。こんなものが地球上に存在するというのか?」


 途中の記録までを読んだ織田は、そこで一白を置き、信じられないかのような表情を浮かべながら、そう漏らした。


 しかし、これまでのことを考えるならば辻褄が合うことであった。

 死して動く異形の化け物。

 それは、スガや鉄平、福井を見てきた修二にとっては、到底ありえないことだと考えられていた。


「とても信じられないウイルスだけど、気になることもあるわね。宇宙から飛来しただのなんだの、これがイカれた頭で妄想してただけってことなら納得だけど、事実ならどういうことなのか」


「宇宙……飛来……」


 霧崎が言った単語が気にかかり、何かが修二の中で引っかかっていた。

 その言葉は、盲信的な意味ではないように感じるのだ。

 そうして考え込んでいると、椎名が「あっ!」と声を上げて、


「修二、もしかしてさっきの隕石のことを言ってるんじゃ?」


「あっ! そうか、それだ!」


霧崎含め、他の隊員達が疑問に満ちた表情でこちらを見ていた。

 修二はその場を離れ、先ほど手に取っていた隕石に関することが記述されていたファイルを手に取った。


「父さん、これを見てくれないか。三年前、落下した隕石についての記述がされてるんだけど、ここにある写真はその時無かった隕石が写っていたんだ。

この研究所の奴らが回収したんだと思うけど、

その『モルフ』ってウイルスとなにか関係があるかもしれない」


 父は、修二から受け取ったファイルを開き、その中身を確認した。


「紫紺に輝く隕石を回収、か。確かにこの隕石は当時、行方不明になっていたものだ。燃え尽きたか、持ち去られたかという憶測は飛び交っていたんだけどね」


 修二が読んでいた内容をそのまま読み上げ、父は当時の状況を説明していた。

 しかし、次のページを捲ったところで父の表情が強張りだし、その内容を皆に聞かせるように読む。


「なんだ……これは。

『研究所内にて未確認の細菌ウイルスの感染者が続出。至急、防護服を着た職員が感染者の対応に当たらせたが、カニバリズムに陥った感染者に噛まれる事案が発生。銃の発砲を許可し、制圧へ当たらせる。感染者の鎮圧には成功したが、今度は噛まれた職員が同じような症例を発症。第二区へのゲートを封鎖し、感染拡大を防ぐ。原因究明をした際、回収した隕石に付着していた細菌が感染者のものと同一であることが判明。厳重に管理し、研究を行ったところ、地球上にはない新型のウイルスであることが分かった。モルモットを用いた実験をしたところ、当時の研究者達と同じ症例が確認された』」


 要点だけを読み、父だけでなく、隊員達も同じく驚愕していた。

 そのページは、先ほど修二が読む寸前だった文で、今初めて知ったばかりだ。

 父が読んだ資料の中の感染者の症状は、織田が確認したデータ記録とあまりにも酷似している。


 隕石から採取されたとされる細菌。この地球上に存在しなかったウイルス。

 あまりの情報量に、修二の頭もパンク寸前にまで追い込まれていた。


「どうやら、このウイルスとPCに残されていたモルフというウイルスに関連性はありそうだね。いや、むしろ同じものと見て間違いなさそうだ。織田、モルフについての詳細が書かれたファイルはあるか?」


「ありますね。かなりの文字数ですから、少し読むのが長くなりますがいいですか?」


「構わない。ここまできたんだ、奴らの弱点が載っている可能性もある。頼む」


 嵐の言葉に織田も頷いて、PCのマウスを動かしていく。


 ――いよいよ、全てが明らかになる。

 なぜ、修二達がこんな目に遭うことになったのか。

 それを知るためにも、修二はここに来たのだ。


「――では、読みますね」


 織田はマウスを操作して、画面をスクロールさせながら、そのデータ記録を読み上げた。



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